インソムニア
◆インソムニア
サティとニロと合流した。
「ロロル、さっき言い忘れてたんだけど」
(ニロが撫で撫でされてて羨ましくってつい)
と、吉野拳太郎から聞き出した情報をサティから伝えられる。
インソムニアというバーの地下に、吉野拳太郎ともう1人が仕切っていたという闘技場があり、夜な夜な男たちがステゴロのファイトに明け暮れているという。強さとお金が物を言う、女子禁制の空間だそうだ。
島田も足を運んでいた場所だと判明する。武器の取引はそこで行われていたんだ。彼は「上客が集まった」と言っていた。今日のうちなら上客……危険な人物や、他のクラフトの手がかりが掴めるかもしれない。
「行ってくるよ。これは僕の復讐だから、みんなは先に宿に戻ってて」
僕は3人に告げた。
「もちろんお供しますよ」
「しょうがないなぁ〜」
「アンタは死にはしないだろうけど、不安だしついていってやるわよ」
「みんな……ありがとう」
危険が伴うのについてきてくれるなんて。
夜が更け、ひと気の減った道を歩き、僕らは闘技場へ足を運んだ。
インソムニアなるバーはそこそこ混んでいるのが外からでも分かった。興奮冷めやらぬ……と言った男たちが額に汗を光らせ、ジョッキを呷っている。
「ここはファミレスじゃねえんだよ」
僕らが入ろうとすると店の前で頑張っていた男が言った。
僕はサティから聞いていた言葉を口にする。
「弱いものいじめが好きなんだ」
男は僕をジロジロと観察した。「俺も好きだよ」と言い、ドアを開ける。
最低な合言葉だ。
「待て。後ろのお嬢ちゃんたちは帰んな」
そうだ。女子禁制、だったか。
「大丈夫だよ」
僕だけが中へと。
「こっちだ」
男に案内され、僕はカウンターの横にある扉の奥へと。ほんの数メートルの距離の間に、僕は周りの男たちの視線を一身に受けた。
なんだこのもやしっ子は…………人を見下す目だった。
地下だからどんな穴蔵かと思っていたけど、闘技場はなかなかに広い場所だった。
悪だくみがなされ、非合法の闘いが行われるだけあり、そこは人がどれだけ暴れようと問題なさそうだった。音の心配もない。壊れて困るものもない。つまり、好都合なことこの上ない。
予想外だったのは、闘技場の言葉から連想されるリングなどが無いところだった。
あたりを更に観察する。島田が口にした『上客』らしき人物も見当たらない。髭面の男が葉巻を咥えているんじゃないかと思ったけど、期待はずれだった。いるのは、夏祭りの後に消化不良でたむろしている若者みたいな、そんな輩ばかりだ。
「新入りか」
いや、1人いた。
「なんだ、ケンちゃんが戻ってきたのかと思ったぞ。よくも期待をぶち壊してくれたな、ん?」
奥の方に積まれた木箱に腰かけた男。
筋骨隆々の大入道、格闘物の漫画にそのまま出られそうな巨躯の持ち主。
平大伝。クラフトだ。
忘れもしない。
平は吉野拳太郎と共に僕をいじめた。夏の日だった。「強くしてやるよ」と笑いながら、校舎裏で僕にウサギ跳びをさせた。ただ跳ぶんじゃない。災害用の備蓄用水が入った箱を担がせて跳ばせるんだ。しばらくして飽きると、「水分補給だ」と言い、跳ぶのをやめさせる。
そこからが地獄だ。思い出したくもない。水を無理矢理に飲まされるのだ。2Lのペットボトルを僕の口に突っ込み、鼻をふさいで流し込む。1L飲ませると、腹をパンチされる。
「うぇえええええッ!」
胃を圧され、飲んだばかりの水を吐く。吐いたらまた飲まされる。そしてパンチされる。吐く、飲む、パンチ、そのループだ。
出してはいるが、水を飲み続けた僕の身体は冷えに冷え切って、震えが止まらなくなる。夏の炎天下で寒さに震えるなんて、人類のほとんどが経験することのない苦痛に違いない。
「大伝クン、こいつのお初はオレにまかせてくださいよ」
長髪の男に言われると、平は「好きにしろ」と興味なさそうに酒瓶を傾けた。
