段取り編17 ここまで来られた事への感謝の祈りを
妻に対して藪蛇働いた挙句「ええ、家族の為に自身の健康に対しもっと努力することを誓います。ハイ、もっと運動する機会を設け、飲酒量も減らし、暴食しないようにします。ええ、ましてや仕事の合間にコンビニ新商品最速レビューとか、コンビニ各社のチキン食べ比べイベントとか、デカ盛りカップラーメンはしご買い食いとか、肉まん>カップラーメン>デザートの間食フルコースとかもっての外です。ハイ、ええ、誠におっしゃる通りで御座います。全く持って異論などあろうはずがありません」的な自白&誓約をさせられる羽目に陥って、余りのフルボッコに凹んだ翌週、
「じゃあ写真とか取ったら、LINEで送っておくねー」
と私が花粉対策用のマスクをしてウインドブレーカーを羽織り憎き花粉を避ける為にフル装備で出社する時に見送る妻が一言付け加えてた。
そう今日は息子の高校卒業式で本来だったら私も参加したかったのだが、学校がコロナ関連の管理に対し厳格な事と学校自体の規模の問題から事前に申請した1名のみと言う縛りがあった為、妻だけが卒業式に参列する事になったのだ。
「ん、了解。じゃあ気を付けて卒業式行ってきてね」
そう言って私は会社の方に向かう。
今日は良い気候で何も無ければ行楽日和でもあるし、バイクや車を所有している人達からすれば良いツーリング日和になるのだろう。
ただ、この時期のこんな日は同時に絶賛花粉拡散中な日でもある訳で、私も含め外に出るのも億劫になるレベルで花粉症の症状に苦しめられている人達からすれば、外の景色を見るのも嫌な状況なのでとてもじゃないけれど行楽だ散策だツーリングだなんて事前に余程花粉症のクスリをキメるかそれこそ異世界転生でもしない限りムリゲーな話なのだ。
そしてこれが多分死ぬまで毎年続くのだろうなと思うと怒りの余り、ワルキューレの騎行をBGMにありったけの武器をパイロンに過積載したA-10サンダーボルトに搭乗し、ゲラゲラ心の底から笑いながら視界全面に広がる杉林に情け容赦無くナパーム弾をぶち込み辺り一面火の海にし、全弾発射後は砲身が真っ赤になるまでアヴェンジャーガトリング砲をぶっ放す夢を見たって誰も罪には問えないのは当然の話だったりする。
なんなら同好の士と一緒に出撃して杉林をことごとく火達磨にして「やったぜ!」「良くやった!今のは見事だっ!ビールを奢ってやる」とか言ってみたいし言われてみたいものだ・・・ってのも夢なら罪にはならんだろ?
しかし現実は、薬キメても思った以上の効果があるでも無く、こすり過ぎて充血で真っ赤になった目ン玉をくり抜いてワイヤーブラシでガシガシ磨きたい衝動と、壊れた蛇口の如く鼻汁垂れ流し放題器官と化した鼻を丸ごと高圧洗浄機で丸洗いしたい欲求に耐えながら仕事をする羽目に陥る訳でして、この痛みと痒みと息のし辛さのトリプルコンボでボーッとした頭だったら、間違い無く「我々の公約は国内全ての杉林を今年中に燃やし尽くし根絶やしにしますっ!」とかトンデモ公約を掲げる政党とかあったらクメールルージュだろうが国家ファシスト党だろうが速攻で選挙で投票してしまう自信があるぞ(注、クメールルージュは政治勢力ではありましたが、厳密には政党ではありませんでした)
そうした、杉林を滅ぼす新型爆弾の妄想を楽しみつつも現実とのギャップに打ちのめされながら、この日常をひたすらに甘受せざるを得ない状況に対しボヤキつつ私は会社に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事の途中にピンピロピンピロとラインの画像&メッセージが入って来るのが判ったが、バタバタしている状況でじっくりと見る余裕も無く、結局家に帰って玄関外で上から下までブラシで念入りにコートと背広に付着しているであろう花粉を落として、家の中に入ったら、即座にコートをコート掛けに引っ掛け背広の上下を脱ぎそれも玄関付近のハンガーに掛けワイシャツから下着から靴下に至るまですぐさま洗濯機にブチ込んで、一糸まとわぬ生まれたままの姿になって(ウゲェッ)即座に風呂に入り、頭から爪先まで完全に洗浄し湯船でじっくりコトコトセルフ茹で豚にした挙句、出た後洗面所で目薬を点してやっと人間らしい生活のスタートラインに立った様な気分を取り戻しつつ夕食を堪能し終え、食後のお茶をしばく段階でやっとこさっとこじっくりと携帯に送られた写真を観る時間を確保する事となった。
彼の高校時の制服はブレザーにネクタイだったのだが、高校生活中に身長が劇的に伸びた為、高2の時にブレザーとパンツを買い替える必要が出て、何とか卒業まで次の買い替えが無い様にと言う理由で2サイズ程大きめのサイズを購入した記憶がある。
確かパンツの方は裾上げしていた分を下ろす事で問題無く対応出来た一方、ブレザーの方は卒業式の時には若干ツンツルテン気味になっていて、お世辞にも良い身形とは言えない状態だった。
本人は大して高校の制服に思い入れがある訳でも無かったので、高3の時点で再度買い替える事を要求していなかったし、そんなお金があればもっとお小遣い増やしてくれよ、と言う始末だったのでなんだかんだで購入を見送ったのだ。
「あー、写真今観てるんだぁ。折角早く送ったんだけどなぁ・・・」
そう言いながら自分の分のお茶とお替わり分の急須を持って妻が隣の席に座る。
「ゴメンなぁ、今日は仕事で落ち着くタイミングが無かったから、家でゆっくり観ようと思って送られた画像データ開かなかったんだよ」
「特にピンボケとかブレとか無かったでしょ?」
「ああ、そうだね。携帯で見る分には良く撮れているんじゃないかな?」
そう言って写真をピンチアウトして拡大しながら確認する。
確認する時に遠近両用の眼鏡を外し裸眼でスマホの画面に顔にしわを寄せて確認を取る必要が出たのは何時の頃だったっけ?
