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洋行記編9 日本現地時間8月10日木曜日AM06:40

 展望デッキから『EDO HALL』に戻り、元のエスカレーターの方には向かわず横道の方から進み『はねだ日本橋』を渡り4階に降りようと移動を開始する。


 この時間帯はまだどこのショップも開店前だったので残念ながら冷やかす事も出来ず、さながら室内型テーマパークの園内の様な、あるいはナーロッパ異世界の街並みの様な曲線で出来た石畳風パネルの廊下をただ歩きながら素通りするしか無かった。(注:このエリアは『TOKYO POP TOWN』と言うゾーンで、様々なショップやプラネタリウムを楽しめるカフェもあります)


 そこを通過すると、頭上に『TIAT Sky Road』と書かれた掲示板と側面にやはり『TIAT Sky Road』の切り文字看板が掲げられ、トイレやベビールームが並び壁紙がボーイング787やエアバスA380の機体の図面が描かれたエリアになった。

 T字路の右手には子供向けのデフォルメした飛行機の形をしたフライトシミュレーターの様な機材が置いてあり(注:2026年現在は稼働していないそうです)展望デッキへの入り口があり、正面にはデカデカと恐らく実物大のランディングギアが壁面に描かれていて、これマニアにとっては大喜びなんだろうな、と思いつつその角を左の方に曲がると左手側にガラスケースが設置してあり、その中には恐らく羽田空港に乗り入れたであろう歴代の機体の模型がディスプレイされていた。


 ケースの上には『AIRLINE&AIRPLANE』と切り文字で表記されていて、ケースの中身は航空機マニアのみならず模型マニアにとっても垂涎のラインナップになっていた。

 JALやANAは勿論、エアカナダ、エールフランス、アメリカン航空、ルフトハンザ、タイ航空もあって30種類以上ディスプレイされている様子は正に壮観と言えた。

 航空機についてもっと詳しければ機材の種類も違う各機をじっくりと観察する所なのだが、残念ながら不勉強が祟っていてほとんど知らないが故に、後程父や息子相手にこの場所の説明をする為に写真を何枚か撮るだけで終了となる。

 仕方が無い事とは言え、「知らない」ってのはそれだけで面白さを半減させるモンなんだな。


 『TIAT Sky Road』の廊下を進むと急に開けた場所になり、『お祭り広場』と銘打たれた休憩所に到着する。

 『お祭り広場』の中心部には盆踊りでよく見る祭り櫓が据えられていて、櫓の中央部にはえんじ色した布地に鳳凰が刺繍されていて、おおこりゃ派手好きの傾奇者には堪らんのだろうな、と言う造りになっていた。

 その周りを赤や黄色の提灯が放射線状に展開されていて、奥の方には野点傘を飾る休憩所が設置されている。

 現在いるのが5階だから天井とも近い故に天井部の『キール』部分が此方の方に迫り出して来ていて迫力を感じる。

 左手に目を移すと、ガチャガチャが大量に設置されていて、また壁には大量の何かが飾られていた。

 何だろうと思い近づいてみると飾られていたのが大量の『木札』

 更に近づいてよく観るとそれぞれの木札に様々な願い事が書かれていて、成程これは神社の絵馬の様なモノなのだろう。

 壁の横にはその木札の自動販売機が設置されていて、お金を入れてボタンを押す事で、木札の入っているドアがカチャンと開く仕組みになっているのか。

 木札自体がボーディングパスのデザインになっていて、これはこれでこの場で願い事を書き記し絵馬の様に飾る事無く単純に土産物として持ち帰っても面白そうだと思った。

 その自販機のお隣には九谷焼のお守りや根付の自動販売機というこれまた珍しい自販機が置いてある。

 妖怪やお面、縁起物をモチーフにした根付達は1つのボタンの中でも複数種類が入っている為ガチャ要素がある様だ。

 つか機械に『JAPAN KUTANI GOTCHANCE』って書いてあるわ。

 ガチャ自体は英語で『Capsule toy machine』になるのだが、良くも悪くもガチャ自体がインバウンドな外国人観光客に有名なもんだから『Gacha』『Gacha system』で大体通じるらしい。

 成程、こりゃお目当てのモノをゲットするのも一筋縄ではいかんだろうし、ましてや一通り揃えようとしたらお財布軽くなる事必至だな。

 上手い商売を考えたものである。

 何点かに関して一寸魅かれてたりしたのだが、一度回し始めると希望するアイテムがゲット出来るまでガチャを回す性格だから今回はやらないでおこう。

 うん、所謂コンコルド効果、サンクコストバイアスって奴なのだろうな。私の性格上あまり手を出さない方が良いだろう。


 一通りこの周辺を見た後、櫓を左手に見ながら進んでいくと今度は前方左には野点傘を飾る休憩所が数席、右手には江戸時代の店舗のレプリカの様な造りのスペースがあったがこの店舗はお休みの様だった。

