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マフィア学園の切り札  作者: 鰹の本気
9/13

8話

 パスワードを手に入れた僕は、教室に戻ろうとゆっくりと歩いていた。


 仙河さんが追いかけてこないとも限らないので、Jクラスの校舎からはかなり離れた場所で電話をしていた。


「うんしょ」


 すると学園の壁から突然、小さい子供が顔をのぞかせた。


 見た目は小学四年生ぐらいの男の子だ。


 どうやら学園内の木に風船が引っかかったのを取ろうとしているようだった。


 用事も予想外にすんなりと終わったので、彼に風船を返してあげたいが、容易に学園外に出ることはできない。


 外出禁止という校則があるのかと問われれば、それはNOだ。


 では何故出られないのかって?


 ただ単純に、一歩でも出たら蜂の巣にされそうなガトリングガンが壁に据え付けられているからである。


 少しだけ考え、答えを導き出す。


「危ないから壁から降りな。風船は僕が取ってあげるから」


 僕はジャンプで木に引っかかている風船を取る。


 そして紐に持っていたペンを絡ませて壁の向こう側に投げる。


「もう失くすなよ」


「ありがとう、お兄ちゃん!!」


 大きな声のお礼と共に少年は走り去っていく足音が聞こえてくる。


 やはり子供は元気が一番だ。


 時計に目をやる


 少し時間を使ってしまったので、教室を駆け足で目指すことにした。




「ただいまー、うわぁ!!」


 教室の扉を開けると、怒木さんと宝条君が走り寄ってくる。


「無事ですか、ボス!!」


「空閑君大丈夫?」


 勢いのあまり、半歩引いてしまう。


「二人とも、政宗くんが困ってるよ」


 鳥金君が二人を僕から引き剥がす。


「で、何を払ったんだい?」


「いや、僕もよく分からないんだけど。無償でパスワード貰っちゃった……」


「政宗くん、心配させたくないからって嘘はダメだよ」


「いや、本当に」


「流石はボス!!!!」


 宝条君が大げさに感服する。


「あの『マフィア三大不可思議』の一つ、『八百屋』に対してタダまで値切りなんて!!」


 後から怒木さんにこっそり聞いたのだが、『マフィア三大不可思議』とは、マフィア会で確かに見た、聞いた、話した、という者が居るのだが、その様相、実態、あらゆる情報に噂以上のものが存在しない三つのいわゆる都市伝説的なものらしい。


 ちなみにその三つとは、


『八百屋』

 この世のあらゆる物が代金次第では購入できると言われている。電話での接触は容易であるため、三つの中で唯一、存在の証明がなされている。


『八方美人』

 その美貌を見た者はそれ以降の生涯で恋をすることが出来なくなる程、人生に彼女が深く刻まれるという。


『花占いの処刑人』

 ただ、花弁が示す運命を正義と信じ、花占いで選ばれた者に死を与える連続殺人鬼である。 


「空閑っち、やるー」


 食満さんが愉快に口笛を鳴らす。


「じゃあ早速、パスワード教えてー」


 食満さんにパスワードを書いた紙を見せる。


「ふむふむ」


「政宗くん、偽のパスワードを教えられたりしてないよね?」


「ボスが騙されるわけないだろ」


 宝条くんが鳥金君の頭に軽いチョップをする。


「いや、『八百屋』で情報買って無傷で生還なんて聞いたことがないからさ。本当なら取り引きが成立した時点でどこからともなく無数のドローンが出てきて、腕や臓器を持って行ってしまうはずなんだよ」


