リスタート-ゲームの"ヒロイン"
「ねえ、アリサ。
このドレス、どこかに寄付できないかしら?」
昼食後、ゲームのイベントスチルを思い出してモヤモヤしていた私は、部屋に戻った後「まずは今できることから!」と、気持を切り替えるために、ゲームのヒロイン脱却計画を進めていた。
私の部屋には、続き間でもう1つ部屋がある。
部屋と同じくらい広いドレスルームだ。
その入り口で、腕を組んで仁王立ちしドレスルームをざっと見回して、また、ため息。
父から買い与えてもらったドレスや靴、装飾品などがぎっしりと部屋に詰まっている。が、色はピンクが中心で、どれもふわふわとして可愛らしいドレスばかり。
それらは、ゲームのスチルで見たドレスとどれも系統が同じだった。
そう‥どのドレスもデッドエンドにたどり着くルートでヒロインが着ていたドレスに似ている。
ふわふわのドレスで可愛く着飾ったヒロインは、
ダンスシーンで攻略対象者と笑顔で踊り、愛の言葉を交わすのだ。
…そして、いわずもがな、最後に殺される。
ゲームのデッドエンドルートでは、
どの攻略者のルートにおいても、ヒロインは”可憐で、愛らしい”
…ということもあり、どんな些細なことでもデッドエンドルートを連想させるものからは離れておきたい。
「…寄付、でしょうか?」
「あら、もしアリサが欲しいものがあったら、もらってもいいの‥よ‥?」
思い出して、言葉が詰まる。
(私…前回も今と同じことをしたわ。)
逆行前、聖女見習いになったことをきっかけに、
人から注目されることに快感を覚えてしまい、
目立ったり、自分の株が上がるような行動ばかりするようになっていた。
まるで、ゲームで好感度を上げる選択肢のような行動だ。
―選択肢―
1.新しいドレスで自分の魅力をあげよう!
2.トレーニングをして魔力を高めよう!
3.慈善活動をして、民衆の好感度をあげよう!
…今回はさしずめ、3番かな。
前回は「どこか孤児院にでも寄付しておいて。私の名前でね。」
とアリサや使用人に丸投げだった。
侍女に意地悪だった私は、
”貧乏なあなたにも、この私が施しを与えてあげるわ”という意味で同じセリフを発したのを思い出した。
「いえ…あの、寄付でしたら、ミレニアル商会へ任せるのはいかがでしょうか。」
「ミレニアル商会?‥聞いたことないわね。」
「ミレニアル商会というのは、その‥
主に不要になったドレスや家具などを素材として回収して、新たな製品として、庶民や下級貴族などに販売しているところです。」
(ふーん。この世界にもそんなリサイクルショップ的なことをやっているところがあるのね。
前回の人生では聞いたことがなかったわ。)
「孤児院などへの寄付でも、もちろん喜ばれると思うのですが、
華やかなドレスは、庶民には着る機会はないですし…その、高価なものは争いの火種になりやすいので…。
実は、ミレニアル商会には…その、私も昔からお世話になっているんです。」
アリサの家はいわゆる貧乏貴族だ…ということしか今の私は知らない。
前回は、一使用人としか見ていなかったし深く関わることはなかったけど、私の無茶苦茶な指示にちゃんと応えてくれていたし、私に仕え続けてくれていた。
(今もこうやって、ちょっと怯えながらだけど色々教えてくれている。…優しいのね。)
私は背筋をスッと伸ばしアリサに向かい直り、
しっかりと目を見て今の気持ちを伝えた。
「アリサ。今までひどいことをしてごめんなさい。
今後もどうか、頼らせてね。」
前回、心からの友と呼べる人はおらず
ゲーム的な言い方をすると、王子様攻略のためだけに動いていた私だが、前世の記憶が戻って、ヒロイン『クレア』の真実がわかってしまった今、正直ひとりではすごく心細い。
頼ってしまうようで心苦しいが、できれば少し近い距離で色々話せる人がほしいのだ。
少し涙ぐんで頭を下げるアリサに、本当に今までひどい扱いをしてしまったと後悔し「一緒にお茶にしましょう」と声をかけ、気持ちを落ち着かせることにした。
