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マフィア学園の切り札  作者: 鰹の本気
13/13

12話

 教室の扉が開き、計良君が入ってくる。


「空閑殿の頼み、謹んで受けさせてもらう」


 自信に満ち溢れた様子を見て、僕は素直にお礼だけを言う。


 そして、少し後に鳥金君も教室に戻って来た。


 彼には後でお礼をしないと。


 兎にも角にも、全員が揃ったので改めて作戦を話し合うことになった。


※※※※※


 深夜二時を過ぎた頃。


「音たてるなよ」


「分かってるよ」


「宝条殿、足元に時計が」


「危ねぇ」


 小声で話す鳥金、宝条、計良の三人。


 空閑が眠ったことを確認し、三人は部屋を出る。


 そして向かった先には既に、空閑以外のクラスメイト全員が揃っていた。


「ふぁ、流石に眠いよー」


 食満が大袈裟に欠伸をする。


「漆間っちも眠そうだねー」


「わ、私は起きて……いたので。はい。眠くない…です」


「で、どうしてこんな時間に私たちを呼び出したの?」


 怒木が宝条に問う。


「今日の……、ってもう昨日か。昨日発表された特殊試験、龍ケ崎は俺たちが第一回通常試験で予想外の結果を残したと言った。でもな、実際には結果を残したのは空閑ボスただ一人だ。俺たちはリタイアしただけなんだよ」


