場所が悪いし頭も悪い
連れ帰った売人三人の内、情報を持っていたのは一人だけだった。
マリンスノーとフィズがとっ捕まえたあの男が下っ端売人組の一応リーダー格だったらしく、情報こそ持っているようだが他二人が肉の塊になったのを見ても随分舐め腐った態度を取るばかり。
なので少しばかりマリンスノーが『べらべら』と話すよう言ったところ、男はそりゃあもう『べらべら』と全部語ってくれた。
「だ、だからオイラ達はここに売りに」
「そ」
ゴッ、とカルーアが男の腹を蹴り意識を飛ばす。
白目を剥いて気絶した男にあーあとため息を吐き、吐いた言葉が真実かどうかを見極めた大きな目でカルーアは周囲を見渡した。
「ところどころフェイクが混じってたけど、要するにスラムから出たポーション類によって健常人側が出してるポーション類の売れ行きが滞って、その腹いせみたいな感じでスラム側の客を奪おうって魂胆だったみたいだね」
バカバカしい、とカルーアが苛立ちのまま気絶した男の頭を鋭く蹴り飛ばす。
足というには手乗りの人形にありがちな足首も無く、大腿や下腿とのサイズ差すらも無い足は筒状のブーツを纏っており、それはもう良い音で男は蹴っ飛ばされた。
一般的に存在するはずのつま先も何も無いようなものなので威力の鋭さは少ないだろうが、重さがある音だったのでしばらくは脳が揺れて起き上がれまい。
もっとも、それ以前から意識がすっ飛ぶようなダメージ状態ではあったが。
「だからってポーション類が禁止されてるで有名なここに来るかよ普通。頭ん中にまでイカれた毒が回りに回ってんじゃねーのかおい」
普段より随分と口の悪い様子でカルーアは男の腹をげしげしと蹴る。
先程に比べれば鋭さが無いが、重たい音がするので中々のダメージだろう。可哀想に。主にやっちゃいけない事をやって対応を全て間違えた頭の中とか。
「カルーア」
「どわぁーーーーっ!?」
突然の背後から掛けられた声にシャンパンカクテルが叫び声と共に後ろ足で殺人級の蹴りを放つも、聞き覚えの無い声はそれを軽い動きでヒョイと避けた。
「……そんな驚かなくても良いだろう、シャニー。少し傷付く」
「だったらもうちっと存在感主張しろよ!」
「私の仕事上、存在感は悟られない方が便利だ」
淡々とそう返すのは、狼の頭を持つ巨体だった。
獣寄りの獣人と言って想像するような姿そのままであり、全身毛むくじゃらなのがわかる。
頭部はマズルもしっかりある狼で、ピッチリした水着のようにも見える短パンと肩周りに巻かれた布以外に纏っている物は無い。
手は爪が鋭く毛深いくらいだが、足は完全に獣の骨格。体の肉付きも筋肉の凹凸が見えはするものの全身に毛が生えており、異世界に来て初めて見たのが彼ならこの世界には獣人が居るのかと思うだろうビジュアル。
「まあそんな事は良い。それよりも報告があるんだ」
そう告げるのは、正面から見て左側の頭だった。
左右にも頭がある、というよりもあれは中心となる頭部から三角形を描くように三つの頭が生えている、と言うべきか。
もっとわかりやすく言うなら、脳の位置が一致している三つの頭、と言うべきだろう。
「何かな、ソルティ」
カルーアの返しに、正面から見て右側の頭の耳が向いた。
「ジットが連絡係を追って行った。先程の話は聞いていたが、大体が発覚したなら追う理由も無いと連れ戻すかい?」
「いや、そのまま続行。ケツまくって逃げてくなら放置で良いけど、まだうちにちょっかい掛けようってんなら虐殺。証拠を残す残さないは自由で良いよ。ま、相手が牽制にビビって今後手出ししなくなるなら証拠を残して、逆に暴走して突撃かましそうなら証拠は残さないように。オーケー?」
「ああ。了解した」
ソルティと呼ばれた男の正面にある頭が、カルーアの事をしっかりと見ながら頷く。
「さておきカルーア、噂の異世界人は上に居るのか? 私も挨拶くらいはしておきたい」
「上には居ないよ」
「外出中か?」
首を傾げるのが難しいのか、ソルティは首をほんの僅かに傾けていた。
「目の前に居る中で特徴に一致する健常人」
「何!? お前がそうだったのか!?」
「え、そうだけど」
そんな身を跳ねる勢いで大袈裟に驚かれる程の事かしら、とマリンスノーは眉を顰める。
「いや、これは失礼した」
ソルティは礼儀正しく頭を下げた。
「特徴は似通っているが、異世界人を他に奪われない為にと身代わりを用意し雑用でもさせているのかと」
「えー、超失礼。僕ってそんな事させそう?」
「ああ。とてもさせそうだ」
「ひっど。まあ使い勝手と本人の度胸と行動力とここへの馴染み具合次第ではそういう発想もあったかもね」
足元で呻き声をあげた男にもう一撃蹴りを食らわせて黙らせ、カルーアは肩をすくめる。
片手間でやっている辺り、普段からこういった荒事に慣れ切っているのが伝わって来た。
「おっと」
遅れて、ソルティがマリンスノーへ正面の頭を向ける。
「改めて自己紹介を。私は暗殺を担当しているソルティだ。特技は存在感を消せる事。よろしく」
