魔導士の見解
扉のノックの音とともに、会議室に一人の自警団の若い隊員が入ってきた。
サリカーの所に歩みよると、耳元で手に何かを囁いた。サリカーはすぐに彼に指示をする。
正面を向き直ると、
「魔導士会館の方から依頼をしていた鑑定士が来たようだ。」
しばらくすると、会議室に濃い紫色に輝くローブを羽織った女性が、自警団のメンバーに案内されて入ってきた。
40歳ぐらいの年齢で、落ち着いた様子。上品な感じで全員を見回した。
その姿を見た途端、エストは姿勢をたし、深くお辞儀をした。
サリカーはその鑑定士の女性に、今までのあらましを伝えると、その女性はゆっくりと頷いた。
一通り、今までのあらましを伝え終えたサリカーは皆に向かって説明を始める。
「今回の事件は、ギルドマスターが殺されるというこの街で一番であろう事件だ。そのため魔導士ギルドに協力いただいて、鑑定士の先生を派遣していただいた。」
サリカーの紹介で、皆に軽く会釈をした。
「今回の件は、マスターが魔導士に殺されたのではないかという推論からの鑑定ですね。はじめてお見かけする方が何人か居られるようですが、鑑定はその方だけでよろしいですね。」
まず、鑑定士はおもむろにティスの前に近づいた。
手を喉の辺りの空中に手を翳す。目を閉じて少し何かをつぶやいた。何も変化は無い。
「あなた、爽やかなシトラス系の香りがします。そうね、カムクワットのような。攻撃系の魔法が得意のようですね。芳醇な香り、けっこう魔力はある方ですね。今は支援系や治癒系の魔法ばかりですこしフラストレーションかたまっているみたいですね。」
鑑定士は目を開けると、ティスの目を見て微笑んだ。
「一度発散して気持ちを切り替えた方が魔法精度が上がりますよ。魔導士会館では試射場があるので、そこで魔力量を気にせず、全力をだして開放するのもたまには良いものですよ。」
鑑定士はつづいて、ファリシアの方に向かった。先ほどと同じように胸元に手をやってつぶやく。
「あら、明確なポピー香り。幻影系の魔法が得意のようですね。ただすこし香りが弱いようです。冒険者として活動するには少し心細いですね。事が終わったら、魔導士会館にいらっしゃい。魔導士会館で魔力効率を増やす方法をレクチャーしてゆきましょう。」
次に隣にいたルイルに気づく。
「あなた、かなり魔力を持ってますね。」
そういうとルイルの方に近づき、手を翳す。ルイルは慌てて左手を甲を見せ、そこを指差す。
「オイラ魔法はつかえねーぞ。」
「魔力は多かれ少なかれ誰もが有しています。」
ルイルの胸元に手をかざす鑑定士。その眉間に皺がよる。
「・・・・・臭い。」
ルイルの顔かみるみる赤くなる。
「ちょっ。」
鑑定士は手を翳すのを止め、口元を被う。
「ごめんなさい、私の鑑定力は魔力の癖が香りとして感じることが出来ます。その偏りが個人差として現れるために、魔力を使用した人物を特定することができます。偏りが無い人は、すべての香りが重なりあうため、少々悪い香りとして感じてしまいます。ただ,魔力を使用していないためにたまった魔力が少し多すぎる様で・・・。」
鑑定士は少し離れて、隠して呼吸を整えている。
「生臭い、濡れた犬のような悪臭。この強さ、強い魔導の素質かあるようです。一度魔導士会館にいらっしゃい。」
ルイルはどうしていいかわからない、泣きそうな表情になる。
「それって、褒めてるの?けなされてるの?」
鑑定士はルイルの話を無視し、もう一人、アダルの方も鑑定をしている。
一通りおこなうようだ。案の定、アダルも臭うようで、眉間に皺がよる。
「ヒトカゲマイマイの涙のような臭いですね。治癒系か、支援系が得意になるでしょう。興味があるなら魔導士会館にいらっしゃい。」
一通り鑑定が終わると、鑑定士はエスカーに言った。
「では現場に案内してください。」
そういうと、そそくさと部屋から出て行ってしまった。
アダルは首を傾げる。
「ヒトカゲマイマイって何だ?」
ルイルも首を傾げる。
「はじめて聞いた。そもそも泣くのか?。」
鑑定士が出て行った後、サリカーが、向き直る。
「鑑定士様が検証している間に、お前たちに聞いておきたいことがある。
お前たちは、『ジェリーフィッシュ』という犯罪ユニオンの話を聞いたことがあるか。」
突然の事で、皆が顔を見合わせる。そんな様子にお構いなしにサリカーは続ける。
「前々から、犯罪組織から狙われているという陳情がギルマスから我々自警団の方に依頼があった。冒険者ギルトはあくまでも組合。犯罪を取り締まるよらな組織ではない。
ジェリーフィッシュは冒険者上がりの犯罪ユニオンだと報告を聞いてある。おそらく偽装のため冒険者として普段は過ごしているだろうと。」
ルイルは頷く。
「確かに、商人や冒険者は国境通過の手続きは簡単だよな。」
ダストンはルイルの話を補足する。
「それは商人であれば商社ギルドが、冒険者であれば、冒険者ギルドか身分を保証しているからな。当然それを利用して犯罪、誘拐などを行う輩は当然いる。国によって警ら隊はいるものの、法律が異なるため手出しは出来ん。しかし協定では国内に居る限りはその国内の法律で裁く事になっておる。」
ルイルは顔をを上げた。
「ちいっと待って。そもそもどうしてギルドマスターがその犯罪組織に狙われるんだ?。」
