物騒教会
着替えを終え、軽食を食べてからスコーピオンの店ラダシフを後にした。
「あっ、てめ、ボス! またかよ! 飯と一緒に皿食うんじゃねえって何回言ったらわかるんだ!」
「仕方ねえだろ。割れたんだから」
「力加減が馬鹿なせいで皿割ったんならそのままにしとけよ! 消化出来るし縫い目の隙間から食える大きさだからって何でもかんでも食ってんじゃねえ!」
途中料理の添え物みたいに当然の顔してルシアンが皿ごと食べるというハプニングはあったものの、スコーピオンの態度からするにいつもの事のようだった。
マリンスノーに説明したカルーア曰く、ルシアンの牙と爪は尋常じゃなく鋭い上に内臓は大抵を消化可能らしい。
説明を纏めると、その切れ味はコンクリートすらも羊羹か何かのように音も無く切れてしまうんだとか。
福岡県にある国宝刀みたくヌカッと切れるのかしら、とマリンスノーは思った。
「次は教会だなー」
「いざって時の逃げ込み場所って事?」
「いや? 武器屋」
「武器」
「神父がそういうの取り扱ってるんだ。まあアイツは僕らみたいな奇形じゃなく健常人なんだけど、使える魔法に偏りがあって左遷される形で来た。最初はね」
「最初は、ってことは今は違うの?」
「三日で馴染んでどっから伝手引っ張って来たのかわかんないけど武器屋を開始」
カルーアは道端で実弾入りのロシアンルーレットを楽しんでいる酔っ払い達を指差す。
「ああいう銃を取り扱ってる」
「思ったんだけど、この世界に銃があったっていうのが意外だわ。一年こっちの世界で暮らしたけど銃なんて全然見聞きしなかったし」
「そりゃあね」
肩をすくめてカルーアが笑った。
「健常人は魔力があり、魔法を使える。だから銃に弾込めたりするよりも、魔法使う方が早くて正確。対して、魔力も魔法も無いスラムの奇形達。魔法が使えないんだから、そりゃ戦闘手段は異世界人がこの世界に持ち込んだ銃とかいう武器に偏るよね」
「あー、やっぱ異世界人なのね、この知識持ち込んだの」
異世界に現代的な銃があるというのは違和感だったし、護衛の仕事としての一環で金持ちの家に行った時も銃が飾られたりはしていなかった。
大砲なんかはともかく、銃みたいな形をした武器はあっても火薬臭い拳銃は無い世界なのかと思っていたがそんな事は無かったようだ。
「そう、異世界人が持ち込んだ。健常人は手間が掛かるだけと断じたけど、奇形からすれば自分達でも扱える手持ちの遠距離武器。魔法を放つのと変わらない効果とも言える。そりゃあこぞって手に入れるよね」
「普通に持ってる人多いみたいだしね」
「名前とかは知らないけど、大抵のヤツが持ってるよ。色々種類によって名前が違うらしいけど、僕らからすれば撃てれば良いからさ」
「真理だわ」
「ちなみに奇形達には大人気となったけど、奇形が使ってるような野蛮な物! って事で健常人たちは寧ろ銃を忌み嫌ってたりする。スラムの野蛮さの象徴、ってね。だから普通の町じゃまずお目に掛からないし、本の中ですら出てこない。スラムの奇形が登場する物語の中でなら、奇形が使う武器として出るくらいかな?」
「成る程」
バトル物では銃なんて当然のように出て来るけれど、この世界における銃は過激寄りなバトル漫画で明確に麻薬の描写がある、くらいの頻度らしい。
初期に図書館で簡単にこの世界についての知識を仕入れたけど、本当に子供向けの常識に関する部分だったものね。通りで銃についての記述が無いわけだわ。
マリンスノーはそう思い、頷く。野蛮も野蛮という扱いでは、そりゃ当然出ないわけである。
・
「サム! 入るよー!」
そう言ってカルーアが教会の扉を開けると同時、マリンスノーはルシアンに腰を抱かれてぐいと強く引き寄せられた。
それは開けてすぐ扉の影に身を隠したカルーアと同様、直線位置を避けて扉の影に隠れるような形で、だ。
「ハレルヤ!」
直後、銃声と共に目の前を銃弾が複数飛んで行った。
「相っ変わらずだなあサムは」
ハァ、とカルーアが頭を掻く。
「もうちょっと確認してから撃ってもよくない?」
