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思惑



 まずはぁ、と言ってスプリッツァーは別の部屋から情報の詰まったファイルを持ってきて、それをカルーアへと渡した。

 そして元のソファへと戻り、手元の紙に何かを書き出しながら話し始める。


「そちらのファイルは人相と名前、立場、過去など調べられた限りの情報で~すよ」

「首謀者はエルジンジャの第三王子、シャーリーテンプルか」


 うげ、とマリンスノーはカルーアの言葉を聞いて舌を出す。

 エルジンジャといえば、間違いなくマリンスノーが初っ端引っ掛かった王国の名。

 ほぼ連行みたいに強制で王城まで連れていかれた挙句、これから監禁して王子達と子作りしろ、気に入った王子が居たら旦那に選べ、とか何とか言われたのを思い出した。勿論意訳なのでもうちょっとオブラートに包まれていたが知ったこっちゃない。内容の核を抜き取ればようするにそういう事だった。


「で、右腕がサラトガクーラー……へえ、庶子の出だから王位継承権は無いけど、血筋だけ見れば王族か。それは知らなかったな」

「シャーリーテンプルも知らないみたいで~すよ。知らされてないんだと思います。サラトガクーラーの方は知ってるみたいだし、兄目線で弟を可愛がってるみたいで~すけどね」

「弟可愛さにスラムを火の海にしよう大作戦をされちゃ困るよ」

「ごもっともで~す」


 ふむ、とカルーアが頷く。


「さっき得た情報的に、人相からしても立場からしても、薬品をばら撒くよう指示したのはサラトガクーラーの方みたいだね。人柄的にもサラトガクーラーの方があり得る。で、異世界人探しをしているようだけど、それだけでスラムを火の海にしようって?」

「外れだった時の手土産用で~~~~すよ」


 スプリッツァーはにこにこしている。にこにこと笑っている。情報をとっくに知っているからこその余裕だろう。

 一方カルーアの方は、これでもかという程に顔を顰めて一気に目付きを鋭くさせた。


「…………へえ」


 しかしすぐに冷静になったらしく深呼吸をし、先程のしかめっ面での睨みつけとは違う、落ち着いた様子でスッと目を細めて顎に手を当てる。


「……本命は異世界人。でも確証が無い。無駄足にだけはしたくない。目撃情報なんかから見てもここだと思った。だが、それで外れを引いたら困る。何らかの賭けか競争が発生している可能性があるな。損をするわけにはいかない様子だ」


 ふむ、とカルーアはここではない場所を見た。


「万が一外れを引いた時用に、スラムをいつでも火の海にして滅ぼせるようにした。どうせ後から開発するんだから、現状ある建物や住人を潰しても問題無いと判断している。外れだった時の手土産にする予定。つまりは保険だ。本命は異世界人」


 その目は鋭い。


「保険としてスラムを潰したという手柄、スラムの土地を持ち帰る予定だというなら持ち帰る先がある。献上品を提供する相手。他国との取り引きで異世界人を提供する為とは思えない。異世界人を確保したなら自国で管理するし、例え立場が弱くとも異世界人一人でその状況を覆せるだけのカードになる」


 そんなにもレアなカードだったのか、と異世界人であるマリンスノーは頬を引き攣らせた。

 まあそれだけレアなカードだからこそルシアンへの身売りが認められ、有用性があるからと傍に置いてもらえたわけだし、そう思えばラッキーだった。レアカードで良かったと安堵する。


「対象は、王か」


 カルーアの目が一層鋭く細められた。


「シャーリーテンプルは第三王子。王位継承権としては三位。異世界人に気に入られれば必然的に次代の王となる事が多いからそれを狙っている可能性がある。マリンスノーから聞いた話からすればその結果拒絶と嫌悪を抱かれて異世界人を逃がす事になったわけだが」


 ふうん、


「一度異世界人を逃がしたからこそ、その逃げた異世界人を連れ帰った王子が次の王だとでも言われたかな?」

「おお~! 大正解で~~~~すよ!」


 わー、とスプリッツァーがぱちぱちと弱い音で拍手をするが、一方のマリンスノーは組んだ手に額を預けてぐったりしていた。とても最悪。


「それ、本気で私が厄介引き込んだって感じじゃない。嫌になるわ。シャーリーテンプルとやらの血をありったけ抜いて王国の城を真っ赤に染めてやるくらいしないと足りないわね」

「うんうん、スラムに迷惑を掛けて申し訳ないとか弱気な事を言わないようで何より。そのくらいの苛烈さで、ルシアンの妻というポジションをがっつりと確保しててね。他の選択肢を蹴り飛ばすくらい」

「言われなくても他の立場なんて殺意と共に蹴り返すわよ」

「アッハ、良いねそれ! サイコー!」


 マリンスノーの言葉にソファの上でケラケラと笑い転げてから、


「で」


 とカルーアは低い声で言う。


「大正解とは言ったけど、僕が見抜けていない詳細はある?」

「殆ど無いで~す。王様が息子達にそのお達し出したのも本当で~すよ。他の王子達も探してるみたいですが、サラトガクーラーがスラム関係にちょっとだけ顔が利くんです。でもサラトガクーラー側が調べて得たというよりも、スラム側から情報が流れたみたいで~すね」

「へえ。誰?」

「エバークリアで~すよ」

「成る程、エタノールか」


 チッ、とカルーアが舌打ちをした。

 エバークリアは序列三位。尚且つ、序列を上げようと序列一位のエタノールに喧嘩を売って惨敗、完全にエタノールの傘下と成り果てた。

 なので現在のエバークリアによる行動は、その裏にエタノールが居ると言っても過言ではない。

 実際エタノールは酷く規律が厳しい事で有名であり、傘下が流す情報も完全に管理されている事だろう。そこからエバークリアが勝手に、それも国関係の立場にある者に異世界人というレアカードの情報を与えるとは思えない。


