洋行記編5 日本現地時間8月10日木曜日AM05:41
電車は定刻通りに羽田空港第三ターミナル駅に到着。
扉が開き、乗客が次々と降りていく中で気持ち早めに乗降口に向かっていた私は先頭からは大体5~6番目位に降りる事が出来た。
直ぐさま目の前にある改札口5台を確認し、その中で一番右側の改札口には乗客が向かっていない事を確認、大型スーツケースを左手でほんの少し持ち上げる形で私の前に押し出しそのまま腕を固定し改札口に向けてホールド、機内持ち込み用の肩紐を事前に調整し少し短めにした肩掛けカバンを前に持って行き競歩選手には至らないレベルの早歩きで歩幅を大きく取りながら移動を開始する。
同時に右手をポケットに入れ二つ折りの財布、随分年季が入って形も崩れてしまっているので何時か代えなきゃ代えなきゃと思いつつまだ新しい財布を買う機会が無いまま使い倒しまくっている古びた財布をジーンズから取り出し、そのまま改札口のセンサー部分にポスンと当てる。
次の瞬間にはピピッと言う甲高い確認音がし、扉が観音開きで開いたので、そのまま通過する。
なんかこれって競馬のゲートみたいだな、でもって俺達って宛ら出走する競走馬みたいなもんだよね。
ゴールが何処だか判んねぇままスタミナ配分何それ喰いモン?って感じで走り続けてるけどな、
でもって何時もどんなレースでも自分の前には誰かしら必ず走って追いつけねぇでいるんだよな、
最期はズッコケて動けなくなって自己責任で予後不良って、それって果たしてゴールなんスかね?
って常々思っていたんだが、中々この手のネタを嬉々として話し合える人達ってのが稼業を含めた世間様には中々居るはずも無くって、でもって家族の中でもそんな与太話を父でもあり夫でもある私が息子や妻相手に喜色満面にするのってどうよって事になる訳で、結局の所そう言うネタが大好物&ドストライクな友人達位しか思い当たらないから、中々話す機会も無かったりするのだ。
いやぁでもさぁ、あんまり大っぴろげには言えないんだろうけどぶっちゃけ人も馬も変わらんよなぁ。
まごうことなき経済動物であるってとことか、
所詮ウィナーテイクオールなとこだとか、
でもそれでも美しく語り継がれるべき敗者や負け様、生き様ってのがあったりするとことか、
ふとした瞬間に予期せぬ凶事が舞い降りてしまい、その生命を絶たれてしまう儚さというか諸行無常なとことか、
何時も何かに追われながら怯えながら走ってる奴もいれば、
逆に何時も誰かを追い詰めようと嬉々として走ってる奴もいるし、
大多数が世に出て称賛を浴びる事も栄誉を勝ち取る事も無く知らない間に消えていたりするし、
そして消えていった存在達の扱いってのは何時の世も惨いものだったりするし、
まあ違うって点では人間様の方が馬よか中途半端に知恵が回り、悪意に満ちていて、使い潰しが利く分、より過酷に心身共にぶっ壊れるまでムチ入れら続けるってとこなんだろうけどな。
そのまま、財布をポケットにねじ込みながら、改札口から十数メートル程先にあるエレベーターを確認する。
台数は4台、内左3台がこのフロアにカゴがある事を確認、そのまま速足で右側のカゴを目指し大股で歩く。
各エレベーターの間には軽くふんぞり返ったモノリスの様な図体をした上ボタンが2つ(その内1つは車椅子乗客用)とフロアガイドが付いているスイッチボックスが3台設置してあり、恐らくどれであっても押しゃぁ全てのエレベーターに反応するのだろう。
私は右端とその1台左隣にあるエレベーターの間に設置してあるスイッチボックスのボタンをポチッと押す。
程無くエレベーターのカゴが開き、先に左手でマインローラーの如く押し出していたスーツケースを先にカゴに入れ、後ろを振り向きつつ、フロアボタンの3階を押し何ともなしに
「クリア」
と呟いて後方からゆるゆる来るお二方に対し右手を大きく上げてサバゲのハンドサインによろしく『来い』と合図を送る。
まあ、ええやん、誰も聞いていないし、そう言う事言いたいお年頃なんだよ。
私のハンドサインを確認した父は軽く手を挙げこちらに向かい、息子殿はスーツケースを両手で押しながらこちらに向かう。
両手で変にスーツケースに荷重を掛けながら移動するとアレなんだけどなぁ・・・あ、クソやっぱりやりやがった。
両手でスーツケースに荷重を掛けながらダルそうにゴロゴロと移動していた息子は、途中にある点字ブロックの誘導ブロックの所でスーツケースの車輪が見事に引っ掛かり、なまじっか荷重を掛けていたもんだからそこでスーツケースが一気に止まって明後日の方向に向いてしまいその結果、合気道の体重移動の如く息子殿はキレイにスーツケースから芸術的なレベルで投げ飛ばされたのだ。