 でその先に『はねだ日本橋』が確認出来る。

 渡る手前に説明書きが掲載されていて、この『はねだ日本橋』は江戸時代の日本橋をざっくり半分の幅、長さの縮尺で再現した橋で、右手壁側には『江戸図屏風』の各名所の部分が陶板壁画として飾られている旨の説明が記載されてあった。

 半分とは言え欄干の「擬宝珠」とそれを支える「宝珠柱」は流石に半分のサイズじゃ渡る観光客が片っ端から落っこちまうから通常サイズで再現されている。

 『江戸図屏風』の壁画としてピックアップされているのは「江戸城」「日本橋」「八丁堀・築地周辺」「増上寺」「京橋・新橋周辺」「神田」「寛永寺」「浅草」のエリアらしい。

 総檜造りで2014年の運用開始から今年で9年目になる現在この橋は建造当初の白木色からいい塩梅に飴色に経年変化していた。

 

 白木だったり金属なら銅板、真鍮や銀等は経年変化を楽しむことが出来る素材だ。

 今飴色になっているこの橋も今後更に表面に油分がにじみ出て来てもっと独特のツヤ感を出したり、色合いも褐色に変化していくのだろう。  


 「旅立ちは 昔も今も 日本橋」そんな句の立て札を左手に見ながら日本橋を渡り始める。

 そっか、江戸時代の旅立ちの地である当時の日本橋を空の旅立ちの地である羽田にわざわざ造る事で「旅立ち」と言うキーワードに引っ掛け、尚且つ意味合いを違った視点で感じさせる装置としているんだ。

 なるほどね、と感心しながら木製の橋に足を踏み入れていく。

 木製の橋独特の「ガッガッ」と言う足に伝わる乾いた感覚と音を感じながら、右手の『江戸図屏風』の各地域であったり、左手眼下の出発ロビーチェックインカウンターとそこに並ぶ旅行客の様子をチョロチョロと見ながら「お上りさんモード」で歩いていると、足に伝わる感覚が何だかとても楽しくなって何かその場で数度ジャンプしてみたい衝動がムクムクと湧いて出て来たりしたのだが、この時間でも既に数人が橋を上り下りで渡っていたりするので、流石に我慢する。

 うーむ、一人だったら絶対やってたよなぁ・・・

 橋を渡っていると天井の真っ白い「キール」がさながら雲海の様に見えて来て、その合間から眩い日差しが差し込んで来るのが江戸時代に日本橋を起点として出発する旅人の様な気分にさせてくれて、なんだか嬉しい。


 あっという間に橋を渡り切ってしまい名残惜しさを感じながら更に階段を下りて行くと5階から4階部分に移動する事が出来て、そこには飲食店が数件並んでいた。

 ただ、この時間帯に営業しているのは真ん中にある吉野家のみ。


 まあ、日本を発つ前に七味をたっぷり散らした牛丼並盛を眼前に合掌をし「頂きます」と言った後、湯気出る出来立て牛丼をものの1分で口内を焼きながら乱暴に掻っ込み、喰い終わったらお冷を最後の締めとして一気に喉に流し込み、楊枝でシーシーやった後、返却口に「ごっさん」と言いながらトレイを戻しながら踵を返すってのも良い塩梅で野卑ってて実はこれはこれで中々乙なもんなんだが、今の私はラウンジでの酒と肴が待っているから、今回はパス。


 階段を下りた後左後ろを振り返ると、4階の『おこのみ横丁』に続く小路になっているので、そこを進む。

 通りながら今先程通った『はねだ日本橋』の橋桁部分を通る事になった。

 橋桁部分は柱や梁に対してキッチリと「たすき掛け筋交い」をおごっていて、素人目にも頑丈に出来ているのが伺える。

 その周りには長椅子が何客も並べられていて、ちょっとした休憩スペースになっていた。

 どうせならチョイと座って休んでみても良かったんだが、時計を見てみるともう6時50分過ぎとなっていて、時間的にもうボチボチ3階のWiFiショップに向かう必要があった。

 ちょっと早歩きで目的地である『江戸小路』に向かう事にした。


 この時間はどのお店も閉められていて冷やかす事も出来なかったのが残念ではあるが是非もなし。

 まあこのフロアで最優先なのが『江戸小路』の中にある『戯場銀杏顔競(かぶきのさかえいちょうのかおみせ)』になるので、さっさと目的地に向かおう。

 お店の場所としては『Travel Pro-Shop トコー』『テレ東本舗。羽田空港店』の近辺にある事は知っていたので、特に迷う事無く到着した。

 まだ開いていない店舗の軒には優し気に灯った赤ちょうちんが横並びで幾つも並んでいて、軒の上部分にデカデカと立て看板が掲げられている。

 そこには『戯場銀杏顔競(かぶきのさかえいちょうのかおみせ)』そして『第一・猿若江戸の初櫓』、『第二・平家女護島 俊寛』、『第三・梅雨小袖昔八丈 髪結新三』の立て看板とそれぞれの絵看板も掲げられていて、その間には『中村勘三郎』の立て看板があった。

