閑話(5.5)
誰かの目覚まし時計が鳴っている。
なかなか止まないその音に、僕の重たい瞼が押し上げられていく。
僕が布団から起き上がると、隣で寝ている宝条君が目覚まし時計を叩いて止めた。
時計は彼の物だったようだ。
第一回通常試験を終えた翌日に決めた料理当番表を確認する。
今日の当番は宝条君だったが、彼は起きる気配が無いので僕は棚からフライパンを取り出し、料理の準備をする。
※※※※※
「今日は腹を割って話そうか」
第一回通常試験を終えた一日後の夜、男子部屋の四人は円形の安っぽいテーブルを取り囲み座っていた。
「まあ確かに、これから四人で暮らしていくわけだからね。話し合いは必要だ」
鳥金巴が僕の発言に賛成の意思を示す。
彼は整った顔立ちと茶髪の髪が特徴的な生徒だ。雰囲気とのらりくらりとした話し方はどこかホストを彷彿させる。
「俺もそれには賛成だ。きっちりとこの部屋のルールを定めておきたいと思っていたからな」
そう言い、メガネをクイッと人差し指で持ち上げた彼は計良強志。メガネをかけており、少し目つきの悪い生徒だ。おそらく几帳面な性格をしていると思われる。
「それでボス、何から話し合います?」
宝条君が僕に議題を問う。
「そうだね、まずは軽い自己紹介から……と言いたいところだけど、それは親睦会の時にしよう」
僕は一度考え込み、議題を口に出す。
「料理当番と掃除当番を決めようか」
「オッケー」
「そうだな」
「わかりました!!」
全員の了承が取れ、色々話し合った末に拳を構える。
「話し合いはあんまり意味がなかったね」
「結局こうなることは目に見えていたがな」
そう言って手首や指の関節を鳴らし、すっかり臨戦態勢だ。
「それじゃあ、行くよ!!」
僕の掛け声とともに拳を振り上げる。
「じゃーんケーン」
「「「「ポン!!」」」」
無慈悲にも一度で決着がついた。
「やったね」
「確率的に言えば妥当な結果だろう」
「勝ってしまった……」
「負けたかー」
月曜日から金曜日までの料理当番を決める際、四人であるために一人が二日する必要があったのだが、話し合っても埒が明かないのでジャンケンを行ったというわけだ。
そして僕が負けたってわけだ。
「ボス、やっぱり俺が変わりに!!」
「いや、公平なジャンケンで決めたことだからいいよ」
その後、掃除当番や私物の管理などの細かいルールを決めていく。
気づけば時間は夜の八時に。
「もうこんな時間か」
「流石に今日はコンビニのご飯でいいかな。時間も遅いしね」
「誰が買いに行く?」
僕の問いかけに全員が黙る。
もう次に何をするか、理解しているかのように。
「じゃーんケーン」
「「「「ポン!!!!!!!!!!!!」」」」
やはり男は何でもジャンケンで決めたがる生き物のようだ。
※※※※※
俺はボスと二人で歩いていた。
ジャンケンでボスと俺が負け、二人でコンビニからの帰りである。
「やっぱりその荷物も俺が持ちますよ」
「大丈夫だよ。宝条君だって一つ持ってるんだから」
二人きりになり、改めて気づく。
この方はとても不思議だ。
俺と喧嘩した時、ボスは本気を微塵も出していなかった。つまり、俺相手に出す必要すらなかったということだ。
それなのに、ボスは尻もちをついた俺に追撃をするわけでも、力の差を誇示するわけでもなくただ手を伸ばした。
俺を起き上がらせるためだけの手だ。
そこで俺は理解した。ボスは最初から俺と見ているものが違ったんだと。
俺はボスのためなら死ねると思った。
だけどボスはそれを許さなかった。
許さなかったが、俺に期待してくれた。
それが何よりも嬉しかった
その気持ちを伝えるのは今しかない。
「ボス、一つだけ質問をよろしいですか?」
「え、全然いいよ」
「ボスは私に何を望みますか?」
俺は知りたかった。
今まで自分が居た組織のボスしか知らなかった。どこのマフィアのボスもそんな奴ばっかりだと思っていた。
だけど、この方は明らかに違う。
その圧倒的な力を無意味に振るうこともない。
同級生を見下すこともしない。
それどころか同じ目線で、くだらないことで一緒に笑う。
ボスの根底にあるものが知りたかった。
その思いが、意図せず怒木千の質問と内容が重なる。
空閑政宗は昨日の通常試験で心境の変化はあった。しかし、答えは変わっていなかった。
「そうだね、バカなことで一緒に騒げる男友達かな」
俺の目がまばたきを繰り返す。
そして、腹の底からある感情が湧き上がる。
「アハハハ、そうですか。友達ですか」
「そんなに笑わなくても」
「すみません、マフィアらしくなさ過ぎてつい……」
「別にいいじゃん」
「そうですね。ボスはそのままが最高です」
「からかってるだろ」
「いえいえ」
「ま、宝条君が笑ってるところ見れたからいっか」
まったくこの方は、俺の笑顔一つで喜んでくださるなんて。
やっぱりおかしなボスだ。
そしてJクラスにピッタリのボスだ。
「一生ついていきますよ、ボス」
「はいはい、そりゃどうも」
俺の気持ちを伝えるのは、もう少しきっちりと言える日までとっておこう。
※※※※※
「ただいま」
「おー、おかえり」
「遅かったな」
「そんなことねぇよ」
軽口を叩きながら、各々の食事をテーブルに並べる。
並べ終えたところで手を合わせる。
「それじゃあ」
「「「「いただきます」」」」
食べ始め、沈黙が生まれるかと思っていたが、鳥金君が話題を提供する。
このイケメン、トークスキルも中々に高い。さぞ、モテることだろう。
他愛のない会話を繰り広げ、その日は幕を下ろした。
※※※※※
翌日、宝条君の代わりに朝食を作り終え、まだ寝ている三人を起こす。
ゆっくりと鳥金君と計良君が起き上がる。それに続いて宝条君も起き上がり、机の上の朝ご飯を見て三十秒ほど硬直した。
そして恐ろしく速い動作で土下座をする。
「すみませんでした!!」
「いや、いいよいいよ」
「で、ですが……」
「冷めないうちに食べようよ」
「はい……!!」
「「「「いただきます」」」」
そして食べ始める。
姉さん以外に自分の食事を振る舞うのは初めてだが、マフィア育ちのお口に合うのだろうか。
「え、おいしい過ぎるよ政宗君」
「空閑殿、さては三ツ星シェフだな」
鳥金君と計良君は賛辞の言葉を並べる。
宝条君は……。
「うぅ……、美味すぎですよ……。今まで食べた中で一番美味しいです……」
涙を流すほど美味しかったようだ。
一番は言いすぎだと否定しようかと思ったが、宝条君がここに来るまでにどんな生活を送っていたかは知らない。
気軽に「もっと良いもの食べたことあるでしょ」なんて言うことを止め、素直にお礼だけを述べる。
「ありがとう」
「これは親睦会の料理も楽しみだね」
「そうだな」
鳥金君と計良君は親睦会に行くことには前向きな考えのようなので、少し嬉しく思った。