赤色っていうのはね、
◆赤色っていうのはね、
王城前で大馬車を降りた。
「クロエ君が事故に遭ったのって」
「あの辺りだ」
太刀川が指をさしたあたりを観察する。特段変わった点はない。あるとすれば、太刀川だった。初めは兜だけをかぶったのに、王城に近づくにつれて、次々と鎧を着ていったのだ。結局今はフルアーマー状態に。
「あの……、なぜ武装を?」
「ん? いやいや、気にすることはない。私は騎士団団長。騎士団の鎧をつけていて当然。不思議なことは何もないのだからな」
「はぁ」気にするし。
南西通りに入る。
途端に視界に飛び込んでくるハデな色の数々。若いお姉さまがたのキャピキャピした笑い声。屋台から漂う甘くてファンシーな香り。
「はぁ……はぁ……はぁッ!」
太刀川の息が荒い。足取りも重い。さっき強引に渡された、試食用ドーナッツを刺した楊枝も、ゴツい鎧の手でつまんだまま。
よくわからないが、苦しんでいるようで心地よい。僕はカマをかけてみた。
「苦手なんですか? こういうの」
「苦手なもっきゃ!」
苦手なもんか、かな。
盛大に噛みながらも、太刀川は続けた。
「この若い女子たちのキャピキャピ感が苦手なんて、同年代のこの私が、耐えられないなんて、そんな冗談があるもっきゃ!」
もっきゃ。
そうか、騎士様はガーリーな空気が苦手ですか。
「あるわけがない! そういうのが恥ずかしくて、くすぐったくて、なんかよく分からないからって、苦手なんてあるわけない! それを遠ざけるためにわざわざ男臭い剣道を始めたなんてこと、これっぽっちゃもないからなっ!」
「なるほど。そんなことないですよね」これっぽっちゃも。
僕はアクセサリーの露店で若い女性の店員さんに声をかける。
「すいません。彼女に似合う髪飾りを一緒に考えてもらえないでしょうか?」
「なッ!? ちょっ、ロロロロロル君」
ロが多いよ。
「あらっ!? この騎士さん女の子なんですか? えースゴーイ! ちょっと兜とってお顔見せてくださいよー!」
「うっ、あ……」
店員さんのキャピキャピ攻め。
「髪は何色ですかー?」
「かっ……」
「んー、その色はなんて言えば伝わるかな」
「私のか、みは……かみのけ色です」
店員さんが「ん?」という顔をする。
「彼女の髪は暗めの青なんです」
「きゃーっ、クール系ですねぇ! じゃあ————」
「しししっ、失礼するでござる!」
脱兎の勢いで太刀川は逃げていった。
もっと虐めてやりたかったが、まぁそれは殺す前でいいか。どうせいつでもぶっころころできるんだ。気ままに、焦ることもない。できれば彼女が絶対的自信を持った剣術で圧倒したいところだけど、それはまだまだ先かな。
「いっちゃったね。じゃあ彼氏さんが選んであげなきゃ。それとも後を追っかける?」
「大丈夫です」
本当は僕だって、こんな女子感の強い空間、苦手だ。
陽の光を浴びて輝くアクセサリーを眺める。たくさんの色が目の中でキラキラと乱反射する。僕はフェニ、ニロ、サティ、アニスの髪を思い浮かべた。みんな綺麗な色だ。
フェニ、本当に他の誰かを好きになってしまったんだろうか。
「あの……、好きと言ってくれていた人が、僕じゃない誰かを好きになったかもしれなくて、その、どうしたらいいと思いますかね」
なんで露店のお姉さんにこんなことをきいているんだ。
「それって、さっきの騎士さん?」
「いいえ。別の人です。似合うアクセサリーを選べたらいいですかね」
「いや、もしアタシだったら『こんなとこで別の女の髪留め物色してねえでさっさとアタシんとこ来いやァ!』」
鬼の形相で叱咤され、ビクッと肩が跳ねる。
「あっ、えっとね?」慌てて語尾にハートをつけるみたいに彼女は言った。「あくまでアタシだったらだけどね」
そうか。
「ありがとうございます」
話した方がいい。ここまでついてきてくれた人だ。自分から聞くぐらいなんでもない。
お姉さんにもう一度お礼を言って、その場を後にした。
帰ったら、話そう。
甘いものも買っていこう。目についた屋台に並ぶ。りんご飴を売っていた。僕らの分と、それからクロエ君にも買っていこう。
飴を買い、絵画の露店が集まる広場へ足を運んだ。クロエ君の場所はすぐに分かった。
「こんにちは」
「あっ! ロロル君! さっそく来てくれたんだね。嬉しいよ」
「うん。本当は君に会わせたい人がいたんだけど。絵は売れた?」
彼は噴水の前に絵を広げていた。良い場所だと思うけど他に誰もいないのは、水が跳ねて絵が濡れるからかもしれない。
「一枚も。ぼくに会わせたい人って?」
事故当時の嫌な思いを蘇らせてしまうかもと心配になった。
「君が怪我した日、君を手当した騎士なんだけど、覚えてないかな?」
「ああ、あの人か! 必死に手当してくれたのを覚えてるよ。ありがたかったな」
「ごめんね。急用ができて帰っちゃった」
やりすぎたことを後悔した。会わせるべきだった。
「残念だな」
「そうだね。そうだ、コレ。良かったら食べてよ」
袋から出したりんご飴を差し出してから、お金持ちの彼には屋台の飴なんて……と冷や汗が出たけど、クロエ君は目を輝かせて飴を受け取った。
「わぁ! すごい綺麗な赤だね。ありがとう!」
さっそく舐め始めるクロエ君。
黒髪と、白い肌、ほんのり赤い唇から、ピンク色の舌が出て、紅の飴をぺろりと舐める。
「甘いと思ったら、ちょっと酸っぱいんだね!」
「えっ? あ、そうなんだね」
酸っぱいと言う単語からなのか、唾液が口内に滲んだ。
「あれ、まだ食べてないんだ。すごく美味しいよ。ちょっと舐めるかい?」
飴を差し出される。
これは……舐めてもいいのかな? 嫌なわけじゃないけど、ありていに言えば間接キスだ。でも男同士だし、何も問題はないかな……?
