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マフィア学園の切り札  作者: 鰹の本気
2/11

2話

(……よ。……。……ね)


 糸が切れた人形のような私の横を最後に通り過ぎた妹が言葉を放った。しかし、よく聞き取れなかった。


(ごめんね。こんなお姉ちゃんで……。ごめんね……)


 私は目を覚ました。


「またこの夢……」


 濡れた目を拭い、布団から起き上がる。


 顔を洗い、味のしない食パンを一つ無理やり胃に押し込み、私服に着替えた。


 今日でこの半年ほどお世話になった倉庫のような部屋ともお別れだ。


 私はバスに乗り込み『マフィア高等学園』に向かった。死に場所を探すために。


 到着し、無事に入学式を終えた私は、誰がどう見ても落ちこぼれのクラス、Jクラスの教室に入った。


 案の定、校舎のボロさ、生徒の質の悪さはJクラスの名に相応しいものだった。


「出席番号三番、空閑政宗!お前がここの(ボス)だ」


 そしてこのクラスのボスを決めることになったが、正直自分以外なら誰でもよかった。


 そんな事を考えている内に隣の席の何一つ取り柄の無さそうな男子生徒がボスに選ばれた。


 クラスメイトが全員死ぬ日もそう遠くないだろう。


 その後すぐに解散となったが、気づけば隣の席は既に空席だった。


 このクラスのボスの座を狙ってる奴らに殺されるのを恐れたのだろう。


 学校に微塵の興味もない私も後を追って二番目に教室を出た。


 スマホの学園地図を見ながら、私達Jクラス用の寮に向かっていた。


「あれ?行き止まりだわ」


 しかし、たどり着いたのはX〜Zクラス用の校舎の裏の細い路地だった


 どうやら私は方向音痴のようだ。


 首を傾げながら来た道を戻ろうとすると、目の前に複数人の生徒が現れた。


※※※※※


 Jクラスのボスに任命された僕は逃げるように校舎を飛び出した。


 寮の自室に籠城すれば安心だと考え、いざ寮に向かうと、これまたJクラスの寮だけ僕が元々住んでいたアパートと変わらないぐらいおんぼろな上、クラスの男子全員と相部屋。


 ちなみに女子は個室らしい。


 他の部屋は空室なのかと覗くと、それ以外の部屋は物置にされていた。


 途方に暮れた僕は学校の敷地内での野宿を覚悟し、宛もなく校内の人目につかない場所を散策していた。


「おやおや、出来損ないの怒木(いかりぎ)(せん)じゃないか〜?」


「何か用?」


「俺らYクラスのボス、(もも)さんがあんたをお探しなんだわ」


 すると何やら不穏そうな会話が聞こえてきた。これまた面倒事の予感がしたため、その場を静かに離れようとしたが、片方の声に聞き覚えがあった。


 興味本位で角から少し様子を伺ってみると、そこには教室で隣の席だった女子生徒が複数人の男子生徒に詰め寄られていた。


 どうしようか。


 こういう時は『普通』、クラスメイトだから助けに入るのが正解だろう。


 僕は身を隠すのを辞め、彼らの背後から声をかけた。


「今日はこの辺にしときませんかね」


「あ゛?」


 全員が一斉に僕の方に振り向き、睨みつける。


「なんだテメェ?殺すぞ」


「ってかヒョロヒョロじゃねーか」

 

