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低魔力



 マリンスノーの言葉と同時、『ヒュパ』と同行者であるサマーデライトごとスラムの外へと転移した。

 色味がくすんでいた視界は晴れ晴れとした青空に満たされ、今居る高台からはこの地域のシンボルだろう巨大な教会が確認出来る。


「おお、凄い! 本当に瞬間転移出来るなんて! これなら好きなだけ攻撃してからとんずらするのも無理じゃないな!」

「あのねサム、いちいち人を利用して戦争起こす案を練るのやめてもらえる?」

「ああごめん。つい癖で。これをこうしたらこうなるな、を考えるのが好きなんだ」


 にこにこしているが、その内容は血生臭い。

 もっとも笑顔だけを見れば、スラムよりはこの敬虔な信徒が多いだろう青空の下の方がよく似合っているように見えたが。

 尚会話の内容を織り交ぜた場合、笑顔の爽やかさを加味してもスラムの方が似合うだろう。数日であっさり馴染んだというのは伊達じゃない。


「目撃されないよう人気(ひとけ)の無い場所に転移したから、大教会への道案内はよろしく。まあ、あれだけ大きな目印なら見失う事なく行けそうだけど」

「途中途中に土産物屋や美味しい屋台料理が」

「サム?」

「仕方ないな」


 マリンスノーがじろりと睨めば、サマーデライトは諦めたように肩をすくめる。


「……あそこ、嫌いなんだよなあ」


 いつもより少し低い声で紡がれたその言葉は、笑みを消した顔からして間違いなく本心のようだった。





 大教会の前に着いた。

 しかしその時点で、既にマリンスノーは疲労困憊状態にあった。


「に、二度と同行しない……二度と同行しないわこんな割りに合わないこと……!」

「ハハハ」


 カラカラと笑っているが、全てにおいての諸悪の根源はサマーデライトだった。マリンスノーは苛立たし気にサマーデライトを睨みつける。

 一体何があったのかと言えば、道端で低魔力の癖に、と絡まれたのだ。

 どうやらサマーデライトの顔見知りらしいチンピラ崩れの言葉に、サマーデライトはハレルヤと叫んで拳を複数叩き込んだ。


「ってこら! 連打やめなさいよ何してるの!? ここはアンタのホームかもしれないけどいつものホームじゃないのにヤンチャしないで!」

「半径一メートル以内、正確には僕の拳その他諸々が届く範囲内は僕のホームだ」

「それ重火器の射程距離も範囲内って意味じゃないでしょうね」


 サマーデライトは何を言っているのかわからないという顔で肩をすくめる。


「すっとぼけたって社会と法律にそんな屁理屈が通るわけないでしょ! ここは無法者の土地じゃないんだから!」

「元はここを勝手に開拓して土地の持ち主となった、いわば侵略者による土地なんだから無法者の土地扱いで良いんじゃないか?」

「その理屈が通用するならそれで良いけど、通用しないのわかってて言ってるでしょ」

「まあ大丈夫さ。問題は無いよ。いざとなれば万物に通用する交渉術がある」


 にっこりと笑ったサマーデライトはグッと腕に力を入れて、服に隠れた力こぶを主張した。

 服に隠されて力こぶは見えないが、先程の抉るような鋭い拳からして重火器を使用しなくてもえげつない攻撃力の筋肉があるのはわかっている。

 そもそも、アホみたいにデカい重火器をぶん回せる男に筋力が無いはずもない。


「交渉というのは人も扉も同じもの。要するにカギとなるものがあれば良い。そしてどんな扉も明ける事が出来るのはこの魔法。扉が開くなら、人との交渉でもまた通る。だろう?」

「だろう、って……その腕っていうか拳がマスターキーとか言うんじゃないでしょうね」

「どんな扉も心の扉も、これ一つであっという間にオープンマイハート」

「それ相手の心じゃなくて自分の心を開いてないかしら」

「自分の心を開いてこそ、相手も心を開いてくれるのは当然じゃないか?」

「でも結局は暴力という名のマスターキーを使うんでしょう?」

「マスターキーだから、どんな扉もこれ一つさ」


 そんな暴論が通用するはずも無い為、目撃者が居ない通りだったのをこれ幸いに、気絶した男を適当に生垣の中へと突っ込みサマーデライトを引っ掴んでダッシュで逃げた。

 スラムでは息の根を止める事も多いしそこらに放置しておくか連絡を入れれば掃除屋が片付けてくれるものの、ここじゃそんな事は出来やしないので苦肉の策だ。隠蔽法はマリンスノーが教わったスラム生活法の中に無かった。

