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フェニ、思い出す



■フェニ、思い出す



 アニスが来たことによって、共同台所はまた一段と賑やかになった。今や台所には私たちしかいない。女4人のお喋りに、他の部屋の男性客が肩身狭そうにしていたので、ちょっと申し訳ない。

「失礼いたします」

 勝手口から男性の凛々しい声がした。「はぁ〜い?」と返事するニロとは正反対にハキハキと彼は用件を伝えた。

「王都騎士団の者です。タチカワ団長よりロロル様宛ての手紙をお届けに上がりました」

「ごくろ〜さまでぇ〜す」

 彼が立ち去った後、手紙を受け取った私にみんながたかる。

「団長から手紙ってなによ」とサティ。

「騎士団団長ってあのクールビューティーな人だにゃ?」

「えぇ〜ラブレターじゃな〜い?」

「検閲よ!」サティが勝手に封を破く。

 ラブレター…………私は呟いていた。

 古風な響きに何かを感じた。

 そうだ、ラブレター。

 私……フェニではなく賢木藤美は、夏休み明けの初日の学校にいた。早朝だ。

 誰よりも早く登校し、ロロル君……いや今和野君の下駄箱の前に立っていた。辺りに誰もいないことを確認して、彼の下駄箱の扉を開けて奥へと入れたのだ。徹夜でしたためたラブレターを。クラスの違った彼の連絡先は知らなかったし、それにメールなんかで気持ちをネットの海水に浸すのは嫌だった。存外、自分も単純だなと可笑しかった。けれど、面と向かって話す勇気のなかった私の気持ちを伝えるのは、手紙しかないのだと疑わなかった。

 彼がいじめられているのは知っていた。私の力じゃいじめは無くせないとハナから諦めていたから、せめて一緒にいて支えてあげたいとか、なんなら共に遠くへ逃げてもいいとさえ思っていた。

 私の気持ちが届けば、彼を取り巻く環境も含め、あらゆる物事が好転すると、なぜだか思っていた。

 返事が来たのは翌日だった。

 下校しようと下駄箱を開けたところ、水色の事務的な封筒が入っていた。反射的に引っ込めた手が、そのまま心臓を握ったような感覚。息が止まった。まるで万引きでもするかのように鞄に素早く封筒を入れて、走ってその場を後にした。

 どうか、どうか。

 どこで、いつ、どのようにして読もうか考えているうちに自宅に着いた。自室に駆け込み、机と本棚の間の僅かなスペースに身を押し込んで、深呼吸。

 どうか————。

 丁寧に封を切り、恐る恐る便箋をひらいて、読んで…………死にたくなった。

 書面をびっしりと埋め尽くす罵詈雑言が書き連ねてあったからだ。非常に冷静な文字列で、一文字一文字が、律儀に順番を守って私の心を刺していくようだった。

 この辛辣な言葉は、交際申込みを受け入れる言葉の前置きなのだと愚かにも願いながら、振動する視線で最後まで読み終える。しかしながら事実は事実だった。

 私はフラれたわけだ。

 死にたかった。

「フェニ姉」

 死にたかった。

「フェニぃ〜?」

 死にた————、

「フェニっ!」 

 サティの声で我にかえった。

「どうしたのよフェニ、ぼーっとしちゃって」

「フェニ姉、具合ワルいにゃ?」

 アニスが私に抱きつく。可愛い赤毛を私は撫でた。

「大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけです」ラブレターと言いかけたのをなんとか飲み込んで、「手紙、なんでした?」

「太刀川美鶴がね、というか彼女と騎士団の数人で、明後日ダンジョンに入るんだって」

「ダンジョンですか」

「なんでも、『摩天楼の森』ってダンジョンが荒れてるんだって。恐らくコアの異常らしいんだけど、騎士団で調整に向かうとかで、見学にどうだって」

「見学……?」

「魔物の平均レベルが高いとこなんだけど、行けば経験になるでしょってことね。面白そうだからオッケーの旨を抱えたハトを飛ばしといたわ」

「ハトですか」

「そう。イエスかノーかぐらいのカンタンな返事だったらマナのハト飛ばした方が速いからね。名付けてイエスノー鳩よ。あんまり書き込むと重くて飛べないけど便利よ」

 そんな、気分で裏返して使う枕みたいな。

「ロロルも別に嫌とは言わないでしょ。帰って来たら話せばいいわよね」

「そうですね」

 ロロル君はラブレターのこと、覚えているんだろうか。

 覚えていて今の私といるのだろうか。

 それとも忘れているんだろうか。

 女1人フったくらい、取るに足らない些事だと思っているんだろうか。

 でもあんな返事をするなんて……。

 私は現実逃避から、ある強引すぎる願望に行き着いた。

 スキル【忘却】を持ったクラフトはいないのか?

 もしいるのなら、私はロロル君の記憶を消してくれと頼んでしまいそうだ。私をフったことを忘れて欲しい。彼を責める気はないけど、フラれた女として、これまで好意を剥き出しにしていたことが恥ずかしくてたまらない。おめでたいにもほどがある。フラれた人のそばで、まだ好きなのだと隠しもしないで。

 夕暮れの帰り道、

 ずっと一緒にいたいって思ってるよ。

 そう、言ってくれた。私は舞い上がっていた。バカな女だ。私の役割は、彼を不死にしたところで終了しているのに。

 ロロル君が帰ってきた。

 私は彼に何も聞けなかった。

 こんなに好きなのに、彼のマナが聞こえないのは、私を拒絶しているからなんだ。

 本当に拒絶されていたなら、私は今すぐに死んでしまいたい。





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