「お、開いたー」


 食満さんの一言で宝条君が渾身のドヤ顔を決める。


 いかにも、「俺の言う通りだろ」と言わんばかりの。


「ではではー、校内の監視カメラに……接続!」


 食満さんは勢いよくENTERキーを押し込む。


 映像を遡り、犯人を特定する。


「よし、全員この顔を覚えたな」


 そして当初の作戦通り、学園内にある三店舗の質屋にそれぞれ二人一組で見張ることに。


 このクラスは八人であるため、計良君と食満さんには教室に残って、監視カメラで学園全体から犯人を捜してもらうことにした。


 できれば朝の内にケリをつけておきたいが、最悪の場合は授業をサボることも考慮していた。


 僕たちは基本的に授業は真面目に受けているので、一度ぐらいのサボりは許されるだろう。


 しかし、その懸念も意味無く犯人は姿を現した。


「おい空閑、アイツじゃないか?」


 植え込みに隠れていた仙河さんは隣の僕の脇腹をつつく。


 僕はスマホの写真と目の前を歩いている人物を見比べる。


「間違いない、犯人の内の一人だ」


 その場から飛び出し、進行方向を塞ぐ。


「ちょっとお話いいかな?」


※※※※※


「お腹が空いた」


 いったい何度つぶやいたのか分からない。


 しかし、口に出したところで空腹感が増すだけだった。


 Zクラスが敗北した試験で、俺は第一小隊の一番最初に医務室に運ばれた。


 要するにZクラス最弱の男ってわけだ。


 そんな男に、才木が残ったクラスの金をいくら渡すと思う?


 答えは五百円だ。


 三食も食べる余裕なんて無い。


 だが、同じ五百円の生徒が俺に加えて二人もいた。


 話したことも無かったのに、Zクラスの底辺同士で不思議な連帯感が生まれ始めた。


 三人で支え合えば、二日ほどの空腹は凌げた。


 だがある夜、気を紛らわすために散歩をしていた時、偶然Jクラスの寮の横を三人で通りかかった。


 楽しげな笑い声が聞こえてくる。


 しかも全員が同じ場所で同じように笑っている。


 どうしてだ?


 お前らは俺たちが見下せる、唯一のクラスなのに。


 どうしてだ?


 俺たちより幸せそうなのは。


 分かっていた。あの日、敗北した時点で俺たちにJクラスを見下す権利が無いことぐらい。


 しかし、脳内の理性は、空腹によって塗りつぶされていた。

 

