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段取り編16 私も貴方も彼も毎年平等に1歳ずつ必ず老いる

 先日、サボっていたツケを妻から支払わされてドエライ目に遭った日から翌週末のこと、その間息子の方は入学前講座の定期テストをヒーヒー言いながらこなしていたり、私達が複数の選択肢を検討して最終的に決定した自動車教習所に入学手続きを行っていたり、空いた時間にチェーン店系喫茶店のバックヤードでバイトをする為の申請書類を用意していたり、同じ様に受験が既に終わっている同窓生や同級生達と遊びに行ったり、と多忙な学生らしい活動を始めていた。


 高校生の時にはコロナ禍でバイトどころでは無かったし、何処か皆で外に遊びに行こう、と言う話もほとんど無かった学生生活だったから、その分を少しでも取り戻そうと様々な事に挑戦し始めている。


 高3で受験勉強が多忙な時には在籍だけしていたスカウト活動も再開し、ベンチャーからローバーにクラスチェンジする事になったのだが、いかんせんベンチャー在籍時期の活動量がコロナ禍によって全体的に少なくなってしまっているので、ローバースカウトの活動でもベンチャースカウトの内容が混在していたり遡る形でイベントを組み立てたり、とかなりイレギュラーな状態になっている様だ。


 コロナ前には当たり前だった「ごく普通の」学生生活がどれだけ脆く、儚く、危うげで、それでいて飛び切り輝かしくも美しい希少な存在であるか、と言う事を私達は嫌と言う程思い知らされ続けた。


 そんな状況だから息子が週末は勿論平日でも必ず家に居る訳でも無く、根無し草の様にあっちにフラフラこっちにユラユラする様になり、夕食の準備を用意しているにも拘らず帰って来てから「あー今日は友達と夕食済ませたわ」とアンタ昭和の亭主関白サラリーマンかよ的な事が頻発した為、スケジュールを家族全員で視認出来るようにと、カレンダーに事前に組み込んでいる予定を「必ず書くように」しようね、って妻の発案で決まったのがつい先日の話。


 しかし、当事者である息子はその性格上「あー、ついうっかり書き忘れていた、てへぺろ」となるケースが多く、それでいて予定当日に「え?今日出かけるって言ってたじゃん。書いてないって?・・・ああ、今度気を付けるわ。それより今日の昼食代と交通費とお小遣い、よろ。もう出るから早く頂戴」とかナチュラルに人の神経逆撫でしヘイト貯める様な事を何の疑問も持たずに何度もやらかすもんだから、妻の御機嫌も麗しくない日がチョコチョコ出て来るってもんでして・・・


 「ねー、早く大学生活始まらないかなぁ・・・何か息子一人家にいるだけで家の中の段取りが片っ端から狂うし、随分と振り回される事が増えているんだけど・・・」


 と先日特売で売っていたからまとめ買いした個別包装のドリップコーヒーを啜りながら妻が眉の根元に縦ジワこさえながらボヤいていた。

 部屋中にコーヒーの良い香りが満たされていくのが、妻曰く「鼻『も』悪い」私ですら十分に理解出来る。


 「もう3月に入って来週には高校の卒業式だし、大学の入学式も後1か月近くという状況だから、今の内に大学入学後には時間が取れない事を中心にやっておこう、って話だから今月が言ってみれば各種イベントのラストスパートみたいなもんでしょ?・・・まあ確かに予定をキチンとカレンダーに書かないから彼に振り回されるって問題があるのは事実だから、それについては解決つけないといけないし私の方からも再度注意はして置くよ。まあでも、タイムリミットが決まっている事でもあるし、今の時期はある程度だけど彼の我が侭を許容しても仕方が無いのかなとは思うよ」

 「カレンダーの件は君からも釘を刺して置いてよね。せっかく作った夕食が結局翌朝にレンチンするなんて美味しくなくなっちゃうでしょ?」

 「あ、そうなの?俺先週末作って貰ったメンチカツの余った奴、昨日レンチン後トースターでカリっと温めた直したのが、めっちゃ美味しかったんだけど・・・ああ話してたらまた喰いたくなっちまったなぁ・・・あれ、ギンギンに冷えたビールや強炭酸で作ったハイボールなんかと相性バッチリなんだよなぁ・・・」


