1話
20XX年、突如として目的不明のヤクザや反社会組織による大規模な暴動が日本各地で行われた。
大勢の各地の警察が沈静化に導入されたが、三日が経過してなお収まる気配もなく、警察側に死者もで始めた。
そこで日本の現総理、小鳥遊榊は一つの大きな決断を下した。
「奴らに連絡だ……」
「し、しかし総理!」
「誰がこの騒ぎを止められると言うのだね!」
この判断が、後の日本に多大なる影響を与えることとなる。
小鳥遊総理が連絡を取ったのは「マフィア」である。
ヤクザや反社会組織と大きな違いが無いように聞こえる人が大多数だろう。
しかし、小鳥遊総理が言う「マフィア」は20YY年以降から日本の裏で国のための汚れ仕事を行ってきた組織を指す名称である。
マフィアの登場により、一時間足らずで各地の暴動は収められた。
だが、どこの時代にも自分の命よりも特ダネを優先する記者やレポーターは居るもので、暴動の沈静化の様子がテレビやインターネットで拡散されていった。
多くの疑問の声が国民から上がり、小鳥遊総理は最初こそ誤魔化しを試みたが、最終的に「マフィア」の存在を明言し、一つの職業として認める宣言をした。
当然のように批判の声が飛び交い、為す術はないかと思われていた小鳥遊総理は、大きな賭けに出ることに。
「国民の皆様にマフィアについて知っていただき、理解を深めてもらうために、私はここで『高度マフィア育成高等学園設立計画』を立案いたします!」
高度マフィア育成高等学園設立計画とは、国の予算で設立された学校、マフィア高等学園に現マフィアの子息や養子を入学させ、信頼できる者による正しい教育で社会に溶け込めるマフィアを育てる計画である。
後に、この一連の出来事を「表裏混合事件」と呼ばれることとなる。
※※※※※
軽快な目覚まし時計のアラームが、僕を夢の世界から引きずり戻した。
「ふぁ~、ねむ……」
嫌がる体を無理やり布団から引きずり剥がす。
うざったい中学生活を終えた僕は、姉との二人暮らしを支えるためにバイトを探し始めようと思っている。
まだノープランだけど。
「あ、おはよう政宗。朝ご飯もうできてるよ」
「ありがとう、姉さん」
幼い頃に交通事故で両親を亡くした僕たちは祖父の家で幼少期を過ごしたが、中学二年生の夏に祖父とは死別し、家は取り壊されるとのことだったので、少しの遺産と共に姉さんとこの街に引っ越して来た。
狭い1K4畳のボロアパートの一室でそれなりに楽しく暮らしている。
だけど、姉さんの毎日働き詰めの努力によってこの生活が成り立っているのも事実だ。
だからこそ、義務教育を終えた僕がバイトして少しでも姉さんを楽にしてあげたい。
「何をぼーとしてるの?冷めるよ」
「あ、うん。いただきます」
「そう言えば政宗に手紙が届いてたよ」
「誰から?」
「国からだって」
「国?」
僕は朝食のトーストを口に咥えたまま、封筒を手で乱雑に開封する。
「内容は何だった?」
『空閑政宗様へ
あなたはマフィア高等学園の第一期生に選出されました。余程の理由が無い限り、入学は義務とさせていただきます。
入学についての注意事項
・日常生活は学園内の寮で行ってもらいます
・入学金等は必要ありません
・食費といった追加のお金も必要ありません』
敬語を使ってはいるが、国からの書類とは思えない程の拙い文章が並んでいた。
「家にテレビも無いから知らなかったけど、完成してたんだね」
「姉さん、これ義務だって」
「そんなの適当な理由つけて行かなきゃいいのよ」
「いや、僕は行くよ」
「え、どうしてよ!?そもそもこの学校に招待されるのは現、もしくは元マフィアの子供なのよ。あなたは関係ないじゃない。きっと何かの手違いよ!」
姉さんが勢いよく立ち上がり、コップがグラつく。
「手違いならラッキーだよ。衣食住が全部付いてるから、姉さんの負担を減らすことができるからね」
僕は強がりがバレないよう、にんまり笑い、親指を立てた。
「何言ってるの!マフィアなんて危険に決まってるじゃない!」
「姉さんに少しでも楽してもらいたいんだ」
「でも……」
「きっと大物マフィアになって、高級な中華料理を食べさせてあげるよ」
「覚えてたんだ、私が中華が好きってこと」
「当然だよ」
