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ひとりあそび



◆ひとりあそび



「おつかれさまです。アニス。あなたとっても強いんですね」

 フェニが魔物の死体を両手にぶらさげて現れた。

「フェニ。ごめんね大変な作業をさせて」

「大丈夫ですよ」(ひと仕事終えたロロル君、かっこいい……!)

「ロロ兄、ボク……」

 操り人形の糸が切れたようにアニスは倒れた。ぎりぎりで抱きかかえる。

「アッツ……」

 グローブに残っていた余熱で肌が焼けた。

「大丈夫ですか?!」(あぁアニス、そこを代わって。私も頑張ったねって抱きしめられたい。いや火傷を舐めて癒したい)

 異様な光を宿した目で僕の火傷を見つめるフェニ。復讐の後はいつも気持ちが昂って、少し大胆になってしてしまう。

「おつかれ。フェニもがんばったね」

 僕はフェニの頭を撫でた。

「くぅっ!」

 あ、嬉死んだ! 僕に寄りかかってあの世へ。

「フェニぃ! サボってないでよぉ! ねぇロロルぅ! わたしもがんばったよねぇ?」

 早くも島田を平らげたニロもやってきた。隣に正座して、「どういたしましてぇ」と頭を垂れる。

 ありがとうへの先手を打たれた。ニロの頭も撫でる。

「ニロもありがとうね」

「はぁい、どういたしましてぇ、ましてぇ〜」

 背後から殺気を感じた。マナの漏れを絶賛受信中。

「いやぁ、サティも頑張ってくれたんだろうなぁ! すごいなぁやっぱりサティは〜!」

 彼女に聞こえるように言った。

 サティが姿を現す。ちょうど今来ましたよ、てカンジを装って。

「おっ、おつかれさま……。こっちは済んだみたいね? やるじゃん、褒めてあげる」

「サティ。無事だった? 心配したよ」

「悪いけどクラフトを1人やらせてもらったわ」

「そうか。僕の復讐相手を倒してくれたんだ。さすがサティ、ありがとうね」

 そう言うとサティは顔を真っ赤にした。

「ベっ、ベツにアンタのために倒してあげたわけじゃないんだからね! アタシに悪辣で卑猥で最低な言葉を使ったからちょっぴし焼いてあげたのよ!」

(貧乳なんて、貧乳なんて……)

 ちょっぴし……で済んだのかな。

「諸悪の根源を滅ぼし尽くさなきゃ……」

 サティがいじけモードに入っているようだった。僕のセリフっぽくはないけど、できるだけさりげなく、サラッと言った。

「なんて言われたか知らないけど、綺麗なサティに汚い言葉を吐くなんて許せないね」

「えッ?! きれ、い……? アタシ、きれい……? これでもか……?」

 サティが口裂け女みたいになってしまった。

「サティも撫で撫でしてもらったらいいのにぃ〜」

 ニロが言う。サティはニロの隣に同じように正座。

「ベツにアンタのために撫で撫でしてもらうんじゃないんだからね!」

「そうだねぇ〜、自分のためのご褒美だよねぇ」

「ちょ! ニロ! こっち来なさい! そのなんとかってヤツを食べて始末しなきゃなんだから!」

「えぇ〜、じゃあ焼き加減はぁ……よく焼きのウェルダンでぇ」

「もうなってるわよ!」

 サティとニロが去っていく。フェニが目覚めた。

「はっ! また嬉死んでました?!」

「うん。じゃ帰ろうか」

「はい」

 アニスをおんぶして、フェニと連れ立って歩き出した。

 だいぶ騒いだので、誰かが来てもおかしくない。林を抜け、資材置き場を過ぎる。

「お兄ちゃん……」

 耳元で声がした。アニスが寝言を呟いたようだ。

「アニス、涙を流してます」

 フェニが声をひそめた。しなやかな指でその涙をぬぐう。

「今日は辛いことがたくさんあったからね。お店、どうなるかな」

「いくら因果応報の考え方がこの世にあったとしても、アニス以外の従業員が根こそぎ消えたあの店は普通ではいられないかもしれませんね。風評被害なども覚悟すべきでは? 悪どいことをして儲けている、など」

