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マフィア学園の切り札  作者: 鰹の本気
11/13

10話

 僕と仙河さんは教室に戻って来た。


「みんなお疲れさま……、あれ?鳥金君と宝条君は?」


「空閑殿を探しに南倉庫へ向かった」


「ありゃ、入れ違いかな」


「計良君、僕と仙河さんはちょっと用事があるから戻ってきた二人にも『お疲れさま』って伝えておいてくれる?」


「承知した」


 計良君に後のことを頼み、僕は仙河さんと教室を出る。


 二人きりで話す場所をどうするかと問うと、


「いい場所知ってる」


 そう言って仙河さんは歩き出す。


 それに僕も続く。


 Jクラスの校舎から少し離れた場所にその公園はあった。


「ここ、好きなんだ。ほとんど人が来なくて静かだから」


「こんな場所があったんだ」


 この学園、公園まであるのか。


 マフィア高等学園の敷地は広すぎるため、まだまだ知らない場所が沢山ありそうだ。


「そこのベンチで話そっか」


 仙河さんが先に座る。


 僕はベンチのすぐ隣にあった自動販売機でお茶を購入する。


「仙河さん、何か飲む?奢るよ」


「じゃあ、空閑と同じやつ」


 お茶を二本購入し、仙河さんの隣に座る。


 お茶を手渡す。


 昼の日光が高所から降り注ぎ、ペットボトルに反射する。


「何から話そうか迷うけど、やっぱりコレを見てもらうのが一番かな」


 僕は胸ポケットからどんぐり型のペンダントを取り出す。


 仙河さんは目を見開き、自身の首元のペンダントを確認する。


「ど、どうしてお前も持っている」


「僕も先生、与田(よだ)権蔵(ごんぞう)じいちゃんの弟子であり孫なんだ」


 間髪をいれずに仙河さんは否定する。


「嘘だ。あの道場は門下生が八人しか居なかったが、お前の顔なんて見たことがない」


「みんなと同じ場所で修行を受けていなかったからだよ」


「下らない嘘をつくな。どうせ、お前も『真紅会』のメンバーなんだろ。だから、神凪流を模した技を使えるんだろ!!」


 仙河さんの声が徐々に荒々しくなっていく。


 日本三大マフィアである「真紅会」の名前が何故ここに出てくるのか疑問に思う。


「模した技じゃない。神凪流八式って呼ばれるものなんだ」


「嘘だ!!」


「これで証明になるか分からないけど」


 僕はペンダントに施されたどんぐりの帽子を捻る。


 するとペンダントが開き、折りたたまれた小さな紙が出てくる。


「なんだよ、それ」


 僕は仙河さんにその紙を渡す。


『政宗へ

 君が神凪流八式を教わったことを後悔しているのなら、本当にすまない。


 あの事件は君の責任ではない。止めてやれなかった我々大人の責任だ。

 

 しかし、私は知っている。君は失敗を学び、繰り返さないことを。

 

 だから君がもう一度その力を使う時があれば、きっとそれは守るときであろう』


 これより下にも沢山の感謝、そして謝罪が綴られていた。


『最後に、本当の祖父ではない私を愛してくれてありがとう。』


 そしてこの一文で手紙は締めくくられていた。


 仙河は疑うことを止めた。


 そこに記されていたのは、確かに与田権蔵の字であったから。


 手紙の時は一人称が「私」になるところまで同じだ。


 久々に思い出す彼の顔はあの日の笑顔のままだった。

 

