9話
私は二人の人を乗せた台車を押して、学園の端のほうまで来ていた。
南倉庫の前に着く。
「おーい、着いたけど」
真っ暗な倉庫の入り口に声を投げかける。
しばらくして返事くる。
「そのまま入って来い」
「罠な気しかしない」
しかし、ここで戻るわけにも行かないため意を決して進む。
体感では倉庫の中心ぐらいまで来たであろうか。
室内が暗闇の覆われているため、満足に自身の位置も把握できない。
だが、人の気配が複数あることだけは確かだった。
突然、倉庫内の照明が光を放つ。
気づくと台車に乗せていたこちら側の人質はどう質量ほどの重さの別の物にすり替えられていた。
「よく来たね」
「さっさとペンダントと子どもを返しな」
「まあ、そう焦るな」
そう言うと男は指を鳴らす。
「パチンッ」と軽快な音と同時に、私を複数の生徒が包囲する。
そんなことであろうと思った。
「クックックッ、Jクラスらから金を奪い取れると話したら快く協力を了承してくれたよ」
ざっと数えて十人弱といったところ。
普段の私なら楽勝であるが……。
「その場から一歩でも動いて見ろ。このガキとペンダント、両方を粉々にしてやる」
「んーー」
口を塞がれた子どもが、首元にナイフを突きつけられ泣いている。
今すぐにでも助けたいが下手に動けばあの子が怪我をする。
「全員、かかれーーー!!」
どうやら私が打開策を考える時間すら与えてはくれないようだ。
一歩も動かずに相手の攻撃を流す。
私が使う拳法の流派は反撃技が多いことが功を奏して、時間は稼げている。
「何をもたもたしている。さっさと拘束して俺の下へ連れて来い!!」
かと言って、何か妙案を思いつくわけでもなく。
ただ時間だけが過ぎていく。
「もういい。ひとまずこのガキの指を一本切り落とす」
子どもの後ろにいた生徒からナイフを奪い取る。
「お前も攻撃に加われ」
さらに相手取らなければならない人数が増える。
しかし、あの子の身に危害が加わることが確定した今、アイツの決めたルールを守っていても仕方がない。
仕方がないのは分かっているのだが、距離が遠すぎる。
だけど、未来あるあの子の大切な指を切り落とさせるわけにはいかない。
私は目の前の生徒をねこだましで怯ませる。
その一瞬の隙で距離を詰めようとする。
「動いたなーーー!!!!」
その時を待っていたと言わんばかりにナイフを振り上げる。
私は悟る。
自身の身体能力だからよく分かる。
絶対に間に合わないと。
こんな事なら、大人しくペンダントが売り飛ばされるまで待って、買い戻せば良かった。
関係のない、子どもまで巻き込んでしまうなら。
「やめろーーーーーー!!!!!!!」
倉庫に轟音が響く。
天井に穴が空き、上から人が落ちてくる。
そのままその人物は、ナイフを持った男の頭を地面に叩きつけた。
「大丈夫?仙河さん」
落ちてきた人物は空閑政宗だった。
「間に合ってよかったよ」
「どうして……」
「食満さんと監視カメラを見ていたら、倉庫に予想以上の人数が入っていくから。これは助太刀が必要かなと思って」
「助かった」
空閑はペンダントを拾い上げ、一瞬固まる。
しかしその後、何事も無かったかのように私に話しかける。
「戻って来て良かった」
そして満面の笑みで、私の手のひらにペンダントを置く。
「ありがと」
ペンダントを首にかけ、服の中に仕舞う。
子どもの口のガムテープをゆっくり剥がす。
私は膝を折り、囚われている子どもと同じ目線で話しかける。
「もう大丈夫だよ。ここは私とあのお兄ちゃんが何とかするから」
空閑が後ろに回って手と足の拘束を解く。
「君は今朝の少年だね」
「あ、風船の兄ちゃん!」
「知り合いなの?」
「そのへんの話は、まずここを片付けてからにしようか」
私と空閑は並んで構える。
「合わせるから好きに戦っていいよ」
「……わかった」
私は前から迫ってくる複数の生徒を、「神凪流」の技で返り討ちにする。
