受け取るよりも、捧げたい。
月の光が差し込む窓辺で、ふと昔に思いを耽る。
愛憎入り混じった日々、いつか聞いた言葉。
膝に乗せた日記を閉じ、立ち上がる。
机にそれをしまい、床に就く。
不思議なことに、その夜はなかなか寝付けずにいた。
きっと、自身の第六感がそうさせていたのだろう。
「気付いているなら起きたらどうだ。それとも、余裕の表れか。」
閉めたはずの窓は開いていて、カーテンが風で靡くことはなかった。
そこに立つ男は、こちらの様子を窺っている。
身体を起こし、ひた、と冷たい地面に足をつける。
「何か、わたくしに御用ですの?」
「今後我々がこの世界で生きていくのに不安要素は消すべきだと思った次第だ。あの男の助けとなるものは、女だろうと容赦しない。」
「ふふ…。それは心配ですわ。」
「随分と余裕だが、なにか理由でもあるのか?どうせここで散る命、聞かせてくれ。」
「あぁ、いえ、わたくしの言葉不足でしたわね。心配なのはわたくしの命ではなく、貴方の命ですわ。」
左手の薬指から指輪を外し、指輪を通して向こう側を覗く。
するとたちまち辺りは豪華絢爛で素敵な結婚式場へと早変わり。
「幽閉型か。力はあるようだな。」
「ええ、もちろん。わたくしは素敵な結婚のために力を蓄えていますのよ。
ところで、濡れるのはお嫌い?」
「なにを…」
男が一歩下がると、ちゃぷ、と水の音が辺りに響く。
どす黒い液体が足元で揺らめいている。それはやがて足首を浸した。
だんだんと水位は増して行き、壁を破り、その液体で溢れていく。
「苦しくて、もがいちゃうのは未熟な証。きっと貴方は、戦意を喪失してしまうでしょう。」
その液体の中でも、わたくしは息ができる。
これはわたくしの心に潜む闇で、強い精神を持たない者は途方もない苦しみを味わうことになる。
「わたくしはもう苦しくない…。とっくにこんなもの、乗り越えていますわ。」
首を押えながらもがく男の元へ、ゆっくりと歩みを進める。
お互いの目を合わせ、心の奥を覗く。激しく嫌っているもの、いわゆる…彼のトラウマを見るために。
それを見た時、彼の目にはわたくしがそのトラウマとして映る。
彼の動揺が見ずともわかる。そうして、最後の仕上げ。
「月が人を狂わせる…。
貴方の感情は上限を失い、何倍も鋭くなりますわ。
力は強くても、精神は未熟ですのね。相手が悪かったと割り切ってくださいませ。わたくしが得意とする戦い方は、全てそういうものですから。」
場所は既にわたくしの部屋。
蹲りながら呻き声を上げて泣く男を窓の外へと放り投げる。
こう見えてわたくし、力持ちですの。
明日はどんな一日になるでしょう。
きっと楽しい素敵な日ですわ。
だって、ゴミ掃除をしたんですもの。良いことをしたら、良いことが返ってくるのは当たり前のことですので。
その後、最初眠れなかったのが嘘のように、深い眠りへと、沈んでいけた。