「バカ、笑ってやるなよ……ブフォ!」


「オメーも笑ってんじゃねーか」


 その場にいた六人全員が拳を握り締め、僕の方に向かってきた。


「え、ちょ、全員で来るの?怒木さんに逃げられちゃうよ」


「ビビってんのかよ。ダセー」


 僕の言葉などお構いなしに間を詰めてくる。


 予定通りだ。


 後はこの六人を引き連れてダッシュで逃げるだけ。


 実は足には少しだけ自信がある。


 僕が時間を稼いでいるうちに勝手に彼女も逃げるだろう。


 ジリジリと片足を後ろに下げ、逃げる準備をしていると、背後から声が聞こえてきた。


「おーい、怒木千は見つかったか?」


 ここでまさかの増援。


 これは予定外だ。もう最悪だ。


 気づくと僕を挟む形で彼らは立っていた。


「おう、見つかったぜ。とりあえずそこのヒーロー気取りをボコボコにするから逃げ道を塞いでおいてくれ」


「了解」


 あっと言う間に退路が断たれてしまった。


 一つの『普通』を選択すれば一つの『異常』が待ち受けている。嫌な人生の仕組みだ。


「ごめん、えーと、怒木さん!今からちょっと無様な姿を晒すから、少しの間だけ目と耳を閉じておいて貰えないかな?」


「「ギャハハ」」


 下品な笑い声が人気のないここではよく響いた。 


「私は別にあなたに助けて欲しいなんて言ってないわ」


「どうせこのままだと僕も君もあの世行きなんだからさ、最後に徳を積むって考えて閉じてくれないかな」 


「……それもいいかもしれないわね」


「ありがとう」


※※※※※


 肩を叩かれ、開いた私の目に飛び込んできたのは、真っ赤に染まったの空閑政宗ただ一人だった。


「ちょっと!あなた血まみれじゃない!」


「ああ、大丈夫。学校案内に制服は何着でも新品を用意してくれるって……」


「服じゃなくて!そんなになってまで、どうして私なんかを助けるの?私に何の見返りを求めてるの?」


「見返り?別にいらないよ」


「そんな訳無いでしょ!報酬も無しに私みたいな奴を助けるなんてありえないわ!」


 どうして私はこんなにも怒っているのだろうか。


「そんなことないよ。怒木さんは僕のクラスメイトだ。助けるほうが普通だよ」


 そうか、私のせいで他の誰かが傷つくのが許せないんだ。


 今も苦しみ続けている妹に何もしてやれない自分に腹が立っているんだ。


「お願い、私に何かを望んで……」


 その場で私は膝をつき、そのまま座り込んでしまった。


 わかっている、空閑政宗を困らせるだけだということは。 


 だけど、自己満足だと分かっていても、彼に何かを返したかった。


「えぇ……じゃ、じゃあ、僕と友達になってくれないかな?」


「え?」


 そう言い、彼は私に手を差し伸べた。


「普通の学校生活を送る第一歩としてさ、友達って必要不可欠だと思うんだ」


 彼は何を言っているのだろう。


 こんな学校で普通を望み、実体のある物でも強制力のある契約でもない、単なる「友達」という口約束を私に要求してきている。


 普段の私なら笑い飛ばしただろう。


 だけど、彼の笑顔と言葉を嘘だとは思えなかった。


 その伸ばしている手を掴みたくなった。


「わかったわ」


 どうやら私はしばらく誰とも関わっていない影響で、人に対する警戒がどうも薄くなってしまっているようだ。


 気づけば彼の温かい手をしっかりと握りしめていた。 


「ところで、怒木さんはどうして死にたいの?」


「……!?」


 私は酷く動揺してしまった。


「あ、ごめん。無神経だったよね。でも、怒木さん、もう全てを諦めているような目をしていたから」


 空閑はどこか寂しそうな目だった。


 何か、苦い思い出が蘇っているような。


「あのさ……」


 私が今まで抱え続けてきた思い、初めての「友達」になら相談できる気がした。


 いや、友達だからじゃない。空閑政宗だから話したいんだ。


「私の相談に乗ってくれる?」