「仙河さんのペンダントにも入っていると思うよ」


 仙河さんは黙ってペンダントから紙を取り出し、見つめる。


 与田の字で綴られた沢山の言葉に仙河の胸は締め付けられる。


「ごめん、取り乱した。お前のおかげでこの手紙の存在を知れた、本当にありがとう」


 仙河さんの表情は嬉しさも感じられるが、それ以上に何かに苦しんでいるようにも見えた。


「空閑」


 仙河さんは僕の名前を呼ぶ。


「お前の話を聞かせてくれないか?」


 どうやら僕の話を信じてくれたようだ。


「わかった」


 僕は一息つき、話し始める。


「僕は物心ついたときには両親がいなかった。だから今まで祖父の家に住んでいたんだ。


 あ、祖父って言っても血はつながっていないよ。父の旧友だったからとかで僕の面倒を見てくれていただけ。


 あれは小学二年生の時、僕はいじめられていたんだ。今思えば、被害妄想だったのかもしれないけど。


 それで祖父に泣いて相談したら、その日から修行が始まったんだ。強くなったらいじめられないだろうって。


 その時に教えてもらったのが神凪流八式なんだ」


 僕を話を短くするために一つだけ内容を省いた。


 いや、そんなのはただの言い訳だ。


 僕は怖かったんだ。


 コレを話して、みんなに嫌われてしまうのが。


「そうなのか」


 少し違和感のある話ではあったが、仙河さんは何も追及しなかった。


「私はさ……」


 そう言って、仙河さんは自身の事を話し始めた。


※※※※※


 私は孤児院育ちだ。


 その孤児院の環境は決して良いとは言えないが、人数が少ないことが救いであった。


 物心がついた時からそこに居た私は、気づけば何の教育も受けていないままに小学五年生ぐらいの年になっていた。


 だけど、そんな事を気にする余裕もない程に毎日小さい子の相手をして暮らしていた。


 最初は自分より幼い生命体に戸惑い、腹が立つこともあった。


 けれど、視線を合わせて上げれば何てことないことだと気がついた。


 そんなある日、相も変わらず無関心な孤児院の職員を横目にみんなの衣服を洗っていると、隣から声をかけられた。


 声をかけてきたのはセイタであった。


 彼は私の一つ年下であり、ここで一番年上の男子である。


「おい、ちょっとコッチ来い」


「なに?忙しいんだけど」


「いいから来い!!」


 彼は私の手を引っ張り、部屋の隅まで連れて行く。


「ホントに何よ?」


「コレ見ろ!!」


 セイタは一枚の紙を私に見せる。


 読めない漢字が多数あったが、少しずつ職員の捨てた新聞を漁って学んだ言葉を当てはめる。


「十二歳……ぎた子…は……市…に売……」


 断片的な情報から大まかな内容を予測する。


 恐らく、ここで誰にも引き取られず大きくなり過ぎた子供は売られるといった内容だろう。


「大丈夫だって」


 私は恐怖を殺す。


 だって、一番上の私が怯えるわけにはいかないから。


「そ、そうだよな。悪い、俺の早とちりだよな」


 その会話から月日は流れ、私の年は刻一刻と十二に迫っていた。


 みんなの世話をしたり、みんなと遊んだり、毎日同じことの繰り返し。


 だけど、日々の小さな隙間で私の恐怖は確かに育っていた。


 そしてある日、私の中で何かの糸が切れた。


 突発的な衝動に駆られ、孤児院を飛び出した。


 後先なんて考えず、ただ見えない恐怖から逃げるように。


 走って、走って、走り続けた。


 どれぐらいの時間が経ったのか。


 辺りは黒一色と化していた。


 私の頭を冷やすかのように雨も降り出す。


 ああ、私はこれからどうすればいいのか。


 どこへ行けばいいのか。


 みんな心配してるかな。


 雨が止むまで橋の下でうずくまり、ただそんな事を考えていた。


 纏まらない思考を放棄し、私は眠りにつきかけていたその時、近くに黒い車が停車した。


 その車から人が数人降りてくる。


 何か話しているが聞こえない。


 きっと私を捕まえに来たんだ。


 もう一生会えないなら、きちんとお別れを言って出てこればよかった。


 後悔が私の目頭を熱くさせる。


 人が近づいてくる気配がした。


「おう、大丈夫か。嬢ちゃん」


 髪と髭が白い老人が私の目の前に居た。


 この時が私と与田権蔵との最初の出会いだ。


「ゴンさん、また増やすんですか」


 隣に立っていた男性が呆れたように問う。


「うるせぇ。嬢ちゃん、良かったらウチに来ないか?」


「私はいいから、私の家族を……孤児院の子達を助けてあげて」


 あの子達が平穏な生活が保障されるなら、私に思い残すことはない。


 体力が空になった時点で、私は死ぬことを覚悟していた。


 もう何も怖くない。


 あの世に待ち人はいないが、セイタや他のみんながしっかり年老いて、大切な人に囲まれて亡くなるのを気長に待つことにしよう。


「ガキが一丁前に覚悟決めた顔してんじゃねーよ。ワシに任せとけ、お前ら全員ウチに迎えてやる」

 

