実況見分
人が来るまでに、銀髪の男はギルドマスターの部屋に入り、勝手に様子を調べはじめた。
物に降れないよう、慎重に。ギルドマスターに近づくと、独り言しゃべり始めた。
「ん、こりゃダガーじゃないな。ククリナイフ・・・にしては角度が強すぎる。」
ギルドマスターは大きめで刃の途中が曲がった剣のようなもので鳩尾付近の胸を一突きににされている。出血の量から心臓にまで達しているようだ。
床に足れた血だまりの血はもう固まりかけており、絶命してから時間経過しているのは解る。
殺害されたギルドマスターの前には、庶民からして少々豪華な作業机があるがすこしくたびれおり、古い傷がいくつもある。その机の上に飛び散った鮮血。
その前には接客用の低いローテーブルと長椅子。マスターの背後には書類棚。
心臓をひと突き、即死だったようで、噴出した血はマスターの机以外にも、接客用長椅子にまで血が飛び散っている。
ギルドマスターの机の横には少し手をつけた食事が置かれているが、器に血か溜まっている。
向かいの食堂の名物料理、巨大な腸詰肉だが、その先が一口だけ齧られており、添え菜はそのまま。
自慢の辛味ソースがほとんど無くなっており、それらが乗ったトレイの下には、机に大きな傷がついているのが見える。
窓は格子で閉ざされてはいるが、簡単に開くようにはなっている。ここから侵入出来ないことはないが、外は表通りに面しており、人通りが多くここから侵入したり逃げるのは難しいだろう。
梁が見えた勾配天井は身を隠す場所がないし、壁が天井まで続いているため、隣の部屋からここからも侵入はできそうにない。
入り口の方ではファリシアは腰に力が入らないようで、カタカタと震えながら隣にいた黄色い服の男性に支えられている。まだ立てないようで、扉の前の床に座ったまま。
こちらの扉は一つだけ。鍵はなく、エントランスから上がる階段はひとつしかない。
その奥は黄色い服の男性が使っている部屋かあるだけで、その先は顔が覗く程度の明かり窓があるだけで、行き止まりとなっている。
階段の手前にはもう一つ部屋があり、ここは会議室となっている。ちょうどエントランスの真上に位置する。
マスターの部屋の下は、事務所となっており受付嬢がいたカウンターはここの真下になる。
床は部屋の広さに少し足りない粗末な絨毯が木の板上に張られているだけで、床天井となっている。
廊下の向こうは壁で明かり窓しかない。この面は裏通りに接してはいるが、人が通れるような窓はない。
銀髪の男は腕組みをしたまま、何をするでもなく部屋の中をただ、飛び散った血を踏まないように、ゆっくりと歩き回る。
そうこうしているうちに、下の階が騒がしくなった。
階段を上がってくる複数の足音。ファリシアと黄色い服の男は廊下の奥に追いやられる。
開いている扉から、3人の男が入ってきた。
先頭で入ってきた、紺色の制服に整えた口ヒゲを蓄えたリーダらしき男は惨状を見渡し、一言だけつぶやいた。
「ひどいな。」
続いて、部屋にいる銀髪の男に、数人が素早く近寄り、利き腕を取り押さえるが銀髪の男は抵抗する様子はない。
口ヒゲの男は、銀髪の男に詰め寄る。
「お前達は何をやっている。」
銀髪の男は飄々とした表情で言う。
「なにもやってねーよ。下手に騒ぐと疑われっから、動かず大人しくしてるだけだ。」
銀髪の男は、そのまま二人に捕まれたまま部屋から追い出され、階段を下っていった。
入れ替わりに、簡単な鎧を来た残りの部下二人が部屋の中に入ってゆく。
入り口で口ヒゲの男は、二人に対して指示を飛ばす。
「本部に戻って、何人か応援を。それと今下にいる関係者が帰らせないように監視を。特に今ここにいる冒険者は厳重にな。」
二人は相槌をうつと、駆け足で部屋から出て行く。口ヒゲの男はギルマスに近づくと、彼の目をとじさせる。
そのあと胸に刺さったナイフを無造作に引き抜いた。
引き抜いたナイフと傷口を観察していたが、すこし首を傾げてナイフをそのまま机の上に置くと、机を動かしてギルマスの遺体全体が見えるようにした。
上着の胸元を開いて、傷の状態を確認。そのあと、持ち物などを調べる。
その後,部屋をゆっくり歩き、状況の分析しはじめた。
窓や壁、書類棚、床のカーベットなど、揺すったり押したりしている。
一度、一階のエントランスにおろされ、他のギルドに居た全員が一ヶ所に集められている。
扉の外では騒ぎを聞きつけて、何人かがギルドの中を覗きこんでいる。
ファリシアは、エントランスにある長椅子にうつむきかげんに腰掛け、手には水が入ったコップを持っている。
その横ではエプロン姿のままの赤ひげの男と、黄色い服を着た男がどういう状況か意見交換をしており、冒険者3人はそこから離れた部屋の隅で何やら相談している。
その前で、全員を監視するように、腕組みをしている自警団の隊員。
自警団の本部が近いのだろう、ほどなくして、5人ほどの男が担架などを持って次々と入ってくると、そのまま2階へ上がって行く。
ドタバタと部屋の中を歩き回る足音が上から聞こえる。やがて布を被せた担架が3人がかりで階段から下ろされてきた。
エプロンをした赤ひげの男はかけよろうとしたが、自警団の隊員に制止された。
担架が運び出された後、二階から降りてきた自警団の男は階段を降りきる間に言う。
「フロアにいるお前たち全員、二階の会議室にくるように。」
全員はいわれるままに、カラコロと二階の会議室に向かう。
列になって、階段を登って行くが、最後にエプロン姿の赤ひげの男は階段の前に立と、体の向きを横にした。
手すりに手をかけると、1段、もう一段と片足づつゆっくりと階段を上り始めた。