「アニスが嫌な目に遭わなきゃいいけど」

「ドワーフの親方たちは、家族はいないそうですよ。心配なのは島田の方ですね。繋がりがいろいろあったようですし」

「そろそろ、他のクラフトも動くかな」

 今はまだ追手の気配はない。

「引き続き警戒すべき点ですね」

 都民の信仰心を守りたいがため、強い力を持ってるとされるクラフトがいなくなったなんて大事件、他のクラフトたちは公表を出来ずにいる。それでも消えゆくクラフトたちの捜索はされているはずだ。

 証拠はニロの中だから見つかるはずはない。僕を覚えている者はいない。でもだ、復讐者でなく単なる1人の人殺しとして明日にも捕まる可能性だってある。

 復讐はあくまで隠れてやらなければ。

 常宿に向けて歩を進めていたら、図らずもアトリエ・ハッピークラフトの前にさしかかった。

「あれ……ボク…………」

 アニスが目を覚ましたようだ。

「具合はどうですか?」

「アニス、寝てていいんだよ?」

「……ううん。ここで下ろして?」

 アニスは僕の背中から下りた。

「一緒に帰りましょう? アニス」

「ボクは、ここに住んでるから」

 アニスは工房の扉の鍵を開け、中に入っていく。放っておくわけにもいかず、僕らも続いた。

 勝手知ったる店内をアニスは明かりもつけずに進み、奥の工房へ。カチッと音がして、釜の火が燃え上がる。アニスは釜の前に膝を抱えて座りこんだ。

「ロロ兄の背中で夢を見たよ。悲しい夢。今夜はどうしようもなく、むかしのことを思い出しちゃう。ボク、今から独り言言うから、うるさかったら、置いていっていいよ」

 アニスが語り出した。火を見つめる背中を、僕らは見つめる。火の他に明かりはない。揺れ動く炎が時間も空間も曖昧にさせる。

「ボクは————、


 暗闇にいた。ボクはふらふらと、脚を交互に前へ出して、暗い森を進んでいった。誰もいない。お腹が減った。ずっと1人だった。

 毎日が平和だったのに。

 何も悪いことはしてなかった。

 ボクも、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんな優しかった。踊るのが好きで、よく火を囲んでみんなで踊った。

 ついこないだまでは。

 ある晩、家が燃え上がった。ボクたちは大きすぎる炎の周りであたふたした。その後に、稲妻や、氷の刃が飛んできた。どこかの国の騎士団が来たんだ。

 魔族だから、魔族ならば、そう叫んで剣を振るってきた。

 魔族だけど、悪いことなんてひとつもしなかったのに。

 家族のみんながボクを守ってくれた。

 ボクは暗闇の森を走った。何日も何日も、逃げた。

 さびしかった。

 ずっと森の中でひとりはいやだ。

 みんなと一緒がいい。どうなろうと。

 また何日もかけてお家に戻ると、変わり果てた姿となった家族がいた。

 ボクは火をつけた。ひとりあそびだ。

 ボクは踊った。

 さびしかったから。

 みんなも踊った。

 それでもさびしかった。

 踊り続けた。

 みんな、燃え尽きるまでボクと踊ってくれた。

 結局最後は、ボクはひとりになった。

「子猫がいるぞぉ」

 ドワーフたちが現れた。

「灰にまみれた猫だ」

 さびしさは消えたけど、それからの毎日は————、


 ————と、いうわけにゃ」

 涙をすする音が聞こえた。

「そろそろ2人も帰った方がいいにゃ。サティ姉とニロ姉が心配するにゃ」

「置いていけませんよ。アニス、一緒に行きましょう?」

 フェニがアニスの肩に手をおいた。「悪いけど!」アニスが大きな声を出す。

「悪いんだけど今夜は1人にしてほしいんだ。さびしい気持ちに浸っていたいから!」

 一人でいることが薬になるのだろうか。

 僕は墓場でのことを思い出した。自己嫌悪、否定の嵐…………それは、薬になるのかな? いま、正気の状態で考えると、そうとは思えない。

 だからといって、無理に連れていく気にもなれなかった。

「じゃあアニス、私たちは行きますからね」

「おやすみ、アニス」

 僕らはそう言い、アニスの言葉を数秒待った。アニスは泣くばかりだった。

 店を出ていく。やりきれない思いに耐えかねて店の入り口で僕は振り返った。

「アニス、僕らは君にさみしい思いはさせないよ。さみしいのはこれで最後だ。もう君は僕らの仲間なんだから。今度は一緒に踊ろう」

 返事はない。

 静かに扉を閉め、僕らは店を後にした。


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