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洋行記編3 日本現地時間8月10日木曜日AM05:17

 注意:今回のお話では『トイレ』『排泄』のお話が出て来ます。

 お気になる方&デリケートな方はくれぐれもお気を付けて、自己責任でどうぞ。

 ・・・や、マジでそう言うお話って『昭和アルアル』のオンパレードだったりするんですよねぇ・・・

 今回たまたまラッキーだったのは品川駅まで待つ事無く、私達が立っているエリアで丁度2名が新橋駅で降車したので父と息子の分の席が確保出来た事だった。

 父は兎も角、息子の方が座っているのは何故か?

 そら電車がガタゴト揺れる度にあっちフラフラこっちユラユラしてりゃ、落ち着いて見てらんねぇって事で体幹ゼロから鍛え直せよって思いつつ座らせた次第だったりするのだ。

 でもって、両名着座して落ち着いたかと思ったら今度は


 「あーそろそろ便所行きてぇ」


 と息子殿がのたまって来やがった。


 「だから駅の改札入る前に『便所行くか?』って聞いたじゃねーか。オメェの膀胱はジイジ並みか?」

 「・・・」


 隣で聞いてた親父殿一寸顔をしかめる。

 や、他意は無いんだけど例えとしてつい便利なんで使っちまった。

 しゃーねーじゃん。でもちったぁ反省している。


 「いや『おっきい』方」

 「・・・ぜってぇ漏らすなよ」

 「誰が漏らすか」

 「何で改札入る前に行かなかったんだよ」

 「仕方ねーじゃん。駅の便所よか空港のラウンジの便所の方が清潔で絢爛で豪奢なんだろ?だったらそっちで『大』した方が快適で快便堪能出来るだろうし、そっちの方が良いじゃん」

 「・・・ワケェモンが用を足す時に清潔は兎も角、『絢爛』とか『豪奢』とかを判断基準にして<する><しない>を決めるって贅沢を抜かす事が出来るってぇのは、この国がそれなりに成熟し繁栄した証拠なんだろうけどな・・・悪りぃが昨今の駅の便所は価値観のアップデートだったり現場スタッフの努力の成果だったりで俺がワケェ頃より確実に劇的にキレイになったんだぞ。・・・ったく、まあ俺が子供の頃とかの特に昔の田舎の便所とかが汲み取り式だったりとかまあまあ『凄かった』ってのもあるんだがな・・・」

 

 と言うと隣で聞いてた父が


 「あーそう言えば昔の電車に備え付けられてた列車便所とか凄まじかったからなぁ・・・今のお前だとまあビックリするだろうな」

 

 とニヤニヤ笑い孫に対して言って来た。

 ああ、俺がガキの頃にはまだ一部路線で現役だった『アレ』かぁ・・・懐かしくもあんまり良い思い出が無いんだよなぁ・・・

 すると、息子が顔をしかめながら


 「えぇ・・・凄かったって、台数が少なかったら何時も混んでたとか?」


 と意図的にピント違いの事を言って来た。

 彼も何となく想像で正解が判っちゃってるんだろうけど、直接口に出して言えないのだろう。


 「違う違う違う。昔の電車の便所は解放式だったから、用を足す時とか上から覗くと穴の中から流れる枕木や砂利の様子を眼下に眺める事が出来て、それを見ながら用を足してたんだぞ。それに便所は列車が結構なスピードで走っているから『広範囲にばら撒いて』処理してたから、動いている間しか使えない訳だ。ところが移動中に用を足す事が間に合わなくって列車が駅に停車した時にまだ『ふんばってる』乗客とかも結構いたから、列車が駅に到着して停車中になっちゃって列車からボタボタと駅構内に糞尿が垂れ流されて車掌にどやされるケースもあったりしたんだぞ」


 と嬉しそうに当時の様子を語る親父殿。一体全体、何が君をそこまで嬉しそうにさせるんだい?

 それ聞いて一寸顔を引きつらせて軽く引く息子殿。

 その両者の表情のコントラストを眺め観察するワイ。

 これが短い映像カットで次々と変わっていったらまるで市川崑じゃねーか、とか言ったら往年の金田一ファンから頭のフケをバッサバッサ掛けられそうだから言わんけど。


 「何でそんな便所だったんだよ」

 「アホか、タンク式の列車便所が全車両に標準装備されたのは実質1964年から運用を開始した新幹線の車両からだったんだぞ。それまでは一部の当時国鉄だったり私鉄の車両で試されたレベルで、大体が解放式だったんだよ」

 

 会話の内容が内容だけに両名の近くに顔を寄せて声のトーンを押さえながら話す。

 親子三代目出度く揃って会話する内容がよりにもよって昭和の肥ネタかよ。

 大丈夫かこの親子達?って思われないかしら?


