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ボスの女



 スプリッツァーから聞いたサラトガクーラーの居場所付近でジュースを飲んでいれば、向こうはすぐに食い付いてきた。


「やあ、こんにちは」


 青い長髪の彼は、にこやかに声を掛けて来た。


「一年と少し振りですね、クラザケミユキ」

「……誰? 一年と少しって事は、私を王様に売り払ったヤツかしら」


 護衛依頼なんかが用意されるギルドにて、何もわからなかったから情報収集をした。

 その流れで異世界人という事がバレてチクられ、連れていかれた。

 それの事かとマリンスノーが問えば、いいえ、とサラトガクーラーはにこやかに首を横へと振る。


「僕はサラトガクーラー。シャーリーテンプル様の側近です」

「だから誰よそれ」

「この世で誰より愛されるべき王子であり君の婚約者となる存在だ」


 表情を削ぎ落した顔な上、酷い早口だった。

 異母兄である第一王子や第二王子には特に興味も無いという情報だったが、異母弟であるシャーリーテンプルにはブラコンと言っても過言ではない感情を抱いているのは本当だったらしい。

 これはお喋りも面倒なタイプだなと思うものの、その愛があるからこそ叩き潰されるんだし、と思えば我慢出来る範囲だ。


「おっとすみません、つい態度が砕けてしまって」

「砕けたとは違った意味に見えたけど、別に敬語を使われる理由も無いんだからどっちでも良いわ」

「それは嬉しい」


 じゃあ、とサラトガクーラーは手を差し伸べる。


「共に行こうじゃないか、クラザケミユキ」

「どこに?」

「シャーリーテンプル様のところに。そこに行けば幸せになれる」


 ()()、と言わない辺りにマリンスノーは笑いそうだった。


「どうして?」

「こんな化け物だらけの町に居ても良い事なんて無いだろう? 衝動的に僕らの前から飛び出し、そして後悔したのはわかる。異世界人とわかれば、周囲も目の色を変えただろう。だから一刻も早く保護を申し出たというのに」


 保護という名の完全監禁&孕み袋宣言だったはずだが、彼らからすれば善意の保護だったらしい。マリンスノーは鼻で笑うのを危うく抑える。

 ルシアンですら初夜の時は拒否権があると言ってくれただけに、それ以下の倫理観というのが透けて見える。


「その結果、追い詰められてこんなところまでやって来た。スラムに居付くなんて、そこまで追い詰められでもしなければあり得ない」

「……そうね、そうかも」


 マリンスノーは適当にそう返してジュースを飲み干す。

 確かにミスサイゴンは指名手配により追い詰められてここへ来たと言えるかもしれないし、サマーデライトも左遷扱いだったようなので追い詰められたと言えるだろう。

 出身がこことは違うスラムであり、スラムが肌に合ったサムライロック。そしてスラムのボスに一目惚れして押しかける形でやって来たマリンスノーには当てはまらない話だが。

 まあ彼ら健常人の常識からすれば、そのくらいの事でも無ければ来ようとも思えない掃き溜め、なんだろう。大教会でプッシー・キャットと少し会話しただけでもそれはわかる。

 国が違えば価値観が変わるとかもなく、それが全世界共通の常識なのだという事も、ありありとわかった。

 奇形であっても健常人の腹から生まれた者も多かったろうに、それをポンポン捨ててスラムが拡大、そしてその状態を目の上のたんこぶ扱いとは笑い話だこと。


「だから、一緒に行こう。シャーリーテンプル様と共に居れば良い。そうすれば君は王妃という立場にもなれる」


 第三王子であり王位継承権三位であるシャーリーテンプルが王様になれる、の間違いだろうに。


「一緒に城へ戻りさえすれば、逃げた事を責められる事も無いよ」


 つまり、ここで応じないなら責められる立場になるぞという脅し。


「どうするかは、その王子様と顔を合わせて話をしてみてから決めてもいいかしら」

「勿論! シャーリーテンプル様と会えば、素晴らしさを実感するに違いないからね!」

「『ぽろり』」

「え?」

「ああ、今のは異世界で流行ってた、そうなのね、っていう意味の造語だから気にしないで」

「成る程」


 サラトガクーラーは疑う様子も無く頷く。


「あの子は本当に純粋で、素晴らしくて、可愛い子だよ。誰からも誰でも無い存在からも愛されるべき存在だ。間違いなく。だから、異世界人である君にとっても唯一無二の存在になる事だろう」