 そう質問すると彼は優しく頷いて了承してくれた。


 誰も居ない昼下がりの路地裏、二人で床に座り込み、私は話し始めた。


※※※※※


 私は物心がついた時から、この血にまみれた世界しか知らなかった。


 家族の顔も、生まれた地も知らない。


 ただ言われるがままにナイフ、拳銃、ヌンチャクなどの多種多様な武器を扱えるように訓練されてきた。


 だけどある日、こんな私の汚れた世界に一輪の花が咲いた。


 怒木千は日本三大マフィアの一つ、『血桜(ちざくら)』の次期頭首だった。


 小学生にして組内で武器使用可の戦いでは無敗を誇り、誰もが現頭首の後を継ぐのに相応しいと考えていたと思う。


 しかし私が中学生に入学してすぐ、突然妹ができた。


 幹部の誰かが闇市で購入してきたらしい。


 そして組内には女性が少なく、同性ということで私の直属の部下となり、一つ屋根の下でで共に暮らすこととなった。


 最初は気まずかった。何を聞いても答えないし、夜になると声を殺して一人で泣いていたからだ。


 私はどうしても、一度でいいから彼女を笑顔にしたかった。あの紙を見てから……。


「あ、千さん。これ」


 そう言って『血桜』幹部、色島(しきしま)(こう)から一枚の紙を手渡された。


「なに?」


「あの子を買った時に付いてたらしい個人情報です」


 私はその紙で初めて彼女の名前を知った。


武藤(むとう)(もも)

両親不明。出生不明。年齢不明』


 名前と不明しかないその個人情報と言うにはあまりにも貧相な紙を私はいつの間にか握りしめていた。


 自分でも阿呆らしくなるような感情が膨れ上がった。


 何も知らないままこの血桜に来たという境遇、そして示し合わせたとしか思えない名前。


 小学生の私にとって、彼女を愛らしく思うには十分な理由だった。


 そして私は一つの計画を考えた。 


 頭首と幹部が上層部の会議で居ない日の夜を狙って、私は自室をパジャマ姿で抜け出し、外へ出た。


 少し前まで雨が降っていたせいで空気はジメジメして、パジャマの肌に張り付く感触が不快だった。


 外は静かだった。まるで私だけが世界に取り残されたように。


 私は歩き始める。


 何をするのにもお金がかかることはこの世界で生きている私は痛いほど知っていた。


 だから必死に周辺の自販機の下を漁った。


 体が泥だらけになるまで探し続けた。


 三時間探して、集まったのはたったの421円。もうすぐ私が起床しなければならない6時が近づいていた。


 私は近くのコンビニに寄って目的を達成し、来た道を全速力で戻って窓から自室に戻った。


 汚れたパジャマをゴミ箱に捨て、私は修練用の服に着替えていると、音に反応したようで百が恐る恐る様子を伺いに来た。


「ごめん、うるさかった?」


 彼女は首を横に振り、もう一度自分の布団に引き返そうとした。


「ちょっと待って」


 私が百を呼び止めると、彼女は怯えたようにぎこちなく顔をこちらに向けた。


「あのさ……。これ」


 気の利いたセリフの一つも思い浮かばない私は、ただコンビニの袋を彼女に渡すことしかできなかった。


 百は無言で袋を覗いた。


「これって……」


 私はこの時初めて彼女の声を聞いた。


 耳を包み込むような、優しい声だった。


「ちょっとでも元気になって欲しいなって……。その……ルームメイトからのささやかなプレゼントよ」


 彼女は袋に入っていたプリンを取り出した。


 それは容器の中で形が崩れ、上下が反転しており、とても原型をとどめているとは言い難いものだった。


「ええと……急いで帰って来るときに振り回しちゃって……」 


 言い訳じみた事を言っている私の前で、彼女の目から大粒の涙がこぼれた。


「ご、ごめん。プリン嫌いだった?それとも形が……」


「違うの。私、嬉しくて……。ありがとう、お姉ちゃん」


「どういたしまして」


 これをきっかけに、私と百の距離はグッと近づいた。

 