「こんなのに撃たれるのはスラムの外のヤツか、もしくは油断している新入りくらいなもんだろう? これでやられるようなら今後も生き残れはしないんだから、今後苦しんだりしないよう速やかにあの世へ逝けるようにっていう神様からの祝福さ」
「本音は?」
「神のお膝元なら逃げ込めるなんて甘い事を考えてるヤツの脳天をぶち割ってやりたいね。救いが欲しけりゃ金を払うか、脳天に銃弾食らってお陀仏するかすれば良いんだ」
ったく、と零してタバコに火をつけたのは、カソック姿の男だった。
裾の長いカソック服に白いケープのような外套を羽織っているが、その上からでも引き締まった筋肉質だとわかる体つき。首から十字架を一つ、腰には二つの十字架を下げている。
強気なツリ眉の下にある垂れ目が、マリンスノーを視界に入れた。
「おや、見ない顔だな。風俗が嫌でシスター志望に来た新入りか何かかい? それにしては健常人みたく見えるけど」
「実際健常人だよ。うちに自分から身売りした異世界人」
「成る程、頭がおかしいのか。救いに一発銃弾でも要る? 今なら特別サービスで脳天に一撃で即死させてあげるよ」
「お断りするわ失礼神父」
にこやかに失礼な事を言う神父に、マリンスノーは顔を顰めてそう返す。
「好きで身売りしたんであって、頭がおかしいとかじゃないわよ」
「そこが頭おかしいとこだろ」
タバコを咥えながら神父は半目でそう言った。
「好きで身売りっていうか、正確にはルシアンに一目惚れしたから丁度いい口実としてそばに居る為の手段に利用したっていうのが正しいし」
「オッケー、頭ん中が一周回ってるらしい。逆にスラムに適した思考回路してるとも言えるな。男の趣味は大丈夫かい? 美的感覚狂ってたりする?」
「失礼ね。見た目はちょっと乱暴そうな方が好きってくらいよ。私が惚れるポイントは、殴ったりはしないけど力加減が下手でついつい腕掴んだ時とかに痣作っちゃうような男だし」
実際先程抱き寄せられた時も中々に痛かった。後でお風呂入る時に確認すれば多少痣っぽくなっているだろうなという力だ。それを想像し、マリンスノーの顔が満足げににやける。
「……うん、大分おかしいね。頭ん中が奇形にでもなってるんじゃないか?」
「理由がどうであれ、僕らとしては異世界人が構成員になるのは助かるからね。好意的なのは事実だし、わかりやすい理由があってくれる方が裏を探らなくて良い。僕が覗き込んだ感じからして、間違いなく本心だったし」
「カルーアのその目の信用度ってどのくらいだっけ?」
「十割信用して良いに決まってるじゃないかサム。なけなしの魔力がこの一つ目に流れ込んだ恩恵だよ」
そう、奇形には特殊能力染みた力を持つ者も居る。
魔力が無い為に魔法こそ使えないが、体の形が変質しているからか一部に魔力が備わっているらしく、魔法染みた効果を持つ事がある。
翼はあるものの、それがあるというだけで飛ぶ事は出来ない者も居る。寧ろその方が多い。
しかし翼に魔力が流れたのか特殊な力があれば、翼を動かして飛ぶ事が出来る。飾りではない翼、という事だ。ルシアンのドラゴンのような翼もそのタイプ。
そしてカルーアの場合は眼球に魔力が流れ込んだらしく、相手を覗き込む事で嘘か本当か、どういった感情を抱いているか、などを見抜く事が出来た。
魔法と一口に言っても炎だの水だのと使い手によって相性がある為、奇形にならなければそういった系統を得意として生まれる予定だったのかもしれない、と言われている。
もっとも奇形に関してを研究するような物好きなどは居ない為、その辺りの真偽は定かではない。
「ま、とりあえず新入りさんに挨拶でもしようか。僕はこの教会の主であるサマーデライト。サムで良い」
「了解、サム。私はマリンスノー。よろしく」
「うん、よろしく」
にこやかに微笑んだサマーデライトと握手を交わせば、その手は優男の顔に似合わずゴツゴツとした、武器を持ち慣れた男の手をしている。
「んー……」
逆にマリンスノーの手を握ったサマーデライトの方は、何かを考えるように何度かマリンスノーの手を握って確認していた。
最後に一度しっかりと握ってから、サマーデライトの目がマリンスノーを見る。
「持ち慣れてない柔らかな手をしているね。武器を持った事は無いのかな」
