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帰還の宴



 無事にエタノールからスピリタスへの帰還を果たした結果、ラダシフでの宴となった。


「あーーーーもう怖かった! すっごく怖かった! マジでもう二度と行きたくねえあのスラム!」

「そもそもオレら普通は行けないんだよ。門前拒否されるわ」

「でも行きたくないってのには同意だお。緊張感やっべーお」


 テーブルの一つでは三馬鹿が解放感のままにガバガバと酒を開けている。


「しかも何が怖いってマリンスノー連れてかれてからがさあ!」

「わかってるわかってる。姿見えないのに周囲からの圧っぽい視線はあるし、マリンスノーさん連れて行かれたのにボス達も帰ってこなくて怖かったよな。主にあの二人が」

「ボス達が帰って来た時は助かったお。何でかマリンスノーがボスに腕抱っこされてたけど、何かいちゃいちゃしてたから良い事あったのかお?」

「俺が知るわけねーじゃん」

「同じく」

「後で隙見て聞くお」

「えー、ヤダ知り合いのそういう話って生々しくない?」

「このスラムに居ながら何言ってんのお前」

「金でぼくを買って3Pする事もある癖に初心な振りしてんじゃねーお。3Pどころかコモドールのをケツに突っ込まれる時もある癖に生々しいもクソも無いお」

「えー、だって俺のサメ肌相手に平気なのってお前ら以外少ねーし。コモドールなら手足硬質だから結構セーフじゃん。そりゃチンコは手足程硬質じゃねーけど、俺のサメ肌って表面だけだからケツの中は関係無いし」

「確かにオレはお前のサメ肌相手でも削れる事無く平気だけどなあ」

「逆だと硬質じゃないコモドールの胴体にアズールのサメ肌がぞりぞり削ってて悲鳴上げてたの笑えたお。あれ以来チャレンジしてないけど、服着たままならいけるんじゃないかお?」

「えー、別にそこまでしてヤりたいわけじゃないからなー」

「着衣してるからこそみたいなシチュならともかく、どうしてもその前後でってわけでもないし」

「折角出来そうなら出来る限り探究するのが気持ち良さの秘訣だお! 早速着衣で興奮出来そうかつサメ肌隠せそうなヤツ見繕ってみるお!」

「「えー」」

「やるお」

「「うぃっす」」


 ふんすふんすと楽しそうなクリスタルラッシーに二人は微妙な反応だったが、凄まれた結果あっさりと頷いていた。

 酷い爛れ方をした関係性みたいな会話だったが、スピリタスではお互い合意かつ、恋人等が居る場合は恋人が許可してるならセーフみたいな扱いなのでそんなもん。色事を売り物にしているだけあってハードルが低いのか、飲み会でやるカードゲームの延長戦みたいな扱いらしい。彼らの認識的にはじゃれ合いつつ気持ちよくなれる、程度の扱いだそうだ。


「あら、フィズったら凄い動きするわねえ。サムライロックもそう思わない?」

「え、あ、う、そ、そう、で御座るな、うむ」


 虫のようでもある下半身を使って店内のステージでポールダンスしながらストリップ中のフィズを見て、ミスサイゴンが同じテーブルのサムライロックにそう話しかける。

 しかし色事慣れしていないサムライロックはミスサイゴンの言葉にちらりと一瞬ステージを見るも、そのセクシーさに顔を赤らめてすぐ視線をうろうろと四方八方に泳がせていた。