拡大した写真は特にピンボケやブレがある様には見えなかった。
「うん、拡大してもピンボケやブレは無いみたいだから良く撮れていると思うよ。・・・しっかしまあ、拡大してじっくり観てみると、ホントに幼いまんま大きくなった感じがするねぇ・・・もちろん顔形や声や体格なんてのは違って当たり前なんだけど、それこそ幼稚園の頃の可愛さとか愛想とかキレイサッパリ取っ払って頭っから『身体だけ大人になる薬』ドバドバぶっかけたらこうなりましたって感じで何となく雰囲気はそのまんま残っているんだよねぇ、我が息子ながら親のそう言う所だけ真似しなくても良いのにって思うよ」
と偽りの無い本音を口にする。
思い返せば自分だって高3の頃とか今思えば可愛げとか素直さとかそういう「子供バフ」を知らない間にどっかに置いて来たり、誰かに剥がされたり、自分でぶん投げたりで失くしてしまった挙句に、タイパクソ喰らえな生き方ばかりやって彼方此方彷徨った挙句、無駄に時間だけを浪費して図体だけ大きくなってしまったクソガキに過ぎなかった。
だから、自分の息子には同じ様な苦労はさせたくなかったんだけど、どうにも良い所は似ずに悪い所だけ似るってのは、古今東西大勢の親達が同じ事を感じ繰り返し溜息をつくイベントを堪能する為の仕様なのだ。
「そうだねぇ・・・幼稚園や小学校低学年の時の写真と今の写真を比べたら『雰囲気変わってないですねぇ』とか言われる可能性はあるよね。勿論、幼稚園の頃とかは「可愛かった」んだけどねぇ・・・」
「遠い目すんなし・・・まあ、大きくはなったわな。大きくは」
「『は』って所が悲しいねぇ」
「そら人並みに親に対して心配と苦労と金と時間を掛けさせてきた上に、客観的にみた場合ぶっちゃけ大して各種パラメーターが増えた様子でも特殊スキルが手に入った訳でも無いしなぁ。出来ないなら出来ないなりに自立して社会に出てその時に持ってる手札で勝負するしかないんだろうけど、明らかにクソハンドしかない状況だったり効果的なカードの切り方すら判らないようだと、いとも簡単に周りの連中に身ぐるみ剥がされ、良い様に利用だけされた挙句、嘲笑と罵倒と幾許かの憐憫しか浴びない人生待った無しだろうから、こっちもヤキモキもするし口煩くもなるってもんなんだよなぁ」
携帯を机に置き頂いたお茶をすする。
今日はほうじ茶だった。
焙じた茶葉の香ばしい香りが飲んだ後に鼻に抜けていく様が心地良い。
「まあ、君の言いたい事は判るけど、それでも一番大事なのって、ここまで無事に育って来てくれたことに対しての感謝の気持ちを忘れない様にする事だと思うよ」
と妻が釘を刺す。
「まあ、そらそうなんだけどさぁ・・・しっかし、やっと18歳かよって感じがするよ。他の人ンとこの子供の成長とかは滅茶苦茶早い気がするのは単に何もやっていないし背負ってもいないからなんだろうね」
「そりゃそうでしょ。ホントに色々あったよ。まだ柵で囲まれたベビーベットで寝ていた時でも当たり前の様に柵超えて脱走して隣接しているこっちのベットに潜り込んだ挙句、ベットから落っこちたりね」
「ああ、あったあった。寝相が凄まじいほど悪くって俺達の枕元にケツがあったはずなのに足元の方までゴロゴロ寝返りで移動した挙句そっから落っこちようとするんだもん。俺の足下部分のシーツが引っ張られるような感覚がして慌てて目が覚めてアイツがベットからずり落ちそうになるのを寸前で止めたのって直ぐに思い出せるだけで3回はあったね。結局床にも蒲団をクッション代わりに敷く羽目になったし」
「旅行で熱川に行った時、海入るの怖がってたよねぇ」
「あれなぁ。一緒に海に入っている時に抱っこしてたら盛大に『大きいの』を漏らされて俺のTシャツがまっ茶っ茶になって慌ててホテルで洗濯する羽目になったよなぁ・・・ホテルの洗面所で2回も石鹼でガシガシ洗う必要に迫られるとは思わなかったよ」
「で、幼稚園の時に遊具から落っこちて慌てて病院に連れて行って検査した事もあったっけ」
