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段取り編8 ゆりかごの歌

注意・この章にはアメリカ同時多発テロ事件の描写があります。人によっては刺激が強いと感じられる内容があります。御注意下さい。

 展望台は1か所、美術館は0か所、が現時点での彼の希望となる。

 まあ、あくまでも現時点での彼の希望なので増える事もあるだろうし、天候であったり父の要望であったり私自身の希望であったりで、どう転ぶかは現時点では判らないけれど、一つの判断基準にはなるだろう。

 

 「で次は博物館関連なんだけど、何処かマストで行きたい所とかあるかい?」

 「・・・んーー。一寸迷うんだけど、この中だったら最優先は911かなぁ・・・」


 ノートパソコンの画面を上下させながら、結構時間を掛けて答えた。


 「うん、そうか。個人的にも今回のニューヨーク滞在中にここは絶対に行くべき場所だと思っていたんだよね。まあ勿論楽しい場所では無いし、むしろアメリカ史において上位に位置づけられるレベルの悲劇的な事件の現場ではあるんだけど、ニューヨークの、そしてアメリカの・・・いや間違い無く世界史の教科書にも今後数百年レベルで書き記し続けられるであろう歴史を語る上で絶対に外せない場所だから、今回の旅行でも外せない選択肢なのかなと思っている。あの歴史的事件は君が生まれる3年前の出来事だったんだよ。でもって私達が結婚する前年の話でもあった」

 

 そう言いながら同時に、冴えないポンコツ仕様の頭であの時の事を思い出そうとする。

 でも、もう22年も前の事なんだよなぁ・・・


 ・・・確か特筆するべきイベントやトラブルがあった訳でも無い、極普通の平日で夜に仕事が終わって飯食って、ニュースを見ていたのだと思う。

 テレビを付けてニュース番組にチャンネルを替えたらニューヨークの観光名所でもありアメリカ経済の象徴とも言われていたツインタワーの片割れから煙が立ち上っている画像がお茶の間のテレビに映っていて、なんだこりゃ?と思い、キャスターも第一報時点では事故なのか事件なのか情報が錯綜していたので断定出来ていなかった印象だった。


 それから数分後位に、望遠で映していたであろう荒っぽいカメラ画質の映像に突然、飛行機の影が一瞬チラリと見えてそれがツインタワーの後ろに隠れたかと思った次の瞬間に、もう一つのビルから突然爆炎と黒煙が噴き出して、飛行機が突っ込んだんだ、と嫌でも理解出来た。

 頭の片隅では理解したくなくても、無理やり脳内で力任せに理解せざるを得ない程の強烈なインパクトを与えた画像が否応無しに私に対し『これは現実なんだよ』と目を背ける事を拒んだ。


 「世界中があのテロを同時中継で、ライブで目撃したんだよ。世界中の多くの人達が目撃者としてあの歴史的瞬間を共通認識として我が事の様に共有した、いや、させられたんだ。そしてあの瞬間、間違い無く歴史は変わった。変わってしまった」


 息子は何も言わない。

 黙ったまま、両手の指を組み静かに話を聞いている。


 彼が生まれる前の歴史的惨劇のリアルタイムを私達世代は知っている。

 でもそう言う歴史的なイベントの発生当時の様子とか、人々の感情だったり、空気感だったり、それこそウィキペディアとかでは出て来ない『何か』を自分の子供世代にオーラルヒストリーとして私は、私達はこれ等様々な出来事をリアルタイムで知らない下の世代に対しどの様に伝えていけば良いのだろうか?


 そして、それは今回準備している旅行の最優先目標の一つでもある、父から孫への意思疎通を図って、彼が生きていた時代の中で起こった数多くの出来事を彼の目線、彼の熱量、その当時の空気感等を以って伝えていく事にも繋がっていくのだろうと、個人的には思えてならないのだ。


 「あの時は日本時間の夜10時位でねぇ。何時も見ているニュース番組でいきなりニューヨークのツインタワーの画像が出ていて、その内1つのタワーにはバックリと大きな裂傷が開いていて、そこから黒煙と濃い灰色の煙がまるでビルが大量出血しているみたいに止めども無くもうもうと吐き出され続けていて、これは中にいる人達、特に上層階にいる人達はこれだけの煙が常時大量発生していて大丈夫なのだろうか?と感じていたんだよ」

「その画像が暫く続いていたら画面に突然飛行機らしい影が映り込んだんだ。一瞬の事だから、何事か理解出来なかった・・・いや本当はその時に次に何が起こるか理解出来ていたのかも知れないけれど、理解しようとしなかったんだろう・・・2機目だった。次の瞬間にはもう一つのツインタワー、これは後に南棟だと判明するんだけど、画面に突然その南棟から爆炎が噴き出して、その後追いかける様にビルの破片とか黒煙とかそのフロアで保管されていたであろう様々な書類の数々が激しい勢いで吐き出されたんだ」

 