「相変わらずねえ、サムライロックってば」

「こ、このスラムで生きるのにこの在り方は問題だと自覚してるで御座るが、いや、こういう系はどうにも苦手に御座る……」

「うちと同じ朝を迎えても?」

「へ? ……あ゛っ!? み、ミスサイゴン殿そういった事を他人が居る前で口に出すのは些かはしたなく御座らんか!?」

「スイ」

「……す、スイ、殿」

「よろしい。ところであれ以降そっちからのお誘いがまったくないけど、具合がヨくなかったのかしら」

「ぎゃっ!? だ、だからそういった事をこういう場で」

「答えな」

「…………正気を失い、獣になり、スイ殿の全身に見るも無残な噛み痕を残してしまうくらいには、よ、よ、良う、御座った」

「その噛み痕が消えたのにお誘いが無いのはどういう事かって言ってるんだけどねぇ」

「し、しかし拙者未熟者ゆえ、誘いの作法が」

「じゃあ手っ取り早く言うけど、うちがステージに乱入してストリップダンス始められたくなかったら今すぐ上の階に連れて行きなさい」

「スイ殿!? 自分の身を犠牲にするような申し出はいかんで御座る!」

「あら、アンタはうちにそんな事をさせるような返答をする気なのかしらぁ?」


 にんまりと笑ったミスサイゴンにサムライロックは敗北の証として両手を挙げ、がっくりと顔を伏せた。

 耳まで赤くなったその顔をサムライロックが伏せたままでいればミスサイゴンが笑いながらその耳を指先でくすぐり、ガバッと顔を挙げたサムライロックに抱き上げられて二階へと連れて行かれる。

 ラダシフの二階は要するに連れ込みも可能なプレイルームなのでそこに誘う時点でラブホに誘うも同然だが、自分の足で惚れた女を連れて行くくらいの甲斐性はあったらしい。

 それを横目で見ながら酒を飲んでいたマリンスノーは安心にこっそり頷いた。ここ最近ラダシフでミスサイゴンと会う度にサムライロックから全然お誘いが無いと愚痴られていたので、自分達の帰還がキッカケになったなら良い事だ。


「うふふ、仲が良くて良い事で~すね」

「…………ああ」

「シャニーもそう思いません?」

「どうでも良い事だとは思う」


 黙々と飲む夫と同じテーブルのスプリッツァーは、隣の席に居るシャンパンカクテルにそう話しかけた。


「シャニーってばつまらない返答過ぎま~すよ」

「興味ねぇよ、他人の恋路がどうのこうのってのは。生憎とアンタみたく、他人の何もかもに首を突っ込んで嗅ぎ回るような性格じゃないんでな」

「他人の恋路程見てて楽しいものは無いんですけどねえ。旦那様との長続きにも使えるんで~すよ。ね、キャル」

「……ああ」

「キャロル、お前もうちょいリッツァに厳しく言ったらどうだ。お前がそうやって全部に頷くから調子乗るんじゃねえの」

「リツは調子になんて乗ってませ~んよ! 失礼な!」

「行きつくとこまで行くと後戻り出来ねえぞ」

「…………いい」

「あ?」

「……それで良い。俺の女をどこまでだって背負えねえようで、甲斐性見せられるか」


 珍しく長文を喋ったキャロルにシャンパンカクテルはパチクリと驚きに目を瞬かせ、スプリッツァーは目をいつも以上にキラキラさせて夫へと抱き着いた。

 アル中で寡黙で見た目だって酒浸りのくたびれたおっさんといったキャロルだが、こういうところが憎いヤツ。どこまでだって背負い続けるとあっさり、普段喋らない癖にしっかりと言うものだから、スプリッツァーがメロメロになるのもわかる気がした。


「……ティガ、あんたいつもこういう場じゃ飲む癖に、今日は随分飲まないな。どうかしたのかい」

「いや、別に、たまには私も休肝日を設けようかと思ってだな、うん」


 明らかに嘘だろう顔でそう言うスティンガーに、オーキッドの目が疑わしそうに細められる。


「休肝日にすると言いながら飲み、こういう催しの際には浴びる程飲んで前後不覚になるのがお決まりのあんたがかい?」

「私だってそういう気分の時はある! ほら、馬鹿をやらかして急患が出るかもしれないし」

「普段のあんたなら、患部に酒でもぶっ掛けとけと言ってそのまま酒を飲む事を優先していたはずだが?」

「……わ、私だってな、お前を気遣う事はあうんだぞ……」

「は?」

「大体酒に酔った時だろう、お前を襲うのは。一回目以降は合意といえ、三十四の女が十七の男を、それも世話になってるとか師弟関係だとかの諸々を笠に着てやらかすのがアウトなのはわかってる」

