前日談1 そもそものきっかけ
父に、母に。
妻に、子に。
そして、友に。
2019年9月中旬、世間では自国開催のラグビーワールドカップがいよいよ開幕すると盛り上がっている中、まだ9月の暑さが骨身に染み入り、医者から説教を受けるレベルの皮下脂肪から脂汗と年相応になって来た加齢臭を周りにバラ撒きながら歩かざるを得ない時期の昼下がり、内線で連絡を受けた私は父に呼ばれ自社の会長室に入った。
効かせる事こそ最高の贅沢だ、馳走だと言わんばかりにコテコテの昭和脳故の酷く冷房が効いた部屋に入り肘掛けがやたら高いソファに座ると、脇の下から一気に汗が引き、逆に体が冷えないかが気になり始める。
「どうしました、会長」
社内において当然の呼称で呼ばれた父はゆっくりと椅子から身を乗り出し、様々な書類が乗っかっている机に両肘をつきながら話しかけた。
「来年アメリカに行くから、もろもろ手配しなさい」
もともと言葉が足らないのはこの年代の人達共通の会話における特徴なのか、それとも父が同年代の他の人達と比べてもより突出してクセが強いのかは微妙な所ではあった。
が具体的な話の内容は大抵こちら側から一所懸命に水を向けあーでもないこーでもないと聞く努力を果たさないと出て来ないし、何よりこの場で聞いていない事は全て理解したもの、同意したものと同等の扱いを受けてしまう以上、出来るだけこの場で細かく向こうの意図&意向を確認しておく必要がある、という事はこの世代の連中相手にするには特に必要なスキルだったりする。
そして今それが人並みに出来てしまうのは公私ともそれで何度もドエライ目に遭って来たが故に溜めたくも無いスキル経験値をレベルアップするまで溜めてしまった結果に過ぎないのだ。
「仕事関係ですか?」
「いやプライベートだ」
「時期は?」
「来年の夏休み時期で考えている」
「参加者は貴方達両親2人ということで良いですよね?」
「いや俺とお前と孫(息子)の3人だよ」
「・・・なんで?」
普通に両親が2人でアメリカにパックツアーとかで行くからパンフやネットで情報を集めろ、と言われるのだとばかり思っていたら、意外な組み合わせが出たので真意が判らなかった。
「そら勿論、お前と孫(息子)との3人だけで海外に旅行に行った事ないだろ?」
机に置いてあるプラボトルに入っているガムを数粒取り出し、口に放り込み咀嚼をしながら当たり前の様にほとんど答えになっていない答えを言う。
うん、だからその理由が何だ?って聞きたいんだけど。
「そら無いけど、私達家族とそちら側の両家揃ってでは無く?」
そう、普通に考えれば両親2人でなければ、自ずと選択肢は私達親子3人と実家の両親の合計5人、あるいは可能性的には低いけどプラス両親と同居している弟を入れる事によって合計6人での旅行、の2択しか普通は想像しない。
「ああ、今回考えているのは妻やお前の兄弟やお前の嫁を除いた3人3世代だけでの旅行を考えている」
「・・・そらまた珍しい組み合わせだけど、3人なのは予算上の問題?それなら別に無理に来年3人で海外とか行く必要無いでしょ?」
そう言うと「俺の真意がまだお前は判らないか」と言わんばかりの顔つきでこちらを見て溜息をつく。
や、だからさっさと貴方の言わんとする真意とやらを引っ張り出さないと話が始まらないから、ある程度的外れな事を意図的に言わざるを得ないんだって。
そんな顔されても困る。
「お前、私が今年幾つになると思ってるんだ?」
「・・・えーっと1944年生まれだから、今74歳で12月で75か。来年には母が再来年には貴方が喜寿になるんだね。ああそうだ、何かお祝い考えとくよ」
「今はそういうのはどうでも良い。要は『もう』74なんだよ。あと数か月で75だ。男の平均的な健康寿命はとっくに過ぎている。平均寿命にしたって後もう6年前後になっているんだ。残り時間の事を考えると、出来るだけ早く行動する必要がある。ここまでは判るか?」
ここで「いやぁ、今でも毎朝筋トレ行って、青汁を苦い美味い言いながら毎日ガパガパ飲んで、普通に毎週末土日祝と欠かさずゴルフに行って毎回ラウンド回って220ヤードオーバーかっ飛ばす、私なんかよりも十分健康的で馬力あふれまくっている貴方がよりにもよって『健康寿命過ぎている』って何かタチの悪い冗談かよ?」と思っていても口には出さない良心を全力で発揮しつつ話を促す。
「私自身の人生の残り時間が少ない中で、今心残りな事が幾つかあって、その一つが孫(息子)の件なんだよ。・・・もう2年になるだろ。向こうの親が亡くなったの」
「ああ・・・そうだね。うん、アレが中学1年の5月の時だからもう2年経つ」
ああ、そういう事か。今回の話の糸口がようやく見えてきた。そしてそれは2年前のあの時の記憶を引き出す事にもなる。
現時点では、基本的に毎週木曜日の更新を目標としています。
あくまでも目安なので、予定変更がある場合は、出来得る限りアナウンス出来ればと考えております。