姉さんは大きく息を吐く。
「仕方ない。頑張るんだよ」
「うん」
「でも、入学までの少しの間だけは、姉ちゃんにしっかり甘えるんだよ」
そう言って僕の頭を撫でる。
きっと、これが姉との二人暮らしをしている中学三年生の『普通』の判断のはずだ。
※※※※※
旅立ちの日。僕は鏡の前に立ち、相変わらず普通の顔と長めの前髪の自分を見ながら服装を整えていた。
制服は向こうで渡されるらしいので、今は私服だ。
「ハンカチ持った?」
「うん」
「ティッシュは?」
「持ったよ」
「後はえーと……」
「大丈夫だよ、姉さん。次はいつ会えるか分からないけど、行ってきます!」
「あっちでも普通ぐらいで頑張るのよ」
僕は姉さんが見えなくなるまで手を振りながら、桜色の道を歩いてバス停に到着し、停車していたバスに乗り込んだ。
しばらくバスに揺られていると、目的の場所が見えてきた。
一期生の入学式なのにメディアや記者が一人も見られないのは既に一般公開した後だからなのだろうか。
僕はバスを降り、校門前に立つ。
思わず感嘆の声が漏れ出てしまうほど立派な学園だった。
国民の血税を大量に使っただけあるな……なんて思ってしまう貧乏な僕。
「門前で突っ立ってんじゃねえよ!」
僕の肩に強い衝撃が走る。
肩同士がぶつかったと思ったが、相手は思いの外身長が高く、僕の肩と相手の二の腕が衝突したようだった。
謝罪をすべきなのか、はたまた、マフィア的には「オラァ!」などと暴言めいた言葉を口にするべきなのか。
僕が真剣に考えている間にぶつかった当の本人の姿は見えなくなっていた。
なので考えるのを辞めて、人の流れに乗って学園の講堂に向かった。
講堂に着き、指定された席に座って待っていると、壇上に僕と同じぐらいの身長の子供が現れた。
「あ……ああ、えーとどうも、学園の校長です!」
中性的な顔立ちと幼い声によって、校長だと言われてもまったくピンとこない。
しかし周りがざわめく様子がなかったことに驚く。
「皆知ってると思うけどー、一応『ウロボロス』の頭やってる獅子堂深月だよ。よろしく!!」
全く知らない、その皆に僕は含まれていないようだ。
「まぁ、祝の言葉はこれぐらいにしておいて、学園のザックリした説明をするよー!」
祝われた実感が一切無いままに、説明が始まる。
「まず椅子の下のトレーから制服とスマホを取り出して。そのスマホはこの学園の大切なアイテムだから失くさないでね!!」
今まで公衆電話でしか電話をしたことがない僕にとって(しかも一回だけ)、この黒い長方形の板が貰えるだけでこの学校に来た意味があったというものだ。
「じゃあ男子はあっち、女子はそっちの部屋で制服に着替えてねー」
制服の袋を開け、早速着替えてみた。
うん、スーツだ。
白いワイシャツとネクタイの赤色以外、全て真っ黒だった。
マフィアも案外、スーツといった見た目にこだわるところがあるようだ。
着替えを終え、もう一度同じ席で女子を待つ。
ちなみに戻って来た女子を見ると、制服はスカートではなく男子と同じズボンスタイルだった。
「次に今持ってるスマホや財布、武器などの貴重品は全部そのトレーに入れちゃって!」
なけなしの小銭が入った財布を名残惜しくトレーに入れる。
武器なんて持っているはずもないが、持っているのが『普通』のようだったので苦し紛れに筆箱に入っていたハサミを入れておいた。
周りを見るとトレーに拳銃を入れている者もいれば、ガトリングにトレーを乗せて、入れた気になっている者もいた。
一体そのガトリングどこから出てきたのだろうか。
すると突然、僕の前の座席から怒声が上がった。
「おい!武器も取られるなんて聞いてないぞ!!」
周りがざわめく。
「獅子堂さんに歯向かったぞ」、「アイツ死んだな」などと、ヒソヒソ聞こえてくる。
「いや、そういう規則だから」
獅子堂は面倒くさそうに返事する。
「知ら」
言葉を発せ終える前に、轟音が講堂内に響いた。
気がつくと、僕の右足の真横には弾痕と肌色の餃子のようなものが落ちていた。
「話を聞かない耳なんて必要ないよね」
そう発する彼の笑顔を見て、恐らく全員が冷や汗を流しただろう。
それは拳銃による恐怖ではなく、誰も獅子堂が拳銃を取り出したことも、発砲したのでさえ目で捉えることができなかったからだ。
