風俗酒場ラダシフ
「まずは酒場かな」
そう言い歩き出したカルーアとルシアンに置いてかれないよう、マリンスノーもついてゆく。
「その前に、というかそれまでの間に、マリンスノーには能力の説明でもしてもらおうか。どのくらい有用?」
「一年で色々試したけど、結構バリエーション豊かだったわ」
歩きながらマリンスノーはそう返す。
トラックにぶつかってから能力を貰いこちらの世界に、という王道を通ってやってきたわけだが、神から説明を受けた際に大体の使い方は把握していた。
だからこそ国王の前からも逃亡出来たし、一年間見つかる事も無く、また王族の前に突き出される事も無くふらふらと旅人みたいな事が出来たのだ。
「具体的に言うと、私の能力はオノマトペ」
「既にわかんないや。詳しく説明」
「効果音っていうか、擬音っていうか……イメージと一致する音であれば実現出来るっていうか」
「ルシアンの手を、パッ、と離させたみたいに?」
「そうそう。手をパッと離すイメージでああ言ったの」
「って事は大体何でも出来るね。村一つでこんな掘り出し物とは、良い買い物したなあ!」
カルーアはご機嫌な笑みを浮かべ、ステップを踏むように軽い足取りでターンする。
「さて、到着したよ。ここが僕ら行き付けの酒場、ラダシフ!」
到着した店の看板は、明らかにお色気系とわかるソレだった。
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「らっしゃぁーい。いよぅ兄さん方。元気そうじゃねえの」
カウンターの向こうからそう言って笑顔で出迎えるのは、踊り子染みた恰好の男。
ここに来るまでの間にそういった恰好の男性も少なくなかったので今更マリンスノーもそんな事を気にはしないが、どちらかといえば彼の右目が気になった。
向かって左側、本人からすれば右側の目。
そこに、目が無い。
「二人で来るくらいならともかく、新顔かい? うちへの斡旋?」
「違う」
「僕らのとこの新入りだよ、ピオ。だから新顔ってのは合ってる。使い勝手が良さそうかつ、ルシアンに惚れるという男の趣味が終わってる系異世界人。それなりに目をかけてやって」
「私の目の前で男の趣味が終わってる扱いは無くない?」
「えー?」
流石にマリンスノーが眉を顰めるも、カルーアはへらりとした笑みを返す。
「じゃあマリンスノーの男の趣味は?」
「殴ってはこないけど力加減が出来なくて強く掴み過ぎた結果相手の体に痣とか作っちゃう感じの男♡」
「うん、趣味終わってんね。確かにルシアンは力加減が馬鹿なとこあるから言いたい事はわかるけど」
「…………」
ルシアンは文句ありげに顔を顰めていたが、本人もいまいち力加減が出来ていない自覚はあるのでだんまりだった。
実際、服で隠れているとはいえこのスラムまでの移動の際に腹を掴まれた事により、マリンスノーの腹にはうっすらと痣が出来ている。
落とさないようにという気遣いとも、力加減が出来ていないだけとも言えるだろう。
「まー、趣味が終わってるかどうかはどうでも良いや。このスラムに居る健常人なんて大概ゲテモノ好きだしな。俺の店だってそういう客ばっかりさ」
「てか結局ここって酒場? で良いのよね?」
「一階はね」
片目が無い顔で、カウンターに頬杖をつきながら酒場の店主はにっこりと笑う。
「この俺、スコーピオンの店は一階が基本的には酒場で、二階はエロい事する店なのさ」
「一階の、基本的には、ってのは?」
「夜中はうちの嬢がエロく踊んのよ。ほれ、あそこな。踊る用のフィールドあんだろ」
「成る程、ポールダンス」
「ポールダンスしながら脱いだり歌ったり、踊り子を気に入った客が金を払えば上の階で致す事も出来る。ちなみに上の階で待機してる嬢はうち所属の踊り子でもあるけど、ベッドの上でのダンスと舞台の上でのダンスは別料金な。部屋にそれぞれ踊る用の場所用意してあんの」
よくわからないわ、とマリンスノーは首を傾げた。
「どういう意味?」
「かぶり付きかつ自分の為だけにマジなダンスを踊ってもらうなら、踊り子は踊り子だからダンス分の料金が要るって話。ベッドの上でのダンス、つまりエロい事はそれ用の料金だから、同じように腰くねらせてるとしてもダンスはオプション扱いで別料金ってわけ。ちなみにベッドの上での特等席ダンスは更にプラスのお値段でぇーす」
「特等席?」
「客がベッドに仰向けかつ全裸で寝て、嬢は全裸あるいは客の要望次第でダンス衣装着たままその上で踊るって事だよ。わりと評判良いぜ。お嬢ちゃんも」
「マリンスノー」
「マリンスノーも気が向いたら来な」
ニィ、とスコーピオンが口角を吊り上げる。
「うちは女も相手出来る嬢多いし、うちの目玉の嬢は女客人気が高いからオススメするよ。女相手はあんまりってんなら俺も指名出来るからよろしく。受け手も出来るから任しときな」
バチンとウインクのようなものを飛ばされたが、マリンスノーは微妙な顔を返した。
「別にそういうの利用する気は無いんだけど……それよりさっきから気になってた事聞いても良い?」
「お? 何? 俺の年齢? それともハイレグパンツの上にビキニパンツ重ねてる事? うちのダンスってストリップ系だから二枚重ねてる方が稼ぎ上がるんだよ。地肌に触れてる方のパンツに付加価値もつくし」
「いやそういう事じゃないし」
