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一閃



 クリスタルラッシーを念の為に店まで送り届けてから、マリンスノーはぶらぶらとスラムを歩く。

 正直なところクリスタルラッシーは粘液系なだけあって人を溶かすような粘液も出せる為、別に護衛の必要性は無いのだが、本人はそこまで好戦的でも無いのでという理由からだ。

 それに、クリスタルラッシーが仕掛けを持ち出した事に気付いた仕掛け人や見張り辺りがお前さっきどこに何を持って行ったと絡んでくるようなら事件関係者として確保出来るので渡りに船。

 まったくの無関係な健常人が観光しに来ている可能性も皆無ではないので、確定で敵とわかっている相手が来てくれるなら良かったのだが、残念ながらそう上手い事転がりはしなかった。

 実に残念。


「あらぁ、マリンスノーじゃないのぉ」

「スイ」

「マリンスノーも()()()ぃ?」

「ええ、そうなの。って事はスイもそうなのね」

「うち、嬢に手出ししないし嬢からの好感度も高いし、女だから客を威圧する事も無いしって事で風俗関係の用心棒を依頼されるのが多いのよねぇ。だから、そういうとこをわざわざ狙ってるような輩は許せないの」

「成る程」


 にっこりと笑ってはいるが、その黒々とした瞳はまったくもって笑っていない。


「私の方は暇潰しと、ルシアンのメンツを潰されない為、かしら」

「後者が本命でしょう?」

「まあね」


 クスクスと笑い合い、ミスサイゴンとマリンスノーの目だけがぐりんと横を向く。

 通りの人混みから隠れるようにしゃがんだ男は、間違いなく健常人。靴紐を結ぶような仕草で置かれたのは、形状こそ違うが例の瓶と同じ物だろう。

 男が立ち上がると同時、二人はアイコンタクトをする事も無く男に向かって飛び出し、マリンスノーは膝を金槌で、ミスサイゴンは掌底で男の顎を打つ。

 膝を潰され逃亡手段を消された男はその痛みに悲鳴を上げようとするも、その間も無く顎を打たれ昏倒、一瞬にして倒れ伏した。


「ハァイ、一人目ぇ」

「早かったわね」

「現場を押さえられたのは強いもの。でも、既に相当数セットして、回収されたとまでは知らないでしょうに飽きもせず設置だなんて」

「確実に火の海に呑み込んでやるって殺意を感じる仕掛けと量よね。首謀者の腹の中に薬品全部詰め込んで人間爆弾にでもしてやる?」

「ウフフ、うちに聞いてどうすんのよ。そういうのはカルーアに発案しなさい。面白いと思ったらきっと採用されるわ」

「そうね、その時まで覚えてたらそうする」


 首謀者よりも上の立場、かつある種黒幕とも言える存在が居たなら使える手だろうが、首謀者が実質的なトップだったら人間爆弾として使うにも使う先が無いのが難点だ。

 そもそも薬品が人の腹の中に入れても作動するか不明なので、その点でも難点は多い。

 まあそれがいけるかどうかを判断するのはカルーアだし、それを告げるかどうかは後で考えれば良い話だろう。


「コレ、そっちが浮かせる? うちが持つ?」

「ああ、こっちで浮かせるわ。『ふわっ』とね。この方がカルーアのところまでの配達中に他の下手人を見つけても捕まえやすいし」

「あら」


 普段からにこにことした笑みを浮かべているミスサイゴンの笑みが一層深まる。


「合格、よ」

「……また採点? 今度は何?」

「捕まえる対象が複数居る時、一人捕まえたからそのままもう一人とはせず、捕まえた一人を確実に連れ帰ろうっていう考え方かしら。そこの判断で間違えないってのは大事よぉ。勿論途中で見かけてついでに狩るのも大事だけど、そこで深追いして相手にしてやられて獲物を奪い返されるより、ちゃぁんと見極めた上でどう行動するか、っていうのはね」

「でしょうね。カルーアに言われた事だもの」

「その()()()()()をちゃーんと覚えて、尚且つ実践出来てるかどうかが採点基準だしねぇ」


 クスクス笑うミスサイゴンとは対照的に、やれやれ、とマリンスノーは肩をすくめた。

 知り合いに採点されるのもいつもの事だが、いつもの事ながら採点基準が多い多い。勿論言われた事をちゃんと覚えて守り、尚且つその時に適した答えを提示出来ていれば何も問題無い試練だが、一体いつまで続くのやら。

 スラムでの考え方やらが採点基準なので一生続く気もするけれど、まあそれもカルーアらしいし、そういった採点があるからこそルシアンとの関係を受け入れられているところも大きそうなので仕方あるまい。

 別に無理難題を吹っ掛けられるわけではないので問題は無い。

 あくまで日常での採点基準であり、作られた状況を前にしてどういった動きをするか、というような試し行動じゃないのは良い事だ。


「っ、テメェらそこ退きやがれ!」


 後ろから突然掛けられた乱暴な声。息切れしているとわかる呼吸音。

 細い路地裏を通っていたマリンスノーとミスサイゴンが振り返る瞬間、走っていた男は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 随分と力強いジャンプというわけではなく、魔法により空中へと足場を形成して前方の人間を飛び越えて着地、をしたわけだ。

