段取り編34 やる気スイッチぶっ壊れ
息子が大学の帰りに有楽町に行きパスポートの申請をした週末、こっちはこっちで次にやるべき事を調べる事にした。
ほぼ例年と同じ時期である6月8日ころ梅雨入りした、と言うニュースが流れたのが先週の事、梅雨の中休みなのか半袖で外に出歩きたくなる様な晴れ間が覗いていて、日中は30℃までいくと言う天気予報に思わず
『ポン酒のぬる燗と入梅いわしとかじゃ無く、むしろ冷えた瓶ビールと枝豆の方が良い季節なんじゃねーのか?』
と思った次第。
流石に昼酒楽しめる程の御大臣でも無いので脳内李白で満足するしかないのだが『月下独酌』にはちと季違いになってしまうか。
冷蔵庫から麦茶のジャグを出してそのままコップに注ぐ。
息子は朝から部活でいないから、妻と2人分だけだ。
「あー、お茶ありがとねぇ。所でノートパソコン出してるけど何か調べ事?」
と妻が聞いて来た。
「ああ、もう6月も半ばだし、8月10日の旅行当日までもう2カ月切ったからボチボチボストン美術館の各作品が公開されているか否かについて確認を取った方が良いなと思って。でもって公開されている事が判った作品の中で全員が観たい作品リストを取りまとめて、最短ルートを作成しようと思ってね。なんせ、14日当日にホテルにアーリーチェックインした後直ぐに移動した所で恐らくボストン美術館で滞在出来る時間は2~3時間位しか確保する事が出来ないから、全員で作品を観る時間と個別で観賞出来る時間を設けて時間効率を考えた段取りをする必要があるなって思ったんだよね」
「あー、それ聞いた事ある。行った時に観たかった作品が展示されてないって判ったら悲しいよねぇ」
「そう、それな。今回ボストンに行く理由の一つとしてボストン美術館に行く事が挙げられていたし、その中でも特に親父は日本の浮世絵とかを息子に見せたがってたから、その辺りが最優先になると思う。でもって俺も何点か観たい作品もあるから、どの作品を観る事が出来るのか、について調べてみようって話」
ノートパソコンを立ち上げているのだが、妻と話をしている間にはまだまだ立ち上がっていなくって、このノーパソもボチボチ交換の時期なのかなぁ、と思った。
「ところで、お義父さんとあの子の観たいものって教えて貰ったの?」
「ああ、父のリクエストは基本『日本の作品』が中心になるから、浮世絵だったり、日本の工芸品だったり、そう言うのが中心かな。でアイツのリクエストは特に無くって『そっちに合わせるわぁ』だってさ」
と首をすくめて言う。
まあ、彼にとっては美術館そのものが優先順位が高いイベントでは無いから、そう言う反応になってしまうのは仕方が無いのだろうけど、個人的にはとても勿体無い話だし、知っておいて損はない教養だったりするから、機会がある度にネタを振ってるんだが、たまにしかヒットが出ないプロなら確実に自由契約扱いのバッターだったりするから、最近では諦めモードに入っていたりするのだ。
「あー、あの子だったら言いそうだぁ・・・」
と妻が片手で顔を押さえながら言う。
ま、しゃーないじゃん。
これも、私達の教育の賜物って奴だ
しばらく後にようやく立ち上がったパソコンでボストン美術館をググる。
出て来た『Museum of Fine Arts Boston』ページから入り、一番上の方にあるタグから『Collections』を選ぶ。
すると下に20個位選択肢が出て来るのでその中から『Asia』をポチる、すると『Art of Asia』と言うページに入るから、そのページを下にスクロールする。
『Highlights』と言う項目の中に『Japanese Collection Highlights』とあるのでポチ、すると『Japanese Collection Highlights』のページに移動するから『View All Works』という赤地に白抜きのコマンドがあるからポチ。
これで、ボストン美術館内の日本関連の所蔵品が一部検索出来る。
同じ様に『Highlights』の所から『Japanese Prints』『Chinese Collection Highlights』『Wan-go H. C. Weng Collection』『Korean Collection Highlights』『Islamic Collection Highlights』『South and Southeast Asian Collection Highlights』のコマンドをポチる事でそれぞれのページに飛ぶ様になっている。
