リスタート-目覚めと混乱
「なんで!!!どうして毎回殺されるのー!」
ソファーに寝転がる女性が、スマホを放り投げたい衝動を抑えて叫んでいる
「これ、乙女ゲーム…だよね。。
どうしてー…どの選択肢を選んでも、――様も――様も、ずっと笑顔だったじゃん!!」
もー、とため息をつきながら画面を睨む女性の手には、にっこりと可愛らしく微笑むヒロインのイラストと
『わたしの楽園』~セーブから始める~
の文字が映るスマホの画面が光っていた
「もうこんな時間…だめだ。。このルートも、保留!
あーもーここまで全滅だよ。。あー、、あとやってないルートは―――」
~~~
「―――アさま。・・・クレアお嬢様。」
ああ…なんて良い香り。なんの香りだろう…
「クレアお嬢様。起きてくださいませ。
本日は旦那様から、屋敷で皆と昼食をとる、と言付かっております。」
昼食…?
そういえば、エルシアーナに刺されたあの時もちょうどお昼時で…
そう、私はあの日刺され…て、、
―――え!?
バッ、とベットから飛び起きて、慌てて胸元に手を当てる。
(…傷が、ない!)
無意識に息を止めていた事に気が付き、
少し怯えながら、すーっと息を吸い込んでみる。
(…苦しくない。。生きてる!)
「お、お嬢様…?」
私を起こしに来た侍女が、ホカホカのタオルを両手に乗せたまま固まっている。
(ここは‥実家の…私の部屋?)
半開きになった口を閉じるのも忘れて、キョロキョロと周りを見回していると、固まったまま、少し怯えた目で私を見ている侍女越しに、豪華な装飾の施された鏡がついたドレッサーが目に入った。
ふいに、鏡に映る自分と目が合い、思わず息を止めてしまう。
ベットの上に立っている、ピンクのネグリジェを着ている少女。
(そうだ…私は…)
動けずにいる侍女の横を通り過ぎて、
裸足のまま豪華なドレッサーに向かって歩いていく。
鏡に映るのは、透き通るように綺麗なミルクティー色の髪をした幼い私の姿。
「そんな…こんなことって―――」
子供に似つかわしくない絶望感たっぷりの顔を浮かべながら今度は私が鏡の前から動けずにいると、後ろからガタッという音がした。
鏡越しにその方向に目をやると、
侍女が慌ててこちら向かってに頭を下げてきた。
「も、申し訳ございません!すぐに新しいものをお待ちいたします!」
どうやら洗顔用の桶を乗せたテーブルに体をぶつけてしまったらしく、少し床が濡れている。
(ああ、この香り。洗顔用のお湯に浮いた花の香りだったのね)
「…いいのよ、そのまま使わせてもらうわ。
ありがとう。アリサ。」
私が振り向いて、そう言葉を投げかけると、
侍女アリサは顔を上げ、目を大きく開いてぽかんと口を開けてしまった。
びっくりするのも無理はない。
昨日までの私なら、きっと浮いた花を握りつぶしてアリサの顔に投げつけていたはずだ。
(…ひとまずは、落ち着かないと。まだ…全然頭の整理ができない。。)
「…そろそろ支度を始めるわ。いつものようにお願いできるかしら。」
アリサにそう声をかけ、もう1度鏡に向かい直り、目を瞑って、深く、深く、深呼吸をしてみる。
そして恐る恐る、薄ーく目を開けてみる。
鏡に映る自分の姿に、今度は深い溜息が出た。
見慣れた顔に、少しばかり嫌悪感を抱きながら、
今私の中にある3つの記憶を整理しつつ、朝の準備を始めた―――
今の私の名前は、クレア・グリーンリバー
やり手の父が一代で富と名声を築き上げ、最近、新興貴族の仲間入りとなった家の娘だ。
家族は父、母、あとは確か2歳になる弟がいたはずだ。
そして、今私の髪を結ってくれているのは、
先月から私に専属でついてくれている侍女のアリサ。