 先週自家製メンチカツがおかずだった時に、数枚余ってしまい冷蔵していたそれを一度レンチンしてそれからトースターでカリっと温めると、普通に揚げたてに近しい美味しさがあって堪能出来た。少なくとも私的にはチェーン店系スーパーで売ってるメンチカツよりも断然私好みの味だったので、彼女が美味しくない、と言っているのが過度な謙遜にしか聞こえなかった。


 「そら当日の揚げたてよかアレだけど、それでも温め直しでもマジウマッもっと喰いてぇって思ってたんだよねぇ」

 と思っている事をそのまま言ったら、


 「うん、君が常日頃私の作った料理を美味しく食べているのは知っている。ホントに心底美味しそうに食べているから私も君の体重の事とか健康の事とかそういった問題さえ無ければ、揚げ物とかケーキとか粉もんとかラーメンとか『美味しいものはカロリーで出来ている食品』をもっと沢山作りたいんだけどねぇ・・・」


 と私の腹肉を見つめながら妻が嘆息と共に言った。


 「・・・おぉう、さーせん」


 今月に入って特に、息子がいない中で2人でお茶を飲む機会が増えた。

 大学に入ってからも色々と交友関係が広がれば同じ様な日が増えていくのだろうか?


 「アイツが大学入ってから、今日と同じ様な事が今後増えるとするじゃん?」


 ふいに投げかけを受けた妻は目をパチクリさせながら


 「・・・うん?で?」

 「大学ってさぁ、本来だったら中学、高校までの中等教育とは違って明らかに専門性の高い高等教育を学ぶ機関な訳で、でもその実態が就職や資格の予備校である、って身も蓋も無い話なんだけど誰もがそう思っている訳じゃん?今年入学して大学1年ですって言っても大半の学生が来年の2年次の秋以降にはもう就活に向けて準備を開始する必要に迫られる訳だ。でもって更にその翌年の3年次には本格的に就活で動く事になる。それってもう採用する企業からすれば学生である事は百も承知なんだけど、建前として1人の人間として自分で自立して自分で責任を取る事が出来る社会人として最低限の入り口に立っている事が当たり前の様に求められるって意味するはずなんだよねぇ・・・」

 「ああ、まあそういう見方も出来るけど、でもあの子の成長度合いとかみてると・・・うーん、とてもじゃないけど大人とは言えないよねぇ・・・」

 「うん、それは間違いないよね。でもまあそれに関しては残念だけど結局私達2人の今ここに至るまでの彼に対する教育の結果だと言う事だよ。その辺りは甘受しつつも今後何とか改善させられる様にしないと。それと、身も蓋も無い事聞くけど、俺達が息子と同じ年代の頃ってどうだったっけ?」


 と意地悪い笑みを浮かべながら聞く。

 お互いに中高大学生の頃なんて「脛に疵持つ」年代だったと思うけど。

 流石に他人のバイク盗んじゃった挙句道路交通法違反やっちゃったり、学校の窓ガラス器物破壊コンボ決めまくっちゃったりとかはしなかったけどね。

 すると、随分と温くなったであろうコーヒーを一口飲み込みながら、


 「え?私がその頃は短大でもとーっても優秀な成績を確保していたバリバリの優等生でしたけど何か?」


 としれっと、自分の若かりし頃の親を心配させていた数々のやらかしを異世界までかっ飛ばしながらガン無視して、自分だけは貴方や息子とは違うんですよオーラ振り撒きやがった。


 「・・・いい根性してるよ」

 「そ・れ・が、あ・にゃ・た・の・お・く・しゃ・ん・で・す・か・りゃ~」


 イシシと悪い笑顔浮かべながら一言毎に私のボテ腹を指先で突いてくる。いやそれ、いてぇからやめーや。


 「あーはいはい、ゆーしゅーゆーしゅー」と棒読みで感情を込めずに言ってやる事で少しでも留飲を下げるとしよう。

 「・・・何か君、私への扱い酷くない?ま、いーけどさ。・・・で何でそんな話を?」


 と改めて私に向き合って妻が聞いて来た。


 「うん、要は今後彼にもっと自立を促していかなきゃいけないよねって事と、私達ももっと子離れをしなきゃいけないよねって2点。それに彼が大学を卒業した後の私達自身の老後のライフプランをどうしようかって話であったり、それを実現する為のファイナンシャルプランのPDCAサイクル構築であったり、今後息子の事で頭を悩ませてきた時間をもっと私達自身の事で頭を悩ませる時間に変えていかなければいけないよねって話」