 無意識の内に、目を閉じて左手の指先を額にトントンと当てながら、当時のリアルタイムを思い出そうとする。

 目の前の息子に語ると言うよりも、あの時のインパクトを自分自身で思い出しながらトレースする様に記憶の再生を図ろうとしていた。


 「あの瞬間、これは事故なんかでは無く人類史上初のハイジャックされた民間機の乗員乗客と積載された大量の航空燃料を着火剤と火薬にした高層ビルへの自爆テロなんだと世界中が認識したんだよ。そこからは、もう怒涛の展開だった。世界中が驚愕した直後、今度は別にハイジャックされた機体によるペンタゴンへの自爆攻撃が発生し、その事が確認された直後にはアメリカ全土で航空機の離陸全面禁止が通達され、飛行中の民間機も強制的に着陸させられた(注・正確にはツインタワー南棟へ2機目の激突が確認された時には既に連邦航空局は民間機の離陸禁止を決定していました。ただ時系列的にはAM0903ユナイテッド175便ツインタワー南棟激突>AM0938アメリカン航空77便ペンタゴン激突>AM0945連邦航空局が全民間機離陸禁止措置>AM1003ユナイテッド93便シャンクスヴィルに墜落の順番となりペンタゴン激突の後で禁止措置の発令と言う形になります)」

 「え?それって大丈夫なの?」


 と息子が怪訝そうに尋ねる。


 「無論、平時では絶対ありえないし、そんな事したら大混乱に陥るけれど、テロリストによって米本土大都市の主要建造物であったり重要な公的機関がここまで大規模に直接攻撃される、という非常事態はアメリカ合衆国建国以来前代未聞の出来事だったからねぇ。そら安全保障上それ位のドラスティックな事はするよ。何せ危機管理に関しては西側諸国で一番狙われている本家本元という自覚がある国なんだから。実際ハイジャックされた機体がワールドトレードセンターに2機、ペンタゴンに1機激突した時には既にもう1機別にハイジャックされていた機体が目標に向け飛行中だったんだ・・・」


 すると彼は慌てて私の言葉を止めた。


 「ちょ、ちょっと待って、じゃあトータルで4機もほぼ同時刻にハイジャックされたの?」

 「そういう事になる。ただ、最後の4機目、ユナイテッド93便はこの中で唯一テロリストの目的を達成出来なかった機体となっている」

 「・・・ひょっとしてアメリカ軍によって撃墜されたとか?」

 「いや、複数の乗客がテロリストによって占拠されたコクピットの奪還作戦に打って出て最終的にはコクピットに突入したか、する寸前まで行けたらしい。その為テロリストは目的実現が不可能になり機体は墜落した」

 「・・・」


 息子は無言で天を仰ぎ見て、深く息を吐いた。


 「で、その後ビルはそんなに時間を置かずに崩落したんだよね?」

 「ああ、南棟に激突されてから約1時間後に南棟が崩壊、北棟は大体1.5時間後位に崩壊したはずだ(注・正確には南棟は激突から56分後の午前9時59分に、北棟は激突から1時間42分後の午前10時28分に崩壊しました)」

 

 あの時の衝撃を辿りながら話を進めようとする。

 しかし、22年という月日は確実にあの事件が発生した当時の空気感だったりインパクトだったりを薄れさせ、後日世界各国で放映された報道番組であったりドキュメント番組等の映像であったりインタビュー音声であったり後日に編集&付け加えられた内容も色々とごっちゃになっていたりで、記憶の整理をしつつ順を追う様に話す事に意識せざるを得なかった。


 「上部分から押し潰された様だった。炎と黒煙で煙っていたフロアからクシャッと上からの重みと下に向かっての重力、そして大規模火災によって耐えきれなくなった構造体が断末魔を上げて破壊され、外に向かって余りにも、本当に余りにも大量の濃灰色の煙と瓦礫と有毒物質を大量に含んでいる粉塵が、下や周りにいる人達に向かってまるで『津波』の様に上から物凄い勢いで襲い掛かって行った。各フロアも同じ様に瞬間的に連鎖的に破壊されながらその体積を指数関数的に増していったそれは、大規模な陸津波の様に一切の情けも容赦も慈悲も無く、地上どころか地下深くまでその物理エネルギーを叩き付けた。まだ、周りにはビルから脱出出来た怪我人達やトリアージを行っていた医療スタッフ達が多数いたのにも関わらず・・・そのもうもうとした粉塵は簡単に収まる事も無く、周囲の建物やそこにいる人達を覆い尽くさんばかりに広がっていって、オフィスで使われていたであろう大量の書類の紙がまるで鳥の様に真っ青な空を自由に飛び回っていたんだ」


 1回深く深呼吸をする。

 多分、後日放送された映像資料と、当時日本のニュースでリアルタイムに報道された時に使われていた映像がかなり混在しているな、と感じる。

 しかしまあ、これに関しては仕方が無い。


「崩落の直接的な原因は火災だった。ツインタワー自体は設計当時から対飛行機激突もリスクとして想定されていたそうなんだ。でも、ジェット燃料を満載した機体は巨大な火薬庫と同じで、それが激突した事による火災はオフィスにあるあらゆる可燃物を瞬間に『大惨事の為のエサ』として飲み込み拡大し、瞬く間に大規模火災が発生して、ビル自立の為に不可欠な構造体に致命的なダメージを与える事になってしまった」


