6話
今日は親睦会の日。
僕は午後六時に向けて、学園内のスーパーに買い物に来ていた。
作るメニューはあらかじめ決めているので、後は食材を探すだけだ。
人参を探し、野菜コーナーを練り歩いていると見覚えのある生徒の姿が。
休日なこともあり、私服ではあるが、あの身長とロングヘアは漆間嫉愛であろう。
漆間さんは普段からおとなしく、教室で本を読んでいることの多い女子生徒だ。
あまり話したことがないので、後ろから近づき、名前を呼ぼうとした時だった。
「そこのデカ女!」
「ひゃい!!」
僕と彼女の間に三人の見知らぬ生徒が現れた。
漆間さんは突然のことに驚き、変な声を出した。
「ちょっとこっちで遊ぼうぜ」
「いや、でも……今日はちょっと……」
「いいじゃん。遊ぼうよ」
断る漆間さんを無視し、強引に腕を掴む。
この学園の生徒の質の悪さにげんなりし、ため息をつく。
そして三人と漆間さんの間に割って入る。
「僕の女に何か用かな?」
笑顔ではあるものの、言葉は酷く冷たく、三人の背中に悪寒が走る。
「よく見たらお前らZクラスの生徒だな」
気の弱そうな漆間さんのことだ。また絡まれることがないように、しっかりと釘を刺しておくべきだ。
「お前らのボスに伝えろ。僕の仲間にくだらない事をするなら、試験も何も関係なく、問答無用で全員殺すぞ」
「は、はいぃぃぃ!!!!!!」
叫び声を上げて去っていく。
こういうのはしっかり脅さないと後で面倒なことになる、って姉さんが言ってたからね。
「あ、ありがとうございます。空閑さん」
そう言い、ペコペコと頭を下げる漆間さん。
確かによく見ると、肉付きの良い体と長い前髪が気を弱く見せているせいで、ナンパされやすそうだ。
「お礼は臓器を売ってでもさせてもらいますので」
「いや、売らなくていいよ!?」
「でも……で、では……少し恥ずかしいですが体で……」
「いや、大丈夫だよ!?」
「ごめんなさい、私に魅力がなくて……」
項垂れ、「生まれてきてごめんなさい」と呟いている。
「違うよ。漆間さんは魅力的だからこそ、体を大事にして欲しいんだよ」
「え……、ちょっと……その……」
何故か漆間さんの顔がどんどん赤く染まる。
「私たち、まだ知り合って間もないですし……」
会話の雲行きが怪しくなっていく。
「まずはお友達からでもいいですか?」
「え?あ、はい」
あまりよくわからずに返事してしまったことを後悔する。
「あ、安心してください。ちゃんと手順を踏んだ後にきちんと結婚前提のお付き合いをさせてもらうので」
まるで僕との会話が成り立っているかのように、漆間さんは話に補足を加える。
「ちょっと待って、なんか僕が告白したみたいになってる!?」
「子供は何人がいいかな。あ、家具も揃えないと」
まるで僕の言葉が耳に届いていない。
「おーい」
「今日の親睦会、二人の初めての思い出にしましょうね。それではまた後で会いましょう」
そして鼻歌まじりに買い物かごを持ってレジに向かっていく。
漆間さんとのファーストコンタクトは大成功?に終わった。
※※※※※
買い物を済ませた僕は早速料理に取りかかる。
残念なことに物置部屋にキッチンは無いので、男子部屋で料理を作って持って行かなければならない。
鳥金君がつまみ食いをしたり、それを見た宝条君が「ボスの邪魔してんじゃねぇよ」と締め上げたり、色々あったが無事に料理は完成した。
そして時刻は五時五十分。
男子部屋の皆で作った料理を手分けして物置部屋に運ぶ。
机に料理を並べていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
僕が扉を開けると怒木さん、漆間さん、食満さんが立っていた。
「どうぞ、入って」
三人を部屋の中に入れる。
あと一人、仙河惰輝は来るのだろうか。
仙河さんは髪が短めで、クールだけど、めんどくさがり屋な女子生徒だ。
この手のイベントは偏見であるが、あまり参加しなさそうなイメージだ。
全員揃って欲しかったがそう上手くはいかないか。
時計の短針と長針がカチッと音を立て、六と重なる。
「それじゃあそろそろ……」
コンコン
「ボス、誰か来ましたよ。見てきましょうか?」
「いや、僕が出るよ」
廊下に出て、ドアを開けるとそこには仙河さんが立っていた。
「ありゃ、私が最後か。遅刻してすまん」
片手を顔の前で前後に振る。
