呼び出し
ハレルヤが口癖の神父に、スコーピオンがゲェと顔を顰めて見せた。
「サムお前また試し打ちだとかで乱射しに来たんじゃねぇだろうな。うちの店で乱射して良いのはテメェの股についてる弾だけだよ。それも買った嬢相手なら、の話だ。そうじゃねんならどっちにしてもテメェの教会でオナってな」
「あんまりそう下品な言い方しないでくれよ」
ハハハ、とサマーデライトが笑う。その手に重火器類は無い。
もっともサマーデライトの場合、その手に重火器が無かったとしても、サマーデライトがその場に居るだけで無数の重火器があるも同然なのだけど。
「もしかして、前に来た時来店早々に一発銃弾を撃ち込んだ事を気にしてるのか? あれは店の前で絡まれて迎撃した直後だったから、つい挨拶の癖でそのまま撃っちゃっただけだよ。誰にも当たらなかったんだから良いじゃないか」
「二階も店になってるっつってんのに天井に穴開けやがったのはどこのどいつだア゛ン?」
敵意をバリバリに滲ませて睨みつけているスコーピオンの気迫に気付いていないかのように、サマーデライトは飄々とした爽やかな笑みのままカウンターの方にやってくる。
「わかったわかった、悪かったよ。ごめん」
「てめ」
「それより健常人組に頼みがあるんだけど」
スコーピオンが青筋をビキビキさせているのも無視して、サマーデライトがそう言った。
振り向きながらミスサイゴンにも聞こえるよう言っている辺り、マリンスノー、サムライロック、ミスサイゴンの三人に用があるのは間違い無いらしい。
「頼みとは何で御座る?」
「うん」
サマーデライトはにこやかに言う。
「大教会に呼ばれてるんだけど、同行してくれない?」
「断じてお断りに御座る!」
「サムライロックに同じくぅ」
マリンスノー以外は即答だった。
「えー、どうしても駄目?」
「スラムの外は実に平和で、実に不快に御座る。行きたいとは到底思わんで御座るよ」
「そうね。うちに関しては指名手配されてるだろうから尚更無理よぉ。まあ国が違えばそこまで厳しくも無いかもだけど。でもアレって結構な地位だったのよねぇ」
指名手配とは穏やかじゃない、とマリンスノーは目を瞬く。
「何があったの、っていうか何をしたのよ、スイ」
「うちの居た国って、女は家庭に入ってこそ、って思想が強かったの」
やんなっちゃうわよねぇ、とミスサイゴンはテーブルに頬杖を突きながら爪を見た。
「だから結婚の申し入れがあったら拒否権無し。男からの申し込みが複数あったら男同士が何で戦うか決めて、その戦いの結果で決着、とか。武力だったり計算だったり知識だったり、売り上げとか総資産とかもあったわ」
「仮にその暗黙ルールから逃げたとしても指名手配はされないんじゃない? それとも、逃げただけでも指名手配されるとか?」
「いいえ?」
ケロッとした様子でミスサイゴンはマリンスノーの問いに答える。
「具体的な名前は伏せるけど、とあるやんごとなき立場の方に惚れられて嫁にされそうになっちゃって。女に武力は必要ないとかいう思想だからうちにとってあの国は窮屈で、不満も大きかったから、まあちょっとキレちゃった」
「キレた結果、何を?」
「そのやんごとなき方を滅多打ちにしてぶっ殺して逃亡したわ」
成る程、指名手配されるだけの理由があった。
「な、何と、女性に対して、その上麗しきミスサイゴン殿にまで非道な扱い……!」
サムライロックは震えながら、耐えられぬといった様子で力強く拳を握る。
「ミスサイゴン殿! もし貴女を捕らえに参った追っ手が居たならば、拙者がその首を落としてみせるで御座る!」
「別に守られなくても平気だけど……そうね、嬉しい。ありがと」
「い、いいいいいえ! そ、そのようなお言葉、滅相も無い!」
スラム街にあるエロも兼ねた酒場でのアオハル。微笑ましいがあまりにも濃い。マリンスノーは何とも言えない微妙な顔でリンゴジュースの残りを呷った。
「あの二人には振られちゃったけど、マリンスノーはどう? 来てくれたりしない?」
「大教会が何かは知らないけど、スラムの外なんでしょ? その辺りは私の独断じゃ判断出来ないわ」
「うーん、じゃあカルーアに説得かな。マリンスノーのレンタル料、城を攻撃する用の武器五つくらいでいければ良いんだけど」
高いのか安いのか。マリンスノーはサマーデライトの言葉に眉を顰めた。
攻城兵器と考えると中々に高い価値として見積もってくれている気がするが、能力持ちの異世界人がどのくらいの価値で見積もられるものなのかをマリンスノー自身が把握していないのでサッパリだ。
「……で、大教会って何?」
「教会の本拠地。お偉いさんが居る。神の加護とされる魔力が無い奇形を蔑視してて、罪人の魂が奇形になるのだとか言ってて、スラムを忌み嫌ってて、それでも罪人に魂の罪を償おうという風に改心させてこそ教会の仕事、とか世迷言ほざいてる感じ」
