段取り編20 えっ 今日は好きなだけイベントを選んでもいいのか!!
確かに言われてみればもう4カ月しか残り時間が無い状況で、まだプランも確定出来ていません、ホテルも確保出来ていません、ボストン行のチケットも確保出来ていませんって状況じゃ幾ら私の中では着々と段取りを組んでいたとしても周りから見れば「オイオイオイ、死ぬわアイツ」って思われても仕方が無いとは思う。
先週末に父と息子相手に旅行での制限と評価基準について共通認識を持って貰ったので、後はこっちが具体的な選択可能イベント&目的地を提示して、両名の希望を集計して、私の希望と合算して取捨選択した上で最終的なニューヨーク滞在時間&ボストン滞在時間を確定させて、ボストン行の航空券を確保して、どの日程にそのイベントを組み込むかを決定し、その上で両都市でのアクセスの良い条件に合致する滞在ホテルを確定&予約して、それらの情報を集約させた『旅のしおり』をつくる「たったそれだけ」の話だ。うん、とりあえず「たったそれだけ」と言って強がっておこう。
そう思わないとやってらんねー。
息子は兎も角、急進アナログ原理主義者である父の場合はネットの情報リンク先を提示した所で「じゃあその情報を全部お前が俺に説明して教えろよ」となる事がいとも容易く予想出来る為、各目的地やイベントに関して極力ネットのページをプリントアウトして文章だけで無く写真も提示してイベントを選んで貰うと言う「一手間」が漏れなく加わって来る事になる。
有難くって涙が出てくらぁ。
パソコンでお気に入りに放り込んでいたリンク先のページを1つずつ確認し、プリントアウトするのに向いているページを印刷する。
そして各イベント&目的地毎にホチキス止めして、各イベントの種類毎にクリアファイルに入れる。
何せ目的地候補が多いからクリアファイルも複数になるし、プリントアウトした紙の量も普通に300枚を超えた。
ま、どうせ使わなかった分は裏紙で使うんだけどさ。
それ等まとめた情報を父の所に持って行こうと思ったのだが、如何せん情報量が多いので、会社の業務時間が終わった後の夜に時間を確保して貰い、同じビルの上層階にある家に赴く事になった。
「おお、何か色々用意したようだな」
と風呂上りでステテコ姿の父が頭から湯気出しながらダイニングテーブルに着く。
つか貴方さっき風呂に入ったばかりなのに出て来るの早くね?
ちゃんと洗った?
母の入れてくれたお茶を飲みながら、プリントアウトした内容について1つずつ説明をする。
無論今日1日で終わるとは思っていないからジャンル毎に説明をする事になる。
説明しながら、父の側も判らない点についてこちらに質問をして来るので、その都度自分の記憶の納戸から探し出して引っ張り出したり、思い出せない事や全く調べていなかった事については会社の方にまで持って来て色々持ち運びしたり読んだり広げたり折ったりしている為にどんどんとくたびれて来た地球の歩き方で、あるいは携帯で内容を調べて説明する必要があったので、思ったよりも時間が掛かる。
結局、父のリクエストを確認するまでに複数の日数を要した。
それでも、少なくない数の目的地に関しては「ああ、そこはいいかな」と大して説明も聞かないで却下した上での話なので、全部の説明を完全にして質疑応答までやっていたらもっと時間が掛かっていただろう、と言う事を思うと正直自分の想定が甘かった事を痛感せずにはいられなかった。
父の場合は過去にニューヨークもボストンも行った事があったので、まだ行っていない場所で興味がある目的地は行ってみたいが、息子にとっては両都市共に初めて、私にとってはボストンが初めての経験だから父が過去に行った場所にもう1回行く羽目になる可能性があったのだが、余程行きたくない場所でも無い限り同じ場所2周目であっても基本合わせるよと言うスタンスを取ってくれるので、息子と私の希望優先順位を重視してくれるのはスケジュールを組み立てるにおいてとても助かる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方息子の方は、父とは違い両都市共に行った事も無ければ詳しく見聞きする機会も無かった為、ガチの基本情報をインプットさせる所から始めなくてはいけなかった。