「別に遅刻って言っても、一分程度だから気にしないで」
「そう?まあ、酒を持ってきたからこれでチャラってことで」
「あー、いい匂いがする」なんて言いながら仙河さんは部屋にあがる。
僕らは酒を飲める年齢に達していないはずだ。
まぁ、今日一日ぐらいはいいだろう。
僕も部屋に戻る。
「改めて、今日は集まってくれてありがとう。長話もアレなので、それじゃあカンパーイ!!」
「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」
入っている飲み物は違えど、全員のグラスがぶつかり合う。
「ってか料理まじ美味しいんだけどー」
「空閑君、あなた料理も上手なのね」
「照れるな」
「このブサイクな猫のコップ何?」
「やっぱりブサイクだよな!」
「ちょっと宝条はまだしも、仙河さんまで酷い!!」
「僕はこの猫、可愛いと思うけどな」
「鳥金君は分かってくれるよね」
「このイケメン、女子の言うことなら何でも賛同するぞ」
「ちょっと、強志くんの中の僕のイメージってホストか何か?」
「わ、私もネコマゲちゃん、好きなんですよ」
「嫉愛ちゃんも知ってるんだ、この猫」
「し!?」
「こいつ、全員のこと名前で呼ぶけど気にすんな」
料理を食べながら盛り上がる。
今日は自己紹介の時間も必要かと思っていたが、ここ数日でお互いの名前は全員が把握していた。
まるで昔からの知り合いとの再会のように、話が途切れることを知らない。
しかし、少しの時間で料理はかなり減ってしまっていた。
もう少し多く作っておくべきだったか。
「料理も減ってきたし、あーしが持ってきたこれでも食べようよー」
食満さんは来るときに手に持っていた紙袋を漁る。
「テッテレー」
軽快な効果音と共に大量のお菓子が机に並べられる。
「あーしが好きなお菓子をパッションモールで全部買ってきたんだー」
パッションモールとは、学園内で最も大きなショッピングモールだ。
多くの生徒が休日に友達と足を運ぶ場所となっている。
「やっぱ、何か手土産が必要かなーって思って」
「料理とか全部、空閑っち任せだし」と彼女は付け加える。
「と、当然だよ。ね、傲鬼くん」
鳥金君は何も持ってきていないようで、目が泳いでいる。
一番何も持ってきていなさそうな宝条君に話を振るも、
「そりゃ、ボス主催のイベントだ。三日月堂(超高級和菓子店)の羊かんぐらいは持って来てる」
「クソ!!コイツは政宗くんの事になると超デキる奴になるんだった!!」
「ちょっと鳥金君、心の声が漏れてるわよ」
「じゃあ、私の手土産はこの酒ってことで。よろしく〜」
みんな(鳥金君を除く)が持ってきた物を机に広げる。
まるで二次会のようにまた盛り上がり始める。
そして当たり前のように缶ビールのプルタブを手前に引く。
少しも抵抗が見られないため、普段から飲んでいるのかもしれない。
「そういえばさ、みんなは傷ってどこについてるの?」
話題が無くなった頃合いを見て、鳥金君がまた全員で話せる内容の話題を投下する。
「確かに、僕とかは額だからちょっとしたことで見えるけど」
全員が傷の位置を言っていく。
宝条君は見てわかる通り、右頬。
怒木さんは項。
鳥金君は右腕。
計良君は左足のふくらはぎ。
食満さんは右の腹。
漆間さんは右の太もも。
そして仙河さんは右肩だ。
「この傷、痛くもなんとも無いけど、消える気配がないよねー」
食満さんが傷があるであろう場所を摩りながらぼやく。
「これ消えないよ」
鳥金君がサラッ言葉を発する。
「檸檬先生が僕達に撃った弾丸って、一発でも相手に当てればそこに特殊な化学薬品によって消えない傷ができて、皮膚を剥いだりしても消えないから、逃げた裏切り者とかを追うのに便利な一品なんだよ」
「えー、コレ消えないのー」
あまり深刻そうでない感じに食満さんがガッカリする。
「腕とかなら、切り落としたら流石に消えるよ」
「いや、腕ごと消えるんじゃ意味ねーよ。鳥金ってちょっとだけ馬鹿だよな」
宝条君が小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「いや、マフィアジョークだよ」
笑えないジョークを聞き流し、僕は額を軽く撫でる。
「その弾丸、私がいた血桜で見たことあるかも」
そう言ってから怒木さんは、自分が『失敗作』と呼ばれていることを思い出した。