 私の修練がない日は一日中話していた日もあった。


 だけど、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。


「どういうことですか!!」


「そのままの意味だ。彼女、武藤百にはお前の予備として明日から修行に励んでもらう」


「そんなものは必要ありません!」


「何故だ?」


「それは……」


 まるで首元にナイフを突きつけられているようなプレッシャーが私を襲い、上手く言葉を紡げなかった。


 しかし、ここで折れるわけにはいかない。百のお姉ちゃんとしてのプライドが私に強く訴える。


「私があなた様をも超える頭首となってみせますので!」


 気づけば大見得を切っていた。


「ほう……言ったな。その言葉に二言は無いだろうな」


「はい!」


 その日から私の修行は激化していった。


 自室に戻るのも十二時を過ぎるのが当たり前になっていき、百と話す時間も減っていった。


 そんな生活が何ヶ月経過しただろうか。


 中学生3年になり、気づけば頭首任命式の日が目前まで迫っていた。


「さぁ、明後日には俺もこの席を譲ることになる。ということでだ、お前に最後の試練だ」


 そう言って指を鳴らすと、私の後ろのふすまから霧島が姿を現した。


「そいつは明日使えなくなったマフィアの一つを潰しに行く。それに同行しろ」


「ついて行くだけですか……?」


「そんな訳ねーだろ。お前が(ボス)を殺して俺のとこまで首を持って来い。それが最後の試練だ」


(かしら)、それはちょっと……」


「黙れ。俺の決定だ」


「……」


 そして翌日、私は色島の車の助手席に乗り込み、古く汚いビルにやって来た。


「到着しました。千さんは後ろに控えといてください。ボスまでは俺たちが全員殺しますので」


「わかったわ」


 そう言って私を真ん中に配置した隊列でビルに乗り込んでいき、あっと言う間に最上階までたどり着いた。


「ここから先は千さんのお仕事です。ボス以外は俺たちが排除するので周りは気にせず、ボスの首だけを狙ってください」


 無言で頷き、了解を示す。


 色島が勢いよく蹴り飛ばして開いた扉から、私は一目散に中心のデスクで慌てている男の首めがけて走り出した。


 後はその首を手に持っているナイフで掻っ切っるだけだった。


 それだけだった。


 はず……。


 私の中で、ある記憶が弾けた。


 それは、少しずつ自分のことを話すようになり始めた百とのとある日の会話だった。


「私ね、お父さんとお母さんを殺した人を恨んでるけど殺したいとは思わないんだ」


「どうして?」


「殺したら、殺された人の大事な人が殺し返す。そしてその人の大事な人がまた殺し返す。でもさ、これって見方を変えたら自分の大事な人の人生を自分自身で壊してるようにも見えるよね」


「んーー、難しいね」


「つまり、私はお姉ちゃんに死んでほしくないってこと!」


 そう言って私に飛びついてくる百。


 脳内に蘇る彼女の声。


 そして、私はナイフを床に落とした。


「私にはできない。百の人生を狂わしたくない……」


 腐ってもマフィアのボスだ。その隙を見逃さなかった。


「オラァ!死ね!!」


 近くにあったビール瓶を私の頭をめがけて振り下ろした。


 ガラスの砕ける音と共に、私のではない血が顔に飛び散った。


「大丈夫ですか、千さん」


 色島が私の代わりにビール瓶を頭蓋骨で受け止めてくれたようだ。


「クッソ!こうなったら、全員ここで火葬してやる!」


「何を……」


 突然、ビルのスプリンクラーが全て作動し始めた。


「この匂い……まさか!!」


 私は色島に突然抱えられ、窓の外に投げ出された。


 幸い、下にはゴミ袋が沢山積み上がっていて、大きな怪我をすることはなかった。


 しかし、何が起きたのかを私の脳が把握するよりも先に、ビルが業火に包まれた。


 この時、遅れて私は理解した。


 あのスプリンクラーからは灯油が噴射されるように改造されており、おおよそあいつの持っていたライターか何かで引火させたのだろう。


 私は仲間(ファミリー)を全員犠牲にして、生き延びてしまった。


 特に色島は幼い頃から私の面倒を見てくれていたりしたのに。


 いや、だからこそ彼は私が人を殺せないことに薄々気づいていたのでは……。

 