僕は飴をちらりと舐めた。
「ね?」クロエ君は首を傾げた。
「本当だね」控え目に舐めすぎてあまり味がしなかったけど、僕はそう言った。
今更、噴水の音って結構大きいんだなと気づいたりした。
「今日は晴れて良かったよ。天気が悪いと人が来ないからね」
「たしかにそうだね。そうだ、僕たち今度————」
目の前に何かが落ちてきた。
「あ」
僕とクロエ君の間、石畳の地面に。
「可哀想に。見てよ、ロロル君」
鳥だった。ケガをしているようだ。羽を弱々しくバタつかせて、なんとかまた空へ飛び立とうともがいている。
「大きな鳥に襲われたのかな……」
僕が言った。むかしカラスに追われて地に落ちた小鳥を見たことがあった。
「分からないね。でもどうやら若いように見える。飛ぶ練習中に、どこかにぶつかったのかもしれない。可哀想だけど、もう飛べない。助からないね」
クロエ君は涙ぐんでいた。
「苦しそうだ」
彼の光沢のある黒い革靴が、鳥の頭の上に乗せられた。
えっ————?
その時に聞いた音というのは、幼い時分に自転車のタイヤで落ちている梅の実を潰した時のそれとそっくりだった。
「ひとまずはこれでいいね」
鳥の頭を踏み潰し、安堵のため息をつく彼に僕は聞く。
「な…………なに、しているの……?」
彼はきょとんとした顔になる。
「なにって、苦しみを終わらせてあげたんだよ」
答えを聞いても何も返せずにいる僕を見て、だんだんとクロエ君の顔が青ざめていく。
「もしかして……ぼくまたやっちゃったのか。あぁ! どうしてだ……! どうしてぼくはこう周りの人と感覚がズレてるんだ……みんなと一緒がいいのに!」
鳥の前にしゃがみ込むクロエ君。
頭をフル回転させて考える。彼からは一切、悪意を感じなかった。言葉にも嘘の匂いはしない。もちろん僕は鋭い鑑定眼を持っているわけじゃない。でも、彼には、悪気がないように見えた。
「助けてあげたんだよね」導き出した解答を語る。「クロエ君は、この鳥が苦しんでいたから、これから死ぬまで長く苦しむのは可哀想だから、苦しみを終わらせてあげたんだよね……?」
しゃがんだ彼はまばたきもせず、潤んだ瞳を真っ直ぐ僕に向けた。
「あ……」
僕は待った。
「あぁ、あはは……」
彼の赤ペンが僕の答えをマルするのか、ハネるのかを。
「あはは! ありがとう、またぼくを見つけてくれて!」
彼は勢いよく立ち上がった。
「ねぇ、赤はね? 人が最も目につきやすい色なんだって! ぼくはきみに見つけてもらいたくて、無意識に赤い絵を描き続けていたのかもしれない!」
「見つける……? クロエ君、何の話なの?」
クロエ君はあやしげに微笑んだ。飴玉を舐め、その舌と唇で僕にキスをする。
言葉を失った。
「思い出したかい? 今和野一くん」
僕は感電した。魔法なんかじゃない。たった一言で全身が震え上がった。
「なん、で……」
僕の名前を知ってるんだ!
「久しぶり。ぼくは黒江雪樹。思い出せない?」
クロエ・ソソギ、くろえ、くろえ————。
そうか思い出した!
忘れていた!
こいつは黒江雪樹。車にはねられて苦しんでいた猫を、「良いことをしようと思って」と涼しい顔で殺したやつだ。そして僕の腕を、教室で、何の躊躇いもなく折ったやつだ。マズイ、ヤバい、ダメだ。こいつはただちに始末しないと!
「黒江ッ!」僕はマナを練る。
スキル発動!
【 】
「あれ……?」
「ふふっ、もしかしてスキルを使おうとしたのかい? でもダメだ。きみはもうスキルを忘れた。ねぇ、今度ぼくの館に招待するよ。準備ができたら呼びにいくから」
「何言って……!」
ショーテルを手にし、抜刀しようしたところで————、
「楽しみにしてるよ」
黒江は指をパチンと鳴らした。それから、
それから————?