他のみんながこのあだ名を知っていれば、気まずい空気になると察したのだろう。
しかし、彼女の予想は外れる。
「あ、怒木さんは血桜の……人だったんですね。す、スゴイですね!!」
何も知らないであろう漆間さんが、三大マフィアに所属していたという事実に驚きを見せる。
「失敗作なんて呼ばれてるけどね……」
「まぁ、このクラスにいる時点で全員マフィアにおいては失敗作みたいなものでしょ」
「アハハハ、確かに」
「同感」
「そうだねー」
みんな酒が回ってきたのか大声で笑う。
怒木さんは、彼ら彼女らも私と同じなんだと嬉しく思う。
そして涙と笑みで顔がくしゃくしゃになるくらい、皆と同じように笑った。
どれぐらいの時間が経ったのだろう。気づけば僕と仙河さんを除く全員が、泥酔で寝息を立てていた。
僕はグラスに入ったジンジャーエールを飲み干す。
酒はやはり躊躇してしまい、飲んでいない。
片づけを始めようとしたところで声をかけられる。
「ちょっと外の空気吸いに出ない?」
特に断る理由も無いので了承する。
仙河さんに続いてドアから出たのだが、彼女は月明かりが遮られ、薄暗い寮の裏まで歩いていく。
暗い方が落ち着くのかと思い、後をついて行く。
そして二人並んで壁に背をつける。
「タバコいい?」
僕は頷く。
彼女は慣れた様子で箱から一本取り出し、火を点ける。
「今日は来てくれてありがとう」
僕は頭の中で今日一日を振り返る。
「正直、来ないと思ってたでしょ」
白い煙が宙を舞う。
嘘をつく必要もないので認める。
「最初は、どうせつまらないと思ってたよ」
そう言い、仙河さんは壁から背を離して僕の正面に立つ。
「けど最終的には結構楽しかったよ」
その言葉が聞けただけでも、主催者としては開催した甲斐があったというものだ。
「よかった、楽しんで……」
「どこで学んだ」
酷く冷たい声だった。
先ほどまでの空気が嘘のようだ。
彼女は吸っていたタバコを投げた。
タバコは僕の目の前で宙を舞う。
そしてすぐ、足が高く上がり、僕の顔の真横の壁と仙河さんの靴で火が消される。
「少し変えたぐらいでバレないと思った?」
仙河さんの目が、月明かりに反射して鋭く輝いた。
「本当はもうちょっと探るつもりだったけど、もう面倒くさい」
彼女の顔が接近する。
それなりに酒を飲んでいたはずなのだが、酔っている様子が一切ない。
僕は何を聞かれているか考える。
「料理の隠し味のこと……………ではないですよねー」
目の鋭さに拍車がかかる。
「お前は、どうして……」
ガシャーン。
何かが割れる音がした。
嫌な予感がする。
寝ている皆に何かあったらと思うと、不安で仕方がなかった。
「聞かれたことには後で絶対に答えるから」
僕は仙河さんの目を見つめて頼む。
その時、仙河は空閑の目の奥に何か黒く冷たいものを見た。
それは何かに酷く怯えているようにも、激怒しているようにも見える。
一歩でも踏み込めば……。
仙河は考えるのをやめる。
「はー、言ったからね」
できる限りの平然を装う。
二人で音がした寮の正面の方に向かう。
すると、寮の二階の一室から顔を隠すためか、俯いた三人組が飛び出してくる。
「私の部屋じゃん。あー、もう面倒くさい」
追いかけようにもすでに暗闇で姿は見えなくなっていた。
そしてふと、この学園でお金が現金のみである理由に気づく。
盗みや交渉、また札の番号管理などが行えるからだろう。
逆に言えば、ボスがスマホで管理するダイヤはスマホが盗まれない限り安全ということだ。
二人で鍵の壊された扉の前に立つ。
「罠が仕掛けられている可能性もゼロじゃないから気をつけて」
「たぶん大丈夫だよ。かなり急いで逃げた感じだったしね」
そう言い、ドアノブをひねり部屋の中に入る。
「あー、皿が全部割れてるんじゃん」
仙河は買いなおす算段を頭の中で組み立てながら、まだ使えそうな食器を選んで拾う。
そこであることを思い出し、部屋の机の周りを見渡す。
床に顔を着けて探す。
ただ願うように探す。
床に落ちただけであってくれと。
「最悪だ……」
女子の部屋といことで、外で待っていた僕を仙河さんが呼ぶ。
「おじゃまします」と一応言ってから中に入る。
「どうしたの?何か盗まれてた?」
僕は心配して声をかける。
「ああ」
そう頷く彼女の顔は酷く青ざめていた。
「命よりも大切な物が盗まれた」