「皆勘違いしてるみたいだけど、ここでは命の保証なんて無いからね。学校のカリキュラムはギリギリ死なない程度に作られてるけど、生徒同士の殺し合い、教師の機嫌による殺害、この辺は後処理さえしてくれればいくらでも黙認するからさ。学校舐めんなよ」
怒鳴った生徒は完全に萎縮したようで、耳を抑えながら黙ってもう一度着席した。
「はーい、皆の気が引き締まったところで学園の説明に移りまーす。これから皆さんはX〜Zまでのクラスに分かれてもらい、クラスごとのダイヤの数を競ってもらいまーす。その他の詳しいことは学園支給のスマホで確認してね」
大雑把すぎる……。
マフィアが全員こんな感じってことは流石にないだろうが。
「はい、もう面倒なので後は自分のクラスの担任から説明を受けてね。じゃあ、スマホの電源を入れて映し出されたクラスに移動してねー。バイバ~イ」
そう言い残し、陽気に手を振りながら舞台袖に消えて行った。
と、思ったらヒョコッと顔だけ出して言う。
「言い忘れてたけど、日用品とか入った荷物はその場に放置で大丈夫だよ。後で寮に運んでおくから」
「それだけ」と、微妙に出来ていないウィンクを決めて今度こそ去っていった。
色々思うとこはあるが、とりあえずは指示に従う。
「さて、電源は……ここか」
言われた通り、スマホの電源ボタンを長押しする。
数秒待って映し出されたシンプルな画面には、こう記されていた。
『あなたはJクラスです』
僕は目を擦った。見間違いだと思ったからだ。
『あなたはJクラスです』
どうやらこの学校の教員はアルファベットの順番を暗記できていないようだ。きっとそうに違いない。
しばらくその画面を眺めていると、教室への行き方が地図と共にナビゲーション付きで映し出された。
とりあえず指示通りに進むことに決める。
他の生徒と明らかに逆方向に進み、ゴミ捨て場を三つ通り過ぎたところにその教室は存在した。
周辺のコンクリート造りの建物とは明白に違う木造建築の校舎、それも綺麗だったらいいが、十回蹴れば壊れそうなぐらいボロボロだった。
ここで確信する。落ちこぼれクラスだと。
校舎に入り、軋む床を踏み鳴らして教室の前にたどり着いた。
意を決して教室の扉を横に引く。
乾いた木と錆びた鉄が擦れる音で既に教室に居た生徒の視線を集めた。
「おはよう……」
僕の勇気ある第一声は無惨にも教室内の埃っぽい空気と共に霧散していった。
一人ぐらい返事してくれたっていいのに……。
僕は自分の席を探すまでもなく、見つけることができた。
クラスメイトの八人中、自分以外の七人が既に着席していたからだ。
以外にも人気のありそうな窓際の最後尾が空席となっており、訝しげに向かうと、僕の名前が書かれた書類等が置かれていたので、初めから座席は決められていたようだ。
席に着いて書類などを何気なく眺めていると、前の扉から一人の女性が入って来た。
「全員揃っているな」
髪を後ろで短く切り揃え、ボーイッシュなイメージのある小柄な女性の先生だった。
「よしお前ら、前を向け」
その発言に歯向かうように、机に足を乗せて眠っている大柄の生徒や爪をいじっている女子生徒など、落ちこぼれクラスの名に相応しいクラスの惨事だった。
そして先生は一つ大きなため息を吐くと、懐からおもむろに黒い物体を取り出し、上に掲げたと思えば耳を劈くような轟音が教室に響いた。
講堂で聞いた音と同じだ。
「お前らは今自分の獲物を持っていない。予備の武器も回収されている。そんな状態で現状の力量の差の把握もできないからJクラスなんだ」
全員が悔しそうなのが背中からでも伝わってくる。
だが、正論であるため誰も反論の声を上げることはできなかった。
「よし、静かになったな。私の名前は龍ケ崎檸檬だ。今日からこのクラスの担任を任された。それではまず、このクラスについて詳しく説明していく」
そう言って拳銃を僕達の方に向け弾丸を放ち、教室の様々な箇所に跳弾させ、全員の体の一部に生涯消えないであろう傷を作った。
教室中に多種多様なうめき声が充満する。
「言っておくが国のお優しい法律に守られてると思うなよ。平等なんて与えられると思うなよ。マフィアは完全実力主義だ。生きたきゃ実力を見せろ。ここでは生きてる事自体にこれっぽっちの価値もない」