確かにカウンターの向こうでは随分と露出が多いというか、その二枚履きのパンツの上からほんのり透けているパレオを身に着けているだけなので何とも反応に困るが、ここがそういう店とわかっている以上は疑問にもならない。そういう店なんだな、でファイナルアンサー。
「気になってるのは、その目よ。その右目」
マリンスノーはスコーピオンの右目、向かって左側の目元を指差す。
「物理的にっていうか、最初から無いみたいになってるけどどういう事?」
眼帯とかならわかる。そこが空洞になっていても、まあわかる。
しかしスコーピオンの右目は、最初からそこに何も無かったかのようにのっぺらしていた。
目元のちょっとした彫りはあるけれど、目は刻まれていないマネキンみたいな印象を抱いてしまう。
スラムは奇形ばかりとはマリンスノーも聞いていたし、ルシアンとカルーアも相当に見目が人外染みている。スコーピオンだって、手首のくびれは無いし手は随分まるっこいし、指なんてそれらしき細長いものが丸っこい部分から三つ出ているだけという姿。
だが、人間の顔部分がオペラ座の怪人染みた仮面をつけているわけでもないのに右目部分だけがのっぺらというのは、脳の錯覚でも起こしているのではと思わせる違和感があった。
「どういう事も何も、見ての通りに見たままだよ。見りゃわかんだろ?」
スコーピオンはその細長い指で、何も無い右目をなぞる。
「奇形らしく、最初っから無いのさ。そんなのはスラムを見て回れば飽きる程居るぜ。多かったり足りなかったり、まあ色々だわな」
「……一目見て寒気を覚えるようなのも居たりする?」
「ボスにカルーア、そして俺を見て多少驚きはしてもそれ以上の反応見せてない時点でマリンスノーにゃ充分才能あるぜ。健常人が忌み嫌って隙間に詰め込んだ奇形だらけの町、スラムで生きて行くにはな」
「褒め言葉として受け取るわ」
「おう、褒め言葉だからそう受け取れ」
にしし、とスコーピオンは人懐っこく笑った。
しかしそうやってニコニコしていても振る舞いに全く隙が無い辺り、流石こんな治安悪そうなところで酒場をやり、ボスと補佐であるルシアンとカルーアがいの一番に案内する場所の主人と言えよう。
「で? ボスもカルーアも今日は何も注文無しかい? 酒場まで来ておいて?」
「ああ、そうそう、そうだった。僕とルシアンは適当に酒とツマミね。で、マリンスノーにはこっちに馴染む服見繕ってやってよ」
「うちは服屋じゃねぇぞ」
「知ってる。でも見てよマリンスノーを」
ほら、とカウンター前の椅子に腰掛けたカルーアはマリンスノーを手で示す。
「そこらの町を歩く分には問題無く旅人らしい恰好。でもスラムでそんな恰好はただのカモだ」
大きな単眼を鋭く細め、カルーアは言う。
「この後他にもあいさつ回りさせるつもりだけど、この恰好のままってわけにもいかないよね?」
「仕方ねえな。おいマリンスノー、お前あっちの立ち入り禁止って書いてある扉に入んな」
一瞬眉を顰めながらため息を吐いたスコーピオンは、くい、と親指らしき指で扉を指差す。
「入ると廊下があって、少し歩けば左側に控室って書いた扉がある。ダンス用の衣裳部屋になってっから、そこから適当な服見繕って着替えて来い。今の時間帯じゃ嬢は殆ど寝てるから、鉢合わせる事もねーよ」
「お気遣いありがと」
着替えは考えていなかったが、確かにマリンスノーの恰好はスラムでは少し浮いていた。ここらに馴染む服装に着替える、というのは大事だろう。
「着ちゃ駄目な服とかある?」
「基本安物だから気にしなくて良いぜ。だからって穴開きのエロ下着で外出歩くのは流石にご法度だから、そん時はちゃんと上にコート羽織れよ」
「やんないわよ。っていうかもっと強く止めなさいよそんなの」
「そこらで客引きやってるのはそんな恰好してるのも多いしな。夜はもっと治安悪くなっから気をつけろよ」
「嫌な事を聞いた気分だわ」
「あ、あと着るんなら高そうなの選べ。着ていく以上はこいつらの財布で買い取り前提だろ? アクセサリーもガンガンつけな」
「生憎、私はアクセサリーとかあんまりつけない派なの」
ルシアンが左腕にゴツイ腕輪を複数、三つしかない太い指に特注だろう指輪をそれぞれつけているのは格好いいと思うが、マリンスノー自身は自分ではつけない派である。
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控室で、マリンスノーはすっかり着替え終わっていた。
タンクトップタイプの黒いミニスカワンピースに、肩出しになる緩めのミニ丈トップスを合わせた恰好。実にシンプル。靴もヒールがある足首までのブーツで、柄や刺繍といった飾り気は無い。
だが先程までの色味がくすんだ、いかにも旅人や村人でございという雰囲気からは大分離れた。
スラムに合うかと言われればよくわからないが、まあこんなもんだろう、と大きな鏡の前で確認してマリンスノーは頷く。慣れてない身で冒険心を出すのは自滅の道だ。
「あとはまあ、こんなもんか」
長めのサイドを下の方で緩く三つ編みにし、邪魔にならないようにとポニーテールに纏めていた後ろ髪を解く。
「『さらっ』」
鏡の前で呟けば、ポニーテールにしていた事で髪についていた結び痕が『さらっ』と消える。一瞬にして、触り心地の好さそうなさらさら髪だ。