 ちなみにスラムでの死体だが、基本的には誰かが連絡して掃除屋が始末する。

 死体だけ回収して売り捌く者も居るそうだが、きちんと処理した物を取り扱っている掃除屋から購入する人の方が多いらしく、結局掃除屋であるシャンパンカクテルが忙殺されるという流れ。

 シャンパンカクテル本人としては他にも担当者が居た方が楽との事だが、いまいちバイトから正社員になってくれる人員は居ないそうだ。

 それでもバイトは居る辺り、スラムだなあと実感した。


「ようこそ、お待ちしてました」


 谷間が見えるシスター服という事も無い、まともなシスターが出迎えにやってきた。

 彼女はマリンスノーに対して丁寧にそう挨拶してから、サマーデライトの方を向く。


「……久しぶりね、サム。元気だった? 体調が悪かったり、具合を悪くはしてない? 危ない目には遭ってないわよね?」

「まあね。今まで通りに健康体だよ」

「そう、良かった」


 シスターはホッと心から安堵したように胸を撫で下ろしているが、対するサマーデライトの方はつまらなそうな表情だった。

 うっすらと笑みは浮かべているものの、いつもの笑顔が百点満点なら五点くらいの笑顔でしかない。愛想笑いでももうちょっと笑み度は高いだろう。


「それでそちらの方が、今回ご挨拶に来てくださったスラム在住の方、ですね? すみません、連絡を受けてからまさかこんなにもすぐ来てくださるだなんて思ってもみなかったものですから、お部屋のご用意は遅れてしまうかも」

「いえ、日帰りの予定なので結構です」

「え、じゃあ、サムは?」


 マリンスノーが久々の日本人らしい笑顔でスパッと断れば、シスターは動揺を隠しているとわかる動揺っぷりでそう言った。


「前回から三年も呼び出しを無視してたんだから、しばらくはこっちに滞在するのよね?」

「まさか。無理を行って同行してもらった身だからね。彼女の予定に合わせて僕も帰る。どうせこっちに居たところで、僕に仕事なんて無いんだし」

「い、色々と話をしたり、報告とか、私だってスラムなんて場所で貴方がどうしてるか、ずっと心配して」


 ス、とサマーデライトの目が細められる。


「スラムなんて、汚らわしい場所で? スラムなんて、危険が多くて暴力的な場所で?」

「え、ええ。生活はどうしているのかとか、怪我をしたりはしてないかとか、ずっと心配してたわ。この三年間、貴方からの連絡は来るけれど、実際に顔を見せてはくれなくて。連絡係が何度か行ったけど帰ってこないし」


 だから、と心配が浮かんだ顔でシスターは両手を祈るように組んだ。


「だから、スラムの化け物たちが、サムを殺めて偽装してるんじゃないか、って心配だったの」

「その心配はいらない。至って平和で充実している。低魔力、なんて理由で馬鹿にしてきたり嫌がらせをしてくる連中も居なくて快適だよ。魔力無しな奇形で溢れるスラムとなれば、魔力が豊かな相手への羨望、嫉妬、妬み嫉みが多いだろうからって理由で低魔力の僕を抜擢した司祭様には頭が下がるね」

「そんな言い方……確かにそんな子供じみた事でサムを馬鹿にする人は居たけど、スラムなんて危険で汚らわしいところよりはずっと良いわ」


 サマーデライトが一瞬眉を不快そうにヒクつかせた事に気付いてないのか、シスターは心から心配した様子で言う。


「ねえ、私からも司祭様にお願いするからスラムの担当を変えてもらいましょう? そうでもしないと、きっとこれからもずっと、何年も何十年も、あのスラムの担当はサムになっちゃうわ。そんな事になったら」

「恐ろしい?」

「ええ。この六年間でさえ、サムが無事かを心配し続けていたのに。これからも心配し続けるのは嫌よ。ね、お願い。ここで一緒に居ましょう? そうしたら危ない事も何も」

「おっと、そういえば紹介し忘れていたな」


 シスターの話を遮るように、これ以上その件に関して話す事は無いとでも言うようにサマーデライトがマリンスノーの方を向いた。


「こちらは同行してくれたマリンスノー」

「……どうも」


 あまりにも気まずい空気での紹介に、マリンスノーは何とも言えない笑顔でとりあえずそう返す。


「こちらは、まあ定義としては幼馴染になるプッシー・キャット」

「キティと呼んで。それとサム、定義って何よ。そんな言い方は無いでしょう?」

「教会は捨てられた子や親を亡くした子を引き取り育てていたりする。僕と彼女」

「キティだってば」

「…………」


 シスターのプッシー・キャットに聞こえない音量で、サマーデライトは五点の笑みを浮かべたまま口の中で小さく舌打ちをした。


「僕とキティもそうなんだよ。僕は低魔力で捨てられた。キティの親は魔物との戦闘で亡くなった」


 その説明で大体を察し、成る程、とマリンスノーは頷く。

 要するに同じ空間で生活していたから定義としては幼馴染だけれど、サマーデライトとしては同じ空間で生活していただけの存在としか認識していないというわけだ。

 まあここまでの様子からしてもサマーデライトは低魔力にコンプレックスが、スラムでのやり取りを見るにコンプレックスなんてものがあるとは思わなかったが、思った以上に根深いコンプレックスがあったらしい。

