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前日談7 一端の病人の一丁上がり

 岳父から譲り受けた車を運転し、両親と病院に向かう道中の天気はどこかにドライブにでも行きたくなる様な梅雨前の一年の中で一番心地好い気候だった。


 不景気な面した大人3人押し込めた車内の温度は瞬く間に上昇し、エアコンを効かせながら運転をしている後部座席では父が携帯で定期的に中国事務所のスタッフ相手に業務連絡をしていた。

 特にコロナ禍以降渡航出来なくなった中国事務所のスタッフ宛には1日に何回も連絡を入れる必要があったからだ。

 ガラケーだから電話代凄そう。

 でも父は体質的にスマホ持つと干からびてしまう程の先端家電アレルギーなので仕方が無い。

 いくら重度のコテコテ昭和なアナログ人間だからといってもこうも先端家電未開人だと、全部紙ベース対面ベースとなるから当然会社業務でも苦労する訳でして・・・

 正にドラキュラに十字架。父にスマホなのである。

 何かもめた時には投げつけりゃ叫び声と共に消えるんじゃねーのか、彼?と不謹慎なこと考えてしまうのもやむを得ないでしょ?


 特にこれから入院、手術ともなれば何日かは連絡すらも出来ない可能性が高い。

 事前に段取りを作っておく必要がある為、ここ数日はメール(勿論これも「この文面で送っとけ」と紙に書かれた原稿を投げて来るのを私が送っていたりする)や電話でのやり取りが普段のそれとは比べ物にならない位多くなっていたのは当然の流れと言えた。


 広くも無い車内で声のボリュームスイッチが動作不良を起こしたかの様な声で中国スタッフと会話する父はこれから入院で物理的な時間制約を受ける事、自分自身が手術を受ける事、その結果がどう転ぶのか判らない事等の理由でかなりナーバスになっていた。

 こっちも他愛の無い会話を楽しむとか音楽やラジオを聴くとかそう言う文化的な行為が一切出来ないってのも、それはそれでそこそこストレスにはなるんだが、まあこっちの事情なんざ向こうからすりゃガン無視ですわな。


 電話が終わった後、私に対して何点か仕事の質問があったのだが、私が運転中である事を全く考慮してくれないのはいかがなものか、と思いながら大半の質問内容について「後程内容を確認して適時連絡を入れる」と時間稼ぎに終始せざるを得ないのは仕方が無い事だと世の大半の人達は思ってくれるはずだ。

 質問している本人以外は。


 途中渋滞に巻き込まれる訳でも無く無事に病院に到着し、駐車場に車を停めトランクからボストンバックを取り出す。複数日入院するから大きめのバックに下着等の荷物がまあまあな重さで詰め込まれていた。


 病院入り口にはマスクと防護服で完全武装したスタッフが消毒液を持っていて入る人1人づつに念入りに消毒液を手に散布する。

 そして入り口に置かれた検温器で検温し、事務所で入館許可書を貰う手続きを行い、これでようやく入れるかと思いきや、ロビーの一部がパーテーションで区切られていて、入院する人はそこでまた別の検温器で検温、引っかかった人は問診と言う流れにコロナ禍ならではの面倒な手続きフルコースを嫌と言う程味わう羽目になった我々は、出だしからウンザリしたのだが、是非もなし、である。


 受付で入院手続きを進めている間、特にやる事も無い私達は1階ロビーの長椅子に座って待っていた。


 「オイ、俺がいない間の仕事の件、お前が全部把握してキチンと対応しろよ」

 「まあ、私以外の社員もちゃんとしてくれているだろうから、私はある程度事後報告でも会社が回っていくように動いてるけどね」

 「事後報告で、ミスをしました、損失出しましたとかなったら誰が責任取るんだよ。最後は会社が損するんだぞ。社員が動いている内容を全部事前にヒアリングしてやる事を全部目ぇ光らせて監視しなきゃダメだろ。尻拭いするのは最後はお前なんだぞ」


 会長からすれば会社で自分の管理が及ばない期間が生じる事が気になって仕方が無いのだ。

 まあ、確かに会社運営で彼に頼る側面が今でも多いのは事実だ。

 資金面の遣り繰りを始め、対中国の各工場との折衝であったり、一番のキモになる所は彼がハンドリングをしている。

 今回その一部について私が動かす事になったのは、今後の事業継承も含めて必要な経験となるのだが、当然未知数な点も多く、彼からすれば歯痒いだろうし、不安や苛立ちの方が大きいのも理解出来る。


 「時間はあまり無いぞ。今の内から全部の事を出来るようになっておかないと、俺に万が一のことがあったら会社をどうするんだ?」

 「今回の件で予定よりも貴方が早く逝ってしまう様なら自分の身の丈に合ったコントロール出来る規模に縮小する事になるだろうね。勿論借り入れの返済が出来るレベルの売り上げ、利益の確保は必須だけど。まあ、頭の中で幾つかのケース毎にシミュレーションはしておくけど、現時点では他の優先順位が高い問題の解決にリソース向けた方が良いと思うけどね」

 