「結局、何が言いたいの?」


 空閑が居ないせいか、仙河の尋ねる声はいつも以上に冷たかった。


「要するに、俺たちは弱い。このままじゃ次の特殊試験は無様な結果に終わるだろう。だから、昨日決めた二人一組で試験までの残り四日間、毎晩トレーニングを行う」


「四日程度で強くなる確率は極めて低いぞ、宝条殿」


「そんなこと分かってるに決まってんだろ。俺たちが練習するのは相方とのコンビネーションだ」


「なるほど、それならば付け焼き刃でも一定以上の成果は見込めるだろう」


 計良はうんうんと首を縦に振りながら、では俺は何故呼び出されたのだ?と疑問に思う。


「言いたいことは分かったよ。だけど、政宗君に秘密にする理由は?」


「決まってるだろ。ボスを失望させないためだ」


「政宗君が僕らに失望することなんて、ありえないと思うけどね。彼は優しすぎる」


 鳥金の言葉に全員が静かに頷く。


「わ、私も……そんな優しい将来の夫のために…、が、頑張らないと」


 漆間は小さな声で意気込む。


 普段の教室なら、喧騒に紛れ、誰の耳にも届かない声量であっただろう。


 しかし、今は深夜二時。


 誰もが寝静まり、全員が声を落として話していれば、容易に聞こえる声量だった。


「え……」


「おっと……?」


「は?」


「あれ、もしかして私の友達って立場……弱い?」


「もう無茶苦茶だよ、政宗君」


 翌日、空閑は質問攻めに遭い、誤解を解くのに苦労したのだった。


※※※※※


「全員揃っているな」


 第一回特殊試験当日、教室に入って来た龍ケ崎先生が点呼を取る。


「では早速移動だ」


 僕たちJクラスは揃って教室を後にする。


「空閑、お前はここから学園の本館三階の映像室に向かえ」


 どうやら僕だけここでみんなと分かれるらしい。


 何かみんなを激励する言葉を考える。


 頑張ろう、なんて言えない。


 みんなが命懸けで試験に挑む中、僕は画面越しにサポートしか出来ない。


 だから僕は……。


「みんな、頼んだよ」


 死なないこと、試験に勝つこと、誰も殺さないこと、全部の思いをこの一言に込める。


 そして、みんなと手を振って分かれ、X〜Zクラスが授業を受ける学園本館に初めて足を踏み入れる。


 入って最初に感じたこと、それはやはりアウェイ感である。


 今回の特殊試験でプレイヤーに選ばれなかった生徒はX〜Z合わせて相当な人数が居る。


 そんな奴らが僕を様々な感情が入り交じった視線で観察する。


 しかし、僕はJクラスのボスだ。


 そして、この学園での最弱は僕らじゃない、Zクラスだ。


 胸を張り、堂々と廊下を闊歩し、三階に向かう。


「お、Jクラス(ゴミ)の大将じゃーん」


 そんな声と共に、僕の後頭部めがけて空き缶が飛んでくる。


 空き缶を避け、僕は振り返る。


「僕の仲間ファミリーがゴミだって……」


 今から危険な試験に挑む仲間への侮辱、許せるわけがない。


 だが、集合時間まであまり時間が無いのも事実。


 だから僕は一言、


「もう一回言ってみろ」


「な、何イキって……」


「誰がゴミだって?」


 空き缶を蹴飛ばした生徒は足が震え、床に座り込む。


 完全に威勢を失った生徒を放置し、僕は階段を登り始める。


※※※※※


「やはり彼は面白いです」


 今の一連の出来事を、息を潜めて観察していた少女が一人。


「本当に裏表がハッキリしてるです」


 鉄虎てっこ瑠美るみは通常試験以降、常に空閑政宗を尾行し続けている。


 時には自クラスの生徒を彼や彼のクラスメイトに絡ませ、様子を見るなどの実験を行う。


 それらの結果から得られた彼の表と裏、彼女はその二面性にひどく惹かれていた。


「彼の心の扉、開けてみたいです」


 鉄虎は彼の二面性を過去のトラウマなどの精神面が大きく関与していると睨んでいた。


「来週にでも仕掛けてやるです」


 空閑の知らぬところで、一つの思惑が蠢いているのであった。


※※※※※


 龍ケ崎に連れられ、学園の第三体育館にやって来た空閑を除くJクラス一行。

 

 何か分からない沢山の機械が音や光を出して並んでいる。


「お前達、各自出席番号の書かれたVRチェアに座れ」


 言われた通り、自分の番号の席に全員が着席する。


「それでは、VRゴーグルをつけろ」


 龍ケ崎はVRチェアと多彩な色のコードで繋がれたゴーグルを、七人全員が頭に装着したことを確かめる。

 

 しばらく待機するように言い、部屋を出る。


 そしてすぐ隣の部屋の扉を開ける。 


 入ると、X〜Zクラスの教員が向かい合う形で座っていた。


 私はかなり長く、この業界を生きてきたつもりだ。


 そんな私が何故、Jクラスの担任なのか。


 女だから、そんなくだらない理由だと思っていた。


 この部屋に入り、獅子堂深月が私に言った「若いね」という言葉の意味がわかった気がした。


 誰も私と目を合わせない、しかし見定められている。龍ケ崎檸檬という人間はどういう人間なのか。


 圧倒的に越えてきた修羅場の数が違う。


 望むところだ。


 修羅場の数がなんだ、私の信条は「量より質」だ。


 私の方が濃い人生を送って、全部の経験をモノにしてんだよ。


 龍ケ崎は空いている椅子に近づき、勢いよく座る。


「初めまして」


 足を机の上に乗せる。


「龍ケ崎と申します」


 龍ケ崎は顔に挑発的な笑みが浮かべた。


※※※※※


 目的の三階、映像室の扉の前に立つ。


 ドアノブに手をかけ、部屋の中に足を踏み入れる。


 そこには円卓を囲むX〜Zクラスのボスが、互いに目を合わせず、しかし殺気立って座っていた。


 どうやらJクラスのボスには席が与えられないようだ。


 空いている座席が一つもなかった。


「貴方、サエキとか言ったかしら」


 この部屋の空気で場違いなほど、優雅に紅茶を飲んでいる生徒が才木に話しかける。


「貴方に椅子は必要無いでしょう。空閑さんに譲って差し上げなさい」


 そう言い、紅茶を一口飲む。


「どういう意味だ、アリス・ノーブル」


「そう声を荒げないでくださいまし。紅茶が不味くなりますわ」


「紅茶なんてどうだっていいだろ!!」


「あ?」


 アリスは優雅な表情からは打って変わり、鬼の形相が浮かぶ。


 才木の喉から声にならない悲鳴が漏れる。


「アリスさん、僕のためにありがとう。でも……」


 手の甲で才木の頬を殴る。


 才木は吹っ飛び、一メートルほど先で尻もちをつき、頬を押さえている。


「自分の席は自分で用意するよ」


 僕は先程まで才木が座っていた椅子に腰掛ける。


「あら貴方、案外アグレッシブな方なのですね」


「一応Jクラスを背負ってるからね。ダサい真似は出来ないよ」


「貴方、面白いですね。紅茶はお好きですか?」


「飲んだことないから……、好きか嫌いかも分からないな」

 