無論『Asia』以外にも20個前後コマンドがあるから全部の作品がお目当てです、ってなるとその作業を全部のページで行う必要がある訳で、それだけで1日以上の時間掛かりっきりになるだろう。
今回、父の最優先希望が日本の浮世絵の類であるから『Japanese Collection Highlights』と『Japanese Prints』が最優先の項目、となる。
実は個人的にも優先順位が高い日本の作品群の中で必ず押さえたい作品が2作、機会があれば観てみたい作品が1作あったりするのだ。
1つは「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」
平治元年1159年に起こった平治の乱を描いた合戦絵巻のひとつで、東京国立博物館に収蔵されている「平治物語絵巻 六波羅行幸巻」が国宝指定されていることから、この作品も日本に在ったら絶対に国宝または重文指定、という傑作のひとつだ。
そもそも「平治物語絵巻」自体が室町時代の日記「看聞御記」によれば永享8年1436年比叡山には15巻の「平治物語絵巻」が保存されていた、という記述があったのだが、その後散逸、喪失等で現存する点数が少なく、絵巻として残存しているのがボストン美術館の「三条殿夜討巻」、静嘉堂文庫美術館の「信西巻」(これは重要文化財)、東京国立博物館の「六波羅行幸巻」の3つしか残存していないので、その歴史的経緯も含め大傑作と言える作品だったりする。
内容としては、平治の乱の切っ掛けである、当時強力な軍事力を保持していた平清盛が熊野詣の為に京を留守にしていた間隙を縫って、源義朝率いる軍勢が後白河上皇の住む三条殿を急襲、後白河上皇を拉致監禁し、三条殿は炎で包まれ、老若男女問わずの虐殺が行われた様子を写実的にリアリティ溢れる描写で描いた作品で、当時の時代を知る上で非常に貴重な資料でもあった。
もう1つが「吉備大臣入唐絵巻」
遣唐使として唐に渡った吉備真備を描いた物語絵巻で、その才覚故に高楼に幽閉されてしまった彼は現地で数々の難題を課せられて、その困難な状況を救うべく鬼となった阿倍仲麻呂の助けを借りる事で何とかそれ等を退ける事に成功する、と言う説話を基にした全6段の絵巻だ。
この作品は元々知識としては知っていたのだが、2021年7月から今年(2023年)2月まで日本経済新聞朝刊で連載されていた安部龍太郎氏による「ふりさけ見れば」を読んでいる内に俄然興味が湧いて、是非観たいと思っていた作品だったのだ。
そして去年(2022年)7月23日から同年10月2日までの期間限定で東京上野の東京都美術館で開催された『ボストン美術館展 芸術×力』の目玉展示品の一つとして「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」と共に「里帰り」する事になった。
そのニュースを聞いた時、個人的にも是非時間を作ってみたいと願っていたのだが、丁度息子の受験年と重なってしまい8月下旬から9月中旬まで各予備校の模試があったり、塾の先生との個別ミーティングがあったり、各大学の進学説明会やオープンキャンパスの申し込みや現地でのガイダンス等が重なったりで、とてもでは無いが全ての土日の時間を自分の為に時間を割く訳にはいかない状態が続いてしまった為、全くのノーチャンスだった。
そう言う意味では今回のボストン美術館は正にあの時のリベンジでもある訳で、個人的にも特にこの2作は是非観たいものだ、とずっと思っていたのだ。
また機会があれば観たい作品としては長谷川等伯の「龍虎図屏風」が挙げられる。
六曲一双からなる今作品は落款から等伯晩年の作とされていて、明治時代にボストン美術館の日本美術コレクションの礎を築いたアーネストフェノロサとウィリアムビゲローの両名がそれぞれフェノロサが「龍」を、ビゲローが「虎」をコレクションした経緯がある作品だったりする。
モチーフとなっている龍虎には<龍吟雲起 虎嘯風生>(りゅうぎんずればくもおこり とらうそぶけばかぜしょうず)と言う禅画の画意があるそうだ。