 「えーっ?じゃあそのまま垂れ流しって事ぉ?」

 「そらそうだよ。何驚いてんだよ。だから、当時『黄害(おうがい)』と言われた撒き散らされた糞便による被害が路線沿いに住んでいる近隣住民はもとより当時の保線区員、信号通信区員等の工事職員に定期的に起こっていたんだよ。被害の実態はそらまあ凄まじかったみたいだ。そりゃ路線脇で工事待機中に全速力で走って来る列車から拡散されてばら撒かれる糞尿を頭っからブシャーッとか掛けられたら、今の時代は勿論、当時ですら1度でも被害を受ければそらトラウマもんだ。しかもそれが職員からすれば日常のデリーミッションだったんだぞ。健康被害も含めどんな地獄だよそれって話だ」

 

 それを聞いて思い切り眉ひそめてドン引きしている息子殿。

 うーん、まあ過去に体験した事が無い&そもそも情報自体知らない、ってそう言う事なんだろうねぇ・・・

 そもそも発想の土台が無いから、イメージのしようも無い。

 ・・・アレ?でもコイツ、ボーイスカウトのキャンプ中に腹壊して『雉撃ち』した事あんじゃねーか。


 「てかオメェスカウト活動中に腹壊して『雉撃ち』した事もあるじゃねーか。あん時だって、登山道のルートから安全に外れる距離や方向だったり、スコップで地面掘る方法や掘る深さの目安だったり、ポケットティッシュがNGだから水溶性のトイレットペーパーを使え、とか用を足した後の後始末のやり方とか、色々とリーダー達から教わって勉強したろ?それと同じ事だよ。昔の列車便所とか技術的にどうだったのか?とかだったら線路周りの環境はどうだったんだろうか?とか、ちょっとした知識だったりや想像力だったりがあれば知らない事でも『大体こんな感じかな』位イメージ出来るだろうに」

 「イヤイヤ俺個人が山で野糞するのと、公的な輸送インフラである鉄道の組織的にしかも長期間に渡って線路周辺に糞尿をばら撒く構造が当たり前として許容され続けた、って全然レベルちげーし」

 「あー、そう言う事ねぇ・・・『今を生きている君』の価値基準で言えば継続的に路線周辺に糞尿ばら撒く環境がデフォだったってのはハッキリ言って『異常な状況』で『即座に解決しなければいけない問題』と言う認識をみんな持ってくれると思うよ。で、逆に『1950年代~70年代を生きて来た人達のマジョリティ』の価値基準で言えば、それも大事なんだろうけどもっと優先順位が高い問題点、例えば自身や家族の栄養&衛生&生活レベルの向上だったり、上下水道の普及率だったり、物価の安定だったり、犯罪率の低下だったり、公害の問題だったり、米流通の「統制」の改善だったりの方がもっと深刻で優先度の高い課題だった訳だ」

 

 要は『価値判断の物差し』が生きて来た時代や家庭環境等によって育まれるから、しばしば今の物差し引っ張り出して昔を判断する事が私も含めて多いよね、って話なのだ。

 無論逆もあるから『コテコテ昭和な価値判断の物差し』を使って今の時代に物事動かそうとすると、今日日のワケェモンからすれば、アンタ何処の鎌倉武士だよって印象になってしまうのもそんなお話なのだろう。


 「何か昭和ってクソヤベェ時代だったんだな・・・」


 とむすこがげんなりした表情でボソッと言う。

 アンタの目の前にいる2人はその昭和の時代を生きて来たんだがね。


 「そら先の大戦が日本の降伏によって終結したのが1945年。ジイジが生まれたのがその前年の1944年、でもって俺が生まれたのが1971年。終戦から26年後の年だ。昭和が終わったのが昭和64年、これは1989年の事でこの年にジイジは45歳、俺が18歳って事になる。だからオメェは今年で19歳だから、年齢の物差しを合わせるとするとジイジだったら19歳で1963年、俺だったら1990年って事になるな」


 頭の中に電卓出して暗算で計算する。

 この場合父の場合は1945年を基準にして1年マイナスすれば良いし、私の場合だと1970年を基準にして1年足せば計算が楽だったりする。


 「1963年、ジイジがオメェと同じ年の頃にはもう東京でバリバリ働いていた年だ。この年はアメリカのケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたり、三井三池炭鉱で大爆発事故が起こって多数の死者が出たり(注:死者数458人の大惨事でした)、同じ日に国鉄鶴見列車事故が起こってこれまた多数の死傷者を出す大事故(注:死者161人、重軽傷者120人の大惨事でした)になったり、この年の冬には各地で豪雪に襲われて人的にも経済的にも多大な損害を出したいわゆる『三八豪雪(さんぱちごうせつ)』が発生した年でもあったり、とまああちこちでエレェ目に遭った年だったりするんだよ」

 「ああ、そう言えばケネディ暗殺の年だったわな。あのニュースは当時ラジオでやってたのを聞いていたなぁ・・・」


 と父がその当時を懐かしむ。


 「え?それだけの大ニュースなんでテレビで観なかったの?」


 と息子が父に聞く。

 ああ、そっからかぁ・・・


 「ジイジが働き始めた頃には白黒テレビはもう普及してたんだよ。でも高校を卒業して東京で商売していた兄貴の所に住み込みで朝から晩まで働いてたいたから、テレビのニュースとかゆっくり観る時間なんて無かったんだよ。兎に角、あの頃のジイジは目一杯働いて沢山お金を稼いで一刻も早く独立したかったからね」