「随分今更だし、初めて手を出されたのはもっと年若かったがね」

「言うな! これでも悪いとは思ってるんだ! 確かに私の性癖は二十歳未満だが、普段から一緒に居るお前の事をとびきり可愛い子だとも思っているが、そこに付け込むような真似をしてしまった……! そうならないよう、こうして禁酒してるんだぞ!」

「俺からしたらそんなもんは気にならんよ。寧ろ、付け込むような真似じゃないからと金でそこらの小僧を買われる方が業腹だ」

「え?」

「合意というのはそういう事だろう。俺としては寧ろ、二十歳を超えても俺を手放さない事で誠意を見せてもらいたい」

「……二十歳以降の生き物に性的興奮を覚えた事がほぼ無いから自信は無いが、見た目が子供らしければ一応興奮するし、幼い時を知っているお前なら、多分」

「そこで絶対手放さないといった軽い言葉を吐かないのは美点だが、俺もどうしてこんなのに惚れたのかね」


 真剣な顔で酷い事を言うスティンガーに、オーキッドはため息を吐きながらカレーを食った。

 ついでにスティンガーの分の酒を追加注文していたが、あれはオーキッドなりのOKという合図みたいなものなんだろうか。


「……何だって自分まで、こんなところに」

「ファジーネーブルがこういう店を嫌ってるのは知ってるけど、折角の楽しい場なら楽しまないとね」


 不機嫌そうにレモネードを舐めるように飲んでいるファジーネーブルに、サマーデライトがからりと笑ってそう言った。


「……き、嫌いよ、こういう店。最初に売られそうになったもの」

「ああ、エタノールが嫌で別のスラム探して、その途中でここまで同行する事になったって男だろ? 聞いた聞いた。売られそうになったから思わずそいつをトマトソースになるまで椅子で殴り続けたのも聞いた」

「ありふれてるみたいに言うじゃない……」

「ありふれてるからね。とはいえそこまで迎撃に気合い入ってるのは中々居ないかな。他のスラムじゃ持て余すね。毎回毎回不届き者のペースト作られたんじゃあ、用心棒にするにも怖過ぎる。特に感情がピーキーなのが良くない。雇い主と出会った三秒後に雇い主を犬の餌にしそうだ」

「来訪者を初手でハレルヤしてあの世に送りつけてるヤツに……言われたくないわ」

「取引相手を粉微塵にしたりはしないさ。相手が勝手に教会前で死んでる事はあってもね」


 ファジーネーブルはどの口で言ってんだコイツという顔で小エビのサラダを食べ始める。

 本当にどの口でという感じだが、それがサマーデライトの通常なので適応出来ないなら死ぬだけだ。その程度で死ぬようじゃ今後スピリタスで生きて行くなんて無理なので、サマーデライトの教会は新入りのふるい分けにも使われている。


「おいソルティ、何だそんなもんちみちみ飲みやがって!」

「ジット、君の方こそ飲み過ぎじゃないのか」


 すっかり酔っぱらっているジャックターに胸倉を掴まれ、梅ジュースをひたすら飲んでいたソルティは肩をすくめた。


「うるっせえな! こういう日は飲むに限るんだよ! 護衛として警戒してたっつーのに結局護衛し切れねえし、どいつもこいつも姿は見せねえ癖に視線だけチラッチラチラッチラとよお!」

「わかった、わかったから揺さぶるのをやめてくれ。私に効く」

「女がそんなに偉いか!? 性別がねえヤツには人権もねえってか!?」

「うん、さっきから思っていたが、やはり駄目な酔い方をしているなジット。水を飲むと良い。あと奇形の時点で私達に一般的な人権は無いに等しいぞ」

「テメェもアタシを抱かねえし!」

「……今、そういう話だったか?」

「そういう話だっただろうが!」

「そうか、初耳でビックリした。だが君のソレはあくまで排泄用だから性行為には向かないし、私のソレは大きい。性行為に向かない君のソレには合わないだろう。あと、そもそも私は生まれつき勃起不全だ」