これは、時には自らが龍となりて一心不乱にこの世の真実を求めて行動する事によって、周囲の人達がその姿を見て感化され、その感化によって雲が起こる。またある時には自らが虎となりて、邪悪な存在の一切を拒み、諫める勇気を持ち続ける事によって風が生じる。
他人事では無く、自らの事として自分自身が時に龍にでも虎にでも成り、自ら雲を起こし風を生じ、人生を切り開いていかねばならぬ、と言う力強い意志が画意となっている作品なのだ。
その様な人間の意志の強さを奮い立たせる龍虎図は生中な画力では到底描き切る事等出来るはずも無く、過去に幾人もの著名な絵描きが文字通り全身全霊を込めて魂を削りながら描き切った画題でもあった。
個人的には長谷川等伯に興味を持ったのは2011年から翌12年まで日本経済新聞の朝刊連載された安部龍太郎氏の作品「等伯」によるものだ。
その作中で長谷川等伯は様々な悲劇の連鎖の末に己の苦しみや絶望を相対的に捉える事が出来る様な心境に至り、その結果として大傑作「松林図屛風」が生まれた・・・
このお話で俄然興味が湧いた為、是非観てみたいと思い、毎年正月の時期に公開される事を知り国立博物館で今作品に出合った時の衝撃は、それを表す己の語彙力の無さを呪った程だった。
その長谷川等伯、晩年の傑作ともなれば、やはり是非とも出会いたいと思うのは当然と言えた。
一方で父の場合は「日本の浮世絵がボストン美術館にあるんだって驚きを息子に見せてやりたい」と言っていたがこれは作品によっては日本にも既に展示されている作品があったりするので、単に作品を観たいだけなら日本の美術館に行く、って言うのも一つの手段だったりするのだが、これを一々指摘するってのも野暮天の極みってもんでして・・・
例えば、葛飾北斎の「富嶽三十六景 凱風快晴」は東京富士美術館であったり、近場ならすみだ北斎美術館にも収蔵されていたりする作品だ。
そら浮世絵なんだから江戸時代の大量出版作品の一つである以上、1点ものとは違う。
ただ、父は「日本にもあるけどボストン美術館にも収蔵されているんだぜ、日本の浮世絵ってスゲーよなぁ」的な事を息子に伝えたかったんだろうし、その感動を3人で共有したかったんだろうなぁ、と推測出来るから彼のその希望をリスペクトするのはそれなりに価値があるものだと思っている。
で早速その「富嶽三十六景 凱風快晴」を調べてみる。
先程の『Collections』>『Asia』『Art of Asia』>『Japanese Prints』の順でポチる作業を行う。
その後『View All Works』をポチ、すると「Fine Wind, Clear Weather (Gaifû kaisei), also known as Red Fuji, from the series Thirty-six Views of Mount Fuji (Fugaku sanjûrokkei)」と言うタイトルの作品が出て来るので、これが「富嶽三十六景 凱風快晴」になる。
普通に展示されていた。
あぁ良かった。これは父が願っていた3世代揃っての浮世絵鑑賞イベントが出来そうだ。
次に同じ北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」も調べてみる。
うんうん、これも大丈夫。
他の作家の作品はどうだろう?
喜多川歌麿の「煤掃き」を調べてみる。
同じ様にスクロールすると・・・「NOT ON VIEW」・・・非公開である。
ありゃこの作品はダメだったか。
なら日本史の教科書とかでよく使われている奥村政信の「駿河町越後屋呉服店大浮画」はどうだろう?・・・「NOT ON VIEW」非公開。
ここに来て、なんか背中がゾワリとして来るのを感じた。
てか、どう考えても、どう無視しようとしても嫌な予感しか湧いてこない。
そして、こういう時の私の『嫌な予感』ってのは残念な事に的中率100/100だったりする。
ボードゲームだったら何回振っても最悪の出目しか出ないサイコロ振るゲーだ。
ウィザードリーだったら地下10階で必ずテレポーターの罠解除に失敗する様なもんだ。
嬉しくも無けりゃ誇らしくもねぇ。
これは、ひょっとして北斎や彼の娘である葛飾応為、同時代の歌川広重や歌川国芳を中心とした季節限定の「企画展」とかだったりするのか?
