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奇形の子



 マリンスノーがスラムに来てから一か月程が経過した。

 人として越えちゃいけない線を幾つか超えている気もするが、このスラムでは日常なので気にするまい。人死にに顔を顰める事も大して無くなったくらいの変化しかないのだし。


「へえ。じゃあ根本的に動かせないって場合もあるのね」

「そうなんだよなあ」


 カウンター席に座っているマリンスノーの向かいで、スコーピオンが丸っこい手自体に吸着力があるような動きで自分用のグラスを呷る。

 中身が酒だからか喋る用の上の口では無く、喉の位置にある下の口での直飲みだ。アルコールが喉を直接焼くのが最高、とはスコーピオン談。


「だから使える手足の場合は感覚もあるから残す事が多いけど、俺みたいに生えてても使い物にならない腕持ちだったりすると切り落とすって感じ」

「え? ピオの腕は普通に動いてるでしょう?」


 それこそ指は爪のように短いけれど、問題無く動いているし物を持ったりも出来ていた。


()()()()()はな。元々脇腹にも両腕が生えてたんだよ。ほら、タトゥーんトコ」


 カウンター越しにピオが示すのは、ピオの引き締まった腹筋。その両側。

 踊り子のようにも見える露出度なのでよく見えるが、その脇腹には正面右側にアゲハ、正面左側には複数の薔薇が咲いているようなタトゥーが彫り込まれている。


「ただのオシャレかと思ってたわ」

「実際は傷隠し、ってな。動かせない腕がぶら下がってて邪魔だったから切り落として、その切断痕にタトゥーを彫ってもらった。タトゥー入れてるヤツは傷隠し理由っての多いぜ」

「フィズの腕に彫られてる蜘蛛も?」

「アイツのあれはオシャレ」


 普通にオシャレ目的も当然のようにあるらしい。

 マリンスノーからすると外国に行けば見かける頻度が高いし異世界ならそんなもんかというくらいの感覚だったが、確かにタトゥーを入れている人を多く見かけたのはスラムにやって来てからだ。

 一年間あちこちを巡っていた時には、そういった人を見かける率は低かった。

 勿論皆無というわけでは無いが、柄の悪い人がメインだったな、という記憶。そもそも一般人は露出の多い恰好をしていない、というのも大きい。


「あとカルーアの背中。アレは傷隠しだ」

「え、そうなの?」


 カルーアは常に、ふわふわしたセーターのような物を身に纏っている、ように見える。

 前にマリンスノーが聞いたところ、実際はそう見えるだけでソルティ同様地毛によるものという話だった。

 そんなカルーアの背中はいつぞや流行った童貞を殺すセーターのようにばっくりと地肌が覗いている。

 マリンスノーとしてはカルーアの背中に生えている背びれのような突起の邪魔にならないように、尚且つその周囲を囲うように施されているタトゥーを見せびらかす用かと思っていたが、


「背中全体に傷痕が残るような怪我を?」

「らしいぜ」


 スコーピオンは片目しかない顔でにんまりと笑う。


「ガキの頃、炎に巻かれたんだとよ。ルシアンに飛べる翼が無かったら死んでただろうな。その火災の原因が、あの二人がポーション類を忌み嫌っている理由でもある」

「……それ以上の情報はいいわ」

「おや、聞かなくて良いのかい? 別に金取ろうって気はねえぜ?」

「本人から許可を得たわけじゃないし、本人が私に語ろうとして語ってくれるわけでも無いじゃない。勝手に過去を探る趣味は無いの。嫌われる理由になりかねない情報は不要だわ」


 そう、不要だ。要らない。


「本人達が本当に気にしてなくてさらっと話してくれるようなら私の気遣いなんて馬鹿の所業でしょうけれど、それでも本人達の口から教えてもらえるのを待とうと思う」

「別に気にしてないし些細な事。些細過ぎて言うのを忘れてた、ってな場合は?」

「それはそれで別にいいわ。うっかり地雷を踏んだらどうしようも無いけど、言う必要性が無いっていうならそれでも良い。それで私のルシアンへの想いが変わるってわけじゃないんだから」

