11話
目覚まし時計が鳴る。
この音も聞き慣れ始めたな感じながら、体を起こす。
鳥金君が作った朝食をみんなで食べ、四人で部屋を出て教室に向かう。
教室に着き、雑談を中断して各々自分の席に座る。
先に居た隣の怒木さんに「おはよう」と声をかけた。
「おはよう、空閑君」
彼女は読書をしていた為、それ以上の会話はなかった。
授業が始まるまでまだ時間がある。
僕はスマホでネットニュースを流し見する。
部屋にテレビが無いので、外の情報はこの学園支給のスマホでニュースを見る他に入手する術がない。
「兄さん、何見てんの?」
そう言って、いつの間にか教室に来ていた仙河さん……いや、惰輝が僕の肩に顔を乗せてスマホをのぞき込む。
「おはよう惰輝。ちょっとネットニュースを見てた」
「ふーん。何か面白いのあった?」
言葉の発し方や表情、雰囲気などは今までと変わらずどこか気怠げに感じる様子だが、僕は彼女との心の距離が近づいたどころかゼロ距離になったように思えた。
それが僕は嬉しかった。同じ恩師を持つ、気の置けない関係の人がこの学園で出会えるとは想像もしていなかったから。
「見て、この猫のニュース」
「どれどれ……、うわスゴ。動き早」
二人で猫の動画を見ていると、惰輝が何かを思い出したように「あ」と声を出す。
「今日の課題やってなかった」
「急げばまだ間に合うと思うよ」
「兄さん写させてよ」
「ダメ」
惰輝はウダウダ言いながらも自分の席で課題を始める。
「ちょっと待って政宗君、惰輝ちゃんと君の間に何があったの!?」
いつの間にか僕の席まで来ていた鳥金君が僕の両肩を掴み、激しく揺する。
「え、いや、ちょっとね」
惰輝の過去は、彼女がみんなに聞いて欲しいと思った時に自分の言葉で話すべきことだ。
だから容易に僕がみんなに話すようなことでもない。
曖昧にはぐらかしていると、前の扉から龍ケ崎先生が入ってくる。
「席に着け」
教員が入ってきたことで鳥金も諦め、去り際に小さな声で「本、逆向いてるよ」と怒木に伝えて席に戻る。
「よし、全員居るな」
昨日は全ての授業をサボったが、龍ケ崎先生も少し忙しかったらしく、お咎めはなかった。
「では、今から第一回特殊試験の説明を始める」
全員が突然のことに息をのむ。
「今からお前らのスマホにファイルを送る」
そう言って先生は手元のタブレット端末を操作する。
僕は送られてきたファイルを開く。
『第一回特殊試験概要
・X〜Z、Jクラス合同で行われる
・各クラスから八人ずつ、四組に分かれて参加
・選ばれた生徒はフルダイブ型VRゴーグルを装着し、学園が用意したVR空間で試験を行う
詳細なルール
・用意されたVR空間内で生徒は相手の体力をゼロにすることが目的である
・体力をゼロにする方法は、打撃、もしくは指定されたエリア内に落ちている宝箱から獲得できる武器を利用する二通りである
・最後に生き残っているプレイヤーのクラスが五点を獲得
・二位以下の順位はプレイヤーが全滅した早さで三点、二点、一点を獲得
・最終的な所持ポイントでクラス順位を決定する
・基本的にVR空間内での死亡は人体には無影響だが、弱点部位に一定以上のダメージを受けた場合は心臓が停止し、死亡する
・弱点部位とは、試験開始時に体のどこか一部に設定される半径二センチの円の印である
ボスの役割
・ボスはモニタールームにて、プレイヤーの支援を行う
例:周辺の敵の情報の伝達など
報酬
一位 500ダイヤ 最下位クラスへの指名権
二位 100ダイヤ
三位 50ダイヤ剥奪
四位 100ダイヤ剥奪 一名の退学、もしくは一位クラスへの加入』
全て読み終えた僕はいくつかの疑問を頭で整理する。
まず、試験にはプレイヤーとボスの合わせて九人が必要であること。
そして、フルダイブ型のVRシステムはこの現代において可能なのか。
しかし、この疑問に関しては後回しで良いと思う。
「記憶消去装置」を目の前で見せられているため、この学園の技術力について今考えたところで答えが出るわけではないからだ。
最後に痛みの再現度の問題だ。
説明を読む限りだと、恐らくエリアは閉鎖的であり、戦闘が勃発する頻度は極めて高いと考えられる。
