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拾い物



◆拾い物



 朝だ。早起きだった。

 脚にはフェニが抱きつき、サティは背中を向けながらも僕の脇腹の横を陣取り、ニロは僕の腕を奈落に突っ込んでヨダレを垂らしている。

 ああだこうだと騒ぎながら起床。

 共同の台所で朝食を拵えようとしていると、居合わせた獣人の女性に、「楽しむにしても配慮ってもんがあるんじゃない?」と毒づかれた。僕が寝ている間に誰が何を騒いでいたのだろうか……。

「あら? ちょっとニロ、ここに置いてあった野菜どうしたのよ」

「ええっ? なっ、なーんでわたしにきくのかなぁ?」

「夜の間につまみ食いするとしたらアンタくらいなもんでしょ?」

「つまみなんてしないよぉ!」

「そう? んーじゃあ他の宿泊客が間違ったのかしら」

「丸呑みだよぉ!」

「やっぱアンタじゃないの! 買ってきなさい!」

 ニロ1人に買い物に行かすのも不安なので僕もついていくことにした。剣を取りに一度部屋に戻る。

「次借りるなら食糧庫付きのとこにしようよぉ」

 昨夜、宿の主人から「どうせ連泊するなら1か月くらいまとめて借りればいい」と言われた。そうすれば割安で使わせてくれるとのことなので、僕らはここの宿を1か月先まで予約した。お金も払った。

「食料庫ごと食べないでよね」

「そんな貝を殻ごと食べるみたいに言わないでよぉ」

 やりかねないのでは。

「でもさぁ、胃袋の大きさを考えたらしょうがないよねぇ? お腹空いちゃうだもぉん」

「その空腹をみんなが味わうことになるんだよ? ちょっとは我慢しないと」

「むんんんん〜〜。じゃあオムライス作ってぇ?」

「いいよ。卵も買い足さないとね」

 前に作ったら形が悪いのに大喜びしてくれたっけ。

「やったぁ〜! 朝からロロルのオムライス食べられるなんて嬉しぃ、めでた〜い。こりゃ今日は赤飯だぁ〜」

 オムライスゆうとるやんけ。

 2人で宿を出た。出てすぐ、

「にゃー!」

 猫の声がした。

「あれぇ〜? いまアニスのにゃあが聞こえたような気がしたねぇ?」

「にゃー!」

 アニスの声だ。まぎれもなく。そしてその声はすぐそこから聞こえた。

「なにしてるの……?」

 アニスは箱に入っていた。宿の扉のすぐ横、まさに捨て猫の状態で。

「にゃ! 拾ってにゃー!」

「あ〜アニスだぁ! こんなところでどうしたのぉ? 捨てられたのぉ?」

「にゃぁ〜ん……」

「よしよし〜、わたしが拾ってあげるよぉ。今日からうちの子だからねぇ」

 ニロがアニスを箱から抱き上げ、宿に戻っていった。バタン、扉が閉められる。

 あれぇ〜? あのぉ…………買い出しはぁ〜?

 宿の中でサティの嬉しい悲鳴が聞こえる。

 まぁ……いいか。僕は1人で市場に向かった。

 市場は朝でも活気に溢れていた。

 慌ただしく品定めをする客の中に、彼を見つけた。

「クロエ君」

 声をかけるのに迷いはあった。だけど人波の中で彼は、まるで岩場で救助艇を待つ漂流者のようで、手を差し伸べたい気持ちに駆られたのだ。

「あっ! ロロル君!」

 僕なんかと朝から顔を合わせても迷惑かな、なんてためらいは彼が笑ってくれたことで消え去った。

「良かった、友達に会えて。渡りに船ってやつだよ」

 友達、か。

 どうしてか、僕の方が船に乗せてもらった……そんな気分になった。会うのはピクニックボックスの件以来だ。

「どうかしたの?」僕はたずねた。

「いやぁ……」彼は照れくさそうにした。「実はぼくも朝の買い物というのをしてみようと思ってね。ほら、いろいろやってみたら何か思い出せるかもしれないし。それでこうして店の前まで来たはいいけど、一体どこが列の最後尾か分からなくて」

 朝市は賑やかだ。客は入れ替わり立ち替わり。欲しいものだけパッと取って、サッとお金を払って、バタバタと次の店か家に戻る。クロエ君はその激しい流れの中に「順番」という秩序を見出そうとしていたわけだ。

「こういうのはね、ちょっと強引くらいに行かないとダメだよ」

 何度か来て最近僕も慣れ始めたところだけど……。

 僕は人波をかいくぐり野菜を買ってきた。

「なるほど」

「やってみる?」

「いや。きみのことを見ていたら満足したよ」

「そ、そうかい」

 彼が言うならそうなんだろう。

「そういえば、クロエ君。頭の包帯とれたんだね」

「あぁ、アレね……。アレをしてるとジロジロ周りから見られるんで、やめたんだよ。ただでさえぼくは周りと違うのに」

「周りとちがうって?」

「あの真っ赤な絵もそうだけど、考えてることや行動がぜんぜん周りと違うんだ。どうも、ぼくの普通や、善意や、頑張りっていうものはことごとく嫌がられちゃって。ロロル君も、本当はあんな真っ赤な絵、変だと思うかい?」

「変わってるなとは思ったけど、変だなんて思わなかったよ」

「そう言ってくれるのはロロル君、きみだけだ。でもきっと、記憶を失う前のぼくは、ろくでもないやつだったんじゃないかな」

 クロエ君は遠い目をした。視線の先にある人の群、普通という人混みに、自分は弾き出されて入れないんだ……そう言っているようだった。僕が横顔を見つめていることに気付くと、彼は慌てた。

「あれ? そんなにじっくりと眺めて、ぼくの顔に何かついてる?」

 彼は心通りの言葉で話し、言葉通りに聞きとる素直な人物に思えたから、僕は答える。

「いや、なにも」

「そうかい? ならいいや。君に見つめられるのはむしろ嬉しいからね」

 悪意のない人間なんだなと、安心できる。

 真っ直ぐすぎて、ちょっと今のは恥ずかしいけれど。

 彼と一緒にいたら、僕も少しずつ本心をそのまま話せる人になれるかな。

「ぼく、そろそろ行くよ。ロロル君、ぼくは今日と明日、また南西のあの広場で絵を売るんだ。来てくれると嬉しいな。またお話しようよ」

「うん。時間があったら行くよ」

 時間があったらなんてどうせ来ないんだろ? なんて疑いもしない笑顔で、クロエ君は手を振った。

「またね」



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