 こういう時は変な気遣いとか遠回しな表現とか情報非開示とかはお互いしない方が良い、と考えているのだ。

 最悪の状況における最良の手段について早い段階で全部のカードをテーブルに並べて状況を相互理解し、ソリューションを提示する事は特にこういう状況下においては重要なポイントになる、と双方考えている。


 やがて受付札の番号が呼ばれ入院に向けた諸々の手続きを始める。

 幾つかの書類にサインをし入院許可の確認待ちの為に、再度ロビーで待つ事となった。

 その中に手術に関するリスク許容の同意書の様なものもあり、要するに

 『もちろん、こっちも一所懸命やっけど、ごーくわずかな確率なんだけど、手術でおめーさんおっちぬかこーいしょーが残っかもしれんから、そんときゃメンゴメンゴ』って話だ。(当たり前ですがもっと懇切丁寧な説明が書かれてあります)

 その書面を見て口には出さんけど思ったのは、

 「いやぁ、1%とか2%ってソシャゲのピックアップガチャならワンチャンSSR一発ツモ引いちゃうレベルだよなぁ・・・」

 とか言ったら殺されるレベルの不謹慎な事を想像していたりする。


 ロビーは老老老若男女位の割合でごった返していて、頭の中で「千客万来(もうかってまんなぁ)」の文字がネオンサインビカビカで輝いていた。やっぱ大規模病院って数回してナンボなビジネスモデルなんだなぁ、と前々から何となく感じてたのだが実際に目の当たりにするとその規模感にやっぱりビビるものがある。


 「今回は腹腔鏡手術だから、開腹手術よりも術後の入院日数もそれほど長くはならなさそうだし、負担も少ないらしいね。そうなれば想定よりも早くリハビリで動けるかも知れないね」


 「そうなのよねぇ。ここの先生は腹腔鏡が上手いみたいだから、負担も少ないと思うのよ」


 今回の手術の件で水を向けると母の方が先に食いついてきた。

 ずっと黙って待ってると言うのは、私個人は全く問題無く感じるのだが、この2人の場合はそうでもないだろうから、話を振った方が良いと感じたのだ。 


 「まあ、でも切る事には違いないから簡単にはいかんだろう。術後の筋肉の衰えとか体力面の低下とかで動けなくなって今後ガクッと気力も落ちる可能性だってあるかも知れない。そうすると精神的にも一気に老い易くなる」


 しかし人の話の背骨をいきなり手術を受ける本人からバッキリへし折られると、こっちはもうああそうですね、としか言えなくなってしまいその後何も言えなくなってしまう。

 だがこっちからわざわざ不景気な話をしても仕方あるまい。

 そら腹切る事には変わりは無いし、麻酔だって切れれば術後痛が来るからそれなりに痛いだろうし、その後の影響がどれ位出るのかなんてのは素人の私達には想像もつかない話だ。


 結局、その後は大した話も無く、父は船漕ぎ始めるし、母や私はスマホで時間潰す事になった。だったら最初からそうしときゃ良かったよ。


 入院許可が確認された後、部屋に案内される。

 狭ないながらも個室が確保出来た事は幸いだった。

 準備していた下着等の着替え等をロッカーに入れ、来る時に身に付けていた帽子だったり彼が好きなブランドによるセミオーダーメードのスーツやシャツ、スーツパンツもハンガーにキチンと丁寧に掛けて仕舞う。

 背広なんざ着れれば何でも良い、そもそもデブなオメーに合うサイズなんざうちみたいな紳士服店に在る訳ねーだろと言われて塩撒かれ追い出される店が多い、というファッション関係者からすれば石投げられそうな存在である私からすれば、こういう所でも父の価値観であったり洒落心であったり着道楽であったりをガン無視しているよなぁ、と思うのだが、まあこればかりはしゃーない。


 無論、私の様な体格であっても、パターンオーダー以上のテーラーに行けば普通に上等なシロモノを作って頂けるのも知ってはいるのだが、どうしても私を包む被服に対しそんな金掛ける価値が自分自身にあるのだろうか?と言う疑問を拭えないでいるのだ。

 むしろそんな着る服に金掛ける位なら、上等なシングルモルト買った方が余程俺的QOLも上がるってもんだ、って思っていたりする位なのだから、増々父の考えとはギャップが拡大する一方なのも仕方が無い話だ。

 しかしそんな洒落者である彼が入院着に着替えると、変な言い方になるのだが「一端の病人の一丁上がり」に映るのだから何とも不思議なものであった。

 どうして入院着って昔のそれに比べて明るい色使いであったりデザインであったりするはずなのにこうも陰気で死の臭いがするのだろうか?

 仕方が無いとはいえ何とも嫌なものだ。


 個室に先生がやって来て今後の検査や手術前の準備等の段取りについて説明を受けた後、私と母で1階の購買に向かいテレビカードや雑誌、水やお茶等を購入し部屋に持って行く。

 すると父は個室の電波状況が悪いのか部屋にはいなくてフロアロビーで電話していた。

 部屋で一人大人しくすると言う発想がそもそもこの人にはインストールされていないのは知っていたのだが、病院でもホントにブレなく同じスタイルなのだな、と再認識した次第だった。


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