 脳裏に北棟から身を乗り出すように白い布を振り回す人や手を振る人達の姿をヘリから空撮していた映像が思い出される。

 助けを求めている人達と助ける事が出来ずにただその映像を撮る事しか出来なかった報道ヘリ。

 やがて、熱と煙の苦しみから・・・

 額とこめかみを指でゴリゴリと強めに揉んで間を取り、メンタルをフラットな状態に戻し一旦落ち着く。


 「・・・不幸な事に北棟では機体が激突した際に全ての非常階段が数フロアに渡って破壊されてしまった為に、機体が激突したフロアよりも上層階にいた人達は全員下階に逃げる手段を奪われてしまった・・・そして熱と煙に巻かれるか、その熱と煙から逃れる為に窓や屋上から落下してしまったか、北棟の崩壊と運命を共にしたかのいずれかで全員死亡した。死者の割合では北棟上層部で亡くなった方が一番多かったんだよ(注・北棟の上層フロアで亡くなった方は1,355名、これは全死者数2,977名(テロリスト実行犯除く)の45.5%に該当します)」


 「・・・スゲェ、怖かったんだろうな」


 互いに溜息をつき、私は頭をボリボリと引っ掻く。


 「うーん・・・まあ、君が言っている様に確かにそうなんだろうね。でもそれは私の場合、想像した所で、実際にあの時あの場所に居た人達の恐怖や絶望や怒りや悲しみの足元にも届いているとは思えないんだよ。それに下手すると勝手に深く想像して勝手に自分の感情が悪い方向に揺さぶられ易くなってしまうもんだから、そこまで深く想像出来ないし意図的にしないようにしているんだよね。それがコントロール出来て、深い想像と同調が可能で、インプットとアウトプットが上手に出来る人間はそれだけで私なんかとは違う能力があったり才能があったりする、と個人的には思っているんだけどね」


 「・・・ねぇ」

 「ん?」


 少し躊躇いながら、聞いて来る。


 「その当時の携帯電話とか無線での通話記録って今も残ってるの?」

 「・・・無論だ。ハイジャックされてしまった当該航空機のスタッフと様々なチャンネルの地上管制官とのやり取り、乗客とその家族との通話、ツインタワーに閉じ込められてしまって脱出不可能な状況の中で家族に連絡した通話内容だとか、同じく脱出不可能な状況下で本人はもう自分が死ぬ事が確定してしまったのだ、という事が完全に理解出来てしまった状態で、それでも何とか脱出の可能性の糸口を探ろうとする現場のスタッフとの文字通り命懸けの最期の通話内容だったり・・・様々な肉声が記録として残っている。それは実際に捜査資料としても重要だったし、歴史を記録して残す、という事の重要性と言うか重みを知っているからこその音声データの保存だったりする・・・後で君の携帯のラインに関連するつべ動画のリンク先送っとくから、時間が空いた時に観た方が良いと思う」


 「・・・うん、判った」


 何か思う所があったのか、一瞬の間があって返答があった。


 私も、もう一度額とこめかみを強く揉んで、深呼吸をして落ち着いた。


>インプットとアウトプットが上手に出来る人間はそれだけで人とは違う能力であったり才能であったりがある 


 その上手にインプット、アウトプットが出来る天才アーティストの1人として、谷山浩子氏等が挙げられると思います。この事件を切っ掛けに彼女が作った(本人はできてしまった感じと仰っていました)「ゆりかごの歌」は彼女のキャリアの中では異色作ではあるのだけれど、間違い無く後世に残すべき傑作です。


>実際に捜査資料としても重要だったし、歴史を記録して残す、という事の重要性と言うか重みを知っているからこその音声データの保存だったりする


 一方でこの国では重要な裁判記録も国民の意向ガン無視で破棄されちゃうし、時の政権に都合の悪い公文書なんかもあっさり破棄されちゃうし、後の世代の為に記録を残すと言う面では何ともアイタタな状況なのは否定出来ない所ですかね。


参考資料

アメリカ同時多発テロ事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6


【FULL】9.11:アメリカを襲ったあの日の出来事 第1話「ファースト・レスポンス」 | ナショジオ

https://www.youtube.com/watch?v=SY9RczbavlY&t=2480s


忘れてはいけない9.11 リアルタイムの犠牲者・テロリストの音声など【日本語訳】

https://www.youtube.com/watch?v=VwxvET_C6vM


アメリカ同時多発テロ事件 1/5

https://www.youtube.com/watch?v=ialFbcLMkyQ


アメリカ同時多発テロ事件 2/5

https://www.youtube.com/watch?v=sRpTjPIW2kc


アメリカ同時多発テロ事件 3/5

https://www.youtube.com/watch?v=qiu9al-HK2Y



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