両親の子
わいわいと四人で話していたら、ふとオールドパルとスプモーニがどこかを見てからお互いに顔を見合わせ頷き、三本足のヒールを鳴らしてこちらへと一歩近づいた。
「「準備が整ったようです」」
「え?」
きょとんとするアズールが視線を向けるも、オールドパルとスプモーニはアズールを視界に入れようとしないまま、ひたすらにじっとマリンスノーを見つめていた。
先程までは近付くどころか会話を聞くのも、というよりシモな話や男の声が聞きたく無さそうに顔を顰めていた二人が、である。
「準備って、何の準備かしら」
「シュセイ様と異世界人様のお話の場、その準備が整いました」
「ルシアンの許可は」
「準備が整ったというサインがあっただけなので、私達にはわかりません」
淡々と語るオールドパルと、少し苦笑しながらのスプモーニ。
でも、とこれまでの控えめな顔と違い、拒否させる気はないという強気さが見える顔でスプモーニが言う。
「私達はシュセイ様に忠誠を誓い、シュセイ様に従う事でここでの暮らしを得ています。スピリタスのボスからの許可が出たとしても出ていなかったとしても交渉が破綻していたとしても、準備が出来たというサインがあったなら私達は異世界人様をお部屋へご案内する。私達の役目は以上です」
面倒な、とマリンスノーは肩をすくめた。
淡々と語られる内容からして、彼女達の心情がどうとかそういう次元の話じゃないな、というのがわかったからだ。説得も交渉も通じないのがわかる。
スイッチを入れればお湯を沸かすポットのように、そうされればそう動くだけの、そういう機械的な存在。そういう事だ。成る程、規律が厳しいという意味の実態が何となく察せた。
ポット相手に説得なんて通じないように、ここで何かを言っても暖簾に腕押しとなるだけだろう。
「おい、聞き捨てならねえな」
これまで黙って待機し警戒を続けていたジャックターが二人を睨みつけ、マリンスノーを庇うように近付き音を立てて机を叩く。
「誰を、どこへ連れて行くって?」
「どこへとは言えません。用意された部屋に案内するのが私達の仕事です」
オールドパルが淡々とそう告げる。
敬語で告げている辺り大変にマニュアル染みていて、尚の事交渉などは出来ないのが伝わって来た。
「私達はマリンスノーの護衛として同行している。マリンスノーが移動するなら私達もその場所へ同行させてもらおう」
「拒否します。シュセイ様は異世界人様のみをお通しするように命じられました」
ソルティの言葉に、スプモーニは冷静にそう返す。
「テメェらは信用ならねえ」
「そちらからの信用など何の意味もありません。信用があろうが無かろうが、私達は異世界人様を連れて行きます」
「帰す気はあるのかを聞かせてくれ」
「私達の判断するところではないので返答を拒否します。帰すか帰さないかの判断がどうなるにしろ、私達は連れて行く以外にありません」
暖簾に腕押し糠に釘。AIでも相手にしているかのような淡々とした返答。
ある程度の自由度が許される状況下なら私語も許されてはいる様子だったが、何かを命じられたら即座にそれを遂行するという、そういった昭和の軍人らしいシステムが構築されているようだ。
まあ、思想やらを統一して無駄な事を考えないように調節し、上下をハッキリさせる事で反抗心などを持たないように、といった色々を考えると効率は良いのかもしれない。人情的にはアウトだが、合理的に考えれば有りな考え方だろう。
だからといってそれにはいそうですかと頷くわけにもいかないのがこちらだが。自由度が高いのがスピリタス。成る程、色事は好きじゃないもののエタノールの厳しい規律は合わないからとやってくるファジーネーブルのような人間が出て来るわけだ。それだけの厳しさが滲み出ている。
「無理矢理にでもついてくぞ」
「拒否します。エタノールは女性以外の立ち入りを禁ずる場。異世界人様以外はこの中庭への来訪を許されましたが、そこからの移動は許可されておりません」
「隔離場所かよここ」
「監視しやすいのは確か」
「わかっちゃいたけど人権無いお」
トリオがぼそぼそと呟いていた。わりと余裕あるな。いや、そうやってお互いと喋る以外に出来る事が無いだけとも言えるのか。
一方ジャックターは機械のように淡々とした返答しかしなくなった二人にチッと舌打ちをし、