「え……」


「コイツを車に運び込め」


「あいあい」


 男性が私を抱えて車まで移動する。


 与田権蔵も乗り込んだところで車が発進する。


 どこに向かっているのだろうか。


 ただ窓の外を眺めている内に私は眠りに落ちた。


 車が停止するのを感じ取り、私は目を覚ます。


 そこには古そうな木造建築の建物が、年季ゆえの威圧感を放って建っていた。


 私は車から降ろされ、言われるがままにその建物へと足を踏み入れた。


「ここはワシの道場、荒波道場だ」


 「あらなみ」の漢字が私の頭では変換も理解も出来なかった。


「おかえりー」


「ゴンじい、おかえりー」


 扉の開いた音で気づいたのか、奥から四人の子供が姿を見せる。


「ただいま。あと裕太、『ゴンじい』じゃなく『師範』と呼べといつも言ってるだろう」


「やだよー」


 その光景を見た私は思わず顔が綻んでしまう。


 大人と子供がこんな風に楽しそうに会話をしている。


 そしてここの子たちはみんな、あの孤児院では絶対に見れない種類の笑顔を容易に見せる。


 無意識に私はここでの生活を妄想する。


「騒がしくてすまねぇな、嬢ちゃん」


「……惰輝です」


 与田はしばらく私の顔を見つめ、そしてニカッと笑う。


「そうか。それじゃあ惰輝、お前さんの話を聞かせてくれ」


 私は静かに頷き、全てを話した。


 孤児院の状況、売られるかもしれない話、とにかく知っていることを全部話した。


 そして聞き終えた与田は笑って一言、「任せろ」と言った。


 翌日、与田は私を連れて車で孤児院に向かった。


 与田は孤児院のインターホンを鳴らす。


 中から気怠げに職員の男が一人出てくる。


「ここのガキどもを全員引き取りたいのだが」


「あー、すんません。もう引き取りてが決まってまして」


 与田の後ろに隠れていた私は彼のズボンの裾を握る。


 嘘に決まっている。


 きっとみんなを高額で売れる目処が立ったからそんな事を言っているに違いない。


「そうかそうか、そりゃ仕方ないのう。金も五億ほど持ってきたんだがのう」


 職員の目の色が変わる。


「そういえば、この前の話は水に流れたのを忘れていました」


「そうなのか」


「引き取りについて中でお話をしましょう。その子も含めて」


 ここで初めて職員の視線が私の方に移る。


 その後は早かった。


 職員は私の分のお金も取りたかっただけで、私個人に何の興味も無いようだった。


 孤児院の子達も私が少し話すとすぐに孤児院を出て行くことを了承してくれた。

 