「テメェのケツにディルド突っ込みゃ勃つだろ」

「そこまでしてヤりたい程性欲も無い。子供を作りたいわけじゃないなら、その行為に拘る必要は無いんじゃないか?」

「無性の体に価値がねえって!?」

「だからそうは言ってないだろう……本当に勘弁してくれ……私は倫理観がある方だから友人間でのコミュニケーション感覚で性行為するというのがあまり受け入れられないんだ……」


 ガックンガックン揺さぶられながらソルティがそう零すも、完全に酔っているジャックターの耳には届いていないようだった。

 これはジャックターが潰れるまでは被害に遭い続けるなという様子だが、巻き込まれたくないので誰もそちらに視線を向けない。ソルティが助けを求めて視線を動かしているけれど知らんぷりだ。被害妄想型の絡み酒程面倒なものは無い。


「大盛況で嬉しいこったな。だけど奢りにはしねえし割引きもしねえぞテメェら! 覚えとけ! おっと、そんでマリンスノーに渡したいってのはコレな」

「これ?」


 マリンスノーはスコーピオンに渡された袋を受け取り、中身を見て固まった。


「……ちょっと」

「言ったろ、帰って来たら用意しとくって。ボスに合わせたサイズのバニーボーイや燕尾服だぜ。軍服に、レザー生地のライブ衣装みてえなのもある。ああ、ボス用に翼が邪魔にならねえ程度の穴開けてあっから安心しろ」

「ありがとう、余計なお世話よ」

「その服着たボス見たくねえの?」

「見たい」

「そんなボスに抱かれたくね?」

「抱かれたいわよ、それは、勿論。こんな恰好してるルシアンなんて、想像するだけでもドキドキしちゃうし。でもそれとこれとは違うの」

「乙女心ってのは難しくていけねえな。もっと正直になった方が世の中楽しいぜぇ? あ、用意したセットが楽しめたなら追加注文はうちでしてくれよ」

「だから余計なお世話なのよ! ありがと!」

「どういたしましてぇ~」


 語尾におんぷが見えそうな声色でスコーピオンは手をひらひらさせた。なんてヤツだ。


「うんうん、受け取って早々色々と予定組んだりする時間が欲しいと思うけどちょーっとごめんね、預かるよ」

「え、何よカルーア。検閲?」

「別にマリンスノーの趣味に合ってるならルシアンに何着せたって僕が何か言う事は無いよ。アイツが嫌がらないならね。まあマリンスノーが喜ぶならすんなり着そうだけどさ」


 ひょいとマリンスノーの手から袋を取ったカルーアが、それより、と後ろを指差す。


「ルシアンがやーっと覚悟決めたみたい。マリンスノーには悪いんだけど、ちょっと付き合ってやって」


 見れば、今にも命を奪いますとでも言いたそうな顔と圧を放出しているルシアンが居た。

 服装は既に礼服からいつもの服に着替えているが、その様子はいつも通りとは程遠い。


「……私、何か気に障る事した?」

「ああ、あれ緊張してるだけ。僕はマリンスノー相手なら別に良いんじゃないって感じなんだけど、ルシアン的には覚悟が要るんでしょ。あの場所に行くのは僕もちょっと内臓がギュッてするから、気持ちはわからなくもないけどね」


 どういう意味だろうとマリンスノーが首を傾げれば、ぐい、と大きな手に腰を引かれた。


「行くぞ、マリンスノー」

「どこに?」


 ルシアンは何とも言えない様子で顔を顰める。


「言わなきゃこねえのか?」

「まさか。ルシアンが行きたいなら水底でも天上でもあの世でも」


 その言葉に、く、と縫われたルシアンの口角が上がった。


「良い返答だ。撤回はさせねぇからな」

「する気は無いから別にいいわよ」


 抱き上げられてラダシフの外に出れば、バサリとドラゴンのような翼が広げられる。


「……本当、良い女だよ、お前は」


 その言葉が聞こえるや否や、もう空の上を飛んでいた。



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