彼女は、今は父が治めている領地の元の所有者である
男爵家の一人娘だ。
アリサ自身も、彼女の父が統治していた頃は領民とも盛んに交流があったのだろう。
以前、私の父と共に街に降りた時に、
「アリサお嬢様が手伝ってくれた」「いつも笑顔で話し相手になってくれる」という声を多く聞き、領民からの信頼が厚いのがわかった。
さらにアリサは数年前の国の儀式で、聖女の見込みありとも判断されている。
ここまでを見ると、物語の主人公ポジションは明らかにアリサが相応しい。
しかし、残念ながら
この世界のヒロインは、私、クレアだ。
私が前世でハマっていた、というよりムキになってやり込んでいたゲーム『わたしの楽園』は、いわゆる乙女ゲームだ。
手軽にできるスマホゲームだが、攻略サイトの代わりに
挫折コメントのまとめページができるほどクリアするのが難しいと評判で、
どのルートを選んでもバッドエンドでは主人公は必ず殺されてしまう。
しかも、ほとんどのルートが明確な説明もなく、急なデッドエンドを迎えるのだ。
攻略対象との通常の会話シーンや、たまに起こる大きめのイベントでも、攻略対象のイラストは基本的には笑顔ばかりで、表示される言葉も良いものばかり。
「よし、今度こそ攻略できる!」と思ったら
急に暗殺されたり、ライバル令嬢に刺されたり、公開処刑されたり…。
前世の私は、1年もやり込んだのに
1回もクリア出来なかった。
加えて、何度も何度も、ヒロインが笑顔で待つリスタートページを見ていたため、
正直ちょっとクレアの顔に憎しみさえ感じてしまっていた。
「…はぁー。」
思い出してつい、ため息が出てしまう。
「クレアお嬢様。申し訳ございません。
別の髪型にお直しいたしましょうか…?」
髪の仕上げに入っていたアリサが手を止め、
不安そうな顔でこちらを見ている。
また、理不尽に叱られると勘違いさせてしまったのだろう。
親の前では良い子ちゃんぶって、裏では気に食わないことがあるとアリスを含めた侍女に当たり散らしていたため、侍女たちにとってクレアは確実に要・取り扱い注意人物なのだ。
そして前世、ではなく
恐らく今世の私の未来。
もし、悪役令嬢ポジションのエルシアーナに刺されたのがきっかけで時間が巻き戻ったのであれば、
私はこの先「世界は自分の思うがまま」と思い込んだワガママ少女のまま15歳でこの国の貴族学園に入学し、この国の王族攻略ルートに入る。
そして、前世で流行っていた異世界転生ものの小説でよくある"王子様から悪役令嬢に婚約破棄を告げるシーン"で、ゲームで見た通り刺されてデッドエンドだ。
…嫌だ。ぜったいに嫌だ!!
ごくごく普通の一般人だった前世の記憶が戻った今、
侍女たちにイジワルする気は起きないし、ましてや攻略対象には近づきたくもない。
…いや、やり込んだゲームだから一目見たいとは思うが
正直、周りで思いのままキャーキャー言えるモブ的な立ち位置が最高だと思う。
と、なれば。
今の私が目指すべきは、攻略対象と恋愛関係に発展しない!なるべく関わらない!だ。
(…刺された時ものすごく痛かったもん。。苦しくて、冷たくて。
それに…殿下のこと、本当に愛していたわけじゃないしね。)
「ありがとう、アリサ。
少し、1人にしてもらえるかしら?」
支度を整えてくれたアリサを下がらせ、
窓から見える広い庭と少し先を流れている綺麗な川を見て、
やり込んでいたゲームの世界にいるワクワク感と、大きな不安と…
そして、ゲームの世界だと気付いた今このタイミングが、
すでにあの儀式の後であることを思い出して、
ちょっとだけ、泣きたくなってしまった。