「無いわ。護衛の仕事をしたりはしたけど、能力でどうにか出来たし。そもそも武器を持つのが合わないのよ。武器持ってどうにかするより能力でさっさとどうにかした方がマシ」
「成る程。ルシアンもこの子には武器を持たせない方針で行く感じかい?」
サマーデライトは視線をルシアンに向けて問いかけた。
「それなら僕も別に武器の斡旋はしないけど」
「いや、何かは持たせろ。目に見えて武器を持ってるかどうかってのは牽制になる」
「オッケー。火薬はお好きかな?」
言うと同時、サマーデライトの周囲、何も無い空間からずるりと複数の銃身が姿を現す。
宙から先端や銃身を、それも何も無い空間から出現させている事に、マリンスノーは思わず目を見開いた。
「魔法……にしても、こんな魔法、あるの? いえ、そりゃあ袋や箱の中を魔法で広げて沢山の物を入れられるように、っていうのがあるのは知ってるけど」
「ハハハ」
タバコを咥えたままサマーデライトが笑う。
「そうやって驚きの目で見てもらえるのは嬉しいが、残念ながら僕が扱えるのはこの魔法だけさ。空間を少し広げて収納数を増やす程度」
「でもそれって、袋とか箱とかの、存在する区切りの中を広げるものでしょう? 空中なんていう、区切りが存在しない空間になんて……」
「うん、僕もそう思ったし世の中の定義としても不可能とされている魔法だ。認識出来ない何も無い空間をどう認識するか、でまずつまずく」
つまり、
「サムはつまずかなかったの?」
「うん、別に。見えないだけであって、この空間だけ、とかは区切れるからね。土地なんて根本的には区切りも何も無いのに、所有者が主張すれば区切りがあるとされる典型だ。なら収納空間を増やす魔法の応用で、大体この辺りの空間の内部を広げれば、一見すると何も無い場所から物質の取り出しが可能となる」
「マリンスノー、一応異世界人であるキミに念の為説明をしておくと、応用しようが逆立ちしようが世界の摂理に喧嘩売る根性があろうが当然のように不可能って所業だからね。やれば出来るんだとかいう次元じゃなく、コイツが頭おかしいだけ」
「大丈夫よカルーア、何となく察してたから」
「酷いな」
そう言いつつも眉を下げたサマーデライトの苦笑を見るに、何度も頭がおかしいと言われてきたのだろう。まあ天才というのは極め過ぎると変態と呼ばれるのでさもありなん。天才バイオリニストだって指の動きが変態的に気持ち悪かったりするのでそんなもんだ。
「まあ、魔法が使える健常人からも散々言われたから慣れてるけどさ」
「具体的にどのくらいのレベルで変態的所業なの?」
「僕に聞かれても、僕は普通に出来ちゃったから。カルーア説明出来る?」
「足の指で掴んだ一本の爪楊枝で水場にある岩に座ったまま一歩も動かず魚を一度の失敗も無く刺して確保してを三十回程繰り返すくらいの気持ち悪い技量」
「うわ凄いのはわかるけど気持ち悪っ……」
「そこまで気持ち悪がらなくても……」
マリンスノーが思わず自身の身を抱くように腕をさすれば、流石のサマーデライトも少し悲し気に肩を落とした。
「そもそも、ここまでの空間って自分の中で区切ったとしても、それでどうにか出来るものなの? 仮に出来たとしてもその空間で、ってやった場合、その場所に荷物を埋めるようなものでしょ? 移動したらそれで台無しになるんじゃない?」
「確かにこの椅子の上にあるこの空間、って定義すればそこに扉がある状態だから、そこからしか出し入れは出来ないね」
その考え方は合ってるよ、とサマーデライトが頷く。
「だから、自分を軸にした」
「自分を?」
サマーデライトはにんまりと笑った。
「自分を軸にしてこの位置の空間を、ってやれば、そこに見えない箱があるのと同じになる。腰のこの位置、とやれば手持ちの収納空間拡大済み袋を下げているのとおんなじさ。僕を軸にしているから、僕の手の届く範囲に扉はあるし、僕が移動しても問題は無い。僕を軸に、僕の右斜め上の位置の空間、って定義すれば良いんだから」
「変態的な気持ち悪さを極めに極めた技術っていうのはよくわかったわ」
