今後のエルジンジャ
ルシアンの翼で帰って来たマリンスノーが見たのは、仕事中のシャンパンカクテルだった。
「予定通りにサラトガクーラーは死んだの?」
「そりゃあもう。見本みたいな絶望顔でね」
カルーアがカラカラ笑ってそう返す。
「マリンスノーが持って行ったカメラとマイクから、魔力を繋げる事でこちらでもその映像を展開。手足潰されて猿轡状態だったから何を言いたかったかは知らないけど、それなりに溜飲は下がったかな」
「見てたこっちとしちゃ悪趣味だったぜ」
「あはは、スラムを火の海にして異世界人でありスラムのボスの女であるマリンスノーを囲おうって言うんだから仕方ないよね! うんうん、だって彼が自分の上司であり大事な弟でもあるシャーリーテンプルに、異世界人を追うのは危険だしスラムを敵に回すのも危険だからいっその事逃亡してしまいましょう、とでも言えばそれで良かったのに」
あーあ、とカルーアは目を細めて笑った。
「弟が大事だったのはわかるけど、大事だからって盲目的になってちゃどうにもならない。目が曇り過ぎだよ。シャーリーテンプルの方はスラムを見下す癖はあったようだが、健常人の常識を考えれば常識の範疇内。性格から察するに、論理だてて説明すれば理解出来るくらいの頭はあった。が、弟可愛さに引き際を弁えず、出来ると背中を押し、ここまで引きずり込んだとも言えるのはサラトガクーラー。サラトガクーラーがもう少し無能なら、長生き出来たかもしれないね」
要するに、サラトガクーラーは有能であったがゆえに異世界人の所在を突き止め、尚且つ有能さゆえに異世界人確保とスラム潰しを出来ると思ってしまった為に起こった悲劇だと、そう言っているわけだ。
スラム側としてはケラケラ笑うだけの笑い話だが、向こうの立場からすれば笑うどころじゃない。
「カルーア、もしかしてサラトガクーラーにもそう言ったの?」
「まさか。ここまでペラペラ話して敵対心煽るのも面倒だったからね。操られているシャーリーテンプルの姿に慌てた様子で何かを叫んでるみたいだったけど、こっちの声は届かないから無駄なのに。で、シャーリーテンプルが自爆してからは目を見開いて虚ろな表情。すぐに自殺するかなって思ったのに動きが遅くてやんなっちゃう」
「で、背中を押したのね」
「勿論」
当然じゃない、とカルーアは明るく弾んだ声で言う。
「君が彼を止めていれば、君がスラムに伝手を持っていなければ、君が彼女を引き合わせなければ、こんな死に方もせずに済んだろうに」
あーあ、
「正気も無いまま君のせいで死んじゃうなんて、可哀想な弟くん」
一度見れば脳裏に焼き付くだろう鮮烈な笑みを浮かべてそう言ったカルーアは、すぐにパッといつも通りの明るい笑顔へと戻った。
「とまあ、そんな風に囁いてあげたらあっさりとね。拘束具で他人に対しての魔法の使用は禁じてたけど、自分に対して使えないわけじゃない。有能さをしっかり活かし、落としたハンバーグのタネみたいに潰れたよ」
「その場で潰れたお陰で飛び散らなかったのはありがたかった」
よっ、とシャンパンカクテルが掃除道具を纏めて立ち上がる。
「これで掃除は完了だぜ、カルーア」
「うんうん、ありがとうねシャニー! あ、良かったら打ち上げ参加する?」
「代金別として奢りならな」
「あっはは、しっかりしてるんだから! うん、でもそれで良いよ! いやあそれにしてもどうなるんだろうねエルジンジャ!」
くつり、とカルーアは楽しそうに目を細めた。
「国王と王子一人、そして国王の側近達に、一部の民が火の海で死んで、てんやわんやになっちゃうかな?」
「お前が言ったんだろ、カルーア。あそこの第一王子は優秀で、引き際を弁えてるって」
「まあね」
ルシアンの言葉にカルーアが頷きを返す。
「国王のシャンディガフは民からの人気があった。だが国を率いたり統治したりの才能は無い。欲に目が眩みがちなのもいただけなかった。カモとしては良いんだけどさ」
あの国王シャンディガフという名前だったらしい。マリンスノーは頷いた。
いっちばん最初の初対面時に自己紹介をされたようなされなかったような気がするが、どっちみち覚える必要は無いと思っていたので初耳気分だ。
まあ国王の態度からして、自己紹介の必要も無いといった話の進め方をする図が浮かぶので本当に初耳かもしれないけれど。
「第二王子のアップルジンジャーも惜しい。野心がギラギラなのは良いけど即物的。深く考えずにあれこれと手を出したり短絡的に動くから、国王になれば数日であれこれやらかすのは目に見えてる」
「第一王子は?」
「モスコミュール・アルノン・エルジンジャは優秀。これは太鼓判を押せるくらいにね」
マリンスノーの問いにカルーアはそう答えた。
「性格は真面目。民の事を想ってる。だからといって立場や政治を軽んじたりはしない。何より良いのは、スラムに対して対等を心掛けている事。これはやろうと思っても中々出来るものじゃないから、それをきちんと実行出来てる時点でスラム側としては花丸満点」
つまり、健常人側の常識として染み付いた嫌悪や迫害が無い希少な存在、という事だ。
「勿論、次のスラムとの話し合いの場で、国王として席に着き、どういう態度を取るかにもよるけどね。最終判断はそこ次第。事実と国の存続を優先するか、私情と国のメンツを優先するか。前者なら憂さ晴らしも出来た分を兼ねて優しい対応にしてあげるところだけど、後者なら容赦なく食い物にさせてもらおうかな」
あは、とカルーアはいたずらっ子みたいな顔で笑っている。
関わりを持つ以上、カルーアは身内以外にもしっかりと採点を行っているらしい。その採点次第でどういった対応をしていくかが決まっていくのだろう。
国を背負ったり民を落ち着かせたり、そしてスラムに採点されたり。第一王子とやらも大変だ。