愛しているから
中庭に帰って来たりも無く、話し合いの場に乱入も無いのでルシアン相手にどういう話の付け方をしていたのか気になっていたが、要するにマリンスノーとのやり取りを全部見せるという話の付け方をしていたらしい。
マリンスノーが自分でどういう選択を取るのか、シュセイ側から問題のある圧を掛けて強制したのではないのか、といった諸々の判断をクリアするのに端的な方法ではある。
「いやー、シュセイがマリンスノーを勧誘する時点でルシアン不機嫌状態だし、初っ端からルシアンの為発言でしょ? あの時点から酷かったんだよ、本当。そんな事考えてもねえのに手前の名前を勝手に出しやがってって叫びそうになってたからねコイツ!」
「お疲れ様だったわね」
「まったくだよ!」
あー疲れた! とカルーアは伸びをして肩をぐるぐる回したりしていた。相当肩が凝ったらしい。
一方ルシアンだが、棚から下りてからはずっとマリンスノーをぎっちりと抱きしめている。下手に身動きする事も出来ない程ぎちぎちと抱きしめられているし、少しでも抵抗の素振りを見せれば骨が軋む勢いで力が強められそうな勢いだ。
マリンスノーからすればそれもご褒美兼愛情表現みたいなものなので、どちらに転んでも嬉しいけれど。
「っていうか、僕らとしても色々初耳。僕らの過去が知られてるくらいは想定してたけど、奇形が産まれる仕組みなんて初めて知ったよ。僕らの故郷が燃やされた理由、その真相もね」
「何だ、その程度も知らなかったのか。足りないのは目の数だけでは無いようだな」
「有り余って腐らせそうな数持ってるよりはマシ」
中々に悪意を感じる応酬だが、この程度は軽口みたいなものらしくお互いの空気はそこまで険悪というわけでもない。
否、最初から険悪というか警戒が感じられる空気は纏っているものの、より一層居心地の悪い雰囲気に、というわけではないのでこのくらいは通常なのだろう。
「しかし、今知ったならばそちらの心変わりはあるかもしれんな? どうだ、マリンスノーをこちらに寄越す気は湧いたか? 貴様らの故郷を燃やした憎き思想も、マリンスノーをこちらに寄越せばあっという間に死滅するぞ」
「誰がテメェみたいなイカれ思想のクソ女にくれてやるかサソリ女」
ルシアンは中指を立てながら顰め面で即答した。
「世界中を奇形だらけにするなんざ、手前からすりゃどうでも良いんだよクソッタレ。健常人と奇形が仲良くしていた。それが目を付けられる理由になった。それが真相なんだったら、手前がやる復讐は同じようなスラムを作り上げる事だ。テメェみたいに、加害者を消せば被害者は出なくなるなんて極端やる気はそもそもねえ」
「私が掲げる理想よりも、随分と難儀しそうな目的だな」
馬鹿にするような声色のシュセイに、ハ、とルシアンが鼻で笑い返す。
「難儀上等。上手くいってた例は手前とカルーアがよく知ってる。今だって、スラムに偏見が無く手前の方針と合うようなら健常人だって受け入れてんだ。積極的に引き込む気はねえが、いずれ自然とそうなってくだろうよ。テメェみたいに女だけだの奇形だけだのと受け入れ対象を選り好みするスラムが多い以上、そいつらは手前のスラムに辿り着くんだ」
「マリンスノー」
シュセイはルシアンの主張など興味が無いと言わんばかりに、マリンスノーへと視線を向けた。
「貴様、本当にこれを選ぶのか? この思想は貴様の目的に一致するのか?」
「別にルシアンの思想や目的が私と一致するから一緒に居るってわけじゃないもの。私がルシアンに惚れたから一緒に居たいってだけよ。ルシアンが何を掲げてたって、私に理不尽な暴力を振るうとかじゃないならどうでも良いわ」
だって、
「何を掲げていたところで、私がルシアンを愛する事の邪魔になんてならないし」
シュセイが一瞬、きょとん、と目を丸くする。
「フ、ハハ、フハハハハ!」
その直後、愉快極まりない、といった様子でシュセイは大きく笑い出した。
「ふ、そうか。それが貴様の言い分か。良いだろう」
く、とシュセイが首を傾けてマリンスノー達を見下す。
マリンスノー達が立っているのに対してシュセイは座っているので目線の高さはシュセイの方が低いはずだが、その目は確かに見下していた。
「少しでも隙があるならスピリタスを潰してでも無理矢理エタノールに攫うつもりだったが、そこまで言い切られてはこちらも何も言えぬ。貴様が満足行く幸せを得ていると断言しているというのに、その幸せを奪う事もな」
「あら、思ったよりすんなり引いてくれるのね」
「貴様が間違いなく幸せを感じているようだからな」
ふん、とシュセイが腕を組む。
「だが忘れるな。マリンスノーが貴様らによって不幸を感じたなら、その瞬間私はスピリタスを潰す。幸せになれぬ女が居るなら、そこは間違いなく私の敵だ」
「テメェの言い分なんざ手前が知るか。勝手にほざけ」
ルシアンの腕の力が強められ、みしり、とマリンスノーの体が圧迫された。
「これは手前の女だっつってんだろ。誰かにくれてやるくらいならそうなる前に殺してやる」
まあ、とマリンスノーの頬がぽぽぽと赤く染まる。
「ルシアンったらそんな、そこまで大胆に言ってくれなくても」
「あっマリンスノーから見てもこれ嬉しい言葉だったんだね!? 良かった! 自分以外の物になるならそうなる前に殺して永遠に自分だけの物にするっていうあくまで好意由来の発言なんだよって必死にフォローしなきゃかと思って焦っちゃった!」
あービビった! とカルーアが額の汗を拭った。
「良かったマリンスノーがルシアンの思考把握してて!」
マリンスノーとしてはその意図を察した上でそれだけの独占欲を抱いてくれた事が嬉しかったが、普通はそこまで察せないという事だろうかと首を傾げる。両親もわりと重い愛し合い方だったのでルシアンの意図はわりとわかりやすい。
もっともマリンスノーは父親に似た人が好きという点からもわかるように母親似の為、好きな人が幸せでいてくれるなら自分以外と愛し合ってても良いし愛人が居てもそれで幸せならそれで良い派である。
なので同じ気持ちだから理解出来るという方向性とは違うのだが、結果的には意図を読み取れていたので結果オーライ。自分だけが特別だと言われるのも嬉しい事だ。
勿論ルシアンからすればカルーアもかけがえの無い特別枠だろうが、そこはマリンスノーもよくわかっているので良い。
マリンスノーにとって両親への好意は当然あるものだし、根本的に父親が好きだからこそ父親に似た人に好意を抱きやすいという流れが出来ているようなものだ。恋愛的じゃない意味の特別相手に嫉妬するようなメンタルはしていない。マリンスノーから見ても二人はその関係性が当然としか認識出来ないので、嫉妬する対象では無い。兄弟がツーカーでわかり合っているに等しい状態に嫉妬する程、マリンスノーの心は狭く無かった。
「……異世界人の抱く幸せとやらは理解出来んな」
ハァ、というシュセイのため息がやたら大きく室内に響いて消える。
女の幸せを奪うつもりは無いので今回は見逃すが、こんな厄介極まりないケダモノに好かれる事のどこが幸せだと言うのやら。