「ふぅん。合格」


 企みが混ざっているようなスコーピオンの笑みに、また何かの試練だったのか、とマリンスノーがため息を吐く。

 今でも定期的に日常会話のようなテンションでカルーアに見定められる時があるし、場合によってはスコーピオンやらシャンパンカクテルやらに採点される事もあった。

 関係性が深い組による問答への返答から諸々を採点し、信用して良いかどうかを多角的に判断、という事なのだろう。

 マリンスノーとしては自身を偽る必要性も無いので気にしていない。

 また試練か、とは思うものの、あっさりと見限られたり見極めを終わらせられるよりは、どの段階まで心を開いて良いのかをこまめにチェックされるのは良い事だ。

 まあここまでかなとあっさり判断されるより、ここまでなら心を開いて良いだろうとじりじり探られる方が末永い付き合いが出来るものなので。


「頼もーーーーーーーう!」


 そう思っていれば、道場破りのような気迫で見覚えある和装の男がやって来た。

 サムライロックはいやに緊張したガチガチ状態で壊れたロボット染みた動きを見せ、入口近くのテーブルを定位置としているミスサイゴンの前に行く。


「み、みみみみみ、ミスサイゴン殿!」

「スイで良いわよーう。どうしたの、サムライロック」

「その、先日お褒めに預かり申した握り飯をば、差し入れに、で御座るな……」


 サムライロックはわかりやすく顔を真っ赤に染めながら、包みを差し出す。


「え、良いの? やったーぁ。サムライロックの料理って美味しいから好きなのよねぇ」

「す、すっ!?」

「そうよぉ?」


 今にも火が出そうな勢いで真っ赤っかになって涙目なサムライロックの様子に気付いてないのか無視しているのか、それとも単純に興味がないのか、ミスサイゴンはそのまま包みを開けてまだ温かい握り飯を嬉しそうに頬張り始めた。

 その様子にもまたサムライロックが全身を真っ赤に染めて湯気を放ち始めており、あそこだけ店内で異様な雰囲気を醸し出している。


「ピオ、あの二人って()()()()感じなの?」

「サムライロックの方はな。スイはわからん。前に一応聞いてみたが、床を共にしても良いくらいには好いてるとしか言いやがらねえ。アイツは体を売る気はねえと断言してたから、それなりに好意的ではあるんじゃね?」


 貞操という概念を気にした事も無いだろう、何なら性行為を握手くらいのコミュニケーションと変わらないレベルという認識なスコーピオンからするとそういう発想になるらしい。

 体を売る気は無いと断言している健常人女性が床を共にしても良いくらいには好いていると聞いたなら、普通は恋人目前くらいの好意だとわかるだろうに。

 まあ人によっては結婚してからじゃないとあり得ないという人も居るし、初対面の人とも全然やるけどという人も居るので、その辺りは個人差が大きいところでもある。

 このスラムは暴力と色事がメインなので、認識の個人差は尚の事大きかろう。


「……そういえば、あの二人はあの二人でどういう経緯でここに来たのかしら。私が言う事でも無い気がするけど、健常人の考え方としてはスラムに近付くなんてもってのほかって考えでしょう? わざわざ来る?」

「わざわざ来るだけの理由があるのさ」


 そう言ってから、スコーピオンがガチガチ状態で突っ立ったままのサムライロックに声を掛ける。


「おーい、サムライロック! お前ちょっとこっち来い!」

「な、ななな何で御座る!?」


 ビクンと跳ねたかと思えば、素早い動きでサムライロックがカウンター側へとやって来た。

 ミスサイゴンのそばに居なくて良いのかとマリンスノーがジェスチャーで問うも、スコーピオンは肩をすくめる。それにマリンスノーがサムライロックへと視線を向ければ、どこか安堵した様子のサムライロック。