 そう言いながら、残りの冷めたコーヒーをグイッと一気にあおる。

 口の中のコーヒーの渋みを流したいのと、もう一寸水分が欲しいなと思い、冷蔵庫の方に麦茶を取りに行きながら、


 「俺は冷たい麦茶飲むけど、何か要るかい?」と聞いた。

 「うーん、お腹タッポンタッポンになっちゃうから要らないかなぁ。それと彼の自立云々の件はその通りだと思うけど、少なくとも私はもうとっくに子離れ出来ているつもりでいるし、問題なのは君の子離れの方なんじゃないのぉ?」


 とこれまた意地悪そうな笑みを浮かべながら聞いて来た。

 少なくとも私から見れば貴方も似たり寄ったりだと思うぞ、って思っているのだがそんな些事を一々指摘して問題を発生させる事よりも「我、平和を貴ぶ」な姿勢が重要なのだ。

 君子危うきに近寄らずとも言うかな?


 「まあいきなり完全に子育ては卒業ですって手を引くって話じゃ無いよ。それに彼だってクレカを持つようになったから金融リテラシーについて最低限これは学んでおけって情報は伝えておかなきゃいけないし、新NISAの絡みで言えば投資や資産形成に関するリテラシーだって向上させないといけない。運転免許を持てば車に乗る様にもなる。そうすれば実際の運転時に起こるであろう問題や危険性について1日保険とかを使って何回も実地訓練もしないといけない。最初の数回に関してはお金払って教習所で更に訓練すると言う手段もあるけど、最終的には私達が隣に乗車してあれこれ指導するようになると思う。兎に角、交通事故を避けられるだけの最低限のスキルは習得させなきゃならんよ。他にはまあ、最近では無いみたいだけれど、部活の新歓飲み会とか各種イベントでのアルハラやセクハラの可能性がゼロとは言い切れ無いから、アルコールに関するリスクコントロールやセクハラに関するマニュアルも説明しなきゃいけない。大学の方でも注意喚起はするだろうけどカルト集団とか反社集団との接触なんかは絶対避けなきゃいけない。大学入学前後で『最低限』教えないといけない知識って実は結構あるはずなんだよ」


 片手で指折り数えながらもう片方の手で麦茶をコーヒーが入っていたマグカップにトポトポと注ぐ。

 そう言えば注ぐ時にヒュンヒュン音が鳴るウォータージャグとか昭和の時代はあったよなぁ。いつの間にか消えていったけど。


 「そっちの方は任せたよ。多分君の方がそういうのを具体的な実例を挙げながら教えるの得意そうだから。・・・でもまあ、クレカに投資、車にお酒や異性関係、カルトに犯罪集団ねぇ・・・確かにあの子ももうそういう年齢なんだよねぇ。仕方が無いとはいえ私達もあの子と同じ年齢分だけ年取っていくのは何か嫌だなぁ・・・」


 とボヤく。麦茶を冷蔵庫に戻す時に彼女の空になったマグカップを同時に持って行き、シンクの中に置き水を淵まで入れて置く。こうすればカップにコーヒーの着色がこびり付き難くなるんだよね。


 「嫌だと言っても仕方が無いじゃない。彼が1歳年を重ねたら私達も1年分年老いる事になるのは古今東西富めるものも貧しきものも逃れられない事実なんだから・・・まあでも客観的に見て、貴方は俺なんかと同じ年には見えないけどね。同年代の他の女性との比較とかは価値基準をよく知らないから判断が難しいけれど、少なくともこの年まで一切白髪染めとか使用していません、毛量も今でも多いので美容院に行った時には毎回結構な量を梳いて貰わなければいけませんって頭髪に関して貴方は結構レアケースだと思うぞ。それにシミ、ソバカスも明らかに俺よりも少ないし、目尻とかのシワもほとんど目立たないし、俺が言っても説得力無いけど、実年齢より少なくとも5歳以上は若く見られるんじゃないかな?まあ、男性の『若く見られる』ってのが時と場合によっては他人から軽く、あるいは舐められて見られる可能性がある事から必ずしも良い事ばかりでは無いのに対して、女性の場合は殆どのケースで良い事だらけみたいだからねぇ」


