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警告



「今から帰るつもりだったのよ。ええ、というか帰らないと危なかったから」


 マリンスノーの言葉に、ルシアンが警戒態勢になった。

 僅かに前屈みになっていつでも地面を蹴って突撃かませる体勢となり、その目を鋭く細めて周囲をぎょろりと見渡している。


「マリンスノー、()()()()()?」

「あんまり穏やかじゃない事、かしら」


 ルシアンはこれらの件を知った上で来たとかではないらしい。

 つまり素で帰りを待ち切れず迎えに来たというわけだが、マリンスノー的には好感度が上がる要素しかない。好きな相手が不器用ながらもそういった行動を見せてくれるのは嬉しい限りだ。

 予定時間前に来る辺りはちょっと束縛感もあるが、マリンスノーの父もわりとそういうタイプだったので良い。

 父親は仕事の都合上帰ってくる時間は不規則だったし休日でも仕事が突然入るタイプだが、母親が出かける事には敏感に反応した。多分本心では監禁したいくらいには囲い込んでおきたかったんだろうなあというレベル。

 まあ、母親は母親で囲い込む勢いの不器用夫にメロメロだったのだけど。

 そんなラブラブ両親を見ていたせいで、マリンスノーも将来はこういう夫婦になりたいと思い、結果的に男の趣味が死ぬほど最悪になってしまったという悲劇。

 マリンスノー自身はまったく悲劇に思っていないが、スコーピオン辺りが聞けば流石に口の端を少々引き攣らせるだろう事実だった。


「事情はわからんが、手前に、そしてスピリタスに喧嘩を売ろうって様子なのはよぉっくわかった」


 ルシアンは近くの壁を軽くもぎ取り、土の塊を潰すような気軽さで壁の破片をパキョッと一瞬で粉々にしてみせる。


「そっちが売った喧嘩だな?」

「ボス、今は帰った方が良い。まだ向こうは決定的に喧嘩を売った段階じゃないんだ。()()()()()()()()()、に留まっている。ここで暴れれば、火蓋を切ったのはこっちだって言われるぜ」


 ぎょろりとサマーデライトを睨むが、真実だと断じたのだろう。

 正確には真実と断じるかどうかはカルーアに一任しているのでルシアンとしては判断し切れていなかったが、サマーデライトの性格からして、教会の味方に回る事はないと知っていた。


「ならどうするってんだ」

「喧嘩を売ろうとしたのは事実だ。アンタの奥さんを人質に取ろうとしたのもな」

「マリンスノーに何をする気だったかによってここの死人の数が変わるぞ」

「人質にされる前に発覚したから逃げるところだったよ」


 当然のように妻扱いをされてマリンスノーはちょっと照れた。嬉しい。


「ここで暴れるよりは一旦引いて、猶予はやるから首謀者の首を寄越せ、と言った方が良い。元より非があるのは教会側。スラムが泥を被る必要は無い」

「……フン」


 ルシアンは顔を不機嫌に染めたまま鼻を鳴らす。


「テメェがそこまで苛立ってる様子も珍しいじゃねぇか、サム。面白ぇツラ見れた分として、ちっとの猶予はくれてやる。首謀者の首と、今後のスラムへの態度。赦すかどうかはそれ次第だ。スラムに喧嘩を売ったって事は、全てのスラムに宣戦布告したも同然」


 ブチ、という小さな音と共にルシアンの口を縫っていた糸が千切れ、耳まで裂けた口がギイと開いて三日月の中から牙が覗く。

 ギラギラと、人に対して死の恐怖を与えるような牙が。


「全てのスラムを敵に回したくはねェよなァ」


 トン、とルシアンは見下すような体勢でこめかみを叩いて見せた。

 それはつまり、上等なおつむがあるならそんなバカげた事はしねぇだろ、という意味を持つ。


「既にうちのモンがこの教会を見張ってる。首謀者の首を落とせばそいつらが回収するから、手続きだのは何も気にしなくて良い。お前達で首を落とせ。身代わりを立てようとしたところで、こっちは全部見てんだぜ」


 口角が吊り上がる。

 まず奇形を見慣れていないのだろう人々はその笑みに真っ青となり、気絶する人まで居る始末。気絶していないのは、作戦についてを知っていて、気絶する事すら出来ぬ恐怖に縫い付けられている様子だった。


「手前たちへの態度如何によっちゃ、首を落とそうと戦争の火蓋は切られる事となる。教会が喧嘩売って戦争起こして死人が沢山出ましたなんて、語り継がれたくはねェだろう?」


 トドメを刺すように、ルシアンの翼がバサリと広げられる。

 壊れた壁からの逆光も相まって、それは奇形を見慣れぬ健常人からすれば世にもおぞましい光景だった事だろう。


「帰るぞ」


 ルシアンの言葉に、怪我は無いものの精神的な意味で死屍累々状態な周囲を無視してマリンスノーがルシアンの腕の中へと飛び込んだ。

 優しく、しかし馬鹿みたいな力加減でキツく抱き留められ、ふふ、と思わず笑みが零れ落ちる。


「サム、テメェも来い。テメェはうちの所属だろうが」

「え。置いて行かれるか、せめて徒歩で帰ってくるよう言われるかと」

「コイツを見捨ててたら肉の塊にしてやるところだが、そうじゃなかったようだからな」

「……はは、ハレルヤ!」


 サマーデライトはスラムで見せるような屈託のない笑みを見せ、ルシアンに近付いた。

 マリンスノーは抱き寄せられ、サマーデライトは腹をガッシリと掴まれ、ルシアンの翼がバサリと広がる。


「うちのモンが見てる以上、決断は早めにするんだな。下手な誤魔化しは通じないと知っておけよ」


 それだけ言って、バサリと飛び立った。



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