とてつもなく「嫌な予感」を感じて慌ててトップページに戻り、『Exhibitions』から『Current Exhibitions』現在進行中の企画展をポチる。
すると『On View』の所に『Hokusai: Inspiration and Influence』と書かれていて、これが季節限定な企画展である事が判った。
そして期間が『March 26–July 16, 2023』とあり、7月16日までの期間限定であった事も判明した。
なるほど、そうか、なるほど・・・俺達がボストンに行く頃にはこれらの作品群はお蔵入りって事かい。
へぇ、そうかい・・・まあそりゃそうなるよな。
まるで目の前にぶら下げたエサをよだれダラダラ垂らしながら取ろうとしたら、目の前にあったはずのエサが忽然と消えてしまったような感覚だ。
まあ、半世紀以上生きてしまっている立場からすれば、この様な理不尽は日常茶飯事だったりするモンなんだが、それでも毎回々々決して気持ちの良い想いをしている訳では無い。
それでも、父はこれ等の作品群を本当に心底から3人で一緒に観る事を楽しみにしていたし、その事を俺個人も叶えてやりたいと思っていたから、今目の前で起こっている現実を一寸簡単に受け入れる事が出来ないでいた。
少しの間ボーっとしていた時、急に胸がざわつく感覚を覚え、それに意識を向ける。
・・・あれ?、って事は・・・
『他の日本の作品群も同じ様な展示状況にあるんじゃないのか?』
慌てて直ぐに戻って『Japanese Collection Highlights』のページから入り直す。
ちょっと待てや、俺の「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」は?「吉備大臣入唐絵巻」は?「龍虎図屏風」は?!
映画の中で家族の死亡フラグ建ってるかもしれない状況下、傷だらけのヒーローが全速力で家族のいる家に向かうシーンが頭によぎる・・・『View All Works』をポチる手が汗で滲んでくるのが判る。
「Night Attack on the Sanjô Palace, from the Illustrated Scrolls of the Events of the Heiji Era (Heiji monogatari emaki)平治物語絵巻 三条殿夜討巻」・・・「NOT ON VIEW」
「Minister Kibi's Adventures in China (Kibi daijin nittô emaki), scroll 4 吉備大臣入唐絵巻 (第四巻)」・・・「NOT ON VIEW」・・・
長谷川等伯に関しては『Japanese Collection Highlights』からでは検索出来なかったので、検索で「Hasegawa Tôhaku」と入力、検索する。
「Dragon Ryûko zu byôbu 龍虎図屏風」「Tiger Ryûko zu byôbu 龍虎図屏風」・・・「NOT ON VIEW」・・・
「・・・はぁあーーーーーーあぁぁぁ・・・・・・」
力が完全に抜けてしまい、エアが抜けた空気ビニール人形の様に崩れ落ちノートパソコンに額をぶつけた。
そしてそのまま動けなくなる。
動きたくなくなる。
ただただ呻き声しか出て来ねぇ。
妻がビクッとしてこっちの方を見ている様だけど、そっちの方まで気が回らない。
どうしてくれようか。
マジどうしてくれようか、この憤りを、遣る瀬無さを、喪失感を、虚しさを。
「・・・どしたの、君?ほれほれ、こころやさしいおねぇさんにおもってることぜんぶいってごらん」
と妻が大げさに両手を広げて芝居がかったセリフを口にする。
「・・・悲報、ボストン美術館で父が俺や息子と一緒に観たかった作品だったり、俺が個人的に観たかった日本の作品が俺達が行く時に限って片っ端からことごとく完全無欠に非公開な事が判明・・・って感じ?」
「おおゆーしゃオークよ、死んでしまうとはみっともない」
「いやいや、死んでねーし、つかアンタ自分の夫とっつかまえてよりによってオーク呼ばわりっすか?」