幾つかの場所に関してはつべの動画なんかも参考にして説明したが、投稿された動画の内容が私達のニーズと合う合わないの差が大きかったり、そもそもググっても館内や施設の具体的な説明がそれほど無い施設もあったりで、必ずしも全ての目標が同じレベルで説明出来たとは言えなかった。
以前博物館や美術館等に関しては一部希望リストをピックアップする事が出来たがそれでも一部に過ぎなかったので、これまた再度ヒアリングしながらリストに書き記す必要が出て来た上、彼の場合は買い物等父とは違う目的での希望リストを別途ヒアリングする必要もあって完了するまで更に日数を要した。
この辺りは2度手間と言う見方も出来たが、2周目と言う事も出来るから初回と比べても彼の理解度は早かった様な気がする。
逆に父の場合と違った点があったとすれば、細かく質問する点がほとんど無かった点か。
まあ、本人が一度も行った事が無い場所である上、事前に彼自身で細かく調べる事も特にしていなかったから、私が提供する情報が一番細かい&最新バージョンの情報になる以上、基本私の情報をそのまま受け入れて判断する形となった。
少なくともこれで父と息子の希望リストは一通り収集出来た事になる。
後は自分の希望を混ぜて最終的な希望リストをまとめ、数多くのリストの中から優先順位順に並べながら同じ様なジャンルの下位順位からどんどんとカットして最終的なリストを作成することなるんだが、同時に荒天時のスケジュールも作成する必要がある。
まあ、最初の条件で「興味がある行っても良いよ、と言う目的地は一通り選んでね」と言う内容だったので、当然リストに記載された目的地の数は『おかわりもいいぞ』状態となる訳で、実際はその大半が編成時点で没になるのだが、その作業は結構時間が掛かりそうだ。
この時期のニューヨークやボストンの晴天率は高い傾向があるが、6泊8日というある程度期間が長い旅行の場合は1~2日は雨天決行にぶち当たる可能性があるから、そのタイミングでスムーズに予定を変更出来る様にしないといけない。
ただ、問題は事前申し込みイベント系だと日時確定という縛りがある為に万が一荒天で明日以降に順延ですってなった場合、場合によってはキャンセルする必要があるって事で、その場合は返金スキームに関しても事前に調べて置く必要がある点も見逃せない。
こればかりは3人の天候ガチャ賽の目次第と言った所か。
ニューヨークメッツの試合観戦とかはその最たる例で、事前に天候がほぼほぼ確実に晴天、と言う確約があればある程度事前にチケットを取る事も可能だと思うが、少なくとも日本にいる間にネットでチケットの手配をする事は取得面での確実性と言う意味ではメリットはある一方、天候面と言う事を考えた場合ある程度のリスクは許容する必要があると言わざるを得ない。
そもそもお目当ての千賀投手先発試合をピンポイントで購入する、と言うハードルがかなり高いから、おおよそ日本出発前の段階で購入する事はほぼ不可能と言っても良いだろう。
それと別のリスクとして夏のドピーカン晴れデーゲームで屋根無し席の場合、日焼け止めとか定期的にキチンと塗っておかないと確実にこんがり焦げ色が付いたローストポーク&チキン&ベアの一丁上がりになってしまうし、場合によっては熱中症のリスクの事も考えないといけないかも知れない。その場合は屋根付きの席の確保がリスクヘッジになると思うのだが、果たしてどんなに早くても数日前に、恐らくは前日にしかチケットの確保を行う事が出来ない状況で果たして理想の席が確保可能なのだろうか?
更に言えば、野球の場合小雨程度では普通に試合は行われるから、そのケースだと屋根が無い席だとポンチョの類が必須アイテムになる。
うーん、そこまでして観るモチベーションが彼等にあるのかなぁ?
