リスタート-天使との出会い
「クレア。お前が行きたがっていた王国主催の慰問会だが、
2か月後に決まったそうだよ。」
豪華な食事が並ぶお昼時。
ちょこんと座って乳母からスープを食べさせてもらっている可愛すぎる弟に衝撃を受けていた私は、お父様からのその報告に、喉を詰まらせてしまった。
「!・・・ん″。。そうなんですね。」
今はそんなことより、あの可愛い子を眺めていたい‥!!
「あーん」て、小さいお口いっぱい広げて「あーん」って!!うちの弟は天使か‥!!
父親似の私とは違い、母親譲りの淡いホワイトシルバーの髪をふわふわさせた2歳の弟は、世話をしてくれている乳母を笑顔で悩殺している。
こんなに可愛い天使が同じ家にいるのに、私ときたら今まで自分のことばかり。
弟にはろくに関わろうとせず、年齢も曖昧だった。
弟が生まれた時、10歳だった私は両親をとられたような気がして。
この家で可愛がられるべき存在が自分だけじゃなくなったことへの嫉妬心からさらに我儘になり、弟には関わらないようになっていた。
1年前に新興貴族の仲間入りを果たし、仕事や社交に忙しくしている両親とは顔を合わせる機会も少なく、今日のように家族揃った食事は月に1度あるかないか。
普段の食事も、自室で一人でとることがほとんど。
逆行前も、学園に入学するまでそんな感じで
そして、ゲームでも弟がメインのスチルはほとんどなかった。
そんなわけで、なんだかお父様が確実に重要な話をしているのだが、今目の前にいる天使から、とにかく目が離せない。
(きっと乳母がたくさん遊んでくれていたのね…よく笑う子。…はあ~本当にかわいい!天使。抱っこしたい。私が「あーん」してあげたい…!!
あげたい…!けど。)
「その…慰問会には、殿下方も参加されるのでしょうか?」
「王族主催だからな。もちろんその予定とのことだ。
まあ、その王族と繋がりを持ちたい人間も、多く参加するだろうが…
今年一番の聖女見習いのお前もきっと注目されることだろう。明日、ローレッド商会を呼んでいるから、慰問会に向けて色々揃えるといい」
(あー…やっぱり、前回と同じ慰問会だわ…。)
この国の女性は全員、貴族・庶民に関わらず
12歳になる年に、王都にある聖なる泉で儀式を受けなければならない
『聖なる泉』とは名ばかりで、飲み水にもならない普通の噴水だが、泉の中央には緑のツルに覆われた銅像が立っており、それは遥か昔に大聖女と呼ばれ、国に尽くした女性の銅像であるらしい、というのが国民の認識だ。
儀式では、その泉の前で祈りを捧げて銅像に巻き付いた緑のツルに、花の蕾をつけることができれば”聖女の素質あり”として聖女見習いの称号が与えられ、国民から一目置かれる存在となる。
そして聖女見習いとなった女性は、儀式の最後に「奉仕活動を行い民と国に尽くすように」と王族からのお言葉をもらうのだが…
その奉仕活動も任意、というか具体的にこうしなさい、などの指示がないため、聖女見習いの多くは、各々街の診療所に出向いたり、国から要請があったときに任意で出向いたりと結構自由なものだった。
そして、この聖女の素質ありの者は、毎年必ず5、6名は出る。
この国において、聖女の素質がある人は”とても珍しい”というわけではないのだ。
そう…けして珍しいわけではない。
が、さずがはゲームのヒロイン。
今年12歳になる私はこの儀式にももちろん参加し、他の聖女見習いが小さな花の蕾を1つずつつける中で唯一、いくつもの大輪の花を咲かせてしまったのだ。
私が驚いて、大きく咲く白い花たちを見ていた時、王族を含めた周囲の人がどよめき「過去数百年、花を咲かせた女性はいない」「本物の大聖女になる可能性がある」と話している声が聞こえ、ニヤケそうになる顔を必死に抑えながら優越感に浸っていたのを覚えている。
その儀式が、ちょうど1週間前の出来事。
親や親族に甘やかされて、わがまま放題に育ち
「世界の中心はわたし」と思っていたクレアにとって、多くの大人や同じ年代の令嬢から注目を浴びた儀式での出来事は、自己顕示欲を刺激するのには十分だった。
…が、今となっては後悔しかない。
欲を言えば、あの儀式よりも前に遡りたかった、とつい顔をしかめてしまう。
「ん~ん~!!ま!ねねー、ま!」
いや、この可愛い天使が生まれる瞬間に戻りたかったわ…。
私に話しかけてくれているであろう天使に、
にやけそうになるのを必死に抑えてにっこりとほほ笑む。
「あら?あなた達、いつの間に仲良くなったの?」
「…お父様もお母さまも、お忙しくいらっしゃるので
メロが立派な跡継ぎになるよう、これからは私もサポートしたくて…。」
両親が顔を見合わせ少しびっくりしている。
使用人達から「姉弟めったに顔を合わせていない」と報告されているだろうし、これまでは、たまに母と買い物に出る際、弟も一緒だと言われると拗ねた表情を見せていたから、私の言葉に驚いたのだろう。
「良い心がけだ、クレア。」
はい、とお父様に返事をし、明日のお礼を伝えていったん自室に戻ることにした。
できることなら、そのまま弟のメロと遊びたかったが
今後の立ち回りについて、計画を練る必要がある。
(やっぱり。ゲームの中でのヒロインってそういうことだったんだ。)
目を覚まし、ゲーム・逆行前・そして今世の12歳までの記憶
3つの記憶が入り交じり混乱していたが、両親と顔を合わせ話しているうちに、これまで私が何を思い、どう振舞っていたか。
そして、ゲームでみたヒロインと、私…クレアの性格がなぜこんなにもかけ離れて感じるのかが、少しわかってきた。