そもそも「神凪流」とは、ただ静かに待ち、近寄る者をまるで音楽の中で舞っているかのように全身を最大限に動かして反撃をする武道の流派の一つである。
基本的には動きが大きくなる上に反撃技が多い流派であるため、共闘に不向きであることこの上ないのである。
しかし、驚くことに空閑政宗は私の動きに的確にリンクしていた。
今までの戦闘の中で、私がこんなにも戦いやすいと感じたのは初めてだった。
ここで私は確信する。
彼も、「神凪流」を習得していると。
「これで最後かな」
空閑が最後の生徒を気絶させる。
あっという間に全て片付いてしまった。
「これで一段落か……」
「うおおおぉぉぉお!!」
私の知り合いを語る犯人が突然立ち上がり、私に向かってくる。
「やっぱりお前が好きなんだぁぁぁあ!!」
手には何も持っていない。
「俺を好きにならねぇなら、そいつと一緒に殺してやる!!」
私の背中に悪寒が走る。
そして思い出す。
私が拾われたマフィアのボスが用意した、あの日のお見合いを。
始終カッコ悪く、私を気持ち悪い視線で見ていた藤崎亮太のことを。
私が反撃するよりも先に、空閑が腹を蹴る。
「グヘェ」
藤崎は吹っ飛ぶ。
武器も無しに、どうやって殺そうとしたのだろうか。
意識が飛びそうな藤崎に私は言う。
「私、この人と付き合ってるから」
私は親指で彼を指さす。
空閑、藤崎の両名の目が見開かれる。
そして藤崎はそのまま意識を失う。
「いい絶望の顔して倒れてる」
「またなんでそんな嘘を」
「空閑が彼氏ならコイツもこれ以上ちょっかいかけてこないだろ」
「そういうことね……」
「殺しを禁じた空閑が悪い」
「それは……そうか。でも後々困った事にならない?」
「私、恋愛に一切の興味ないからいいよ」
「そっか。じゃあ、精々仙河さんの隣を歩いても恥ずかしくない男を目指すよ」
私は出口に向かって歩き出す。
空閑は私の後ろで他のみんなに電話で作戦終了を伝えている。
倉庫の扉の隙間から春の暖かな日差しがのぞく。
もう午前の授業は間に合わない。
私は空閑のほうに向き直る。
「少なくとも私の隣に居る権利は満たしてるよ」
「ごめん、なんて?」
空閑の肩には子どもが乗っていた。
「兄ちゃん号、発進!!」
どうやら聞こえていなかったようだ。
それで構わない。
私もどうしてそんな事を言ったか分からないから。
「ほら、馬鹿やってないで帰るよ」
「ウィーン」
「いけー」
一人で先に戻るのもめんどくさい。
一緒にダラダラと戻るとしよう。
「兄ちゃん号、飛行モード!!」
「えぇ!?」
「ほら空閑、飛んでやんな」
空閑は高くジャンプをして、子どもを喜ばせる。
そんな事をしている内に気づけば学園の校門前まで来ていた。
「ここから一人でお家に帰れる?」
私は問う。
「うん!!」
少年は元気よく答える。
そして一言「あっ」と言うと、何かを思い出したようにおもむろにポケットを漁る。
「これ返すよ」
少年の手にはボールペンが握られていた。
「母ちゃんが返しに行きなさいってうるさくて」
空閑が地面に膝をつき、少年と目線を合わせる。
「ごめんな、僕のせいでこんな怖い思いさせて」
空閑の目には薄っすらと涙が滲んでいた。
こんな事で泣くのか。
自分が少しでも関わった者が、少しでも不幸になっただけで涙が流れる。
彼への評価を改めないとな。
私が疑ってるような人ではないのかもしれない。
だから、落ち着いたら面と向かって話をしよう。
空閑がどんな人間だったとしても、その後の事はその時に考えればいい。
だって、今から考えたって面倒なだけだ。
「なんで兄ちゃんが謝るのさ。母ちゃんがいつも言ってるよ」
少年は空閑の頭を撫でる。
「大事なのは結果。終わってしまえば過程はただの過去でしかなくなる、って。俺は何も怖い思いなんてしてないから兄ちゃんと姉ちゃんは胸張って俺のヒーローでいたらいいんだよ」
これが子どもなりの気遣いなのであれば、よく出来た子ども過ぎる。
