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太刀川とデート?



◆太刀川とデート?



 フェニの様子がおかしい。どうにも避けられている気がしてならない。

 何かやってしまったのかな……?

 記憶を遡り、フェニとのやりとりを反芻する。だけどそれらしいことは思い当たらなかった。僕が帰ってきてから変化があったから、朝のやりとりのどこかだと推測するけど、心当たりがこれっぽっちもない。ずっと心をきかせてくれていたのに、こんなことで頭を抱えることになるとは……悔しいし、申し訳なかった。

 それとなく他の3人に聞くと、

「わりとかっこいい騎士団の人が来てからボーッとしてたにゃ」

「わりとかっこいい騎士団の人が来てからボーッとしてたかなぁ〜」

「わりとかっこいい騎士団の人が来てからボーッとしてたわね」

 と。

 そんっっっっなにかっこよかったのか?! その騎士団の人!

 たしかに、僕みたいなちんちくりんを未来永劫好きでいる保証なんてどこにもない。ちょっと好き好きノイズ出されたぐらいで安心していた僕が悪いんだ。昨日好きと言われてたから今日も好きとは限らないし明日のことなんてもはや神のみぞ知る。

「ちょっとロロルん、きいてるかしら?」

 ラベンダーさんの顔が目の前にあった。今はギルドでミーティングの最中だった。

「うわっ!」

 驚き過ぎて尻もち。情けなさマックスの僕に手を差し伸べたのは太刀川美鶴だった。

「疲れが溜まっているんじゃないのか? ダンジョン行き、無理強いはしないが?」

 拒むのも変なので、差し出された手を握って立ち上がる。

「大丈夫です。ちょっとボーッとしてしまって。続けてください」

 ミーティング室には太刀川率いる騎士団団員4人と、ラベンダーさん、それから僕ら5人。チラリとフェニを見ると、ふっと目を逸らされてしまった。騎士団のあの4人のうちの誰かが、フェニの一目惚れの相手……。

「一応『摩天楼の森』は攻略されたダンジョンだから、不測の事態は起きないだろう。ただ、こちらに反応してコアが強力な魔物を吐き出す可能性も、なきにしもあらずだ。先日のピクニックボックスの件もある。気は抜けない」

 太刀川が大机に地図を広げた。

 彼女の説明はだいたいシローネから聞いたことばかりだったので、相槌をしながら右から左へと受け流した。

「大まかな説明は以上だ。王都から丸1日、ダンジョンの入り口とコアの往復で3日ほどかかる。あの森は階層が一つだけだが、かなり広く、深くてな。野営の支度は万全に」

 話は終わった。

 皆が部屋を出ていく。

「あー……、ロロル君。聞きたいことがあるんだが」

 太刀川が僕を呼び止めた。

「なんでしょう」

 ちらりとフェニを見る。騎士団の人についてそそくさと出ていってしまった。

「まぁそう身構えないでくれ。実はこないだ王城の前で君を見かけたんだ。君は包帯を頭に巻いた人と一緒にいたが、彼は知り合いかな?」

 思いがけない問いかけだった。

「えっ?! 彼を知ってるんですか?」

「少しだけだ。実は彼は、ちょうどあの辺りで大馬車に轢かれてね。頭の傷はその時のものなんだ。その時私はたまたま近くにいて、手当をしたんだよ。騎士団の癒術師も居合わせたんで、外傷は軽くで済んだが」

「記憶が」

「そう。事故以前の記憶がなくなってしまってね。いや、親族がいないと言う話をきいていたから、もし君が友達なら、少しは安心できると思ってね。君は彼の————」

「友達です」

 自分でも驚くほどはっきりと答えた。彼がそう言ってくれたからだ。

「そうか。なら良かった。私はあの事故について、私は少なからず責任を感じていてね」

「なんですか?」さっさと、はっきりと言ってくれ。

「いや、しかしな……」いつもとは打って変わって、もごもごと話す太刀川。サティなら抱きつくがそういうわけにもいかない。早く言わないとその腹をさばいて拷問しそうだ。

 一丁前に人の心配をしやがって。お前は僕を竹刀で痛ぶったサディストじゃないか。

 真人間のフリはやめろ。善人の真似事はやめろ。

「教えてください。何があったんですか?」

「うん……」

「なんなんですか?!」

 こうなったら答えるまで問い続けてやる気でいた。

「はぁ……君は意志が強いな。彼のことを思ってのことなんだろう。その…………私が見たところ、彼は自ら大馬車に飛び込んだように見えたんだ」

「なんですって……?」

 自ら大馬車に?

 僕は馬車を引くあの大きな獣を思い浮かべた。自分からあの巨体の前に飛び込むなんて。

「様子がおかしい人がいると思って、離れたところから見ていたんだ。私は人と話していて、注意が逸れていて…………いや、これは言い訳だな。まさかと思ったよ。自分を信じていれば、もっと早く駆けつけて彼を止められたはずなのに」

 太刀川は自嘲的に笑った。

「それなら」僕は挑戦的に提案した。「彼のとこに今なら行きましょう」

「今からか?」

 太刀川は虚をつかれた顔をした。だから、そんな人間らしい顔をするな。

 彼女が頷いたので、僕らはまさに今からクロエ君を訪ねに行くことにした。

 カウンターでエリュアールさんと談笑するニロに声をかける。

「ニロ、ちょっと団長さんと出てくるよ」

「えぇ? どこにぃ?」

「南西の通りにさ」

 そう言うとニロは驚いていた。

 エリュアールさんも、「あらっ」と手を口元に。彼女の手にはマナ玉のブレスレットが着けられていた。ニロがレインブーツのお返しに、ちょうどその南西の通りで買ったものだ。2人はすっかり仲良しこよし。

「南西の通りかぁ〜。おみやげよろしくねぇ」

 ニロが手を振る横で、エリュアールさんはちらりと太刀川を見る。

「ちょっとロロル、どこ行くのよ?」サティが会話に入ってきた。

「南西の通りに団長さんと」

「へっ? へ、へぇ〜」(ってことはデート? それとも復讐? やっぱりデートかしら? まさか復讐相手だし、そんな……禁断のラブじゃないの)

 そうか、たしかに。あの華やかな南西通りを男女2人で連れ立って歩いていたら、そういう風に見る方が自然だ。まさか誰もカノジョがカレシに殺意を向けられているとは思わない。

「ちょっと用事ができてね。悪いけど、ダンジョンで使う道具を揃えるの頼んでいいかな」

「え? えーと……?」

「いいですよ」目を泳がすサティの代わりにフェニが答えた。「どうぞ、こちらは任せてください」

 なんか、冷たく感じてしまうのは僕の気のせいなんだろうか。そう思いたい。

 フェニはおかしな誤解はしないだろう。

 ギルドを後にした。

「まさか南西の通りとは……そこに間違いなく彼はいるんだろうな?」

「ええ、きっと」

「ふうむ……」

 太刀川は強張った顔で深く頷いた。現世でもこんな表情はお目にかかったことがない。いつも凛として、余裕をもって、颯爽としていたのに。まるで歯医者に向かう車中の子供だ。そしてついには、騎士団仕様のものなのか、兜をすっぽりかぶってしまった。


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