「・・・オークなのにオークの自覚無いんだ・・・まあそれはそれとして、幾らここでブヒブヒ言ってても仕方が無いんだから、今観る事が出来る展示作品を調べて、その上でどんなルートでツアーを組もうか、って話にシフトした方が建設的だし良い結果になるでしょ?」
そうなんだろうけど、そんなことわかってんだけど、何かもうそんな事にすら反応もしたくない。
何でこんな事になっちゃったんだろうなぁ・・・
「んんん・・・まあそらぁそうなんだけどぉ・・・なんかショックでさぁ。去年息子の受験だったじゃん。そんでそん時に限って観たかった作品が久方振りに日本里帰り公開とかなってて、絶対に観たかったんだけど、色んなスケジュールが週末の度に重なってしまって、結局観る事が出来なかったんだよ・・・だから、今回のボストン美術館はリベンジの機会だな、と思って期待してたんだよねぇ・・・まあ俺の場合は海外作品とかでも何点か観たかった作品があるからまだマシなのかも知れないけれど、それでも観る機会が無くなってしまった事はショックではあるし、それに何より父の場合『ボストン美術館にある日本の浮世絵作品とかを孫に見せて驚かせてやりたい』って今回の旅行計画が立ち上がった最初の方から、それこそコロナ禍前の頃からずーーーっと、それこそガンの手術で入院とかする前から何回も何回も何回も俺に言い続けて来てた訳だし、俺も可能なら彼の希望を叶えてやりたい、3世代で同じ経験を共有させてやりたいって思ってたし・・・」
でも現実って奴は大抵非情なモン、と相場が決まってる。
選りに選ってこの件でかよ、って思うけど。
「この事を父に対してどうやって説明しようかなぁ、残念がるだろうなぁ、楽しみにしていたしなぁ、どんなサブプランを作っていけば納得は出来なくても妥協は出来るのかなぁっ・・・てな事を色々考え始めると何かもう、全部が全部なんだかもうウンザリしちゃって、めんどくさくなってなーんもやる気が出て来ないんだよねぇ・・・」
何か頭が動かせない。
テーブルの上に載せたまま動くのも億劫で頭も働かない。
何となく目を開ける事すら面倒になってそのまま目を閉じる。
・・・なぁんかなぁ・・・なーんで、いーっつもこんな感じなんだろうなぁ・・・
計画建てたり、調べたり、準備や段取りを組んだり、時間割いて労力割いて我慢して色々やるんだけど、どうにもならない所で重要な外したくないポイントがなーんでいーっつも最悪の出目出してしまって、外れてくれるんだろうなぁ・・・
なぁんか、もう全部が全部めんどくせぇなぁ・・・サイコロなんか振りたくねぇなぁ・・・どうせ最悪の出目しか出ないんだったら、サイコロ振らされる状況になった瞬間負け確定じゃねーか・・・
何も動けない、動きたくも無い、目も開けたくも無い時間は隣で立ち上がった妻が私の後ろに回った事で終わりを迎えた。
横に広がった私の肩に指をあて、ギュッ、ギュッっと指で圧し始めたのだ。
「ぶーしゃん、がーんばれ・・・ぶーしゃん、がーんばれ・・・」
普段、妻の肩をマッサージをするのは私の役目だった。
何時も肩から背中がこっている妻に対して、週末の昼食後のちょっとした時間に圧している。
特に左側の肩から背骨沿いにある縦ラインのこりが酷い傾向にあるから、その周辺を特に念入りに圧すと結構効く様で、毎週末の恒例行事になっていたりする。
逆に私は普段からあんまり肩こりとか感じた事が無く、また妻の握力だと私の皮下脂肪の下まで届かないだろうから、してくれと頼んだ事はほとんど無かった。
だから今彼女が私にしてくれているマッサージは『違う意味合い』な事位私にだって判る。
「ぶーしゃん、がーんばれ・・・ぶーしゃんならでーきる・・・もーうちょっと、がーんばれ・・・もーうすこしだから、がーんばれ・・・」
背中に妻の指の動きが伝わる。
きゅっ、きゅっ、っと肩からじんわりと指先の熱が伝わる。
彼女による無言の励ましだったり、暖かさだったり、思いやりだったり、そう言うのが体の芯に、心の中に一押し毎伝わって来る。
そんな時間が何分経ったのだろうか?
