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後悔



 情報屋のスプリッツァーのところへ行く途中、マリンスノーはカルーアに言った。


「ごめんなさい」

「何が?」

「異世界人が目当てだったみたいだから」

「そうだね」

「私のせいで、スラムが狙われたわ」

「んー、マリンスノーは何か勘違いをしてる気がするなあ」


 カルーアは大きな単眼を細めてカラカラと笑う。


「スラムは、いつだって敵視されている」


 にんまりとした、口角を限界まで釣り上げた笑みだった。


「今回はマリンスノー由来だっただけさ。スラムが喧嘩売られるなんていつもの事だよ。マリンスノーが居たせいだ、なんて思い上がりも甚だしい」


 ス、とカルーアの目が冷たく凍る。


「そんな程度を気にするようなら、初めての赤点だ。ルシアンの妻が、その程度で気に病むなよ。自分が暴走してルシアン以外を全滅させるくらいの事をしでかしたならともかく、そうじゃないのに落ち込むなんて馬鹿のやる事じゃないのかな」

「……そうね。異世界人って名乗った時点で今更だし、気にしない事にするわ。被害が出たとしても主犯の罪。私がここに居る事を後悔したら、私がルシアンに惚れて押しかけた事自体を後悔するも同じだものね」

「そーいう事。察しが良いね」

「ええ、察しは悪くない方なの、私」


 だから、とマリンスノーは笑みを浮かべる。

 先程までうっかりどこかに置き忘れていた、いつも通りの強気な笑みを。


「私はルシアンに惚れた事、恋した事に胸を張るわ。ケチなんてつけさせないし、泥だって塗らせない」


 ここに来た事も、後悔しない。

 例え自分のせいで迷惑が掛かったとて、それでぎゃあぎゃあ言う者もスラムには居ない。

 言うヤツが要れば叩き潰せば良いし、基本的な住人はまた愉快な催しかとゲラゲラ笑って酒飲むだけだ。それの何を気にするというのか。


「恋が成就してる女は強いのよ」

「うん、知ってる。この程度で腐るような女じゃなくて良かったよ。まあ、本当にこの程度で腐っちゃうようならルシアンの隣に立つのは認めてないけど」

「でしょうね。カルーアの審美眼が本当だったと示す為にも、全力で主犯を叩き潰すわ。見つけたら例の薬品をありったけ飲ませてから遠くで作動させてやりましょう」

「残念ながら飲ませるとただの毒扱いで作動させる前に死んじゃうんだなあ、アレ。まあ異世界人云々を掘り下げるとお国関係って可能性もあるから、その場合は全身に薬品括りつけて送り返してから作動かな。喧嘩売る方が悪いんだよ」


 クスクスアハハと笑い合う。

 このスラムにおいて、自分の行いが間違っていたんじゃないかだの、自分の存在が災いだの、そんな事を考えるだけ無駄な事。

 そもそも自分の存在を災い状態にしてこようとしているヤツの首を括らせればそれで終わるのだから、そうして終わりにしてやればいいだけの話だった。





「あらぁ、こんにちわぁ」


 現地人しか知らないような道、とも言えないような道を四か所程潜り抜けた先に、情報屋の家はあった。

 扉を開けて優しく微笑みながら応対するのが、情報屋であるスプリッツァーだ。

 肩がガッツリと出ているワンピースを着ている女性で、瞳は星が散らばるようにキラキラと輝いていて、にこりと微笑む姿は可愛らしい。

 スラムの住人にしては毒っ気の無い、穏やかかつ戦闘能力の無い存在。

 奇形らしい要素も黒い肌くらい。褐色というわけではなく、黒や灰色に近い独特の色合い。その程度しか奇形らしい要素が無い存在で、その影響なのかスラムらしくなく大変おっとり。

 しかしスピリタス内では情報に間違いなしと言われる情報屋として地位を確立している辺り、見た目と性格で侮るには手強い相手でもあった。


「あ、そうだお客さんならお茶出さないとで~すね! でもお茶あったかなあ。さっき他のお客さんに出しちゃったんですよね。リツの旦那様のお酒ならあるんですけど」

「リッツァの旦那が飲んでるようなアルコール度数が高いだけの水は遠慮しとくよ。別にもてなされる為に来たわけじゃないからね」

「と、時々ちゃんとしたお酒も飲んでるんで~すよ! リツと一緒にお酒飲む時は、奮発したお酒買ってきてくれるんで~す!」

「はいはい」


 カルーアはスプリッツァーの主張を軽く流す。

 スプリッツァーは旦那にべた惚れなのだが、その旦那というのがスラム住人らしく酒浸りのアル中だった。

 マリンスノーもその旦那に会った事はあるけれど、確かにスプリッツァーの言う通り、酒浸りであっても人を気遣ったりが出来て細かいところをちゃんと見ていて、新入りなんかが居たら寡黙に行動でここでの生き方を教えてやったりしている男だった。