「……へえ」


 『ぽろり』と本音を口にしたにしては、あまり内容が変わっていない。という事は素でブラコンを患っているらしい。

 サラトガクーラーが心の底で野心を燃え滾らせて異世界人の横取りを企んでいるとか、弟とも言える存在の側近である事に不満がある、というわけではないようだ。

 なら、作戦は続行で良い。

 『ぽろり』と漏れた本音からしても、漏らした本音の時の優し気な表情からしても、本気で弟を大事に想っているのが伝わってくる。絶望させるには充分な材料と言えるだろう。下ごしらえの手間が少なくて良い事である。

 まあ、マリンスノーからすればとっくにルシアンという唯一無二を見つけているので、今更こちらを孕み袋兼王位継承権確保チケットとしか見ていないヤツに何かを思う事なんて無いのだけど。


「じゃあ、案内してもらおうかしら」

「任せてくれ」


 にこやかに笑うサラトガクーラーの手は取らず、マリンスノーはその背について行った。





 案内されて到着した隠れ家に、成る程、とマリンスノーは頷く。

 スプリッツァーはどうやったのか知っていたようだったが、自分達で調べた分には隠れ家があるのか無いのかもわからなかったのはこういう事か。

 空間自体を誤魔化す魔法。認識を阻害する魔法。人を惑わせる魔法。

 そういったものを複数用いて、誤魔化されていた。

 壊れた家も廃屋もスラムにおいて珍しい光景では無いが、その中の一つに先程のような魔法を掛けて、それなりの家を隠していた。

 とはいえ長期的に滞在しているわけでもなければ長期滞在する予定も無いのか、元々あった家を購入して暮らしやすいよう調節している、といったくらいのようだけれど。


「やあやあ! うむ、久しぶりだな! 元気にしていたかい? あの城を抜け出して一年以上も放浪する事になってしまったのだから酷くやつれているのではないかと心配していたよ!」


 マリンスノーとあまり変わらぬ年代の若者、シャーリーテンプルは実に明るくマリンスノーを歓待した。


「思っていた程やつれてはいないようで何よりだ。ああ、けれど少し顔色は悪いかもしれないな。こんな掃き溜めに居たのでは、体調を崩すのも仕方のない事だ」


 別に全然体調を崩したりはしていない。

 単純に壁紙の色合いだとか薄暗い明かりによる影響だろうが、マリンスノーは指摘しない事にした。


「しかし、こうしてやって来てくれて良かった! いや、何より祝うべきはこうして再会出来た事だな!」


 マリンスノーとしては祝うどころか呪いたいくらいにこの野郎という感情でいっぱいだが無言を貫く。

 向こうとしては悪意も何も無いんだろうけれど、掃き溜めのゴミを掃いて捨てるような感覚でスラムの人間を危険に晒し、ルシアンとカルーアのトラウマを刺激しそうな事をしでかそうとした罪は重い。

 とはいえ、どうせ後で彼らが用意した薬品を再利用して人間爆弾に仕立て上げてやるつもりなので、今は焦らず黙っていよう。


「では早速城に行こう! 城では上等なベッドを用意させよう。このようなスラムでは到底手に入らないような代物を。わはは、二度と起き上がりたくなくなってしまうかもしれないな!」

「そうね」

「食事も用意させなければ! 素材に拘った一級品の食事だから楽しみにしておくと良い! このような場所の粗悪で雑な料理とは比べ物にならないぞ!」


 その笑みには一点の曇りも無い。

 ただ単純に善意で、明るくて、好意的で、至って当然の事しか言っていないつもりなんだろう。

 それが、むかつく。


「そのベッドは黒地でキングサイズで、沈み弾むようなマットレスで、薄手の毛布とどこを触っても手が沈むような羽毛布団なのかしら」

「何だその程度! もっと上等な物だ!」


 わはは、とシャーリーテンプルが笑う。


「そう」


 むかつく。


「その上等なベッドとやらには、最高に格好良くて素敵で強いスラムのボスが居るのかしら。そうじゃないなら、とても上等なベッドとは言えないわ。残念ながら私、この世で最高に素敵なベッドを知ってるから」

「は?」


 きょとん、とするシャーリーテンプル。顔を険しくしたサラトガクーラー。


「お前」

「趣味が合わなくて残念ね」


 警戒を露わにするサラトガクーラーに、マリンスノーは口の端が裂けるような笑みを浮かべた。

 実に悪辣な、実にスラムらしい、騙された事にも気付かない愚か者へ向ける嘲りの笑み。


「『プツン』」


 抵抗する間も無く、反抗する事も許されず、彼らの意識は一瞬にして刈り取られた。



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