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パーティ



◆パーティ



「おっまたせしましたぁ〜!」

 神の御声だった。樽の蓋に手がかけられる直前。

 あぁ、ニロの明るくて語尾ゆるゆるの声にここまで感謝したことはない。

「食いしん坊のニロちゃんとぉ〜?」

「ベッドでは暴れん坊のフェニです」

 おぉ〜! と大盛り上がる。

「すげぇなこりゃ!」「猫娘の友達だから期待してなかったがァ」「上玉だぜぃ!」

「おじゃましまぁす! アレェ? 美味しいものがたくさんあるって聞いて来たんですけどぉ? 鯛とかないんですかぁ?」

「ゴメンゴメン、もうそろそろね、鯛はないけど酒も肉も配達が来るから」「お得意様だから配達もしてもらえるんだよ」「お金持ちだからさ。すごいでしよ?」

「すっごい羽振りぃ、羽振りが良い〜。羽振りぃ〜」「バブリーバブリー」

 音声だけじゃどうなっているのか分からない。せっかく覗き穴を空けたのに、床に転がされてしまったから、床に積もった埃しか見えない。

 料理が来たようだ。ニロの歓声とそれを囃し立てるような男たちの粗野な笑い声。「いただきまぁ〜す!」ニロが何かを食べているみたいだけど、いったいどうなっているんだろう。すごい盛り上がりだ。ニロのいただきますが聞こえるたびに大盛り上がり。

「フェニちゃんはなにかあるの?」と誰かが言った。

 何か芸が、と言う意味だ。

「ではご覧にいれましょう。こちらにあるのはガマの油。これを塗ればどんな傷もたちどころに口を閉じます」

 空気が張り詰める。

「では……」

 僕が飛び出ようかとしたが、先に誰かが止めた。「いい! いい! 大丈夫! ごめんねむちゃブリして! 大丈夫だから!」

「止めてくれてありがとうございます。ドキドキしちゃいました。そんなこんなで」

 どんなこんなだ。

「私のお願いなんですが、皆様のお仕事の話が聞きたいな、と」

「おやぁ? もしかしてフェニちゃんはスパイかな?」「だとしたらニロちゃんもスパイ?」

「ん〜? この酢豚はすっぱいよぉ。美味しいですよぉ」

 笑い声。ニロ、大人気だな……。

「おれらの仕事ねぇ」

「王都で職人集団って評判のおじさま方のお話聞きたいです」

「大変なのよォ? この世界もさぁ」

 それからドワーフたちは語るに落ちる……であった。しかし特別良い情報は得られなかった。話を聞き、推測するに、彼らは島田に利用されているに過ぎなかった。島田の事業の一環……その足掛かりだったのだ。

「その島田さんって人ぉ、そーとーすごいんだねぇ〜」

「なにがすごいもんか!」荒々しい声。「クラフトってだけで恵まれてるんだ!」

 愚痴が続いた。

 彼らの愚痴を鑑みると容易に想像がついた。彼ら4人は、鍛治士の落ちこぼれだからこそ島田に利用されたということを。

 ものづくりのスキルを持っていた島田は、金儲けの方法を探していた。だけどただ良いものを量産したらいろいろ噂を立てられる。ありがたみがない。鍛治の知識や技術はからっきしだし、かと言って裏市場にいきなり素人が品物を出せるわけじゃない。そこで彼らは利用された。

「オレらはさ、一流の職人。鍛治士集団なんだよ」

 嘘がもはや滑稽だ。

「ここだけの話なんだけどさー」

 その前置きから聞かされた話に僕は耳を疑った。

「うちの猫娘さ、いるだろ?」

「ええ。私あの子嫌いなんですよ」

 フェニが嘘をついた。ドワーフたちは調子づく。

「だろ? でなぁ、そいつが打った武器さ、売りに出す時にオレらがちょっぴし壊してんのよ」「天才鍛治士たちの品物の横にさ、ああゆう独創的な作品があると邪魔なのよ」「あのプッシーにはおれらの引き立て役になってもらってるって寸法よう」「嫉妬する腕前だよなぁ?」