「それ言ったらアイツが朝一人で起きぬけて貴方のハンドクリームの蓋をどういう手段を使ったか知らんけど、こじ開けて全身&床の絨毯ハンドクリームまみれにして後で起きた俺達朝っぱらっから大騒ぎになったのも幼稚園の頃だよ」
「でも幼稚園の時で一番のインパクトって卒園式の前に東日本(大震災)だった事よねぇ・・・」
「あん時は心臓止まるんじゃねーかってレベルで全力疾走して幼稚園に行った事を今でも覚えてるよ。今じゃ絶対無理ゲーだわな。俺の顔見た瞬間ギャン泣きしやがって暫く大騒ぎだったよなぁ・・・」
「でもって幼稚園卒園の謝恩会会場が震災の影響で修復の必要が出て結局中止になっちゃって、小学校の入学式も同じ理由で第二講堂での開催だったし、もっと言っちゃえば中学の卒業式&謝恩会、高校の入学式もコロナでぜーんぶ中止だし。今日の卒業式だって私1人しか同行出来ないって条件だったし、なーんかあの子の世代ってピンポイントでそういうイベントがことごとく中止の憂き目に遭ったりしてたよねぇ・・・なんだか可哀想だなぁ・・・」
そう言って妻はほうじ茶を啜る。
何か止め処も無くポンポンと昔話が出て来たが、アルバムとかの写真観ながらとかビデオ観ながらだったら間違い無くもっと細かい話まで思い出しながら1日2日では足りない位お互いにもっともっと色々と語りたい事がある。
あの時はああだったね、この時はこうだったね・・・互いが共通体験として「彼のここまでの無事と成長」に苦労や厄介を重ねながらも関わり続ける事が出来た、と言う事はやはり客観的にみて私達家族が比較的幸運なポジションに居続ける事に成功し、致命的な不幸の賽の目を引かずに済んだ部類だと言えるのだろう。
そして人によってはそれ等を全部ひっくるめて『幸せ』と呼ぶのかも知れない。
今年の3世代旅行が父にとって、私にとって、そして息子にとってどの様な共通体験として記憶に残り、そして更に息子の後の世代に対して彼はどの様な情報や知見として伝えていくのだろうか?
その実現の為にももう少し段取りを頑張らないとなぁ・・・
そうこうしている間に玄関の方からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえて来た。
「おお帰って来やがった」
「今日は結構早かった方だねぇ」
と2人して玄関に向かう。別に行かなくても良かったし、どちらかが行くでも良かった。
でも何と無く2人して玄関に向かいたかったのだ。
息子からすれば帰って来たら両親が共に玄関で待ち構えているもんだから、そら真っ先に思うのは
『あれ?俺なんか両親に玄関で待ち構えられるレベルのヤベェ事やらかしたっけ?』
であろう事は容易に想像付く。
玄関で会った息子の顔には「どの件だ?アレかなぁ?それともアノ話かなぁ・・・いやそんな事よりどうやってこの難局乗り切ろうかなぁ」という逡巡がそれこそテンプレートの見本市ですってレベルで非常に分かり易く出ていた。
その様子に私達2人は思わず笑ってしまう。
「「おかえりぃ」」
「・・・ただいま。・・・なんなんだよ2人して玄関で待ち構えて・・・今日なんかあったっけ?」
と様子を探るような声で聞く息子に対して、私達は共に顔を見合わせ、ニシシと悪だくみの共犯関係を楽しみながら息子に向かい合い、
「「なーいしょっ!」」
と2人して人差し指を口元に当てながらニンマリと笑った。
頭の上に?マークがグルグル回っている様子の息子の顔を見ながら、
『ここまで無事に育ってくれたことに対しての感謝の気持ち』
を思い出し、明日も明後日もその先も皆無事で平穏に過ごす事が出来ます様に、と私らしくもない祈りを今まで見た事も会った事も無い、でも人から聞く分には兎に角偉大で尊く慈悲深い、と言う話らしい誰かさんとやらに対し、複利効果を期待しながら捧げたのだ。
>「やったぜ!」「良くやった!今のは見事だっ!ビールを奢ってやる」
はい、地獄の黙示録ですね。大きなお兄ちゃんズにとっては必須科目の教科書の様な存在ですね。
今後2~3回人間に輪廻転生した所で「朝のナパームの匂いは格別だ」等とヌカす日は来ないでしょう。つか来たら困るw