「そっか。うん、ありがとう」
「じゃあ、俺そろそろ帰らないと」
私は少年に向け、「またね」と言いかけたところでここの三人以外の声が割って入る。
「ちょっと待ったーー」
地面の砂ぼこりを巻き上げ、その人物は私達の前に滑り込んできた。
その人物は不思議な形をしたヘルメットを持っており、来るやいなやそれを少年にかぶらせる。
「うわぁ!!何これ?」
「獅子堂校長!何をするつもりですか?」
「スイッチ、オーン!!」
私の質問に答えるよりも先に、獅子堂は謎のヘルメットの電源ボタンらしき物に触れる。
「ううぅ、あああああああ」
少年はうめき声を漏らす。
それを見かねた空閑が少年に駆け寄り、ヘルメットを外そうとする。
私も手伝おうと近寄った瞬間、地面が視界に急接近する。
気づけば私と空閑は獅子堂に頭を地面に押さえつけられていた。
「ダメだよー、そんなことしちゃ」
「そもそもあの被り物は何なのですか!?」
「あれはね、記憶消去装置だよ」
言葉は依然として軽いにも関わらず、私達を押さえる手が緩まる気配がない。
「どうして、そんなことを」
空閑が地面に手のひらを着け、起き上がろうとする。
「どうしても何も、こんなヤバいことが一般人に知られて言い訳ないじゃーん」
「そもそも、記憶を消す装置なんてこの世に存在するのか?」
私は尋ねる。少しでも獅子堂の気をそらすために。
「甘いなぁ」
押さえつける力が一層強くなる。
私達の顔に小石がめり込む。
「クッ」
「お前ら餓鬼が知ってる程度の常識で世界を語るなよ」
チーン。
突然、間抜けな音が鳴り響く。
「お!終わったみた〜い」
獅子堂は私達を解放し、気絶している少年に近づく。
「この子はボクが家に帰すから、君たちも寮に戻ってね〜」
「で、でも……!!」
私が歯向かおうするのを空閑が止める。
「獅子堂校長、本当に記憶を消して家に帰すだけなのですね?」
「そうだよ、記憶消去の際の後遺症はないしね」
「仙河さん、教室に戻ろう」
私達は獅子堂の言う事を信用するしかないまま、その場を立ち去った。
※※※※※
「ただいま戻りました……ってボスはどこ行った?」
宝条が見張りを終え、教室に戻って来た。
「それが分からないのー」
食満がパソコンの画面に視線を落としながら答える。
「突然、監視カメラの映像へのアクセス権限を失っちゃってー、私も困ってるんだー」
「この感じ……なるほど、僕たちの行動は誰かの手のひらの上のようだね」
「八十五パーセントの確率で獅子堂深月だろう」
「僕もそう思うよ」
鳥金と計良の意見が一致する。
「食満、ボスが最後に居た場所は分かるか?」
「うーんとね、仙河っちを助けに南倉庫に乗り込んだところまでは映ってたんだけどねー」
「十分だ」
そう言うと宝条は脱いだ制服の上着を着直し、教室を出ていく。
それの後を追って、鳥金が教室を出る。
「南倉庫に行く気でしょ。僕も一緒していいかな?」
「好きにしろ」
しばらくして、二人は南倉庫に到着する。
中に入ると、大勢の生徒が気絶して転がっていた。
「誰も死んでないから、やったのは空閑君かな」
「ボスだろうな」
空閑が居た痕跡を何気なく探していた宝条は今回の犯行の主犯を見つける。
「ここでこの三人全員が倒れているって事は、ボスはもう時期教室に帰還なさるだろう」
「だね。入れ違いになったのかも」
「それにしてもコイツら、本当に迷惑かけやがって」
「あ、そうだ」
鳥金は携帯を取り出し、電話をかける。
「もしもし未来ちゃん……、うん……、オッケー」
「どうしたんだ?」
「彼らの身元を未来ちゃんに特定してもらったんだよ」
「へー、それで」
「ここに居る生徒全員、Zクラスだよ」
宝条は大きなため息をつく。
「どれだけ俺たちに迷惑かけるんだよ」
「ちょっとした仕返しでもしようか」
「鳥金テメェ、案外悪だな」
「何言ってるのさ、僕は生まれつきこうだ」
宝条と鳥金は悪い笑みを浮かべた。