ッターン!とまあまあな音が構内に響き、後から歩いている人達が驚きながらも何事も無かったかの様に哀れなお間抜けさんを避けて行く。
あのバカ・・・
父は一瞬後ろを振り返ったのだが、息子が特に大怪我している訳でも無い事を確認したら直ぐに前を向きエレベーターに向かって歩いて来た。
派手にすっ転んだ息子は何かブツブツ文句を言いながら立ち上がり、倒れたスーツケースを持ち直して急ぎ足でエレベーターの方に向かって来た。
パッと見、転倒した周辺に落とし物をした形跡も無さそうだから、そのまま声やハンドサインを出し呼び止める事も無く「開く」ボタンを押し続ける。
2番目に父がエレベーターに入り、他に数人の乗客もエレベーターに入って来た。
ただ他のエレベーターにも乗客が分散されているから、それほど人数は入って来なかった。
ゆっくりと移動をしたい乗客は横にあるエスカレーターの方を利用するのかも知れない。
そして最後の方に息子がバタバタとエレベーターのカゴに飛び込んで来て、後続の乗客がいない事を確認し「閉じる」ボタンを押した。
「オウ、大丈夫か?」
と父が小声で息子の様子を聞く。
エレベーターに入ってくるタイミングで上から下までざっくりと確認したが、目立つ形での外傷は確認出来なかったから、後は目に見えない箇所の打撲や捻挫があるか否かが要確認事項になる。
「ああ、ったく、あんなところに点字ブロック置くなよな」
と息子は下らないガキの様な身勝手極まる言い訳&文句を言い、その言い草にこっちも不快感を感じた。
「うるせぇ、黙れ、バカ。全部テメェの不手際が悪いんだろうが。今回の旅行に関して全部の段取りやって来てんのこっちなんだからな。誰でも想像出来る様な下らねぇ理由でケガするとか病気になるとか絶対許さねぇぞ。今ので足の小指1~2本折れてても普通に連れてくからな。」
小声で軽くドスを利かせて話す。
すると息子はこっちを見ずに舌打ちをする音だけが此方に聞こえて来た。
その身勝手さとある意味年相応故の甘ったれた対応から滲み出て来る不愉快さ加減に眉間の奥がキリリと痛み、怒りで背中の方がゾワリとして来て、エレベーターの中が微妙な空気感で包まれる。
父は何も無かったかの様に前を向いて黙っていた。
意図的にゆっくりと少しずつ息を吐き感情の泡立ちを押さえるように努め、目を閉じ何回か静かに呼吸を行う事で平静を取り戻す。
本人の意図していない事でふとした瞬間に災禍に巻き込まれる事は人生よくある話だ。
何ならそれこそが人生の醍醐味、神様とやらからの『試練』やら『窮愁』やら『惨痛』って名の付く有難くって涙が出て来るお慈悲って見方をする人もいるだろうし、そういう価値観があっても世の中生きていくにあたって納得は出来なくとも妥協は出来る。
賽を振る時に最悪の出目を人並み以上に出してしまうスキル持ちで、要らんトラブル地雷原を何発も起爆させ手足吹っ飛ばされながら全力ダッシュさせられ続けてきた私が言うのだから間違い無い。
ただし、日常のルーティンであれば事前にトラブルの目は何と無く想定出来るし、それに対して私自身ある程度ではあるがトラブル回避の為の方策であったり、巻き込まれてしまった時の保険であったり、ファーストチョイスが潰された時の次善策であったりに関しては今まで様々な状況で『準備をして来た』し『カードを出して来た』つもりだ。
もっとも、過去を紐解いた時に上手く行った時の経験はほとんど記憶として残らず、今でも昨日の事の様に思いだされるのは、殆どが上手くいかなくってしくじって惨めで無様で悔しい思いを嚙みしめた時の記憶ばかりだ。
全く持ってロクでも無い事しか思い出せないなんて、クーリングオフ対象品レベルな『ポンコツ思い出ボックス』じゃねぇか、俺の頭は。
だが、あからさまに『一寸気を付ければ』『一寸想像力を働かせれば』『一寸知識として知っていれば』全く問題無く避ける事が出来る、ってかほとんどの世の中の人達がそんな所で引っかかる事すら想像も出来ない所で引っ掛かって、わざわざ怪我するリスクを引き寄せてしまった、しかもその事を不貞腐れる様に逆ギレして何の反省も無く、無かった事の様にする息子の態度がどうにも不愉快で仕方が無かった。
いや、マジでこれで顔から床にツッコんで鼻の骨折りましたとかで、空港の医療施設を利用する必要に迫られた場合とか、普通に想像の埒外な訳でそんな最悪の出目で旅行に行けなくなりました、あるいは翌日以降に再出発です、とかなったらこのバカはどうするつもりだったんだろう?