サリカーは、思い出すように人差し指で自分の額をつつく。
「ギルマスの話では、彼らの秘密をしってしまったのだと、言っていたのだが・・・。」
言葉尻を濁すサリカーに、ルイルの眉間に皺がよる。
「ギルドマスターなんだから、職業柄多少の秘密は知りえるだろうし、その程度の秘密なら他のギルドも同じように全員殺さないとダメになるぞ。何か怪しいなぁ。」
「我々も狙われる理由が判らなくて、警護のしようがなかった。」
そんな中、ソワソワしていたダストンが申し訳なさそうに切り出した。
「サリカー、すまないがワシとファリシアたけでも持ち場に戻ってはダメだろうか。そろそろ冒険者達が戻ってくる頃だ。
日銭で生活するものも居るので、買い取りは休むわけにはいかないんだが。」
気がつけば、下の階が騒がしくなっている。
サリカーは、小さくため息をつく。
「仕方がないな。ただし、監視はつけさせてもらうが良いな。」
ダストンは頷く。
「構わんよ。何も恥ずべき事はしていない。」
そういうと、ダストンとファリシアの二人は会議室から出て行った。出て行った後、サリカーは自衛団の一人の耳元で何かを囁いた後、笑顔で肩を軽く叩いて自警団の一人を会議室から追い出した。
二人が出ていた後、ルイルはサリカーに聞く。
「あと、どんな情報が?」
「そうだな、3人組で、内一人は女性だというのまで解っている。」
サリカーはルイル達の方を見る。ルイルは呆れた様子で言う。
「その組み合わせのパーティって結構普通たが。バランスが取れてるので、ギルドからも推奨される組み合わせだし。」
ティスも軽く小首を傾げる。
「私たち以外にも、その組み合わせのパーティはこのギルトにも何組も在籍してるわよ。」
サリカーは、思い出した様に付け加える。
「そうだ、後、地方ギルドがある隣国であるハンクに拠点を置いているそうだ。このギルド内でも隣国籍を置いてある者は限られる。」
ルイルはティスの方に向いて言う。
「この辺りのギルドを纏める地方ギルドか。そこの所属って事は、上が1枚噛んでいるかもしれないな。」
ティスも、軽く頷く。
サリカーはルイル達に尋ねた。
「ところで、お前たちはどこのギルドに所属している?。」
「オイラ達はミノトの中央ギルドに籍があるよ。」
「中央ギルド!?。あそこはBランクより上でしか入れないはず。たしかお前たちってEランクだったはず。」
「そ。中央ギルド。確かに地方ギルドとか支部からだとBランクより上でしか転入は出来ないけど、地元民は別枠で入れるだけだから。でないと地元出身者はギルドに入れなくなっちゃうだろ。」
サリカーは納得したように頷いた。
「まぁ、言われてみればそうか・・・。」
話が一段落ついた頃、隣の部屋から鑑定士の女性が会議室に戻ってきた。
サリカーが鑑定士の女性を会議室の中央付近にエスコートする。鑑定士は皆の前で一呼吸置き、話し始めた。
「結果から先に報告させていただきます。一通り調べさせていただきましたが、魔導で殺害されたとは考えにくいですね。」
鑑定士の言葉で、会議室の空気が変わった。鑑定士は続ける。
「魔導の痕跡は確かにありました。ただ非常に弱いために誰の香りかまでは判るほども魔力はのこって居ませんでした。この程度の魔力では人を絶命させるほどの力は無いでしょう。」
サリカーは鑑定士に尋ねる。
「では、やはり魔導士ではなく戦士系だと。」
「そうですね。私の見解ではそうなりました。魔力を使って人を殺める場合にはいくつか方法がありますが、魔導で直接殺めるのであれば、相手の抗力に打ち勝つ魔力が必要ですし、武器などで間接的に殺める場合でも、人が武器を振るう力と同等の力を発する魔力が必要となります。その分、魔力を多く使うわけですから残留魔力も濃くなります。しかしギルドマスターの部屋からはそのような魔力を感じることは出来ませんでした。」
サリカーは考え込む。
ルイルは少し分が悪くなった様で、落ち着き無く歩き回る。アダルは気にもならない様子でどこか他人事の様にしている。
エストは恐る恐る聞く。
「ぼ、僕は戦闘経験がありませんけど、戦士として候補に上がっているのですか?。」
ルイルはすぐさま答えた。
「もちろん候補に上がってるだろ。だって戦闘出来ません〜って言いながら隠している場合もあるし。そもそも暗殺だと自分の手の内を明かさないのが普通だ。魔導士だって時には剣も振るだろう。鑑定士の一考えだからまだ候補から外れるという訳じゃないぞ。」
ティスはポツリと言う。
「ルイル、随分喋るのね。なにかやましいことでもあるの?。」
「だから、ディス。どっちの味方??。オイラ達、バーティだよね?。」
鑑定士の女性は、
「鑑定結果は、これで宜しいですか?。一応武器の方も鑑定しましたが、武器からは魔力は何も匂いは感じませんでした。」
サリカーは鑑定士の女性に一礼をする。
「鑑定ありがとうだざいます。礼の方はまた改めて魔導士会館の方に伺わせていただきます。」
鑑定士の女性も首だけで軽く一礼をする。その後、ルイル達の方に向けて、同じ様に軽く一礼した。
「では、また魔導士会館でお会いしましょう。」
アダル以外、皆軽く一礼した。
鑑定士の女性はサリカーに扉を開けてもらい会議室を出て行った。