惚れちゃった
一般人に比べて二回り以上は大きいだろう手に髪を掴まれ、引き寄せられる。
「もう一度言ってみろ」
額にあるはずのない目が生えている三つ目。額の角。裂けた口は乱雑に縫われている。背中からはドラゴンのような翼が窺えた。
そんな、人とは思えぬ相貌をぐいと至近距離まで近付けられても、海雪の意思は変わらない。
「私が、その代金としてそちらにつく」
「旅人であるテメェがこの村の支払いをしようって?」
ハ、とその人外染みた相貌の大男が鼻で笑った。
「それはちょーっと安くない?」
大男に付き従っているらしき、大きな単眼の男も苦笑するようにそう言う。
苦笑、というよりはワガママを言う子供に困っている大人のような、聞き分けの無い子供を見るような表情だ。
「次期村長である村長の息子が、この村を担保に借金を作ってギャンブルで惨敗。だから僕らは取り立てに来た。それを、何?」
一つしかない眉を顰めて単眼が笑う。
「この村の人間じゃないのに代理で支払おうって態度は素晴らしいよ。うん、拍手しちゃう。えらいえらーい」
ぱちぱち、と気の無い音が室内にか細く響いた。
「……で? 村一つが女一人の身売りで済むって? 随分と高く見積もったよね。女って別にそこまで高値がつくわけでも無いんだけど、本気で言ってる?」
「異世界人の女だったら、村一つくらいには余裕でなるんじゃない?」
髪を引っ張られたままそう告げれば、男二人は無言のまま視線だけを動かして目を合わせ、酷く静かな真顔で再び海雪へと視線を戻す。
「……へえ?」
表面だけは愉快そうな声音で単眼が口を開いた。
「面白い事を言うね。じゃあ証拠として、その状態から脱してみなよ。そんな髪を引っ掴まれたままの状態で居ないでさ。異世界人って言うなら、必ず不思議な力を持っているものだろう?」
まあ、
「異世界人によっては力も違う物を持っているようだから、抜け出せるなんて出来ない能力かもしれないけどね。まあ何にせよ、異世界人であるという証明と有用性が高いという証明をしてくれよ。さ、早く」
単眼の馬鹿にするような言葉と共に、ギリ、と大男の手に力が加えられた。
大男は、ただただ冷たい真顔で海雪を見下ろしている。手加減する気など無いぞと告げるような鋭い目だ。
「……『パッ』」
海雪が言うと同時、『パッ』と大男は海雪の髪から手を離した。
「!」
「え、ルシアンマジかよ」
ルシアンと呼ばれた大男と単眼が驚きに目を見開き、人より大きく、生まれつき三本指しか無いのだろう人外染みた手をまじまじと見る。
「何やってんの? 手加減した?」
「……するわけねぇだろ」
「だよね。って事はマジで異世界人?」
「まだ信じない? 他に何かパフォーマンスが必要?」
「……んー、それはもういいや」
大男の斜め後ろに立っていた単眼が海雪に近付き、頭部の三分の一を担っているだろう大きな一つ目でぎょろりと覗き込む。
「へえ、本当みたい。少なくとも嘘は無いね」
「わかるの?」
「嘘か本当か、内側にどんな気持ちを抱いてるか、くらいならわかるよ。僕はかなり上手に生まれたみたいでね。魔法なんてものが使えなくても、この目が使い物になるお陰でどうにかなった」
さて、と単眼が手を叩く。
「異世界人である事、ルシアンの拘束を解かせるだけの能力があるのは事実のようだ。村一つの代わりとしては充分な価値だろうね。だが懸念が一つある」
「何?」
ス、と単眼は鋭い目で海雪を見た。
「どうして村を助けて身売り染みた事をしようと思ったの? する必要あった? 困っている人間を見捨てられなかった、ここで何か助けられたから恩を返したかった、とかなら異世界人の逸話でよく聞くあるある話だから気にならない。僕らとしちゃ扱い辛いから随分上等な不良品だけど」
でも、
「でも今感じた中に、そんな気配は無かった。少なくとも、この村の為に身売りをしようってわけじゃ無いらしい。だがそれならどういった理由で、スラムに身売りをしようという発想になるのか。話し合いの場に出てきて村長を部屋から出した時点じゃ、こっちに警戒の目を向けていた。なら最初はその現状正体不明な能力を持って殺す事も視野に入れていたはず」
単眼は低い声で言う。
「何故僕らの味方になろうとした」
「好意を抱いたから」
「それは感じた。うん、それはわかるよ。僕はそういうのに敏感だからすぐわかる。何故好意を抱いた? 何に好意を抱いた? 身売りをする形になったとしても僕らの側に回る程の好意とは何か。そこがわからない」
その言葉に、海雪は視線を天井へと逸らす。
どう説明しようか悩むなあといった様子で視線を逸らし、ぐるりと天井全体を見るように視線を動かし、最終的に大男をチラリと一瞬見てから単眼へと視線を戻した。
そして、頬を染めてにへらと笑う。
「……惚れちゃった♡」
こいつに? といった表情で単眼が大男を指差した。
それに海雪はにっこりと笑って頷きを返す。
惚れちゃった。