・・・うーん想像するだけで腹が立って来る。もう一度深呼吸しないと。
エレベーターはやがて3F出発ロビーに到着し扉が開く。
私は「開く」ボタンを押しながら中にいる人達に降車を促した。
つつがなく全員が降り、最後に私がエレベーターのカゴの中に何か落とし物とかが無かったか指差し確認をし、何も無い事をチェックし心の中で「ヨシ!」とつぶやき、「閉じる」ボタンを押しながらカゴから降りた。
羽田空港は中国への出張で勝手知ったる我が家かな、レベルの父は息子を引き連れ先にJALのチェックインカウンターへと移動を開始していた。
私もチェックインカウンターの場所は知っているし、そんなに距離が離れている訳でも無かったから普通に彼等の後をゆっくりと歩いて行く。
そんなに長くも無い通路の先に改札口があり、そこを抜ければアクセスホールそしてチェックインカウンター群になる。
>人間様の方が馬よか使い潰しが利く分より過酷にぶっ壊れるまでムチ入れら続ける
まあぶっちゃけ過ぎた話、人間様は犬猫様と違って単なる経済動物であって愛玩動物ちゃうからなぁ・・・
昔、異世界から長命種であるエルフさんやドワーフさん、なんならオーガさんやオークさん辺りにお越し頂いて、人間様が愛玩動物として飼われる世の中だった場合、そら飼われるチャンスを手に入れれば飼われなかった人間と比較して相対的に幸せなんだろうなぁ、と下らん妄想を捗らせてたんですけど直ぐさま、ああ、でも犬猫様使ってつべ動画で倉建てちゃう人間様とか、写真集やグッズ制作で家建てちゃう人間様とかまあまあな頻度でいる事を鑑みると、その世界観的には絶対にバズる愛玩人間様が一定数いる一方、そこに至る事無く劣悪な環境でオーバーブリーディングやらされて消耗品扱いになるその他大勢な人間達もいるだろうから、やっぱ愛玩動物内でのマウンティングや優勝劣敗って絶対に避けられない以上、皆が幸せにってお話は上手く行かんのだろうなぁとも思って終了したちょっと昔の思い出w
>空港の医療施設
羽田空港には各ターミナルに医療施設があります。
第1ターミナルでは東京国際空港診療所と神奈川歯科大学羽田空港第1ターミナル歯科、
第2ターミナルでは東邦大学羽田空港クリニック、
第3ターミナルでは東邦大学羽田空港第3ターミナルクリニックと羽田空港第3ターミナル歯科、で治療を受けられる様です。
ちなみに東邦大学羽田空港第3ターミナルクリニックは診療時間がAM09:00~なので、もしこの時息子がまあまあなレベルのケガをしていた場合、AM11:05発JL006便の搭乗が出来ていたかに関してかなり微妙な所になっていました。
仮に骨折でした、とかだったらホントに中止って可能性もありましたしね。
>「ヨシ!」
現場猫ですね。でもあそこで語られている「ネタ」の数々って結局多くの人命が失われた血によって書かれたマニュアル集大成なんですよねぇ。
や、マジで「ご安全に」大事です。