「私達のためにあんなにお金を……、本当にありがとうございます」


「子供がそんなこと気にするな。ワシはただ家族を取り戻しただけだ」


 そしてまた笑う。


 私はその笑顔がとても好きだった。


「それに、棺桶に金は持って行けねぇからな」


 そう言い、私の頭を撫でる。


「さあ、家に帰るぞ」


「うん!」


 全員が車に乗り込んだところで発進する。


 車内ではみんな不安を隠しきれずにいる様子だった。


 それを感じとった与田は「しりとりでもするか」と提案する。


 最初は単語が出ては沈黙を繰り返していたが、道場に着く頃には車内は笑い声が響いていた。


 道場に入り、最初から居る子たちとの顔合わせも終える。


 そしてその日の夕食を囲む時にはまるで最初からここの子であったかのように感じる程、仲が深まっていた。


 翌日からここでの生活が始まった。


 みんなで料理をしたり、道場での稽古、漢字や計算の勉強、初めて人間として生活している実感が強く感じられた。


 与田は二日に一回家を空ける日がある。


 最初は居ないことが寂しく感じることも多かったが、ここでの生活に馴染み、家族との仲が深まってからは与田の帰りが楽しみになった。


 そんな生活が三年ほど続いていたある日。


「少し待て、つまり惰輝もそうなのか」


 食事の準備が出来たことを知らせるため、与田の部屋を訪れた際に与田が誰かと電話しているのを聞いた。


「……ねと同じなのか」


 私はあまり内容は聞こえないが、与田の表情を見て言葉に出来ない不安に駆られた。


 気づけば私はその場から立ち去っていた。


 翌日、昨日のことを与田に聞きたかったが生憎その日は道場を空けている日だった。


 そしてその日が、全て終わった日でもあった。


 私は買い物袋を提げ、道場までの帰り道を歩いていた。


 今日は少し凝った物を作ってみようか。


 夕食のメニューの手順を考えながら歩く。


 いつもの公園を右に曲がると道場の入り口が見えるのだが、何やら見慣れないスーツを着た人が大勢立っていた。


 様子を伺うために一度電柱の影に隠れる。


「……もいません」 


「コイツ……も…ない」

 