「それはなんと勿体ない」


 そう言い、自分で持って来たのであろうワゴンに乗っていたポットを高く持ち上げ、カップに紅茶を注ぐ。


「怒木さんもお入れしましょうか?」


 ここで初めて、僕の入室からずっとスマホを見ているYクラスのボス、怒木百が声を出す。


 彼女の顔には、ライオンに引っ掻かれたような三本線の大きな傷が目立っていた。


「貰う」


 無愛想に返事をするが、アリスは気分を害した様子もなく、同じ様に紅茶を注ぐ。


「僕を……無視するな!!」


「うるさい」


 怒木百がスマホから顔を上げ、懐から拳銃を取り出す。


 そして、才木の床についた手の指の隙間に弾丸を放つ。


「弱者は黙って床に座ってろ」


 怒木さんから聞いた昔話からは想像も出来ない変わり様に、仲直りの機会を設けられるか不安になる。


「静かになったことですし、各クラスのボスの初対面を祝って、紅茶を楽しみましょう」 


 アリスはティーカップを持ち上げ、そう言って二人に笑いかける。


 しかし、空閑と怒木百はその笑みの裏側から溢れ出す底知れぬ何か、本能的に恐怖する「邪悪」のようなものを感じ、冷や汗をかく。


 これが最上位クラスのボスか。


 人と近づくこと、恐怖させること、ありとあらゆる感情を自由自在に相手に与えることが出来る。


 Jクラス(みんな)を上まで連れて行くには彼女を超えなければならないのか。


 アリスが同じポットから注いだ紅茶に口を付けたのことを確認し、僕も一口飲む。


「今日の試験、お互いにベストを尽くそう」


 僕は虚勢なのか興奮なのか分からない笑みを浮かべた。


※※※※※


 宝条は目を覚ます。


 一瞬の間に何時間も睡眠を取ったような、不思議な感覚を経て、今宝条はプレイヤーとしてVR空間に立っていた。


 隣を見ると、現実とほとんど変わりのない怒木が立っている。


 恐らく、俺の見た目も現実とほぼ同じなのであろう。


 すると突然、目の前に大きな数字が現れる。


 その数字は10から次第に減少していく。


 十秒後に試験が始まるのだろう。


「怒木、足引っ張るなよ」


「そっちがね」


 カウントがゼロになると、俺たちは光に包まれ、気づくと薄暗い廃病院の中に立っていた。


「まずは現状の確認だ」


「そうね」


 宝条と怒木は目の前の病室に入り、一度身を隠す。


「怒木、お前の弱点部位は首の裏だ」


「了解。宝条は……右の肘だわ」


「分かった」


 宝条は病室の窓から外を確認する。


「恐らく俺たちは病院の三階に居るようだ」


『窓から敵襲!!』


 突然、ボスの声が耳元で聞こえる。


 俺たちは咄嗟に窓から距離を取ると、上の階からカーテンを使って病室に一人の生徒が侵入してきた。


『奴は武器を持ってる。二人共、部屋を出て左に曲がって!!』


「「了解」」


 スライド式のドアを開き、左に全力で走る。


 驚くことにもう既に自分がVR空間内に居ることを忘れ始めるほど、意識とアバターが馴染んでいた。


『右奥の診察室に入って、左の机の下を確認!!』


 ボスは俺たち以外にも指示を送っているため、一回の通信での情報量が必然的に多くなる。


 聞き逃さないようにしなければ。

 