 成る程、とマリンスノーは頷いた。

 どうやら惚れた相手が手料理を食べて褒めてくれる状態でドキドキが止まらないモードだったらしく、邪魔どころか逆に救いの手扱いらしい。

 暴力と色事を代表するようなスラムに住んでてよくそこまで純情であれるわね、とマリンスノーはちょっと呆れた。いや、勿論人として良い事ではあるけれど。


「コイツがちょっと聞きたいんだってさ」

「マリンスノー殿が、で御座るか? 拙者に一体何を?」

「貴方がスイに惚れた理由を」

「なっ、なななななななになににゃににゅねの」

「うん、ちょっとからかっただけよ。ごめんなさい。まさかそこまで動揺されるとは思わなくて」


 どうどう、とマリンスノーはジェスチャー込みでサムライロックを落ち着かせる。

 真っ赤になって涙目で呂律が回っていない姿は人によっては可愛らしく見えるのだろうが、力加減が馬鹿というわけでもない男は対象外の論外だ。


「聞きたかったのは、サムライロックがこのスラムに居る理由。初対面の時に色々あってここの方が合うって言ってたけど、どういう事?」

「ふむ?」


 切り替え自体は早いのか、サムライロックはきょとんとした顔を見せる。


「大した理由では御座らん。このスラムでは無かったものの、生まれ自体はスラムだから慣れていた、ので御座る」

「え、健常人なのに?」

「奇形の子が必ず奇形というわけでは御座らんよ。健常人と奇形の間に健常人が産まれる、という事もままある事に御座る」


 サムライロックは腕を組みながらそう語った。


「そして拙者は、奇形の母を持ち、健常人として生まれた者に御座る。まあ何と言うか、拙者の母はこういった店に居て、健常人の客を取るタイプの店で御座ってな」


 ミスサイゴン関連以外でも色事関係は素で苦手らしく、サムライロックは微妙に頬を染め、言い難そうにしながら言う。


「基本的にスラムのこういった店で産まれた子というのは、孤児院に送られるかそのスラムの管轄に入るか、で御座る。孤児院と言ってもそれらしいものがまともに活動している事も無いので、実質スラムの管理下で御座るな」

「サムライロックもそうなの?」

「否。拙者は己の足で立てるようになるまではスラム暮らしで御座ったが、そのスラムは健常人の客を取る店があるだけあって、健常人相手の商売も多いスラムで御座った。ゆえに、健常人でありながらスラム暮らしの拙者は、健常人側に忌まわしいものを見る目で見られたので御座る」

「……腹立つわね」

「別にスラムの住人は迫害してくる事も無かったので気にもしてなかったて御座るよ? ただ拙者の母が気に病んで、折角健常人として生まれたのだから、とこっそり町の孤児院に拙者を置いていったので御座る」


 それは捨てたと言うのでは。

 マリンスノーはそう思うも、母親としては親だが奇形である自分が姿を見せて頼めば奇形の子だとわかってしまう為、孤児院を始めとした健常人側に悟られぬよう我が子を置いて行くしか無かったんだろう、とも察した。

 正式に顔を合わせて頼むのが誠意というものだが、我が子の幸せを願うからこそ、その行動だけはしちゃいけない。

 サムライロックの母は、我が子が大事だからこそ、我が子の手を離す事を選んだのだろう。


「で、拙者は嫌気が差して逃亡をしたので御座る」

「は!?」

「親が奇形と知っているかどうか、住んでいる場所がスラムかそうでないか。たったそれだけで健常人からの態度が尋常でなく変化するのを目の当たりにした以上、嫌悪を抱くのも仕方のない事で御座ろう」


 先程までの純情さはどこへ行ったのか、という声色だった。

 低く、淡々と、そして冷たい声。普段は丸みの強い目も、剣呑に細められている。


「とはいえ安全な環境であるのもまた事実で御座る。ゆえに拙者は衣食住に苦労せず済む間に走り込んで足の速さを鍛え、ある程度の自衛を覚え、手に職をつける為にとワショクを学び申した。ワショクであれば、スラムでの生活も苦では御座らん」

「……でも、母親が居たスラムには戻らなかったのね?」

「スラムという場所の方が性に合うとはいえ、あのスラム自体は好きでは御座らん。正確には、あのスラムに来る健常人が不快に御座る。何より、拙者を想ってくれたのは確かであろう母に、要らぬ心労を掛けるのは本意に非ず。ゆえに腕っ節さえあれば良いとされるこのスピリタスに参り申した」


 成る程、とマリンスノーはリンゴのジュースを飲みながら頷いた。

 色々あってスラムの方が性に合った、というのは言葉通りの意味だったという事だ。


「今の拙者は充実してるで御座るし、何よりもミスサイゴン殿という、その、大変素敵な方と出会う事が出来てしあ」

「ハレルヤ!」


 指先をもじもじさせたサムライロックが惚気を言い切る前に、扉を壊さんばかりの勢いで笑顔の神父が来店した。



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