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前日談11 帰還準備

 手術翌日以降は父の、と言うよりも会長の意向を汲み母だけが病院に行き看病をする事になった。

 私自身は、昨日の分も含めここ暫く会社を空ける時間が多く、その結果随分と仕事の穴を空けてしまっていたので、その分を取り戻すべく注力する必要があり、ここ1週間分の処理だけで数日間を要した。


 翌日以降病院に電車を使って看病に行っている母からの話しでは、相変わらず全身の不特定箇所で発生する痛みは術後翌日以降も不定期に発生していて、痛み止めの消費量についても徐々に減ってはいる様だが完全にゼロに出来る状況では無いらしい。


 明らかに、術後痛については父のそれは同じ症状の他の患者よりも強く、長い傾向にある、と言えた。


 尿道カテーテルの抜去は、手術当日から2日後に行われた。

 事前のアナウンスがあった為、心積もりはしておいたのだが、排尿の色がやはり赤色が強く出ていて、母はその件についても心配していた。


 ただ、尿道カテーテルの抜去が行われたという事は、少なくとも膀胱と尿道のつなぎが上手くいっていて、尿閉の症状が無い事が想定されるので、その点においては吉報でもあった。

 余り長期に渡りカテーテルが抜去出来ないでいると、常に排尿がカテーテルを経由する形態でのみ行われる為、膀胱の伸展する機会が減ってしまい、結果として膀胱の廃用性萎縮が起こるリスクが考えられたからだ。


 その他はリハビリが開始された事も聞いた。

 入院しているフロアの廊下を点滴スタンドを持ってガラゴロとあちこち移動しているそうだ。

 ただ、その間も定期的にあちこちに痛みが来るそうで、手術前の様にタッタカタッタカと健脚を発揮する事も出来なくなり、それは本人にとってかなりストレスに感じている様だ。


 このリハビリ歩行は日常生活に早く戻る為には必要なスキームとの事で、問題が起こらない範囲で毎日ある程度の距離と時間を歩いた方が良い、と言われている様でそれは歩く等、体を動かす事が全く苦では無い父からすれば本来は「温い」リハビリなはずだった。


 しかし、全身のあちこちが不定期に痛みを感じている現在の状況は温いはずのリハビリのハードルを高くし、しんどいモノに変質させてしまっている為、彼自身自分のコンディション悪化について不甲斐無さとフラストレーションを感じているのではないか?と思う。


 連日の報告の中では劇的に体調が良くなった、と言う話は遂に出て来る事は無く、行ったり来たりで徐々に回復している、と言った流れは退院当日になっても続いていた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 退院当日の朝は今までとは打って変わっていつでも雨が降りそうな、いかにも梅雨時のテンプレ気候ですと言わんばかりのドン曇りだった。


 もう慣れた病院までの道筋も今日でひとまず終了、以降の通院は父本人が直接車を運転するから私がこのルートを使って病院への送迎を行うのは今日で最後となるはずだったのだが、体調面でもし今の様な状態が継続してしまうのなら、来月以降の定期健診でも引き続き私が送迎する必要があるかも知れない。


 「取り合えず、何とか手術も成功、無事に退院出来て良かったよ。まあ本人があちこちの痛みに苦しんでいるという状況のせいで退院自体が術後10日位掛ってしまったのは想定外だったけど」

 「そうなのよねぇ。先生にもあれから何回かその件で相談に行ったのよ。で退院後ももしあちこちが痛いって感じだったら、定期健診とは別に相談に行かなきゃいけないし、毎月の定期健診で再発や転移が無い事を祈るしかないし・・・心配でもうこっちの方が倒れそうだわ」


 当たり前の話ではあるが、皆ガンの再発や転移を恐れている。

 こればかりは、定期的な検査で確認をしていくしかない。


 その為の1か月定期検査なのだから、ある程度大丈夫そうだ、という事が確認出来れば徐々に1か月が2か月に、そして3か月にと間隔が長くなっていくそうだ。

 だから、その可能性を確実にモノにする為にも、今現在の検査を疎かにせず、着々と良い結果を積み上げていくしかない。


 しかし、それとは別の問題である全身のあちこちが不定期に痛む症状は本人にとっても周りにとってもあまり長く待てる状態では無いので、今後も同じ症状が続くようなら、セカンドオピニオンも含め何処かペインクリニックを探した方が良いのかも知れない。

 

 「ところで、今日家に帰るけどサニタリー関係の備蓄は大丈夫なの?」

 「・・・あ、そうだ、買って無かったわ。じゃあ家に帰ったらその足で買って頂戴よ」


 うん、だと思った。

 まあ母も連日電車での看病で病院を往復していたから、病院の購買でかさばるサニタリー用品購入するのは難しいし、入院前に一式全部揃えるなんて準備万端な事を期待する方がそもそも間違っているので、まあそうなるなって事になる。

 

 「当面の分は今日病院の購買でまとめて買うよ。どうせ車だし。ただ、次の定期健診までの分は無理だから、1枚貰ってその大きさの市販品がどこのブランドの何の商品を購入すれば良いか、はドラッグストアで直接聞かないと判らないよね」

 「1日にどれくらい使うのかしらねぇ・・・」


 そうこう話をしている間に雨がポツポツと降り始めてきた。

 ワイパーのスイッチをひねり作動させる。


 「そら『蛇口がぶっ壊れてる』状態なんだから、新生児並に使うだろ。1回の排尿量だって多い訳だし。・・・ああ、そうなると昔息子のオムツ処理の時に使っていた様なタイプのサニタリー用消臭袋も要るよなぁ。ウェットティッシュも大量に必要だろうし、他にも要るモノがあるかも知れないけど、それは向こうで本人や看護師等から情報を得て確認するわ」

 「そうなのよねぇ、何がどれくらい要るのか判らないし、オムツとかだって結構使うとなれば寝室が使用前、使用後のオムツだらけになっちゃうわねぇ」

 「まあ、使用後のオムツはその都度新聞紙に包んで消臭袋に入れてこまめに処分するしかないわな。使用前のオムツは数週間分保管するとなればそれなりにかさ張るのは仕方が無いけど、言うて最初の1カ月位だと思うよ。そこをクリアして尿道括約筋や骨盤底筋のトレーニングで効果が出てくれば、今後どれ位のペースかは判らんけど使用量は減って来るだろうし、更に改善が出来れば尿漏れパットにシフトしていけるかも知れないし。だから、2~3週間分は用意しておいて、その後は消費量に応じて徐々に総数が減っていくように買い足せば良いと思う」

 「判った。じゃあ、どれ位1日で使ったとか数えるから、それを基に足りない分を買ってきて頂戴ね」

 「ん、了解」


 いささか泥縄的ではあるが、ある程度の帰還準備の段取りは見えてきた。

 後はアジャストする点がどれ位出て来るのか、どのレベルでどれ位の期間アジャストしていく必要があるのか、と言う所だと思う。


 車は幹線道路の交差点を超え、病院の姿が見えてきた。


 さあ、これから一緒に帰ろう。

 私達のもとへ、私達の日常へ、非日常の世界から帰還しよう。  

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