随分淡々と辛辣だった。
「だからスラムにも教会作るぞーってやって、押しつけがましい健常人の常識を持ってきて馬鹿みたいな説法するからスラムに超嫌われてる。その教義が本当に神から与えられたものなのか、後世の人間が勝手な考えを付け足したのかもわかってない癖に敬虔な信徒であるとか笑っちゃうよな」
「何と言うか、自分の所属してる総本山でしょうに辛辣なのね」
「神の居るところに行ってこそ、至ってこその救いだと僕は考えてる。それ以外の考え方は僕からすれば異教徒さ。勿論、異教徒であってもそれを他人に押し付けない限りは好きにしていれば良いと思うけど」
何とも面倒臭い思想。
サマーデライトの中には確固たる信念としてその考え方がある為、その信念を刺激しない範囲ならともかく、刺激する範囲となった瞬間に迎撃が炸裂するのが見える見える。
教会に駆け込んでくるスラム外の人間なんて、そりゃあ即座に頭をブチ抜く対象だろう。
「で、そんな教会の人間が嫌ってるけど外聞的に教会を作らないわけにもいかず、魔力量が少ないからっていう理由で実質左遷されたのが僕」
「そして馴染んだと」
「だから呼び出されたんだよ。定期的に呼び出しは食らってる。スラムで教会をやってくのは難易度が高い上に、暴力と色事メインだから教会襲撃も頻繁にあって危険度がヤバいとされてるスピリタス。そこで何年も上手くやれているのは何故なのか。教義はどのくらい伝える事が出来たのか。スラムの実情はどうなっているのか」
マリンスノーはサマーデライトの若いとわかる顔をちらりと見た。
「何年くらいこっちに居るの?」
「十七で派遣されて、今が二十三だから、六年?」
「嘘でしょ一つ上!? っていうか十七で死ぬのが確定事項みたいな左遷されるってどういう事よ!」
「魔力量がカスだから、奇形では無いものの前世で何かしらの罪を犯したんだろうって扱い。その罪を償う為にはそれだけの試練を乗り越えなければならないとか何とか良い感じに脚色された」
「最悪。気持ち悪いくらいの操作性でやって見せてた空間、何とか魔法みたいのがあってもその扱いなの?」
「寧ろそれで疎まれてたかな。真似出来ない所業を魔力量カスの若造がやってのけてるのが面白くなかったみたい」
「そんなゴミ溜めに付き添えって?」
「奇形連れてっても大教会までの道のりで罵倒されるのはわかってるし、大人しくしてる性質じゃないだろ、ここの住人。でも大教会側はスラムの人間を連れて来い、話を聞きたい、って主張」
笑えるよな、とサマーデライトが笑っていない目で口角を持ち上げる。
「人間を連れて来いって言ってる時点で、向こうは奇形と歩み寄る気が無いのがわかるから本当笑える。彼らにとっては健常人だけが人間なんだ」
「それで諸々の面倒を避ける為に、スラム在住健常人に付き添いを、って事ね」
「時々報告には行ってたけど、いい加減上がうるさくてさ。気になるなら自分の足で来たら良いのに」
その場合、まずサマーデライトの教会に辿り着く前の段階で死亡し、運良く教会に辿り着いてもハレルヤの言葉と共に撃ち抜かれてお陀仏だろう。
きっと使いを寄越しても帰ってこれた者が居ないから呼び出し手段にしたんだろうな、とマリンスノーは合掌した。思想に共感は出来ないが、同情する。
「へいへいへい」
「?」
カウンター向こうから魔道具、というよりは異世界人由来知識で作成されたという、魔力無しのスラムで取り扱われる事が多い電話。
それでも値段が張るからとそのスラム内の重鎮枠に入っている者の場所にしか取り付けられていないという電話の受話器を持ちながら、スコーピオンがサマーデライトに声を掛けた。
「さっきから突っ立ってる甘いマスクのオニーサンに、ボスの右腕からそこのお嬢ちゃん同行の許可が出たぜ」
マリンスノーがサマーデライトの話を聞いている間に、スコーピオンがマリンスノーの(トップはルシアンだが手続き的な意味で)保護者であるカルーアに諸々の話を通していたらしい。
「ハレルヤ! 城を攻め落とせる兵器五つの支払いでいけるかな?」
「おう、それで良いってよ。あと貸すに当たって幾つか注文」
「何だい?」
小さな爪でカウンターをコツンと叩き、スコーピオンが言う。
「出発は明日の朝。移動法はマリンスノーの能力による瞬間転移。日付が変わるまでに帰還する事」
つまり、ルシアンに朝食を作ってから出発し、ルシアンの朝食を作れる時間帯に帰って来いという事だろう。
日付が変わるまでに、という辺り、ルシアンとベッドを共にする前提で帰ってこいよと言われている気もするが。
「以上を守れなきゃ戦争だってさ」
「ハハハ、その場合戦場となるのは大教会だな! いっその事その方が世の中スッキリしそうで良さそうだ!」
ハレルヤと笑うサマーデライトに、意図的に帰還遅らすのは勘弁してちょうだい、とマリンスノーは息を吐いた。