息子の場合、下手に濡れたままだと体が冷えて風邪ひきそうで怖いから、その様なケースも念頭に置いて考えた方が良いかも知れない。
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両名共多数の目的地ヒアリングが完了するのに複数日を要し、集計する段階に入った頃には東京では八重桜もとっくに散って、テレビではあしかがフラワーパークで予定よりも早咲きで満開となった大藤棚を見ようと大勢の観光客が押し寄せていると言うニュースが情報番組内で流れていた。
そう言えば、家族で藤棚を楽しんだのもコロナ禍前に亀戸天神に行ったのが最後だったっけ。
藤の花を楽しんでいたら、クマバチが花の蜜を吸いに近寄って来ていて妻も息子も大騒ぎしてたのを私が嗜めた事を思い出す。
あの羽音とずんぐりした姿を見れば怖がるのも判らん訳では無いけれど、クマバチからすれば、とんだとばっちりの様なもんだし、そもそもクマバチのオスは針を持たないし、性格も温厚だからこっちが手で払ったり大騒ぎをしなければ何の問題も無い相手なのだ。
藤の花って確か蓋が固いから蜜を吸うのにホバリングし続けて花びらを下げないといけないってハードルの高さから、力の強いクマバチと藤は相利共生の関係にある、とどっかで読んだ事があった。
航空力学上では飛べないと言われている体のつくりなはずなのに、何だか知らんが飛んでしまう様な不思議な所だったり、藤と相利共生の関係にあるからかなりの高確率で親子代々同じ藤の花の蜜や花粉で命のリレーを繋いでいる様な所だったり、実は個人的にも結構好きな種類の昆虫だったりするんだよね。
「何かここの大藤凄い大きさだし田舎の葡萄園の様に横に広がっているから藤の花々が視界の奥まで紫の天井の様に見えるね」
と思わず感想を口に出してしまう程の見事な大藤で、テレビで見るだけでも迫力があるのだから、現地で観たらもっと感動するんだろうな。
「ああ、ここ有名だよね。あの子が毎週末に部活とかで予定が埋まっていなければ行ってみたいなぁって思っていたんだよねぇ」
と妻も同じ様な感想を口にする。
確かに関東エリアでこの時期に於けるあしかがフラワーパークの藤棚は国営ひたち海浜公園のネモフィラと双璧の毎年テレビで取り上げられる程の人気公園だったりする。
ひたち海浜公園は過去に3回程行った事があったが、丘一面に広がる薄青色の春風でゆるゆると揺れる花々の美しい様といい、遮るもの無くどこまでも広がる柔らかな彩度の青空とそこにアクセントとしてサッと筆で流し描きしたかの様な流れる巻雲の様といい、水平線の薄水色した空と紺藍色した海とのクッキリとしたコントラストといい、そしてこれ等一つ一つの様々な色合いをした美しい青色の数々が我々の眼前で融合されその視界の中で怒涛の色彩を放ち押し寄せる様はおおよそ生涯忘れる事の出来ない現世と常世との境目に紛れ込んで仕舞ったかの様な錯覚に陥る程の素晴らしい体験だった。
確かにあのイメージは写真やビデオ、テレビ番組や投稿動画でもその片鱗は感じる事は出来るのだろうが、現地に行った時の衝撃は恐らく伝わらないのだろう。
その一方、有名になり過ぎてしまって土日の早朝駐車場待機ラッシュとかが風物詩の一つとして認識される程、千客万来状態になっていまい平日に休みを取った方が良いのか迷う所だったりもする。
となると平日に普通に学校がある息子の場合一緒に行けない事になる。
まあ彼の場合、実は庭園とか公園の類は私達2人よりかは行きたいモチベーションは高く無いのだが、それでも『じゃあ2人で平日に勝手に行くよ。お土産だけ買って帰るから』とかなると必ずブー垂れる厄介なお年頃なので、現時点ではその選択肢は中々選び難かったりする。