こんなの『普通』じゃない……。
「そしてお前らのその傷はJクラスの烙印だ。ここで生き残りたいならその傷を恥から勲章にしろ!」
理不尽だと思った。
意味もわからず突然額に一生物の傷をつけられ、僕が望んだ『普通』の高校生活はここには無いと思い知った。
だけど、いやだからこそ僕は心に誓う。
この学校の唯一の『普通』になると。
そんな僕の決意もつゆ知らず、先生は説明を続け始める。
「それでは学校のルールについて説明していく。机の上のプリントのQRコードを支給されたスマホで読み取ってくれ」
ここで反抗することが無意味だと分かっているため、言われるがままにQRコードを読み取る。
すると、この学校のルールブックと書かれたデータがダウンロードされた。
僕はそれをクリックして中身を確認する。
《ルールブック》
・ダイヤとは、この学校においてクラスの格を決定するもの。
Xクラス 初期ダイヤ数 1000
Yクラス 500
Zクラス 100
Jクラス 0
・ダイヤの獲得方法
特殊試験
特殊なルールの下、クラス対抗で戦う
ダイヤの大量獲得
勝利したクラスは敗北したクラスから一人指名し退学もしくは自分のクラスに引き入れることができる
通常試験
基本的にシンプルなルールで各クラスで競い合う
ダイヤの獲得
敗北したクラスはそのクラスのボスが一人選んで退学にする
筆記試験
基礎的なマフィアについてのペーパーテスト
成績に応じて賞金が与えられる
・ダイヤの使い道
最初に回収された自身の私物の購入など、何でも購入することができる
ただし、ダイヤの管理は全てボスが行う
・その他必要事項
この学校で使える金はこの学校で稼いだ金のみ
Xクラス 初期金額 一人当たり 10万円
Yクラス 1万円
Zクラス 5000円
Jクラス 1000円
・この学校にはあらゆる設備があり、スーパーから娯楽施設までもが揃っている。そこで日用品や食事を調達しなくてはならない。
・最後に『ボス』とは
クラスの最高責任者であり、全権限を有している者。そして、クラスメイト全員の命を背負う者。
「これは私が必要と思うことをまとめた物だ。それ以外の詳しいことはスマホのヘルプを読んでくれ」
「ふざけんなよ!筆記試験まで俺達は千円で生活しなきゃなんねーのかよ!」
大柄の男が机を叩き、声を荒げた。
「安心しろ。特殊試験と通常試験でも勝てばお前たちに賞金が入る」
「それはいつ来るのですか?」
今度は僕の隣の席の女子生徒が律儀に手を上げ質問をする。
「明日だ。明日に通常試験がある。なので、今からこのクラスの頭を決める!」
「やっとか!待ちわびたぜ!」
大柄の生徒が首や肩を鳴らしている。まさに今から殴り合うといった雰囲気だ。
喧嘩だけは本当に勘弁して欲しいところだ。
「決める方法は……クジだ!」
予想外に平和的だったためか、クラス全員が面を食らう。
「おい、ふざけるなよ!そんなので決めてアイツとかがボスになったらどうするんだよ!」
おもむろに僕を指さして抗議し始める。
「さっきから許可無しの発言が多いぞ。死にたいのか?」
ここでの「殺す」は中二の脅しなどではなく、本当に人が死ぬかもしれないのがたちの悪いところだ。
「……チッ!」
「舌打ちは聞かなかったことにしておいてやる」
そう言い残し、一度教室から出て行った。そしてすぐにカラフルな抽選箱を持って帰ってくる。
「それではクジを引く」
大事なことであるはずだが、トントン拍子で話がす進んでいく。
ゆっくりと箱に手を入れ、念入りにクジを混ぜて一枚取り出した。
「さて、豪運の持ち主は……」
当たる確率は約13%、ほぼ当たらないと言っても過言ではない。
「出席番号三番、空閑政宗!お前がここの頭だ」
過言だったようだ。
周りからの視線が痛い。明らかに全員が失望しているのが分かる。
「あの、辞退するというのは……」
「できない」
「あ、左様ですか」
勇気を振り絞っての発言は無駄死にとなった。
「まあ、今日は初日ということでここで解散だ。気を付けて寮まで帰れよ」
先生は僕を見て言った。
要するに帰り道に殺されるかもしれないから気をつけろということだろう。
特にボスは。