「ええ〜、かわいそぉ〜」

「まぁまぁまぁ!」親方の言葉で、ふっと静かになった。「まぁまぁまぁ……」とイヤにこそこそした声色。ソファの上で人が動くような、衣擦れの音。

 突然、大きな音がした。テーブルも倒れたようだ。食器が割れる音が続く。

「い、いきなり飛び蹴りはよくないんじゃないかニロちゃん……?」

「すみません。この子、美味しいもの食べると飛び蹴りする癖がありまして」

 人間、なくて七癖。ニロのあと六つが恐ろしくなる言い訳だ。

 そこにアニスが現れたようだった。

 外で待機してる手筈だったのに。

「お疲れさまです。大きな音がして、あの……お掃除でもしようかと思って」

 いや、きっとフェニとニロが心配だったんだろう。責めるより感謝したい。

 ドワーフたちは取り繕うように騒いだ。

「よっ、裸ダンサー!」「すっぽんぽんプッシー!」「踊れェ!」「脱げ脱げぇ!」

 嫌な声だ。

 アニスの声はほとんど聞こえなかった。代わりにフェニの声。

「やはり先程の芸をやらせてください」

 しんと静まり帰る室内。もうダメだ。聞いてられない。

 僕は樽から出た。視線が集まる。

「あっどうも、復讐者です」

 復讐。

 自分のためのものだった。フェニにはそれに付き合ってもらってた。

 胸の開いたドレスを着るニロとフェニを交互に見つめる。

 でも、思えばサティの時から……いやきっとニロの時もそうだ。好きな人が苦しんでいるのは、それは僕の苦しみと同じだ。だから耐えられない。

「ロロル君、私も今からこの人たちの首をカッ切るところでした」

「わたしなんて見てぇ、もう半分食べてるよぉ〜」

 隠し持っていたナイフを構えるフェニと、ドワーフの1人の上半身をお腹の口でしゃぶっているニロ。

「アニス、来てくれてありがとうね」

 僕はサロペットの肩紐に手をかけたままのアニスに言った。

「ほだされてんじゃねえぞガキどもォ!」

 親方の凄まじい大音声。

「オメェらは友達を守ったつもりだろうが聞いておどろくな! この猫娘はなぁ!」

「やめてください!」

 アニスが叫ぶが、ドワーフは続けた。

「にゃーにゃー言ってるが猫獣人なんかじゃねえ! 化け猫の魔族なんだよォ!」

 魔族? だからアニスはためらいが強かったのか。

 数秒の沈黙の後、ニロが言った。

「おじさぁん。わたしのこれ見てもそんなセリフでイキがれますかぁ〜?」

「あっ、あとな、あとなコイツは————」

「がぶりぃ」

 ニロがお腹の口でしゃぶっていた親方を噛んだ。血が辺りにほとばしる。

「親方…………」アニスが震えながら言う。「すいません、こんな大変なことになって。あの、ボク……」

「あたりめぇだ! ふざけんな! これ……この……! 食われたこいつどうすんだ! 森で死にかけていたオマエを拾って猫獣人として育ててやったのは誰だ! ええ?! 言えェ!」

 発言者の彼はアニスの答えを聞く前にニロに頭を食われた。

「ごめんねぇアニスぅ。もしほんとにこのおじさんたちが好きだったらぁ、償いでわたし死ぬよぉ?」

「えっ、ニロ姉、なに言ってるの……?」

「わたしバカだからあんまり分からないんだけどぉ、アニスがそんなに泣いてるの見てるとぉ、このおじさまがたには復讐しないとー、って気になっちゃってねぇ。充分でしょお? もうコレぎるてぃ〜だもぉん」

「でもあの、ボク…………ほんとは魔族なんです。クズで役立たずで弱かったから、死にかけてたんです。そこで、島田たちに拾われたんです……! その時、ボク、魔族の証拠をつかまれて、それで、毎日いじめられて……」