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私が前世でやり込んでいたゲーム『わたしの楽園』
なんとも言えないこのタイトルのせいもあり、リリース当初はあまり人気がなかった。
しかし日が経つにつれ「難しすぎる」「全然クリアできない」「また殺された」と乙女ゲームらしからぬクチコミが広まり、興味を持った私はその後がっつりとゲームにのめり込んでしまった。
ゲームは、15歳
貴族学園に入学するところからスタートする。
攻略対象は、3人
この国の第二王子であるエイデン様
その護衛騎士として仕えているアレックス様
そして1つ先輩の公爵家令息マーク様
乙女ゲームにしては攻略対象が少ないが、その分それぞれのキャラクターが魅力的に描かれており、イベントスチルに力が入っていたのもハマった理由の1つだ。
時が戻る前の私は「王族の婚約者」という肩書きが欲しいだけで、第二王子に近づいていた。
ゲームのルートでも、クレアがとった行動は現実と同じだ。
…ただ、一度クレアとして人生を歩んだ後だからわかる。
ゲームのヒロイン、クレアは「可憐で、愛らしく、心優しい女性」に見えた。表面上は。
「…ふぅ。…よしっ!」
お茶菓子を取りに行ったアリサを待つ間バルコニーに出ていた私は、一度深呼吸をしてからスッと右手を前に伸ばした。
また深く息を吸って右手に魔力を集中させる。
すると、だんだんと身体全体がほのかな光に包まれてきて、
右手がじんわりと温かくなるのがわかる。
―――この世界は、魔法が存在する世界だ。
私には、魔力と強い聖女の力がある。
聖女の力は、いわゆる回復能力だ。
植物でも動物でも、聖女の力で包み込むと病気や怪我がみるみる回復していく。
だが、一般的な『聖女見習い』の力はそこまで強くない。
怪我であれば、少し痛みを和らげたりする程度で、病気も全回復させることはできない。
だからこそ、儀式で他の聖女見習いよりも大きな変化を見せてしまった私には、大人達からの注目と期待が集まっていた。
―――そして、前回。
学園に入学した私は、ゲームと同じように王族が主催する慰問会に参加したり、学内のイベントで攻略対象者の治癒をしたりして、ポイントを稼いでいたわけだが。
…見方を変えれば、こうだ。
この力があれば、魔物に襲われた村を助けたり、困窮して治療を受けられない人を助けてあげられるのに、
王族の身近で、注目を集めるところでしか奉仕活動を行わなかったのだ。
だから本当は、儀式で目立つよりも前の時間に戻りたかったんだけど。
(…はぁ。浅い女だったのね、私。)
一度、お父様に「行きたい!」と言ってしまった以上、
王国主催の慰問会に参加しないわけにはいかないし…
攻略対象者と直接の関わりを持ちたくない今、
なるべく目立たないように立ち回らないといけない。
と、なれば
「慰問会には行くけど、とにかく目立たないように気を付けつつ…クリアルートでやったように、攻略対象とはなるべく距離を置かないと。」
コンコン
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました。
それと…おぼっちゃまが遊びに来ておられます。」
「え!(…メロ〜!!うれしいいい!!)」
―――デッドエンドの理由がはっきりしないまま、うっかりシナリオに乗った、なんて失敗は絶対にできない。
かといって、クリアルートを目指しても、それはデッドエンドルートとかなり密接していたから下手するときっと殺されてしまう。
目指すは、シナリオ外からの物語の攻略・そしてゲーム終了の学園卒業まで生き残ることだ。
…死にたくない。もうあんな思いはごめんだ。
エルシアーナに刺される以外の3つのデッドエンドを思い出して不安がまた襲ってきたけど、ひとまず膝の上でちょこんと座る天使に癒されるとにした。
次回、王族主催の慰問会のお話です