そして負傷した状態での戦闘を強いられるのは間違いないだろう。
「全て読み終えたうえで、質問がある奴はいるか?」
龍ケ崎先生の問いに僕は挙手をして、人数と痛みについて質問をする。
「まず、痛みについてだが、設定は実際の痛覚の五割に設定されている」
先生は手のひらを銃で撃ち抜くジェスチャーをする。
「もう一つ、人数が一人不足している分はお前らがJクラスであることに責任がある。受け入れろ」
「Jクラス(ウチ)が常に不利なのは慣れっこだけどね」
鳥金君がサラッと文句を口にする。
「そうは言うが、これはお前らの扱いとしては優遇されすぎていると言っても過言ではない」
言われてみれば、一つ前の通常試験はあまりにも不利すぎたなと感じる。
「お前らはZクラスに勝った。それは教員側が予想もしていなかったことだ」
龍ケ崎先生の声は、普段よりも少し熱が籠もっていた。
「本来JクラスはX〜Zまでの見せしめとして用意されたクラスだ。そのクラスが圧倒的人数差を覆してZに勝った。その結果、学園上層部がお前らに興味を示し始めた」
自分の唾を飲む音がやけにゆっくりと聞こえる。
「次の試験でお前らは試されるんだ。X〜Zと共に競い合えるマフィアなのかを」
先生はいつになく一度に沢山の言葉を紡だ。
「今週一週間は試験準備期間だ。有意義に使えよ」
そう言い残し、先生は教室を出て行った。
何故か、僕はすごく高揚していた。
残された僕たちは一度椅子を持って教室の中心に集まる。
「まず、純粋に今回の試験についての要点を僕なりに話すよ」
まだ少し、場を仕切ることに慣れきってはいないが、みんなが真剣に話を聞いてくれるので僕も心置きなく挑戦できる。
「まず、絶対に避けなければならないのがここの誰かが欠けること。そしてそんな危険な試験に一人で挑む人を選ぶ必要があること」
「当然、一人で挑むのは政宗君を除く七人で一番強い人だよね」
鳥金君がみんなの顔を見渡して言う。
「ならボス、俺にやらせて下さい!!」
宝条君が意気込んでいるが、僕の中で最適の人物は彼ではないかと思っている。
「宝条君には悪いけど、最適は計良君じゃないかなと僕は考えている」
「何故、俺なのだ?」
計良君は自分の名前がでたことに驚いている様子だった。
「今回は特殊試験、絶対にルールだけじゃ分からない要素があるはずだ。そういう場合、臨機応変に対応できるのは計良君じゃないかなと僕は考えている」
「俺はそこまで空閑殿に言われるほどの活躍をした記憶はないのだが」
計良君の顔が少し曇っていることに気づく。
「僕が君を買ってるのは頭の回転速度と柔軟な戦闘スタイルだよ」
僕はその反応に戸惑い、無理強いする気はないことを伝える。
「無理にとは言わない。でも僕も全力でバックアップするからさ、少し考えてみてくれないかな」
「あ、ああ。少し考える時間をくれ」
そう言って計良君は教室を出て行ってしまう。
「何か気に障ること言っちゃったかな……」
一人で考える時間が欲しそうであったため、後を追うことはしない。
計良君が戻って来るのを待つ間に、試験について話し合う。
しかし、やはり全員揃っていない状態で話し合えることも多くなく、試験についての話題がすぐに底をついた。
「僕、強志君の様子見てくるよ」
鳥金君が教室を出て、計良君が消えていった方向に歩いていく。
僕のせいで彼に不快な思いをさせたのなら、今は僕が行くよりも鳥金君が行ったほうが何かと良いだろう。
※※※※※
僕は強志君を追って校舎を出ると、校舎入口付近に立っている大きな木の上で彼は座っていた。
僕もジャンプで太めの木の枝に掴まり、幹を挟んで反対側に座る。
「強志君、大丈夫?」
「心配して来てくれたのか鳥金殿、すまない」
「いいよ、そんなこと。それより『臨機応変』の何が引っかかったんだい?」
「……!?」
計良は動揺で木から落ちそうになる。
「ハハ、強志君は分かりやすいな」
「すごいな鳥金殿は……」
「買いかぶり過ぎだよ」
思わず小声で自分への苛立ちが口に出てしまう。
計良には聞こえていないようで、鳥金はホッとする。
「俺は大丈夫だ。教室に戻るとするか」
「大丈夫じゃないよ。嘘をつかないで」
「そんなことは……」
「僕でよかったら、話を聞かせてくれないかな」