 と父は昔を懐かしむ様に語る。

 こう言う事だ。

 この様な話を3人で色々と共有したかったのだ。


 父の東京に出てから独立するまでの色々な話は私は定期的に聞いていたから情報として知っているのだが、息子にとってはここまで具体的な話としては初めて聞くレベルだったりする。

 彼が今を生きている年齢と同じ年齢の頃に隣に座っている彼の祖父は、それこそ朝早くから夜遅くまで働き尽くめで必死に独立資金を貯めていた、って話を彼はどの様に捉えるのだろうか?


 仮に何かしら彼の中で引っかかるモノがあって、それが今後数十年後においても彼の心の中にこの時の話が残ってくれたとするのなら、今ここでされている会話にも何らかの意味であったり意義があったのだ、と個人的には思えてならないのだ。


>市川崑じゃねーか


 や、凄い映像作家でしたね。

 当時はそれでも賛否両論色々出てた人でしたが、今現在で『あの当時あの映像をあれだけのスピードで世に出し続けた』以上のインパクトが実現出来るのだろうか?となると結構ハードル高いよなぁ、とも思うんですよね。


 公的なお仕事としての最高傑作が『東京オリンピック』だとすれば(の割にはウィキとか読んでると事前準備ほぼ無し&いきなり現場丸投げられた、って感じで彼の釈迦力で何とかなったって作品で、これって国家事業の一環としてどうなのよ?って思った次第。でその血脈は2020&21の東京オリンピックのグダグダっぷりに繋がったんですよ、多分w)個人的エンタメ最高傑作はやっぱり『金田一耕助シリーズ』なのかなぁ、と思っていたりします。

 1976年公開の『犬神家の一族』、1977年公開の『悪魔の手毬歌』『獄門島』、1978年公開の『女王蜂』、そして1979年公開の『病院坂の首縊りの家』と明らかに昭和人のバイタリティスゲェってスピードで次々と傑作を世に送り出し続けました。


 またその映像手法は良くも悪くも現在の映像作家達(無論アニメ監督も)に多大な影響を与えたのも事実で、彼の存在は日本のエンターテイメントから絶対に切っても切り離せない存在になったと言えます。


>保線区員、信号通信区員等の工事職員


 ウィキによれば「(引用ここから)1968年には労組が『国鉄糞尿譚』を出版して世論に訴えることもあった(引用ここまで)」とある位なので、そら過酷な環境だったでしょうね。

 衛生面は元より精神的にもキッツイ仕事でマジ3K仕事だったのでしょう。

 本当に頭が下がります。


 更には、戦中戦後の一時期には労働力不足を起因とした、屎尿汲み取りや運搬の停滞が酷くなり、事態を打開する為に鉄道を使った糞尿輸送の委託と言う手段で問題の解決をしようとしました。

 所謂「汚穢電車」「黄金列車」って奴なんですが、まあ当然路線下の住民達からはクレームが来たそうです。

 ちなみに、コミック「はるかリセット(野上武志著)」の23話「トイレの先は!?」ではその黄金列車についてのお話が絵でコミカル&生々しく描かれていてお勧めだったりします。春河童先生ヤベェw


 いやぁ、マジで昭和ってこう言うの当たり前の様に行われてた(行わざるを得ない)&許容されてた(許容せざるを得ない)時代だったんですよねぇ・・・


>米流通の「統制」


 昭和のコメ流通って政府が生産、流通、価格を管理していた食糧管理法(1947年)の時代から、政府のよる米の売買制度を改め、一部については政府に売らないで直接流通させることが可能になった自主流通米制度 (1969年)への過渡期にあったので、父なんかは両方の時代を知っていたりします。

 当時の名残として会社の金庫に普通に両親が使用していた米穀配給通帳(一般用米穀類購入通帳)とかあったりしたのを発見し盛り上がったんですが、あの時代では身分証明書の一つだったりして重要な通帳だったんですね。


>三八豪雪


 雪崩等の直接的な人的被害や物的被害も凄まじかったのですが、交通インフラも寸断されたり、支援物資の運搬にヘリやそりが使われたり、余りの被害の大きさ、広域さに初めて豪雪災害に災害救助法を適用されたり、と歴史に残るレベルの災害になった豪雪でした。

 特に個人的に驚愕したのは、この豪雪によって翌春以降住民の離村が加速化され廃村、廃郷を余儀無くされた地域が全国で相次いだ話です。

 豪雪も村々やそこで生きている住民達の生活や生業を簡単に『壊滅』させるんだ、と背筋が寒くなったのを覚えています。


 今年2025年の2~3月に日本海側を中心として広がった豪雪被害とかのニュースを見聞きしていると、今後レジリエンスのインフラや人材の不足により再び同じ様な事例が出て来るのかしら・・・と言う嫌な予感は感じていたりします。

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