 指示通り診察室に入り、机の下を確認すると、ひっそりと宝箱が設置されていた。


「怒木開けろ」


 怒木はコクリと頷き、宝箱を開ける。


 すると、中からトンファーが出現する。


「みーつけた」


 診察室の扉が剣で切り裂かれる。


 入ってきた生徒は制服の改造からしてYクラスだろう。


 そのプレイヤーは薄く光を放つ、言わば勇者が持っていそうな剣を持っていた。


「向こうは勇者の剣でコッチはトンファーかよ……」


「問題ないわ」


 怒木は相手に向かって躊躇いなく進んで行く。


 そして、お互いの初撃がぶつかり合う。


 その後の展開は圧倒的だった。


 相手は使い慣れていないのか、剣を大振りに振るう中、怒木は細かい動きで確実にダメージを入れていく。


 時間にして僅か三十秒、怒木は相手の体力を削り切った。


「トンファーがメイン武器なのか?」


 あまりの使いこなしに、思わず質問してしまう。


「いいえ、違うわ。どちらかと言えば苦手の部類よ」


「それであの強さかよ……」


「おしゃべりはこのぐらいにして、あなたの武器も探しに行きましょう」


 二人は診察室を後にした。


※※※※※


「す、すごいですね、VR」


「そうだね」


 仙河と漆間は試験開始直前にも関わらず、お互いの気まずさが勝ち、緊張どころではない様子だった。


 試験が開始され、二人は気づくと消灯済みの家電量販店の中にいた。


 どうやらここは、閉店済みのショッピングモールのようだった。


「サクッと漆間の武器でも探しに行こうか」


「そ、その前に、弱点部位の確認が……先では…ないで……しょうか」


「そうだった、兄さんが一番最初にしろって言ってたね」


 二人はお互いの弱点部位の位置を確認し合う。


「私が右の太ももで、漆間が左手の甲か」


『右方向から二名接近中。交戦を避けるために左奥のエスカレーターから五階に向かって』


「了解、兄さん」


 空閑の指示に従い、音を立てずに五階に上がる。


『右のスタッフルームに入って、職員ロッカーの右から二番目を開けて』


 ロッカーを開けると宝箱があった。


 中を開けると、一本の包丁が入っていた。


「漆間が使いな」


「え、い、いいんですか?」


「私は素手の方が戦いやすい」


「そ、そうなんですか……」


「何?」


 仙河はあまりにもボソボソと話す漆間に若干の苛立ちが募りつつあった。


「うぅ、すみません……」


「いや、普通に聞こえなかっただけなんだけど」


「すみません!!」


 すると今度は、先程からは考えられないような声の大きさで漆間は謝る。


 仙河は思わず、少しビクッとする。


「うわー、ビックリした」


「本当だよ」


「ご、ごめんなさい」


 漆間は何度も頭を下げる。


「あ、あの……、ところで、どちら様でしょうか?」


「え?」


「え?」


 仙河は即座にその場から飛び退く。


「いやー、驚かせてすまんね」


 不気味な鬼の仮面を着けた生徒が立っていた。


 完全に気配が無かった。


「いや、そんなに睨まないでよ。平和、ラブ&ピースが大事だよ」


 声が男であること以外、何一つとして分からない。


 制服もX、Yクラスのどちらとも異なるアレンジであるため、どこのクラスか判断が出来ない。

 

「あ、自己紹介してなかったか。そりゃ警戒するよね。俺はXクラスの田中たなか太郎たろう、よろしく」


 田中太郎と名乗る人物は、始終ヘラヘラとしており、殺気も何も感じない。


 仙河はそれが不気味で仕方がなかった。


 何の感情も表に出ていない。


 ただ空気のようにそこに存在し、作ったような態度で人と接する。


 仙河は逃げるのが最適解だと判断するが、出入り口は一つであり、その唯一の扉の前に田中が立っていた。


「君たちはJだよね?」


「そうだが……」


「手を組まない?」


 思いもよらぬ提案にますます警戒を強める。


「こっちのメリットは?」


「二位以上の確約」


「お前のメリットは?」


「無いよ」


「なら何故?」


「強いて言うなら君たちへの興味かな」


『二人共、ここは一度手を組んだほうがいい。コイツ、ここに来るまでに三人()()()()


 田中太郎と名乗るこの人物、間違いなく強い。


 生き残るために提案に乗ることを決める。

 

「オーケイ、手を組もうか」


「案外あっさりと俺を信用するんだね。自分で言うのはアレだけど、結構胡散臭いよ」


「信用?バカじゃないの。利害関係の一致だ」


「ま、何でもいいよ。それじゃあ、プレイヤーを狩りにレッツラゴー」


 田中のアホな掛け声を無視し、漆間の方へ振り返る。


「あ、忘れてた。はい、コレ」


 渡していなかった包丁を漆間に投げて渡す。


 彼女はオーバーな動きでそれをキャッチする。


 途端、漆間嫉愛の様子は一変した。


 目が虚ろになり、口も開き唾液が流れ落ちている。


「ど、どうした……」


「どこ……」 


「何が?」


「私の王子様……どこ!!!」


 包丁を持ち、そのまま田中の方へと向かって走って行く。


「おっと」


 田中はそれを避ける。

 

 漆間はその勢いのまま部屋から出て、どこかへ行ってしまった。


 唖然としていた仙河は我に返る。


「田中、探しに行くよ!」


「おう」


 田中は走る仙河の後を追う。


「今回の試験、案外楽しめるかもしれないな」


※※※※※


「VRってすごいねー、鳥金っち」


「そうだね。まさに今、自分の体がデジタルだなんて信じられないよ」

 

 鳥金と食満の二人はゆるい空気感で試験が開始されるのを待っていた。


「なかなか始まら……、始まったねー」


「目の前の数字が試験開始までのカウントダウンだったみたいだね」

 