 距離が遠く、話し声があまり聞こえない。


 最近こんな事ばかりだ。もう少し耳が良ければと思う。


「なかなか退かないな」


 そろそろ夕食の支度のために道場に入りたい。


 しかし、人混みを分けて入ることも考えたが、私はその勇気を持ち合わせていなかった。


 どうしようかと頭を悩ませていると、大人のものでは無い一際大きな声が聞こえた。


「やめろ!!話せよ!!」


 セイタの声だ。孤児院の頃から聞き続けてきた声を私が間違えるはずもない。 


 私はスーパーの袋をその場に捨て、道場の入り口に向かって走り出す。


「セイタを離せ!」


 私はこの三年間で習った「神凪流」の構えをとる。


 しかし、体格差、実戦経験、そして相手を傷つける覚悟、その全てを上回る相手に勝てるはずもなく。


 あっけなく地面に伏す。


 倒れた私は道場の家族と目が合う。


 首だけの家族と。


「嘘……、ねぇ、みんな、ねぇ、うぅ……おぇぇぇ」


「コイツじゃねえですか」


 若い男が私の首元を掴んで持ち上げる。


「間違いない。ボスがお探しなのはソイツだ」


「やーと見つけた」


「後は処理班に任せて帰るぞ」


「あいあい。お、噂をすれば処理班が来たみたいっすよ」


 一台の黒い車がこちらに向かって来る。


「うちの車ってあんなにボロボロでした……っけ!?」 


 その黒い車は一切の減速なしに、私達の方へと突っ込んでくる。


 それを回避しようと、男が私を掴んでいた手を離す。


「惰輝!!大丈夫か!!」


 聞き慣れたその声に私は泣き始める。


 車から与田と道場によく出入りしている人達が降りてくる。


「もう心配ない。ここはワシらに任せとけ。だから惰輝は隠れていろ」


 泣きじゃくっている私は公園の方へと駆け出す。


 私は道場での稽古で与田が強いことを知っていた。


 何度も教えてと頼んだ神凪流八式というのも会得しているからきっと大丈夫。


 だから私は隠れて待っているだけで良いんだ。


 そう自分に言い聞かせ、公園の遊具に隠れる。


「きっとすぐに私を呼びに来てくれる」


 だが、どれだけ経っても私を探す者の声は聞こえなかった。


 恐る恐る、道場の様子を見に行く。


 そこで目にしたのは、昨日まで私達が笑い合っていた場所とは思えない光景が広がっていた。


 立っている人間が誰も居ない。


「ミカ、サヨ、セイターーー!!」


 知っている。ついさっき皆んなの生首を目にしたところだ。


 だけど呼び続ける。神に祈るように。


 今まで一度だって助けてくれなかった神様とやらが、今回だけは皆んなを……。


 止めよう。


 馬鹿みたいだ。


「だ……き…」


 奥の部屋から、微かだが確かに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 急いで向かう。


 まだ、助かる可能性があるかもと。


 そこに倒れていたのは与田権蔵だった。


「ごめんな、ごめんな」


「どうして、どうして謝るの!?」


「ワシがお前を後回しにしたせいでこんな事に」


「どういうこと!?ねぇ、私が原因なの!?」


「真紅会の名に……かけて…」


 与田同様、かろうじて息があった男が私に拳銃を構える。


「危ない!」


 そう言い、与田は最後の力で私に覆い被さって守る。


 しかし与田への被弾は免れず、彼の頭蓋骨に弾丸が穴を開ける。


 そして撃った男もそれきり動かなくなる。


「あぁ……、私のせいなのか。私がここに来たから……」


 何も聞けず、何もわからないまま。


「あははははははははははははははははははは」


 私は最初から人と深く関わってはいけなかったんだ。


 あの孤児院で静かに死ぬことが正しかったんだ。


「仙河惰輝だな」


 後ろから声をかけられる。


「与田権蔵から連絡があり、お前を引き取りに来た」


 私はその場で死ぬ気だった。最初から与田がいなければ無かった命だから。


 自分の家で皆んなと眠りたい。そう思っていた。そう思うように自分に言い聞かせた。


 だけど、頭から「真紅会」という言葉が離れない。


 忘れてはいけない、復讐のための唯一の手がかりだと本能が訴えかける。


 気づけば、その男の後ろを歩いていた。


 生き残るためには、今はそうするしかなかったから。


 後に知るのだが、どうやら与田は裏社会とかなり深い関わりがあるらしく、その日から私は中堅マフィアである「孤高組」の一員となった。


 基本的に言われたことを守って、頼まれたことをこなしていれば孤高組での暮らしに不自由はなかった。


 だけど、ここでの暮らしを受け入れることも出来なかった。


 ここは私の家ではないから。


 孤高組で過ごしながら真紅会について探ることが手詰まりになってきた頃、私宛てにマフィア学園への入学依頼が届いた。


 新たな手がかりが手に入るチャンスだと思った。


 そして入学してすぐ、空閑と宝条喧嘩を見てピンときた。


 空閑の動きは神凪流を軸にして作られている動きだと。


 どうにか彼と二人きりになる機会を伺っていると、親睦会が開かれる事になった。


 私が空閑を道場の人間として探っていることがバレないよう、道場での修行を全て終えると貰えるどんぐりのペンダントを外して親睦会に出向く。


 そして親睦会に酒を持って行き、空閑以外が酔い潰れる、もしくは酔い潰れた空閑が口を滑らせるのを狙うことにする。


 後は知っての通り、私の部屋に泥棒が入って、色々あって今に至る。