「ならソルティとそこの緑肌と多椀は置いてく。それでどうだ」
「待ってぼく巻き込まれたお!? ぼくマジで粘液を有害にするとかしか出来ないお!」
「充分じゃね」
マリンスノーは内心アズールに同意した。
確かに前そんな話を聞いた気がするが、戦力としてはかなり充分と言える武器だろう。まあ有害の度合いがどのレベルなのかにもよるけれど。
「女性であるならこちらも許可が出るかどうかの確認をします。が」
真顔で喋り続けていたオールドパルが表情を崩し、ハ、とジャックターを鼻で笑った。
「男でも女でも無いような無性に、確認を取る程の価値があるとでも?」
「あ゛あ?」
「同様に両性もエタノールでは無価値とし、意見を出せるような権利は無いとご理解ください」
「安心して良いのか舌打ちした方が良いのかわっかんねーお……」
笑顔のスプモーニに言われたクリスタルラッシーが小さくぼやく。
言われてみれば確かに、今回のメンバーに純粋な女と言えるのはマリンスノーだけだった。
ジャックターは見た目こそ幼女に見えるがその性別は無性であり、男でも女でも無い体。そしてクリスタルラッシーは下半身がナメクジ型だからなのか、雌雄同体であるナメクジ同様に両方の要素を併せ持つ。
女性至上主義だからこそ、男も無性も両性もエタノールにおいては無価値という扱いらしい。だからそちらの同行を許す理由は無い、というのが向こう側の主張だ。
「結局のところ、一人で来い、って事ね」
「案内として私達が付き添います」
「エタノールの民は全てシュセイ様に絶対の忠誠を誓っているので、襲撃などの心配は必要ありません」
「テメェらの性根が信用ならねえっつってんだろうが!」
「無性の意見など聞いておりません」
ジャックターの顔がいよいよ殺意に染まって来た。今にも銃を出そうとしているのをソルティが羽交い絞めにしてどうにか押さえ込んでいるが、このままだと血が出るようなバトルが発生してしまうだろう。
言い方はともかくとして、表面上は平和的にご招待されたとも言えるので、こちら側が相手のホームで暴れるのは外聞的に中々不味い。そこを交渉カードにされる危険性を考えれば、大人しくついて行った方が良いだろう、とマリンスノーは考える。
そも、シュセイと話し合いの場が整えられたという事はルシアン達との会話は終わったというわけだ。
ルシアン達の性格上、話が終わったならすぐにこちらへ向かうはず。なのに彼らはまだ現れない。あからさまに攻撃を受けたり足止めを食らったりしたなら、壁を破壊して飛んでこちらへ来る。それがルシアン。なのに、それも無い。
という事は、シュセイのところでマリンスノーが会話するという事に許可を出したと、そう見るべきか。
このまま時間を稼いでルシアンを待つというのも選択肢の一つだが、それで血を見るような喧嘩になってスピリタス側に不利なカードが発生するのはよろしくない。
「……仕方ないか」
はーあ、とマリンスノーはため息を吐く。やれやれだ。
でも、仮にもじゃなく、ボスの女と呼ばれている身。名乗っている身。スピリタスの不利になるような状況に気付いておきながら、我が身可愛さに気付かぬ振りをし続けるわけにもいかないだろう。
だって、そういう立場だ。
愛する人と今後も一緒に居る為に、相応しい態度というものがある。
「わかったわ。行きましょう」
「マリンスノー!? こいつらは普通にポーション類も使ってくるんだぞ! 下手すりゃ室内に焚かれた匂いで頭ん中がラリパッパ状態にされかねねえ!」
「そうならないよう予防はしとくから心配しないで」
「……何より、あの女の目にやられたら……!」
「ああ、まあ、確かに、その心配はあるけど」
視線を向けられただけで眩暈にも似たふらつきを見せてしまう程の圧。
恐らくは密室空間で、真正面から、一人でそれを浴びる。それは中々に恐ろしい話だ。
でも、
「これからもルシアンと一緒に居たいから、その邪魔になるようなら早めにどうにかしておかなくっちゃ」
笑ってそう言うマリンスノーに、アズール達がちろりと顔を見合わせる。
「やっぱママさんの子だよなマリンスノー」
「惚れた相手の敵なら場合によっちゃ、って感じの匂わせあるのが本当それ」
「マリンスノーに護衛とか必要ない気がしてくるお」
好き勝手言ってくれるじゃないあの三馬鹿。