 アニスはその場に崩れ落ちた。

「アニス……もう大丈夫だよ。君を否定する人は、僕らの中には誰もいない。ニロだって魔族だしね」

「えっへん!」

「でも、ボク……」

「踏み出す勇気がない? もし今の生活がつらくて、抜け出したいなら、僕らを頼ってほしい。ニロのお腹の中で、僕なんかを信じてくれただろ?」

 あの時恐らく、暗闇に紛れて魔族としての能力を使ったんだろう。そのおかげで赤原を外へと追い出せた。

「同じように、僕らも君を信じてるよ」

「ボク…………」アニスは視線を泳がせて逡巡していた。やがてその視線が僕の視線と合わさる。「ボクはもうこの人たちが嫌いです! 大嫌いです! 復讐したいです! 助けてください!」

 その言葉を待っていた。

「だそうです」

「自業自得ですよ」

「いただきまぁ〜す」

 ドワーフたちが部屋の隅まで逃げる。でも無駄。叫んだって無意味だ。この辺りは喧嘩が日常茶飯事だと聞いてる。

 またやってるなぁ、そう思われるだけだ。

「アニスよぉ、お前にも教えてやるよ……! オマエの打った武器を市場に出しやってたホントの理由だよ。出品する時にわざと傷つけたり歪ませたりしてよぉ、コーサクの品もんの引き立て役にしてたのよ」

「そうだよ可哀想になァ。いくら頑張ったって売れなくて可哀想だなァ!」

「親方、ひどいよ……。あんなに毎日毎日、頑張って、勉強して、作ってきた作品を……」

 アニスが泣き崩れる。

「ひどい、ひどい」

 親方たちが笑う。

 おしまいだ。

「この子の剣は素晴らしいよ」

「身をもって、知ってください」

 フェニと僕は、アニスの打ってくれた剣で親方たちを斬りつけた。

「最低ですね。アニス、辛いでしょうけど、あなたの剣が売れなかったのはあなたの腕が悪いからじゃありませんでしたよ」

 泣き続けるアニスをニロが優しく撫でている。フェニはため息をついて続ける。

「はぁ……結局皆殺しという乱暴な解決となってしまいましたね」

「でもぉ、復讐されるようなことをしたこの人たちがいけないんだよぉ」

「フェニ姉! ニロ姉! ロロ兄! みんなごめんなさい! ボクが猫獣人だなんて嘘ついてて、だましててごめんなさい!」

「大丈夫だよ」

「魔族だなんて大したことありません。これを見てください」

 フェニがニロの血で汚れた口を掴んで横に広げる。

「がばーー。わたしとおそろいだねぇ。仲間だねぇ」

「仲間……?」アニスが微笑んだ。「仲間……ボクのこと仲間だなんて……嬉しい」

「僕も嬉しいよ。頼ってくれてありがとうね。アニス」

「うん!」

 アニスがようやく笑顔になった。強い子だ。

「改めてよろしくにゃ! ボクは魔族の化け猫、アニス。剣を打ち鍛える以外にこんなこともできるんだよ。【死人踊り】(プレイアローン)!」

 アニスが踊り出した。青い火の玉が2つを現れる。アニスのゆるやか且つしなかやかな振り付けに合わせるように飛び交い、親方たちに染み込むように消えた。すると首を斬られて死んだはずの2人が起き上がり、踊り出した。

「たしかに殺したはずなのに!」

「生き返ったんですか?!」

「ちがうよぉ2人ともぉ! すごいやアニスぅ、これネクロマンシーだぁ!」

「そうだにゃ! 化け猫のボクは死体を操る能力を持ってるんだにゃ! こないだニロ姉のお腹の中でも使ったんだよ?」

 たしかに奈落にはニロが食べた魔物の死体だらけだった。

 死体を操る化け猫……、妖怪の猫又と同じだ。

「これで島田に復讐するにゃ!」


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