 とはいえ常に酒を飲んでいて完全にアル中状態なのも確かなので、良い悪いで言えばトントンだなあとしか言えないが。


「とりあえず中へど~うぞ」


 案内されたのは、室内のあちこちにソファが落ちている空間だ。

 ここが客室扱いなのだが、ソファが置かれている、というよりも落ちている、という表現がしっくりくる内装。家具の配置など関係無く、新品中古も関係無く、何ならゴミ捨て場から拾って来たような椅子すらもある。

 お茶を出す以前にテーブルが無い、完全にソファと椅子しかない空間。

 マリンスノーはその中でも新品らしき革張りのソファに座り、カルーアは少し色褪せているがふわふわだとわかるソファにぽふっと座る。

 スプリッツァーはソファの中でもボロボロ寄りな、布はハゲてるしバネも少し見えているソファにちょこんとした動作で腰掛けた。


「さて、何のお話で~すか? あ、ソルティからの依頼に不備でもありましたか!?」

「いいや、あれに関しては完璧バッチリ。関連はあるけど直接的にソレってわけじゃないよ」

「良かったで~す」


 ほぅ、とスプリッツァーは安堵したように胸を撫で下ろす。


「じゃあ、何のお話なんで~すか?」

「例の薬品。あれを仕掛けた頭領について」

「ん~」


 スプリッツァーは困ったように眉を下げた。


()()()()とぉ、()()()()()()。どっちの情報が欲しいんで~すか?」

「わお、お見事。そこまでわかってたわけだ」

「情報屋ですからね!」

「で、そこまでわかってはいたけど、ソルティにヒントを与えたりも特にせず?」

「リツもお仕事で情報を扱ってますから、依頼外の情報は教えませ~んよ!」


 えっへんと胸を張るスプリッツァーに、アハハ、とカルーアが笑う。


「うん、良いね。そこがハッキリしてるとこが好きだよ。そこさえ押さえれば、金次第で情報を渡してくれるって事だからね」

「わかっておいて首謀者を聞かなかったんじゃないんで~すか?」

「勿論。こっちで集められる情報を集めてからじゃないと、得る情報量の分だけぼられるからね。何より、ここの情報は信用性が高いけど、だからって自分で調べようって気を無くせばあっという間に足元が崩れる。そこは忘れないようにしなくっちゃ」


 大事だよね、こういう初歩的な事。

 カルーアはそう言って手を頭の後ろで組み、ソファにごろんと横たわる。勝手知ったる我が家のようなくつろぎっぷりだが、カルーアはわりとどこでもそう。

 特に人の良し悪しを目で見て判断出来るカルーアからすれば、気を抜いてごろごろしても良い場所はわかるのだろう。

 まあ、一見してごろごろしているようでも有事の際は瞬時に対応出来る実力があるからこそ、かもしれないが。


「ま、とりあえずその二つの情報を貰おうかな。僕らが欲してる情報全部」

「はぁ~い! 後で情報分とお値段計上するので、既知だったか未知だったかをしっかりチェックして、未知だった分の代金支払いお願いしま~~~すね!」


 そう、ここはそういうシステム。

 既に知っている情報分なら支払いは無くて良いが、知らない情報を得たのであれば支払い必須。

 そんなの既に知っていたぞ、と嘯くようなら情報特化型のスプリッツァー相手にそんな戯言が通じるはずもなく看破され、今後の安寧は無くなるという。

 まあどこに居ても居場所を見つけてくる情報屋相手にやらかす方が悪いというもの。

 独自のルートで情報伝達も可能な情報屋となれば、自分のとこにケチつけてきたヤツだから、と言って人身売買を仕事にしている奴ら辺りに個人情報を流せば一発で死ぬ。情報を流した分の代金は支払われるので利益もある。

 要するに、死にたくなければ金払え、というだけの話だ。

 寧ろ金で解決する話なので、駄目な一線がわかりやすいだけ御の字である。



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