 ウォータージャグを冷蔵庫に仕舞って席に戻る。

 注いだ麦茶を一口含みコーヒーの渋みを洗い流す。


 「いやいや、そりゃ日焼け止めとか最低限の事は気にしているけど、お肌のケアとか君のお義母さんと比べたら私なんか全然手抜きだよ。ホントに最低限の事しかしていないし。お義母さんとかとても80歳には見えないけど、話とか聞いていたらそりゃあれだけの努力を毎日継続していたらそうなるよねぇって思うもん」


 両手をブンブン振りながら慌てて否定する妻。

 まあ確かに私の母はダイエット器具とか健康関連グッズに関しては購入履歴だけで博物館が出来るラインナップだったよなぁ・・・でも美容化粧品関連は全く知らんし興味も無かったから気にも留めなかったけど、そんなに色々購入して消費し続けてたんだ。

 スゲェな、母。

 でも貴方もそんな過度に謙遜する事無いのになぁって思うけど・・・


 「俺自身、自分の母親の実年齢と肉体年齢との差って正直今までほとんど意識した事無いけど、まあ言われてみれば平均値よか若く見えるのは否定しないけどね。だって、思い起こして欲しいんだけど、私達の頃の『テンプレ昭和のお爺ちゃん、お婆ちゃん』ってどう転んでも昔話に出て来るいかにもご老人だったじゃん。背中曲がって皺くちゃでシミだらけでヨボヨボで歩く事もしんどくて入れ歯も合わずに何時もフガフガしゃべってて、身だしなみも結構ボロボロで・・・そうなるとやっぱり毎日こまめに行うケアの積み重ねが美容であったり健康や体力面であったり、他人から見た時の印象とかでも結構重要な要素になるんだろうなって思うよね」


 そう言いながら麦茶を飲む半分以下になったが流石にこれ以上のお替わりは要らないかな。


 「それは父に関しても同じ事が言えるわな。ただでさえ俺よりも毎日の運動量とか多いし、大病患って以降はもっと健康に気を使っている様だし・・・あのクソガキにも言って聞かせてぇな。アレ見ただろ?この間の歯科検診の結果。何で俺よか出血箇所が多いんだよって注意したばかりだよ。大人になってからの虫歯や歯周病とか取り返しがつかないから気を付けろって結構五月蠅く言ってるんだけど・・・」

 

 息子は御多分に漏れず同年代男子の平均並みに清涼飲料水やお菓子やジャンクフードが大好物で、それでいて小まめに歯を磨く習慣とか本人の無精故に無いもんだから、やっぱりと言うべきか当然と言うべきかここ最近受診した歯科定期検診とかで虫歯の兆候が複数の歯で確認出来た上に数か所の歯茎で出血が確認されている為、今では3か月に1回のペースで検査とケアを行っている。


 「言って素直に言う事聞くような子供だったらここまで苦労はしていないよ・・・」


 と妻がトホホと言わんばかりの顔でボヤく。


 「さっき言った通り、私達が毎年1歳ずつ平等に年を取るのと同じ様に彼も同じ年分だけ加齢するのは間違いの無い事実なんだけど、精神年齢とか肉体年齢とか、人それぞれで実際の戸籍の年齢とは違っていくし、日々の生活の中で積み重ねた努力や時間、費用とかの積み重ねでその差は年々拡大して行くのも確率論だけど多分正解だと思うよね」


 そう言うと、妻は腕を組んで口角を上げこっちを見つめて来た。

 あ、スゲェヤな予感。


 「うん、そうだね。で、そこまで御立派な事を言うんだから、それを家族内全員で共有し改善する為にも、もう少し君自身の健康状態について現時点での君が把握している問題点と、私が感じている問題点、そのギャップとそれに対しての具体的な改善点とか君の口から直接そして詳しく聞かせて欲しいなぁ」


 笑顔で言っているんだが、その笑顔が捕食者の笑顔にしか映らないのは何でなんでしょうね?

 うわぁ、とんだ藪蛇だったかぁ・・・


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