「まあ、今後も段々と家族で一緒にいる時間は短くなる傾向にあると思うよ。それに部活でももう先輩や同級生達と随分仲良くやっているみたいじゃん。直ぐにお友達を作れる所とかは少なくとも私には無い彼の才覚の一つだと思うよね」
「だからと言ってまだ入部1カ月も経っていないのにいきなり『ああ、今からサッカー部の連中と一緒に帰るから蒲団だけ2組部屋に出しといて』っていきなり言われてバタバタ準備する立場になって考えて欲しいよ」
と妻が眉をひそめて愚痴る。
まあ、そら新歓とかで盛り上がってしまい遠距離の同級生達が最終電車逃したから一番アクセスの良い我が家に泊まらせてくれっていきなり来られても、こっちも対応に困るわな。
「漫画喫茶やカプセルホテルに泊まれよ以上って言えば良かったのに」
と首をすくめて言うと
「えー、それじゃあの子が可哀そうじゃない。せっかくお友達と仲良くなっているんだから、泊める位はしてあげても仕方が無いかなって思ってるよ。ただ、これが頻繁だと困るし遅い時間だと準備するのも大変だからその辺りの事をあの子にも理解して欲しいんだよねぇ・・・」
と頬に手を当てながら妻がぼやく。
まあ、いきなり複数人の赤の他人が泊まるからその準備しといてねって夜遅くに連絡来りゃオイオイオメェ脳味噌昭和かよって思うのは当然の事だし、こんなのが毎週毎月ウィークリーイベント、マンスリーイベントに組み込まれても、こっちからすればじゃあそれをクリアした所でガチャチケや石が貰えるでも無し、困るだけなのも事実だったりする。
「まあ、後日俺の方で彼には釘を刺しとくよ」
「うん、お願いね。でもあんまり強い言葉であの子を責める様な事は言わないでね。全く来るなって訳じゃ無いんだから」
「ああ、一応気には留めておくよ」
そう言いながら紅茶を飲む。
今日のはアールグレイで独特の風味が特徴的だ。
実は個人的にも好きな味なんだよね。
「しっかし、こんな感じでアイツもアイツの交友関係内で色々忙しくなって、家族一緒にどこか旅行やドライブで出かける事も今後はもっと減っていくんだろうな」
「うーん、まあそうなんだろうねぇ。でもなんか寂しい話だよねぇ。特にあの子達の年代だとコロナで高校生の時はほとんど何処にも行けなかったから特にそう言う外出イベントが他の世代の子供達と比べて明らかに少なかったからねぇ・・・」
「まぁ、しゃーないわ。今後彼自身大学生活が忙しくなるだろうし、大学の友人達と一緒にいる時間も多くなるだろうから、合間合間で家族一緒に何処か行く機会があれば行ける様に色々な準備だけはする。これしか無いじゃん。実際に行く行かない、行ける行けないはその時の状況で変わっていくし。今回の旅行だってそうだ。おおよそ行かないだろう目的地やイベントでも念の為希望リストに入れて貰ったのは、状況次第で準備していた段取りがいとも簡単に引っ繰り返される可能性があるからねぇ。」
カップにはもう紅茶が残っていなかったので、ポットに入っていたお替わり分を自分のカップに注ぐ。
妻の方にお替わりがいるか?とポットを持ち上げるしぐさをしたが、首を横に振ったので残り全部自分のカップに注ぎ切った。
「で、その段取りって上手く出来そう?何か手伝えることがあれば早めに言ってくれれば手伝えるよ」
「うん、ありがとう。後は並んだ選択肢から取捨選択して並べる事だから、多分大丈夫だと思う。つか大丈夫にしないといけないんだけどね。ま、何とかなるでしょ?」
すると、こっちの方をじっと見つめて妻がボソッと一言呟いた。
「自分の体重管理とかも上手くいかないのに、旅行のスケジュール管理とか大丈夫かしら?」
・・・もう少しこう何というか、手心というか・・・