「ええ、その見た目と存在感なのに全然気づけなかったわ。私は異世界人のマリンスノー。好きな人はルシアン。よろしく」
ソルティから差し出された手を握れば、ふわりとした毛の感触があった。思ったよりごわつきは無い。
「ちなみにボスから気に入られているというのは本当か?」
「ソルティー?」
獣顔なせいで表情がわかり辛いはずなのに、明らかにわくわくした顔だった。
そんなわくわく顔で聞いてきたソルティに対し、カルーアが笑顔で明るいながらも怖さが漂う声色でソルティを呼ぶ。
「あんまり野暮な聞き方するもんじゃないよー?」
「いや、でも気になるだろう。ピオからもあれは中々だと聞いている」
「まあ確かに、中々って言えるレベルではあるかな」
事実だししゃーない、とでも言いたげな顔でカルーアがため息を吐いた。
「あら、なぁーによぅ」
ミスサイゴンが懐から取り出した細長いビスケットを齧りながら言う。
「あの人中々心を許さないで有名なのにカルーアがそう言うくらいって事ぉ?」
「あたしが店でちょっと遊ばないかとマリンスノーの方に声を掛けたら、確かに少し牽制されたわね」
「そりゃマリンスノーを取られたくないってよりもフィズの方を警戒したんじゃねえのか?」
「どういう意味かしらシャニー。言っておくけどあたしは誰が相手でもNG無しだから、アンタのケツにあたしのイチモツぶち込んでやっても良いのよ」
「プライドある嬢がタダ働きか? 精が出るじゃねえか、文字通り。残念ながら私をヨがらせてぇならもうちっと竿をデカくして貰わねえと。何せ下半身がこの通りでね」
「…………チ」
フィズが舌打ちと共に視線を逸らす。
随分と下品な罵り合いが突然勃発したわけだが、シャンパンカクテルの方が勝利したらしい。
というかシャンパンカクテルは見た目こそ細めで中性的だが、男のはずでは。だがこのスラムでは男娼も普通にあるし、フィズを指名する女性も多い。となればまあそんなもんか、とも思う。
そもそも気持ち良ければ男女だの前だの後ろだのを気にせず楽しむような住人も多いのがこのスピリタス。流石は暴力と色事の町。
「さておきカルーア、つまり私はかなり期待して良いって事?」
「毎朝アイツがちゃんと起きてマリンスノーの作ったご飯食べてる時点でね。週三で起きるのを死ぬほど嫌がって暴れたり寝続けたりする男が、起きるまでにタイムラグがあるとはいえ毎日ちゃんと起きている。これってかなり凄い事だよ」
マリンスノーからすると起こすのは一貫してカルーアが行っているので実感が無かったが、思っていた以上に好感度は稼げていたらしい。
それはカルーアがルシアン好みの料理を教えてくれているからというのも大きい気がするけれど、毎日しっかりと食べてくれているのも事実。
単純に慣れない気配が敷地内にあるのが不愉快で眠りが浅い、というわけでは無さそうで安心した。
「ただ残念ながら、明日は食べられないと思う。時間的に」
「どういう事?」
「今朝の食事中、少しスラムの外に出るって言ってたろ? 異世界人の件で呼び出し食らってエタノールに行ったのさ。こっちとしてもポーション類が出回ってる裏にエタノールが関わってる可能性を考えてたから、それの調査も兼ねてね。まあ遠因の可能性があるとはいえ、直接的な関わりは無さそうだったけど」
要するに遠出するから明日の朝はまだ不在、という事らしい。
「エタノールって?」
「ここじゃないスラム。序列的には一位。ここ、スピリタスは序列的には二位なんだ。しかも色事を積極的に許可してるもんだから睨まれまくりでね」
「何で色事を積極的に許可すると睨まれるのよ。そういうのを本職にしてるから、こっちに客を取られちゃ困るって話?」
「んー、その逆かな? エタノールは規律がとんでもなく厳しくて、皆統率が取れた動きをする。そして女性しか存在しない。酷く厳しいし生活も全て管理されるけれど、女性を害する存在も居ない場所。それがエタノール」
「うげえ」
マリンスノーは嫌そうに舌を出した。
規律に厳しいというのも好きじゃないし、女性を害する存在が居ない、というのも論外だ。
別に害されたいわけでは無いけれど、力加減が出来ないくらいの力で抱き寄せられたりしたい性癖持ちからすると無し。
「あそこは自分達以外はどうでも良いってスタンスが強くてね。ポーション類も武器類もガンガン作って売り捌いてる。向こうは向こうで喧嘩腰だから仲も良くない。お互いの地雷の上に立ってる状態なのが嫌になっちゃう」
「例の村からの移動速度からしても、エタノールがどこにあるかはさておいて、一泊前提のスケジュールって事よね?」
「そ。結構距離があるのも事実だけどね。だからこそ夜通し飛ぶよりは一泊した方が体は楽。安心して休めるかは度外視だけど」
ケロッとした顔で言う辺り、いつもの事なのだろう。
だからこそ、ルシアンは相当なストレス状態で帰ってくるのが察せられた。