はぁーーっ、と一つ嘆息する。
そうだよ。
何時までも彼女にこんな事させ続けちゃ、彼女の指が痛くなっちゃうよ。
だから・・・
「・・・ありがとーね・・・ほんとに・・・ありがとーね」
と自分の肩に手を回し、彼女の右手の上に自分の右手の平を重ねた。
そして、彼女の手を取りきゅっ、きゅっ、とリズミカルに何回か握る。
「ありがとうね・・・もう大丈夫だから。ほんとにもう大丈夫だから」
「ん」
とだけ言い最後にポンポンと2度軽く私の肩を叩いて妻が離れ自分の席に戻る。
もう一度静かに嘆息する。
「ほんとにありがとう。お陰様でなんかこった体が解れた気がするよ」
「そっか・・・良かった」
と彼女はそう言うとニッコリと微笑んだ。
まあ、実際解れたのは体の方では無くむしろ重苦しくって折れてしまった気持ちの方だったりするんだけど、一々言うのもこれまた野暮の極みだから言わない事にした。
「何かもう、やる気スイッチぶっ壊れ状態でなーんもしたくない感じになったけど、貴方の『応急処置』のお陰で何とかかろうじて『電気は通りそう』な感じだよ・・・だから、ほんとにありがとうね」
「いえいえ、どういたしまして。指がバッキバキになった甲斐があったってもんで、私も嬉しいよ」
と言いながら指をワキャワキャさせニカッと笑う。
「・・・さぁてね、無いなら無いで仕方が無いから観る事が出来る作品だけをピックアップしてリストを作る準備をしましょうかね」
とつぶやき、首をゴキゴキ回しながら作業を再開させる。
出来る事は何時も限られているし、望む事の殆どが叶わない。
そうさ、何時だって、何処だって、この世は常に無理やり配られたクソハンドで強制勝負させられるしか無いリアルクソゲーだったじゃねーか。
それがどういう意味であれ・・・
「・・・『You play with the cards you're dealt. whatever that means.』・・・」
とつぶやくと妻が
「何か有名なセリフなの?」
と聞いて来た。
「ああ、多分世界で一番有名でそして一番ルートビアを酌み交わしたい犬のセリフだよ」
と言いながら顔が少しだけぎこちなくほころんだ。
>ほぼ例年と同じ時期である6月8日ころ梅雨入りした
関東甲信越の平年は6月7日頃だそうです。そう言う意味では今年、2024年は2007年の6月22日頃、以降の遅い梅雨入りだそうです。
>『月下独酌』
個人的に大好きな漢詩の一つで、高校生の時にはそらんじられる程に何度も口にした思い出があります。
当たり前ですが昭和の時代でも未成年による飲酒は違法行為です。
でも私の場合、何でか知らんけど酒にまつわる漢詩や落語、小話の類が小さい頃から大好きな禄でも無いガキだったんですよねぇw
幸運な事に、若い頃演芸場で柳家小さんの『試し酒』を拝聴する機会があって、いやぁ、ありゃ良かったねぇ。
アレを聴くと、本当に酒が飲みたくなってくるんですよ。
ある意味、言葉の魔術師の様な存在でした。
>ボストン美術館の「三条殿夜討巻」、静嘉堂文庫美術館の「信西巻」(これは重要文化財)、東京国立博物館の「六波羅行幸巻」の3つしか残存していない
絵巻の他にも「断簡」と言う形では14図存在しているそうです。
>安部龍太郎氏による「ふりさけ見れば」
安部龍太郎氏の『等伯』も大変に素晴らしい傑作で、個人的に長谷川等伯であったり、今作の登場人物が描かれている吉備大臣入唐絵巻に興味を抱かせてくれた作品でもありました。
>「NOT ON VIEW」
いや、ホント美術館最大の罠はこれですね。所蔵されている作品でも、保存状況であったり、修復作業のスケジュールであったり、他美術館への貸し出しであったり、で結構な頻度で「NOT ON VIEW」になりますから、油断もへったくれもないとは正にこの様な話だと思います。
皆様も海外の美術館に赴かれる際は、事前チェックが必要だと個人的に思います。
>You play with the cards you're dealt. whatever that means.
個人的にスヌーピーのセリフの中でも一番好きなセリフですね。
他にも『Learn from yesterday. Live for today. Look tomorrow.Rest this afternoon.』なんてのもあります。
これに関しては前段3つはアインシュタインの言葉、と言う話を聞いた事があります。
まあただ、単に私が長い名言だとポンコツ仕様の脳味噌じゃ覚え切れないので、意図的にスポイルしてるだけ、とも言えますがね。何はともあれw
本当にピーナッツは嫌味にならない名言や人生のチャートになる言葉の宝庫で、個人的にも孫やひ孫にまで読ませたい作品だと思います。
特に個人的には『チャーリーブラウンなぜなんだい?』がお勧めで、息子が小さい時に読み聞かせた絵本の中の1冊だったりします。
もし彼が、自身の子供に同じ様にこの本の読み聞かせをしてくれたなら、それは私自身が生きてきた意義を感じさせる慶事になるのだろうな、と思っていたりします。