お初。ここでは新入りは初日に必ずファイトしなければならないらしい。
素晴らしいルールだよ、吉野拳太郎、そして、平大伝。
「おい、おれにやらせろよ。コイツはまじでザコそうだ」
「うるせぇ、オレが先だったろうが! ぶっ飛ばすぞ」
男たちが揉めだす。それを平はたった一言、
「黙れ」
それで静めてしまった。
「お前がやれ」
「は、はい! ありがとうございます。オレがコテンパンのやっちゃいますよ」
萎縮し切った男が平に何度も頭を下げる。
そう、平は人を震え上がらせる天才だ。人が思いつく限りの格闘技を習得した平が放つ威圧感は誰の反論も許さなかった。
「弱い者を排除し続ければ、いずれ強く素晴らしい群が出来上がるんだよ」
長髪の男が服を脱ぎ捨てた。平とは比べられないが、それでも引き締まった筋肉を持っていた。
「怨みの無い人とは極力闘いたくありません」
僕は言った。
そのセリフがよほどおかしかったようで、平以外の男はみな声を上げて笑った。
不思議と、体中がビリビリと震える。いつでもぶっころころできるのに、平のせいなのか、僕は息が苦しかった。
笑いがある程度おさまると、長髪の男が言った。
「おれもなるべく酷いことはしたくないんだけどさ、弱いやつは潰していかないといい世の中にならないから。トータってやつだよ。分かるか? トータ」
淘汰、か。
嫌いな言葉だ。弱いものいじめを正当化する最低の2文字。
「剣は置きな」
「分かりました」
僕はアニスが打ったショーテルをわきに置くために壁際へ。そして振り返ると、殴られた。
パンっ……と、僕の頬が音を立てた。
「ヒュー! 決まった! 痛いか? 痛いよな。今日は痛みで眠れないぜ?!」
たしかに痛い。
それじゃあ仕返しだ。僕は身体強化魔法を使った。
敵の懐に飛び込む。拳を握り、相手の顎を見据える。
「おせぇ」
攻撃する前にまたパンチを食らってしまった。
会場が沸く。
まだ魔法は使いこなせていないのかと、僕は辛い気持ちになった。相手がステゴロ専門というのもあるかもしれないが、まだまだ訓練が必要だ。
すっかり調子に乗った男が声高らかに言った。
「いやぁ、拳太郎クンの言う通りだよ。トータによって毎日強くなるのを肌で感じる。お前はそう、上手く言えないけどよ、やられる側の人間だよな! 明らかに、見れば分かる。いじめたくなる。それがいけないんだよ。分かるか?!」
やられるのは、いじめられるのはその人自身のせいってことか。
酷い考えだな。
「ツカエナイやつもそう、ツマラナイやつもそう。オマエは価値のない人間だったってことだよ。なるべくしてやられてるわけだ。お前が不幸なのはお前のせい。そうですよねぇ?! 大伝クン!?」
平に視線が集まる。
「そうだ。弱きを淘汰することで己が強くなれる。ケンちゃんの理論だ。それが正しい。お前は自分が自分であることを呪え!」
会場が更に盛り上がる。ここにはその考えに傾倒した者しかいないらしい。
僕をいじめて笑うやつらだ。
吉野や平と同じ。それならしょうがない。クラフトではないけど、彼らは僕の復讐対象に認定される。人を見かけで判断し、大多数で貶める。許せない。
「初めての闘いは指名できると聞きました!」
僕は声を張り上げた。
「あ?」
「お前なんかお呼びじゃない。僕は、奥のデクノボウを指名する」
シンとあたりが静まり返る。
平は一言、
「断る」
と呟いた。
そう来るか。なら————。
外野が騒ぐ中で、僕は懐からある物を取り出し、床へ放った。
黒い勾玉のピアスだ。
平が黙って立ち上がる。彼の右耳には、白い勾玉のピアスが光っていた。
陰陽太極図ってヤツだ。小学校高学年男子がハマりやすい模様。白黒の勾玉がくっつき、円になってる、あれ。2人で1つとなるピアスをしていたわけだ。
「ケンちゃんが帰ってこないのは、お前のせいか?」
僕は何も言わない。
ただ口角を吊り上げて、笑顔を作った。