 一人が言った。


「今はJクラス全員があの部屋に集まっているのか」


 一人が言った。


「アタイ達から奪っておいて、楽しく生活しているなんて」


 俺が言った。


「奪い返してやれ」


 その後は作戦も何も無い、突発的な衝動のようなものに身を任せ、ある部屋に忍び込んだ。


 今考えると、「奪われた」なんて被害妄想もいいところだ。


 それはそうと、俺たちは忍び込み、部屋で食器を割るなどのアクシデントがあったりとしたものの、一番換金率の良さそうなどんぐりが掘られたペンダントを盗み出した。


 その後は必死に走った。


 誰が見ている、残り二人がついてきている、そんな事を気にする余裕もないぐらい必死だった。


 どれぐらい走っただろうか。


 気づけば学園内の公園の芝生の上に倒れ込んでいた。


 隣に二人も倒れ込んでいる。


「明日にでも質屋に行って、うまい物を三人で食べようぜ」


 俺は息を懸命に吸いながら返事をする。


 ただ一言、「ああ」と。


※※※※※


 僕は事前に買っておいた縄で犯人を縛り上げる。


 道端で尋問するのも目立つため、一度犯人を担いで教室に戻ることに。


「お、仙河っちお疲れー」


「まだ解決してないよ」


 教室に戻り、犯人を縛った状態で椅子に座らせる。


「さて、ペンダントを返してもらおうか」


「何の話だよ」


 どうやら、しらばっくれる方針のようだ。


 なら、こちらは証拠を叩きつけるまでだ。


「ほら、これを見てみろ」


 監視カメラの映像を高画質に拡大した物を見せつける。


「なんでお前らごときが学園の監視カメラにアクセスできるんだよ!?」


「悪いけど優秀な仲間がいるからね」


「さて、返して……」


「逃げるよ!!」


 突然、教室が白い煙に覆われた。


 気づけば、捕らえた犯人はおらず、使い切られた消火器が床に転がっていた。


「逃げられた!!」


 仙河さんは辺りをキョロキョロと見回す。


「空閑殿、この俺が今すぐ追いかければ間に合う確率は百パーセントだ。どうする?」


「任せる」


「了解」


 計良君は床が軋むほどに踏み込むと、扉ではなく窓から飛び出す。


 彼は障害物があるにも関わらず、一切の減速無しで犯人を追跡する。


 僕も走ることには自信があるが、あの芸当は到底不可能だ。


 少しすると、計良君から電話がかかってくる。


「両名、確保に成功」


「ありがとう、連れて来てくれ」


 まもなくして、犯人二人を拘束した計良君が戻って来た。


「お疲れさま。ごめん、全部任せちゃって」


「それは構わないのだが、それより二人ともペンダントらしき物は持っていなかったぞ」


「はぁ」


 露骨に落ち込む仙河さん。


「すまない、俺のせいでお前まで捕まって……」


 男子の犯人がもう一人の女子の犯人に話しかける。


「何言ってるんだい。アタイ達の作戦はまだ終わってないよ」


「どういう事?」


 仙河さんが胸ぐらを掴んで問いかけるが、冷静さを欠く様子は依然としてない。


「アタイのポケットからスマホを取り出しな。ロックは開いてるよ」 


 仙河さんが取り出し、机に置く。


「そのスマホに掛かってきているビデオ通話に出な」


「どうする?空閑」


「出るしかないと思うけど、少し待って」


 僕はポケットからスマホを取り出す。


 宝条君と怒木さんに電話をかける。


 念の為、質屋の見張りは続行してもらう旨を伝えた。


「食満さんもそのまま学園全体の見張りを任せるね」


「らじゃー」


 食満さんの敬礼ポーズを確認し、例のスマホに視線を戻す。


「それじゃあ出るよ」


 僕は「応答」と書かれたボタンに触れる。


 画面が切り替わり、一人の男子生徒の姿が映し出される。


 その顔は犯人の最後の一人と一致していた。


「よお、Jクラスの野郎ども」


「さっさと用件を言ってくれないかな」


 仙河さんが静かに苛ついた様子を見せる。


「そう焦るなよ」


 尚も余裕の態度を崩さない犯人。


「お前らが探してんのはこれだろ?」


 ペンダントの紐に指をかけ、グルグルと回して挑発を続ける。


「取り引きだ。このペンダントを返して欲しけりゃ仙河一人で、学園南の第四倉庫まで俺の仲間と現金百万円持って来い」


「そんなに要求できる立場だと思ってるの?」


 仙河さんが画面を睨みつける。


「立場が分かってねぇのはお前らのほうだぜ」


「どういう意味だ?」


 僕が問う。


「もし、一つでも要求を飲んでいないのが発覚したら……」


 犯人は画面に背を向け、先程から気になっていた大きな黒い布をはがす。


 布の下から、拘束された子どもが姿を現した。


「このガキを即座に殺す。人質がいるのはテメーらだけじゃねぇんだよ!!」


 「ギャハハ」と下卑た笑い声が画面の向こう側でうるさく響く。


「どうして僕たちが見知らぬ子どもの命なんて気にすると思ったんだい?そんな知らない奴の命なんて……」


「いいや気にするね。仙河惰輝ならな!!」


「どういう意味?」


「おいおい、さっきから様子がおかしいと思っていたが……まさか俺を忘れたわけじゃないよな?」


「誰?お前なんか知らないけど」


「はぁぁぁあ!?」


 犯人がこの通話が始まってから一番大きな声が出す。


「俺は昔お前に恥を掻かされたんだよ!!あのお見合いの日に!!」


※※※※※


 俺の親父は中規模マフィアのボスだった。


 中学校の頃の俺はその威を借りて、好き放題に生活していた。


 くだらない授業は全てサボり、気に入らない奴からは金を巻き上げた。