 魔法が使える事からも健常人で間違いない男は二人を通り過ぎてそのまま追い付かれて堪るかという勢いで路地裏を出ようと、


「――其処までに御座る」


 キラリと光を反射した何かが一線を描き、ドッ、という音がしたかと思えば男はぐしゃりと倒れ伏した。

 それは正に、マリンスノーとミスサイゴンが、今ふよふよと浮かせている男を気絶させた時と同じような倒れ方だ。

 男を気絶させた着物にたすき掛け姿の男は鋭い目で男が起き上がらないのを確認して残心を解き、その目をス、とマリンスノー達へと向ける。


「いや、些か逃げ足の速い男に御座り、無関係の者を巻き込み誠に申し訳なく……ってスイ殿では御座らんか!?」

「そうよぉ」

「マリンスノーも居るんだけど」

「あやっ、その、す、すまぬで御座る。こやつを追うのに必死で御座って、気付くのが遅れ申した」


 慌てたようにペコリと頭を下げるのはスラムでワショクの屋台を出しており、ミスサイゴンに恋をしている健常人、サムライロックだった。

 先程までの獲物を狙う猛禽類染みた鋭い目つきは、既に普段と同じく丸みの強い目に戻っている。


「っていうか、何があったの? そもそもサムライロックって和食屋台の店主じゃなかったっけ」

「基本は屋台店主だけど、バイト感覚で用心棒もやってるわよぉ。実際そのくらいの実力はあるし」

「いやあ、本職のスイ殿にそう言って頂けるとは感無量に御座るな!」


 やははと照れ笑いして頭を掻いているが、実際咄嗟の動きだろうに空中に足場を作るというそれなりに判断力が必要な行動をやってのけた男を一撃で仕留めている辺り、かなりの実力と見て良いだろう。

 ミスサイゴンの性格からしても適切な判定を下すだろう事を思えば、ミスサイゴンから見ても遜色無い実力、という事だ。


「それで、何があったのか、で御座るが……万引きの逆をされたので御座る」

「万引きの逆」

「何かを置いてったって事ぉ?」

「さように御座る」


 うむ、とサムライロックは刀を持ったまま真面目な顔で頷く。


「最初は普通の客人かと思ったので御座るが、料理中に不審な動きをして御座った。加えて食事後、屋台の車輪の上部分にこちらが」


 そう言ってサムライロックが見せたのは、例の薬品が入っているとわかる入れ物。

 それも何かに挟めるような仕掛けが上部分についていて、人の視界に入らない位置に仕掛ける用だというのがこれ以上無く伝わってくる。

 車輪の上ならば動いた時に発覚するが、車輪の上部分に仕掛ける辺りが意図的だ。悪意という方向性の意図が臭う。


「フィズ殿からこういった物が仕掛けられているとは聞いていたので、さては賊かと思い追いかけ、しかし人通りが多く先回りもし辛い状況に御座った」

「あら大変。サムライロックの場合、素早さが売りなのに」

「まったくで御座る。お陰で無駄な距離を走る羽目になり申した。しかし路地裏に逃げ込んだのでこれ幸いと速度を上げ、先回りして峰打ちの居合切りにて顎を打ち、意識を仕留めたので御座る」


 フィズから聞いたというのは、風俗関係者にも通達がされていた、という事だろう。

 クリスタルラッシーが知らなかった事を思えば、マリンスノーがスティンガーの医院で話をしている時にでも連絡網が回されたのかもしれない。

 風俗にやってくる健常人に、おかしな物を仕掛けるヤツが居る、と。


「出来たらカルーアのところにコイツも連れて行きたいけど、サムライロックは屋台を置いてきちゃったのよね? どうする?」

「あー、えと、そう、で御座るな。出来ればその、ご一緒出来たら、と」


 サムライロックはちらちらとミスサイゴンへ視線を向ける。


「そうねぇ、仕留めたのはサムライロックなわけだし。心配しなくてもサムライロックの屋台に手を出そうなんていう不届き者は新参か部外者くらいしか居ないわよ。手を出せば最期。それも、死んだ事に気付く事も出来ずに殺される、ってここらのヤツは知ってるわぁ」

「……私、知らないわよ」

「そういう事しそうにないから注意する対象じゃ無かったのね」

「拙者としては下手人を探し出して侵入し暗殺するだけで御座るから、そのように凄腕な語り方をされるのは少々照れ臭さがあるで御座るな」


 たはー、とサムライロックは顔を赤くしながら満更でも無いといった様子で笑っていた。

 そんなサムライロックを見て、こそりとミスサイゴンがマリンスノーに耳打ちをする。


「……あんな事言ってるけど、下手人がそこらのヤツと酒飲んでた場にスッと近付いて一閃。飲んでた周囲のヤツも、やられた下手人すらも数秒気付けなかった程の斬首だったって話」

「それは……凄いわね」

「凄いのよ」


 それ程までに鋭い切れ味を出せる腕という事らしいが、先程男を仕留めた時の雰囲気ならともかく、こうして知り合いの店主状態なのを見ると、とてもそうとは思えない。

 そこの切り替えの落差が強いからこそ、そこまでのギャップがあるんだろうけれど。



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