 更に天井近くには『櫓揚やぐらあげ』まで行われていて、そこには中村座の家紋『角切銀杏すみきりいちょう』が描かれている。


 おうおう、まるで江戸時代の中村座に異世界転移したみたいじゃねーか。

 携帯で縦、横と色々な角度で写真を何枚か撮る。

 このフロア自体が江戸の仕事で作られている、と言う事である意味文化財の中に店舗が軒を連ねている、と言う見方も出来る。

 そりゃ何とも贅沢な商店街じゃねーか。

 今回こんな形でバタバタと見学するのが勿体無い位だ。

 次が何時になるのかは判らないけれど、この場にまた来る機会があればもっとゆっくりと見学したいし、色々なお店を冷やかしながら散歩もしてみたいものだ。

 次に羽田空港に来る楽しみが一つ増えた。


 時計を確認したら、ゲ、もう7時を過ぎた所だよ。

 何のかんので楽しく充実した1時間なんてあっという間に過ぎていくもんなんだ、と言う事を再確認しながらバタバタと3階に向けて忙しなく移動を開始した。


>ナーロッパ異世界


 この手の設定って別になろう小説なんかよりも実ははるかに昔からあって、それこそ昭和の青少年向けジュブナイルファンタジー小説の設定でも取り入れられていました。


 ただ、あの頃ってネットも無かったので、私の仲間内では『RPG欧州』とか『水洗便所中世』とか揶揄してましたけど、当時全国区共通的なキーワードってあったんでしょうかね?

 不勉強な事もあって当時のそう言うお手軽ヨーロッパ設定的なキーワードとか知らなかったりするんですよね。


>盆踊りでよく見る祭り櫓


 まあ、これも時代の流れなんでしょうけど、町内会も高齢化が進み全国で『町内会解散』って話もポツポツ出て来ましたね。

 

 必要になって来ればまたその時の地域住民が何らかのコミュニティを形成するんだとは思いますが、それは恐らく私も含め昭和マンな人達にとっては想像の埒外なものになるんだと思います。


>『江戸図屏風』


 実物は千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館にあります。

 六曲一双の屏風で実物は江戸の各地域&人物が非常に事細かく描かれていて、正に「〇〇を探せ」がリアルで出来る内容になっています。


>牛丼並盛


 別に大盛でも良いんですけど、昭和のメタボオヂサンからすれば牛丼並盛を秒でかっ喰らい「ごっさん」と店員に言い颯爽と出て行くってイベントっつーのは、丸の内OLが出社途中にハイカラなカフェで呪文詠唱の様な名前の色々デコッたコーヒーをデッカイマグで颯爽と持ちながら闊歩するのと同じ様な「志」なんだろうな、と石投げられそうな事勝手に想像をしていたりするw

 だって牛丼並盛と一番デケェサイズなデコッた(大量のホイップ以外にオプションでソースとかフレーバーもマシマシにしている)ハイカラコーヒーってカロリー的にはどっこいどっこいだったりするんですよね。

 まあ、それよか大きいサイズの菓子パンの方が余程カロリー爆弾だったりするんですけど、その事知った時は結構衝撃的だったよなぁ・・・


>江戸時代の中村座


 実は中村座は1875年、明治8年に一度倒産してしまい、歴史から「中村勘三郎」の名前と共に消えてしまった経緯があったんですね。

 それを復活させたのが十七代目中村勘三郎でした。

 そしてこの羽田空港『江戸小路』の芝居小屋を監修したのが十八代目の中村勘三郎、と言う事で輪廻は回るねぇと思った次第。

 私は生前彼の歌舞伎を拝見する機会が無かったのですが、浅草に平成中村座を開設した時に妻がチラッと彼に会った事がありました。

 まあ大そう腰の低い方だったそうで、全くあのイメージのまんまの方だったと驚いていました。

 しかし享年58歳は幾ら何でも若すぎですよ・・・


>ある意味では文化財の中に店舗が軒を連ねている


東京国際空港ターミナル株式会社さんのHPにこの件で説明が書かれていました。


(引用ここから)

江戸総鎮守・神田明神の色彩をイメージした赤い柱の「江戸舞台」を中心に構え「江戸櫓」がそびえる「江戸小路」。ここは、十八代目 中村勘三郎氏が監修した江戸時代の芝居小屋をはじめ、全て本物の無垢材を使い、手カンナ等で仕上げる従来の日本式工法で数寄屋建築の名匠・中村外二工務店が追求した江戸建築の巧みがあります。また、聚落土塀や江戸黒と呼ばれた黒漆喰壁など、本物の伝統と技の真髄が集められています。

(引用ここまで)

https://www.tiat.co.jp/terminal/edo_koji.html


 今後この手の伝統建築技法や伝統工法も人材不足や供給能力の棄損が原因で簡単にロストテクノロジー化する可能性が高いので、何とか技術を後世に残して欲しいものです。

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