「もしエバークリアが自主的に情報提供出来る余裕があったとしても、普通はもっと勿体ぶって焦らすわよね。間違ってはいないくらいの情報でぼったくったり」

「普通はね。誘導したい方向性があるならその限りじゃない。エバークリアを傘下に収め、他のスラムも幾つか傘下にしているエタノールだ。スピリタスとは元々仲が悪い上に、思想も合わない。異世界人を火種にして、スピリタスにとって、そしてルシアンにとってその異世界人がどういった立場であるかを見定めようとでもしてる、のかな」

「結構無理矢理押しかけ女房したけど謝らないわよ。ルシアンが私の好みドンピシャだったからには逃がせなかったし」

「別に火種が異世界人だったってだけだから気にしなくていいよ。でも申し訳ないとかいうワードは使わず、逆に開き直ってるのはスラム的に上等。エタノール相手に喧嘩売るのは面倒だし、そのくらいが丁度良いかな。ああ、だけど折角ならルシアンへの独占欲強めに出すくらいがベスト」

「独占欲を出すも何も、ルシアンの妻の座は私のものよ。そして右腕はカルーア。他の誰にもその立場は譲らないわ」

「…………合格。僕の位置もちゃーんと守ってくれてありがたいね」


 ふふ、とカルーアがはにかむように笑う。

 カルーアにとってルシアンは命の恩人であり幼馴染。ルシアンにとってカルーアはなくてはならない存在であり幼馴染。

 だから当然のように一緒に居るし、一緒に居るのが前提で動いている。

 男女の関係になると、男女の関係では決して至れないその関係性に嫉妬する者もよく出るが、その時点でカルーアから見てもルシアンから見ても不合格だ。嫉妬するのは構わないが、自分がその位置に至れると思っているのが図々しい。何よりルシアンの大事を大事に出来ないヤツに用はない。

 でも、マリンスノーはそこをしっかり理解している。

 ルシアンの女という立場は譲らないが、ルシアンの右腕はカルーア。それを当然として認識し、カルーアを仲間外れにする事も無く、ルシアンと同じように普通に接する。色恋沙汰が発生しない友情といった距離感で、見当違いの嫉妬をぶつけられるよりはずっと心地いいものだ。

 だから、


「よし、じゃあ第三王子の首とその右腕異母兄の首をお城に送っちゃおうか!」


 ルシアンとの仲を自分が純粋に応援出来る子。可愛らしい妹分。性差なんて気にしなくて良い身内枠。

 そんな存在を奪おうとする健常人に、ガッツリとしたダメージを叩き込んでやろう。そう思いカルーアは笑う。


「でもただ送るだけじゃここに異世界人が居るっていう名刺にしかならないから、ここに居るっていうのを公表した上で、うちに逆らうようならぶっ潰す宣言かな。それが出来るだけの実力を見せつけつつ、大人しくしていれば関係性の均衡を壊す気は無いよ、って言うのがベスト。下手に権力持ち過ぎても管理めんどいし」

「私は何をすれば良いの?」

「右腕であるサラトガクーラーに接触。シャーリーテンプルはそれなりに顔は知られてるのに、周囲に噂は立ってない。つまり潜伏してる。知っているのは恐らくシャーリーテンプルを可愛がっているサラトガクーラーくらいだろう。あとそこのリッツァ」

「知ってま~す」


 うふふふふ、とスプリッツァーは楽しそうにゆらゆらと上半身を左右に揺らす。聞かれればすぐに答えますよぉという副音声が聞こえるようだ。


「別にここでシャーリーテンプルの居場所情報を買っても良いけど、サラトガクーラーはシャーリーテンプルを弟として可愛がっているようだね。例え本人に知られていなくても。だから、サラトガクーラーからシャーリーテンプルの情報を抜く」

「私が?」

「勿論」

「確かにオノマトペで情報をべらべら吐かせたりは出来るけど」


 それに何の意味があるのかと言いかけ、ああ、とマリンスノーは気付きに頷く。


「心を折る為?」

「大正解! いやあ、マリンスノーもスラムにすっかり染まったね!」


 あっはっは、とカルーアが手を叩いて大笑いした。そしてその顔はすぐにスッと真剣なものへと戻る。


「そう、心を折る。大事な大事な弟の情報を、大事に大事に守って隠した弟の居場所を、自分からべらべらと喋ってもらおうじゃないか。シャーリーテンプルには伝言係と人形役、そして見せしめとしての人間爆弾になってもらう。その様子を身動き取れない状態で見せ続ければ、勝手に自殺するんじゃないかな。遠方の様子を映し出す魔道具があるから、サムライロック辺りの健常人に魔力を込めてもらうさ」

「それ見てブチギレて、死ぬまでに数人道連れにしてやるって暴走したらどうするの?」

「先に手足を潰して、魔法も使えないよう魔道具なり薬品なりで封じる。自殺以外に出来る手立てがない状態にすれば良い」

「まあ残酷」

「スラムに喧嘩売って来た相手にはこういうもんだよ。喧嘩を売っちゃ駄目って言われてる相手には、そう言われるだけの理由がある。それをわかった上でやってるんだろうからね」


 大変にこやかな笑顔だが、カルーアのその笑みからは主犯達への殺意がこれでもかと滲み出ていた。



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