「あれ? 難易度の高い問題をクリアしてみせた事実に向けられる感激の目は?」
「レベルの高さと凄さはわかるけど、理解の範疇を上回り過ぎ」
数学で一番綺麗と言われている数式を見せられるようなものだ。マリンスノーは別に数学が得意でも無ければ好きでも無いので、あの数式の美しさを説かれてもさっぱりわからない。見せられても理解出来ない。
今だってそれと同じで、説明されても困る、という反応しか出来なかった。
「……まあいいや」
少しテンションが下がった様子でサマーデライトは周囲から出したままの銃身を手で示す。
「気に入った武器なんかはあるかい? 連射性が高いだとか、衝撃が少ない大きい……あ、音が出ないのもあるよ」
「まず銃を使う予定が無いわ。使い方わかんないし。安全装置がどうとかは映画で見た事あるけど、具体的にどの位置の何なのかもサッパリ」
「え? 僕だって別に理解はしてないよ?」
「武器屋なのに!?」
「本業神父で武器屋は趣味だ。仕入先だって、こういう構造と理解はしてても名称までは把握してない。こういう手順で動かせばこうなる、って手順さえ知っていれば名前を知らなくてもどうにかなるしね」
何たる適当。
まあフグの卵巣の糠漬けだってどうして無毒化されるかの原理はともかくとして、無毒化されるというやり方と結果はわかっているので問題無しとされているくらいだ。何事も案外どうにかなる。
「……もうちょっと手入れの手間が無くて、というか手入れの必要なんてほぼ無くて、持ち歩きやすくて、初心者でも取り扱えるような物は無いの?」
「僕からも注文するなら、そこに加えて一撃の威力が高いのが良いかな」
「じゃあこれだ」
そう言って宙に銃身を仕舞ったサマーデライトがこれまた目に見えない別の空間に手を突っ込み、何かをずるりと取り出して見せる。
両の手それぞれに持たれたそれは、
「ワインの瓶と金槌。どっちが良い?」
「ねえそれ本当に武器って扱いで良いの!?」
「殴れば武器だよ」
思わず叫んだマリンスノーの言葉に、サマーデライトはさらりと返す。
「ぐ……」
確かにと納得し、マリンスノーは口を噤んだ。
「……何でそのチョイス?」
「素人が持ちやすいし振るいやすい。殴った際の威力も高い。リーチがある系は素人にはオススメしないしね。扱う筋力の問題もあるし、遠距離系となると懐に入られたら終わる」
「ちゃんと理由はあるわけね」
「勿論。金槌は言わずもがなオススメ。身に着けやすい。スカートの下、太もも辺りにベルトでも巻いて隠せる」
確かに、慣れない銃を携帯するよりは手に馴染みそう。マリンスノーは頷く。
「ワイン瓶は、まあワインで無くとも良いけど中身入りの方が一撃目の重さが良いかと思ってね。空き瓶よりは脳天を割りやすい」
「まず瓶が割れそうだけど?」
「割れたらその分割れ目で相手の顔面を狙えば良いだろ? その方が攻撃力も高いしね。あと、酒が飲みたい時に飲める」
「金槌でお願い」
「僕も同意見」
うん、と既に椅子に座っていたカルーアが同意した。
ちなみにルシアンは会話に興味が無いらしく、軽食を済ませて腹が膨れて眠くなったのか椅子に腰かけ、腕を組みながら天井を見上げてグゥと寝ている。
「酒瓶だと酒寄越せって寄ってくるアル中居るし、割れる度に新しいのを買い足さないといけない。何より持ち運びにくい。中身入りの時点で重いしね。割れたとなれば、攻撃力はともかく持ち運びは尚更厄介だ。片手が常に塞がるようなものってのは却下だよ」
「オッケー。じゃ、金槌二つね」
言い、サマーデライトはワイン瓶を仕舞ってもう一つ金槌を取り出した。
それに対しマリンスノーは不思議そうに首を傾げる。
「何で二つ? 一つで良いんじゃないの?」
「ぶん投げたり手から落ちたりした時にもう一つあると安心だろう? それに、健常人の足は二本だ。両方に一つずつ持った方が重心はずれない。重心から武器を持っているのを見抜かれる事もあるし、片方だけに武器を持っていると重心のせいで変な癖が出来る時もある。念の為のストックも兼ねて、両方持っておいた方が良い」
サマーデライトはそう言って、笑顔で二つの金槌をマリンスノーに手渡した。