 こんな事を考えても何も変わらないことぐらい分かっている。


 私は車で来た道を、一人で歩いて戻った。


 『血桜』の家に戻った頃には日が大きく傾き始めていた。


「ただいま戻りました」


「遅かったな。そんで、結果は?」


「私以外、全滅です」


「は?何を言ってんだよ?」


「そのままの意味です。敵、味方共に私を除く全員が死亡しました」


 最初は適当な言い訳を考えていた。


 だけど、それは死んでいった仲間に失礼だ。そう思い、事実を全て話した。


 その後の記憶は殆どない。


 何度殴られ、蹴られたのかも思い出せない。


 そして、最後にすれ違った百が私に言った言葉も。


 きっと私を恨んでいるだろう。


 私が不甲斐ないせいで、百が次期頭首にされ、私よりも厳しい修行を受けていただろうから。


 それから私は最低限の衣食住のみが与えられる生活を惰性的に今日まで過ごしてきた。


※※※※※


「ということがあって、今の妹は私よりも強くなってYクラスのボスをやっているわ」


 妹なのに同学年であることから、マフィアに年齢はあまり関係ないことが分かる。


「ごめんなさい、結局まったく相談になっていなくて」


「いいよ別に。人に話すだけでも楽になることはある」


「そうね。少し心が軽くなったわ。またあなたに借りを作ってしまったわね」


「いいよ。気にしなくて」


「ところで、あなたはどうしてこんなところに居たの?」


 僕は事情を説明した。


「そういうことね。なら、今夜は私の部屋に泊まっていくといいわ」


「え?」


「大丈夫。これで借りを返せるなんて考えてないわ」


「そういうことじゃ……」


「さ、行きましょう」


 友達は異性でも普通に家に泊めるものなのか。


 距離感がいまいち分からないまま、とりあえず一晩だけお世話になることになった。


※※※※※


 私はXからZクラスまでの生徒が授業を受ける本館の最上階に来ていた。


 一度息を吐き、目の前にそびえ立つ獅子のレリーフが施された扉をノックした。


「どうぞ~」


 中から私の緊張を嘲るような気の抜けた返事が返ってくる。


 意を決して扉を開け、Zクラスの教室五つ分程の広さの部屋に足を踏み入れた。


「お疲れ〜、檸檬ちゃん」


「お疲れ様です。獅子堂校長」


 私は目の前に座っている子どものような校長に深々と頭を下げた。


「いいよ、そんなに緊張しなくて。とりあえずそこに座ったら?」


 獅子堂校長によって飾り付けられたこの部屋は高級感を醸し出すもどこか落ち着いた雰囲気のある家具が並んでおり、今座るように勧められたソファも値段の想像がつかないような代物だった。


「いえ、報告を終えたらすぐに退室しますのでお気遣いは結構です」


「そ、じゃあ報告を聞こうか」


 私は一度咳払いをし、口を開いた。


予定(・・)通り、空閑政宗を学級のボスに任命いたしました」


「さっすが檸檬ちゃん、仕事がはや〜い」


「一つ質問をよろしいでしょうか」


「なに?」


 可愛く首を傾げる様子は日本三大マフィアの一つ「ウロボロス」のボスとは到底思えない仕草だった。


「何故、空閑政宗をZクラスのボスに指名されたのですか?彼は精神も肉体も他の生徒に酷く劣っています」


「かぁ~、檸檬ちゃんは若いね~」


 私よりも幼く見える獅子堂校長に若いと言われることに違和感を覚える。


「精神や筋肉なんて経験と技術で簡単にねじ伏せられるんだよ。ボクがいい例だ。ボクはムキムキマッチョかい?」


「いいえ」


 確かに、普通の人からすればその服から覗く白くて細い腕が血に染まっている様子なんて想像がつくわけもなかった。


「檸檬ちゃんって服で隠してるけど、それなりに筋肉あるでしょ」


「まぁ、はい。そうですね……っ!?」


 私の後ろで飾られていた不思議な形をした壺が突然粉々に砕け散った。


 私はこの人から目を離してはいなかった。だが、背後の壁には確実に弾痕が刻まれていた。


「ね、これが技術。今のが筋肉でどうにかなると思う?」


「……いいえ」


「もし、僕が檸檬ちゃんを狙ってたら今頃は君の額に穴が空いてるよ」


 彼は笑っているが、私からすれば「お前ぐらいならいつでも殺せる」と言われているようなものだ。


「正直言うと、誰も僕の早撃ちを避けれるわけ無いじゃん」


「そうですね」


「そこで役に立ってくるのが経験だよ。経験があれば僕が構える前に回避行動に移れる」


「なるほど」


「要するに『技術』を矛に、『経験』を盾にしろってこと」


「その技術と経験が空閑政宗にはあるということですか?」


「さあ、それは自分で確かめてよね」


 答えを聞けないまま、私は部屋を後にすることとなった。




 



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