 そんな生活を続けていた中三の夏、俺に親父がある話を突然持ちかけてきた。


 それは、自分の孫の代までこのマフィアを続けるための下地作り。


 要は俺に彼女を作らせるためのお見合いを勝手にセッティングしたというわけだ。


 正直に言うと、少し浮かれていた。


 見ての通り色恋とは無縁の生活を送ってきたからだ。


 お見合いの前日、ソワソワしている俺に親父が言う。


亮太(りょうた)、明日のお見合いは遅刻すんじゃねーぞ」


「へいへい、ブスかったらすぐに帰るけどな」


 本当は少し緊張しているぐらいなのに、俺はいかにも「嫌々行きます」感を出す中学特有の謎イキリをかましていた。


 そして当日、高級であろう料理店の和室の一室で正座をして相手を待っていた。


「失礼します」


 俺の背筋が伸びる。


 襖からその子は現れた。


 整った顔立ちをはるかに上回る程の美人。


 そう見えるのも仕方がない。ただ、顔がド級の好みだったから。


「こんにちは。仙河惰輝と言います」


「お、おう。俺は藤崎(ふじさき)亮太だ」


 彼女はとても気さくに俺に話しかけてくれた。


 それなりには話も弾んでいたと思う。


 しかし事態が急変したのは、俺達が二人きりになった時だった。


「腹ごなしに若者二人で散歩にでも行ってこい」


「そうだな。俺はコイツともう少し呑んどくからよ」


 二人の親父が旧友だったためか、半ば追い出される形で二人きりになる。


 俺は料理店の中庭を散歩する程度だと思っていたが、彼女は店の出口まで歩いていってしまう。


 どうすることも出来ず、俺はただ後を追う。


 この時はまだ、「二人で抜け出しちゃお」的なノリだと思ってドキドキしていた。


 その甘い考えは一瞬にして打ち砕かれる。


「お前もう帰っていいよ」


「え?」


 そのまま彼女はネクタイを緩め、煙草に火をつけながら何処かへ歩いていってしまった。


 俺はこんなに自分にチャンスが無いことが信じられなかった。


 五分ほど立ち尽くしたところで考える。


 もしかすると彼女は追って来てくれる事を待っているのではないか?


 そう思い始めると、もう足が止まらなかった。


 ただ彼女が消えて行った方へと走り出す。


 どれくらい走っただろうか。


 土地勘のない場所を我武者羅に走ったせいか、見知らぬ場所まで来てしまった。


「チッ」


 大きな舌打ちが出る。


 冷静さを取り戻してつつある頭で考えると、端から彼女は俺に微塵の興味もなかったということが理解できた。


 ただ俺一人が浮かれていただけだと。


 もう帰ろう。


 一銭も持っていない俺は、帰りの電車賃を得るために駄菓子屋近くの小学生に絡む。


 驚くことに最近の小学生は案外お金を持っている。


 そして小学生なら、少し怖い思いをさせれば口止めにもなるから楽だった。


「よう坊主。うまそーなアイス食ってるじゃあねぇか」


「な、なんですか……」


「今お兄さん、ちょーとだけお金が必要なん……グフッ!!!」


 俺の頬が凹む。


 鈍る視界が捉えたのは仙河惰輝だった。


「あーあ、めんどいから放置してたけど。それは見過ごせないかな」


「退けよ仙河。俺はそのガキに用があるんだよ」


「用ってカツアゲのこと?子ども相手につまんねぇことしてるね」


「うるせーよ!!お前が俺に振り向かないなら、そのガキと一緒に殺してやる!!」


 俺はその場で殴りにかかる。


 さっきまで抱いていた恋心が怒りで全て燃えていく。


 しかし、計算外だったのは仙河がスタイルからは想像できないほど強かったことだ。


 俺は一瞬にしてその場に倒れ込む。


「子どもを大事にできないような奴は私の隣に居る権利なんてねーよ」


 その後、俺は手足を拘束されて公園に捨てられた。


 首から「ご自由にお遊び下さい」と書かれた看板をかけて。


 俺が小学生の鬼畜な遊びから解放されたのは、その日の夜十二時を過ぎた頃ぐらいだった。


 親父が見つけてくれ、俺が遊ばれていた噂が拡がらないよう根回しをしてくれたのだが、その努力も虚しく俺の顔はインターネットの海に沈み、たちまち有名人となった。


 ここから俺の人生は終わり始めた。


 何処へ行こうとも、みんなが俺の噂をしているんじゃないかって気が気ではなかった。


 自殺してもおかしくなかった俺を唯一突き動かしたのは、仙河惰輝への復讐心だった。


 そしてペンダントを盗んだ後、偶然にもこれが仙河の物だと分かり、俺の復讐も同時に行うという一石二鳥を狙うことにした。


※※※※※

 

「仙河惰輝。さっさと要求通り、倉庫まで来い!!」


「はぁ」


 仙河さんは一際大きなため息をつく。


「面倒くさいけど行ってくる」


 そう言って睡眠ガスで捉えている犯人二人を眠らせ、台車に乗せる。


 ちなみに睡眠ガスは犯人が抵抗した時用に一応買っておいた物だ。


 台車は僕が物置を掃除した時の物だ。


「気をつけて」


「大丈夫だよ。サクッとあの子を回収してくるよ」


 相手にとって、捕らえている二人がどれだけの交渉材料になるか分からない以上、要求を無視するのはリスクが高すぎる。


 ここは素直に仙河さん一人で行かせるのが得策なのは確かだ。


 しかし、やはり心配になる。


 きっと僕は、このクラスから一人でも欠けるのがとても怖いのだろうな。

 









 


 





 




 





 



 




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