 見た感じからしてプッシー・キャットはそういった迫害を受けていないようなので、身近かつ好意的かつ善意に満ちていればいる程に、サマーデライトの神経を逆撫でした事だろう。

 まあこういうのはその人その人によって好き嫌いや考え方が違うという話なので、見るからにサマーデライトに恋をしているプッシー・キャットには可哀想だが、単純に相性が悪かったとしか言えない。

 初対面でしかないマリンスノーとしては、わざわざそんな事を言う理由が無いので言わないけれど。


「マリンスノーからすればどうでも良いだろう過去話はここまでにして、中に入ろうか。マリンスノーにも予定があるから出来るだけ迅速に終わらせないとね。いつも通り、司祭様にお話をすれば良いのかな」

「いえ、司教様に、って指示が」

「……そう」

「ええ。それよりサム、予定があるなら仕方ないけど、それでも少しくらいゆっくり」

「ゆっくりお茶でもして仲良く昔話に花でも咲かす?」


 ハハ、と乾いた笑みを浮かべたサマーデライトは軽蔑に近い色を宿した目でプッシー・キャットを見る。


「そんな時間は無い。そもそも報告だけで時間が掛かるし、向こうをお待たせするわけにもいかないだろう」

「そ、それはそう、だけど」

「それにしてもわざわざ司教様が出て来るとは、僕に一体何の価値を見出してるんだか」


 鼻で笑うように言っているが、低魔力である事と低魔力な癖にとんでもない魔法を実現させた事への嫉妬から迫害に近い扱いで左遷した事を揶揄しているのがわかった。

 プッシー・キャットはそれらを察していないようだが、どうして付き合いはまだそれほどでもないマリンスノーの方がその気まずさをビンビンと感じなければならないのか。後で報酬割り増しを要求しても許される気がするくらいには気まずい。


「そんなの当然、スラムなんて場所で六年間も問題無く教会経営出来るなんて滅多に無いからでしょう? それも、あの暴力的で汚らわしいと噂されるスピリタスで!」


 その言い草にマリンスノーもイラっと来たが、日本人らしく深呼吸でクールダウン。大丈夫、苛立っても即座に行動に移してはならない。ただし根に持つのも日本人なので彼女がスラムに来たら挨拶代わりに頭叩き割ってやろうとも心に決めた。

 ここがスラムだったら既に一撃キメていたので実に残念。

 スラムの外に出るという事でTPOに合わせた恰好をしているが、それでもいつも通りに金槌を仕込んであるのでいつでも頭を狙えるのに。


「……ああ、そう、そうか。そんな事か」

「そんな事って、とても凄い事よ?」

「そんな事より、同行者の彼女だけど。彼女も司教様の前に出てスラムの話をするのかい?」

「いえ、同行者は別室で待機してもらって、現地がどういう感じなのか、現地と教会の関係性は実際どうなのか、同行者の方から見てサムはどういう接し方をしてるのかとか、そういう第三者視点を聞く事になってるの」

「まるで僕が裏でスラムの権力者と繋がりがあって、何か後ろ暗い事をしていて、だからこそ無事かつ一定の立場を得られているという裏付けを取りたがってるみたいなやり方だな」


 わかりやすく嘲笑したサマーデライトに、流石に悪意を感じたらしいプッシー・キャットがむっとした顔になる。


「ちょっとサム、司教様のお考えにそんな言い方は無いでしょう!?」

「あー、うんうん、わかってるよ。全部穿った考え方をする僕が悪い。それで良いだろ」

「良いだろって、そういう話じゃなくて!」

「それより早く案内してくれるかい?」


 お前の話を聞く気は無いとばかりに、サマーデライトはにこやかな笑みを浮かべていた。

 いつものような、けれどいつもより温度が無い、空虚な爽やかさの笑顔。


「予定がある中、無理強いみたいな呼び出しで呼び出されたんだ。さっさと終わらせて帰りたいね」

「……サムが帰る場所は、ここでしょう? スラムなんて出張先でしかないのに」

「今の僕にとっての家はあそこだよ」


 現住所的な意味ではなく、魂の故郷的な意味で言ってるんだろうなあ。

 マリンスノーはそんな気配を察し、日本人らしく曖昧な笑みを浮かべるに留めておいた。



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