 二人は夜の住宅街の一角に転送されていた。


 街灯が少ない上に曲がり角が多く、とにかく死角となる場所が多い。

 

「これはなかなか厄介なマップだね」


 そう言い、食満の方を振り返ると、彼女の顔色がひどく悪かった。


「どうしたの?大丈夫?」


「え、あ、うん。へーきだよー」


 引き攣った笑顔でピースを作る彼女は、かなり無理をしているようだった。


「すこーし、暗い所が苦手なんだー」


「本当に大丈夫なのかい?」


『ちょっと待ってて』


 空閑の声と共に先程まで点いていなかった街灯が光を発し、その他の街灯の明かりも強くなった。


『死なずに早期決着を頼む。もしもの時は自分にダメージを与えてリタイアしてもいいから』


 空閑は鳥金だけにそう伝える。


「頑張ってみるよ」


※※※※※


 計良は一人、薄暗い廃工場に立っていた。


 何を製造していた工場なのかは分からないが、かなり広く、見通しが良い。


 隠れる場所と言ったら、何かしらの機械の裏しか無い。


「キミ、なかなか愛されて育てられてんな」


 一人の生徒が姿を隠すことなく、堂々と目立つ工場の中心で誰かに話しかけている。


 計良は物陰から様子を見る。


 すると案の定、目立ち過ぎたためか背後から奇襲をかけようとする生徒が現れる。


「ボクが話しかけてるのはJクラスのキミやで」


 そう言って、その男は的確に計良が隠れている場所を指さす。


 計良は少し動揺したが、背後からの奇襲で即座に退場すると踏んで、ノーリアクションを決め込む。


 しかし、背後に迫っていたはずの生徒は気づけば全員が消えていた。


『気をつけて、何が起きたのか一切分からなかった』


 画面越しとは言え、一部始終を見ていたであろう空閑殿でさえ理解できないとは。


 位置がバレているが故に逃げることは得策ではないが、正面から戦うのも人数的に不利である以上厳しい。


『計良君、今から三秒間だけ工場の明かりを点ける。目が眩むと思うけど、僕を信じて指示通り動いて欲しい』


 計良から空閑へ通信することは出来ないため、計良は少し大袈裟に頷く。


『それじゃあ、3、2、1』


 スリーカウントと共に強烈な明るさの電気が点灯し、計良以外の生徒は明暗の差によって一時的に視界が奪われる。


『右に二メートル直進、右斜め45°の方向に飛び込んで!!』


 計良は指示通りに動き、閉じていた目を開ける。


 目をあらかじめ閉じておくことで、どの生徒よりも早く、暗さが戻った工場内を把握することが出来る。

 

『機械の下に宝箱があるはずだから』


 計良は汚そうな機械の下に手を突っ込み、宝箱を引きずり出す。


 中から出てきたのは拳銃だった。


『それで少しの間、凌いでくれ』


※※※※※


 僕は映像室の一室で、モニターを見ながら指示を送り、右手でルービックキューブ、左手でポーカーをしていた。


 事前情報通り、ボスの仕事は仲間のサポートであったのだが、そのサポートをすることが予想以上に大変だった。


 仲間にのみ影響するサポートは、事前に渡されたタブレット端末に表示される小さなミッションをクリアしなければならない。


 例えば、タブレット内に表示されたルービックキューブを解いたり、映像記憶問題を解いたりすることで、宝箱や敵の位置を知ることが出来る。

 

 そしてプレイヤー全員に影響するサポートは、オンライ上でボス四人がポーカーを行い、獲得したチップでサポートや妨害を購入できる。


 僕は獲得したチップを使って、鳥金君と食満さんのマップに明かりを点け続けていた。


「頭がパンクしそうだ……」


 思わず吐いた弱音をかき消すように、僕は自分の頬を両手で強く叩いた。


※※※※※


「皆様、そんなに真剣にポーカーをしなくとも」


 他のボスが様々なことを同時に行っているなか、アリスはただ一人、紅茶を入れ直していた。


「マフィアのボスを皆様履き違えておりますわ」


 興味もなさげにモニターを眺める。


 アリスは試験開始前、全員に二つの命令をして以降、誰にも何の指示も出していなかった。


 一つは『私が合図を出すまでは控えめに行動しろ』


 もう一つは『Jクラスは最後まで残しておけ』


「終盤が楽しみですわ」


 優雅な笑みを浮かべ、そう呟いた。



 

 

 




 



 






 




 










 






 

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