※※※※※


 全て話し終えた私はペットボトルの蓋を開け、中身を流し込む。


「思えば、師範が二日に一回居なかったのは空閑の所に行ってたんだね」


「そう……だね。僕が物心ついた時から爺ちゃんは二日に一回しか家に居なかった」


「空閑は師範が居ない日はひとりぼっちだったのか?」


 空閑は首を横に振る。


「姉さんが居たから一人じゃなかったよ」 


「そうか……。今も元気なのか?」


「うん……」


 私は他人の家族でさえ羨ましく思ってしまうのか。


 我ながら自分が情けない。


 昨日の親睦会だって、空閑と接触するために参加しただけなのに……。


 気づけば他人同士が家族のように同じものを食べている光景が愛おしく、そして楽しく感じていた。


「悪かったな、お前を疑って」


 空閑は気づく。仙河は気怠げに見えるのも、「面倒くさい」とよく口にするのも、人との関わりを深くしないための自己防衛なのだと。


 余計なお節介かもしれない。だが、空閑は口にする。


「僕を仙河さんの家族に入れてくれないかな」


「何言って……」


 空閑の真剣な眼差しで、私は言葉が詰まる。


「与田権蔵の門下生で同じ釜の飯を食べた。これだけじゃ君の家族に入れないかな」


「えっ……と」


 私の戸惑いに躊躇うことなく、彼は続ける。


「仙河さんの弱音を吐き出せる人間に僕はなりたい。クラスのボスとしてじゃない、君の家族として」


 そんな恥ずかしい事をよく堂々と口にできる。


 しかし、その恥ずかしい言葉にひどく惹かれてしまっているのも事実だった。


「お前は、私の前から消えたりしないか?」


 口から出た幼稚すぎる質問に自分で驚く。


「ごめん、やっぱり何で……」


 私が慌てて取り消すよりも先に、空閑が返事をする。ただ短く「うん」と。


 その短い返答が、荒波道場の仙河惰輝としての人生を再開していいと言ってくれているような気がした。


 あの日以来の涙が目から溢れる。


「君は全てを失った訳じゃない。まだ僕が残っている、そう思ってくれると嬉しい」


 きっと私は一人で背負うのが辛かったんだ。


 誰かに一緒に支えて欲しかったんだ。


「これからよろしく、兄さん」


 私は空閑に胸に飛び込む。


 久々に直で感じる人の温かみは、私の中で(わだかま)っていた何かをゆっくり解いていく。


 空閑の服が私の涙で濡れていく。それを彼は嫌がる様子もなく、ただ私の背中をさする。

 

 どれほど泣いていただろうか。気づけば空はオレンジ色に染まっていた。


「落ち着いた?」


「うん」

 

「そろそろみんなの所に戻ろうか」


 かなり時間が経過していたようで、私と空閑のスマホには大量のメッセージや着信が来ていた。


 教室を目指して二人は歩き出す。


「仙河さん、近くない?」


「いいじゃん。それと、妹に向かって苗字呼びは変だよ」 


「それもそうか。じゃあ惰輝」


 何の躊躇いもなく呼ぶ事が私は嬉しかった。昔からずっと呼び合っていたように感じられて。


「なに、兄さん?」 


 空閑はなぜ自分が兄なのかは分からないが、惰輝が満足そうなのを見て聞くのを辞める。

 

「いや、何でもない」

 

「そっか」


 教室までの短い道のりを、二人はゆっくりと、ただ黙って歩いた。


※※※※※


 昨日は寝つきが悪く、いつもより大幅に遅い時間に部屋を出た。


 通学路を普段は朝早くに通るため、人通りが少ないのだが今日は多い。


 まぁ、こんな日もあると自分に言い聞かせる。


 しかし、学校に近づくにつれて明らかに人の量が増えていく。


「あれヤバくない」


「ダサすぎ」


 何やら騒がしい。


 人混みをかき分け、人の最も多い場所にたどり着く。


 そこには、木に縛り付けられた三人の生徒がいた。


 そして三人はそれぞれ首から看板を下げており、全員の看板で一つの文が完成していた。


『我々は サンドバッグです ご自由に利用ください』


 気絶し、アホ面で縛り付けられているものの、僕様のクラスであるZクラスの生徒であることは分かった。


「クソが」


 この場に銃があれば即刻射殺しているのに。


 無能でかつ不要な生徒をあぶり出すことができたのは良かったが、処分が少々厄介だ。


 無視して一度教室に向かおうと、体を翻したところで声をかけられる。


「才木君、これ要らへんのやったら僕がもろてもいい?」


 そこに立っていたのはYクラスの生徒だった。


 最近X、Yクラスの生徒は制服にアレンジをしているためにすぐに判断がつく。


「好きにしろ」


「おおきに。Xクラスに負けてイラついとったんよ」


 そう言い、三人に近づく。


「あー、才木君。もうちょっと愛のある育て方せんと」


「は?」


「愛ってええで。愛って心臓なんやで」


 何を言っているか、全く理解ができない。


「まあ、ええわ。次からもっと愛を意識しいや」


 それだけ言い残し、その場を去ろうとする。


「おい、コイツらどうす……る」


 三人の首から血が噴き出す。


「処分よろしゅう」


 その男はいつから刀を持っていたのか。


 また、いつ切ったのか。


 僕様の頭でさえ、理解できなかった。



 


 


 


 

 




 


 


 


 




 

 


 


 



 



 


 







 






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