計良は少し黙り込み、眼鏡を外す。
「本当につまらない話だ。どこにでも転がっているありふれた話」
「聞かせて」
鳥金の優しい声音が計良の警戒を優しく解いていく。
「俺は昔から全てが中途半端だった」
※※※※※
俺が所属していたマフィアは、常にファミリー内で順位付けされていた。
そこで俺は七位の称号を背負って、日々仕事をしてきた。
基本的に順位が一桁の構成員は優遇され、周りから恐れられていた。
たった一人、俺を除いては。
俺は戦闘では十位の仲間に劣り、ハッキングなどといった知識面では九位の仲間の方が断然優秀だった。
そんな俺がどうして七位の座に居座り続けられたのか。
理由は簡単、戦闘も知識も中途半端だったからだ。
だからこそ、ボスは俺をどの仕事にも連れて行った。
戦闘時には頭数になり、それほど難解ではないコンピューター系統の問題ならば解決できる。
一言でいえば便利だったんだろう。
しかし、それゆえに自分の能力に見合わない順位を得て、周りからは人の仕事を奪ってのし上がった奴として軽い裏切り者扱いを受けていた。
「中途半端」、俺は自分が何度その言葉を投げかけられたかもはや思い出せない。
そんなある日、ボスは俺に向かってこう言った。
「お前は器用で何でも臨機応変にこなせるからのぉ。これからも期待しておるぞ」
恐らく俺が裏で「中途半端」と揶揄されているのをどこかで聞いたのだろう。
そのボスの言葉は本来、俺を慰めてくれる言葉であったはず。
だけど、「臨機応変」という言葉が俺を見えない鎖で縛り上げる。
言い訳だ。
「中途半端」を美化した言葉。
そうやって自分を正当化しようとして。
「何でもそれなりにこなす」、言い換えたら「何も完璧にこなせない」じゃないか。
自分が心底嫌いになった。
人の優しさすら、自己嫌悪で踏みにじる。
なんとかして自分を変えたい、そんな思いで俺は知識を捨て、日々筋トレに励んだ。
結果は虚しく、ランキング十位の奴に十戦零勝九敗一分。
俺は自分にできるだけ沢山の言い訳を並べ、コンピューターの勉強を始めた。
しかし、知識なんて一朝一夕で身につくわけがなく、結果がでないことに焦りを感じて挫折した。
今思えば、「中途半端」を嫌っていた者の行動とは思えない。
結局、何も得られなかった俺の心を保たせていたのは、皮肉にも順位が七位という事実だった。
「数字」は間違えない。
俺は七位。
何も間違っていないんだ。
気づけば、俺は「数字」に執着するようになっていた。
全ての事象に俺の脳は確率を算出する。
そうしないと、落ち着かないし行動もできない。
自分の唯一無二の何かを見つけたくて、自分だけの価値が欲しくて、そんな何かが得られる可能性が五十パーセントを超えていると判断したから、俺はこの学園に来た。
※※※※※
「くだらないだろ。こんな小さな事でここまで悩める俺を笑ってくれ」
「笑わないよ」
木の幹を挟んで見えないが、計良には鳥金が怒っているように感じられた。
「強志君、君は立派だし、もう既に唯一無二の武器を君は見つけているよ」
「どういう……」
「君は誰の穴でも埋められる。これって唯一無二だと僕は思うけどな」
「だから、それは俺が中途半端な奴だか……」
「何がダメなの、中途半端であることの?」
計良がいい終えるより先に、鳥金が言葉を被せる。
「こんな人数が少ない学級で誰かの穴を埋めれる存在って大切だよ」
鳥金は空を仰ぐ。
「誰かの代わりになるってことは簡単な事じゃない。それを君はいとも容易くやってみせる。誇っていいと僕は思うよ」
計良は内なる自分に問いかける。
お前は何だ?、と。
内なる自分は返事をする。
『Jクラスの唯一無二の中途半端野郎だと』
「ありがとう、鳥金殿」
お礼なんて言わないでくれ。僕はただ、君が欲しいであろう言葉を探して口にしただけ。
どれも、僕の言葉じゃない。
「吹っ切れたって顔だね」
「ああ、俺はもう迷わない。空閑殿の頼み、謹んで受けることにする」
そう言い、計良は木から飛び降り、校舎の入口へと歩き出す。
「やっぱり君はスゴイよ。僕なんて大切な人の心を少しも埋めることができなかったんだから」
鳥金は「自分」から頼まれた大切な人の顔を思い浮かべた。