ちかごろごろ
◆ちかごろごろ
近頃、アニスは積極的に情報を集めてくれるようになった。
アニスにはニロのお腹を探検した日に、僕らが復讐者であることを話した。特段驚いた様子はなかった。これも「やられたらやり返す、悪いことをしたら報いがある」という異世界の基本思想によるものなのかな。
「ちかごろ島田は1人になることが増えたにゃ」
島田の単独行動。昼間はドワーフたちと過ごしてばかりだが、夕方にふらりと姿を消すそうだ。
「ちかごろごろ島田は羽振りがいいにゃ」
島田はドワーフたちとの店の経営でかなり儲けているが、近頃はその成り金ぶりに磨きがかかっているとか。アトリエとは無関係のスジから収入があるのは明白だ。島田製の商品の流通を裏付けられたと言ってもいい。
「ちかごろごろごろごろごろ————」
アニスは僕の膝枕に頭を乗せて、髪を撫でられ、ご機嫌に喉を鳴らした。
僕らは共同の台所が使える例の宿に連泊していた。もっと安い宿はあるのだけど、ギルドやアトリエなどが近く便利だからだ。アニスが遊びに来やすいようにという意図もあった。
「アニス、いろいろ調べてくれてありがとうね」
「嗅ぎ回るのなんて猫からしたらお茶の子さいさいにゃ」
「でも疑われませんか? コソコソしていたら」
「ヘーキにゃ。親方たちはみんなボクのことをなんとも思っちゃいないにゃ。あんな飲んだくれでどうして逸品が打てるのか不思議だにゃ〜。そしてなぜボクの傑作が売れないのか謎々にゃ〜」
アニスはうんと長く伸びをする。無防備にさらされた脇腹を「スキありぃ」とニロにくすぐられて、丸まりながら笑う。
「アニスの打った作品はどこで売ってるの?」
サティが聞いた。
「武具屋連合が開いてる競売とか、他国の人たちを集めてのエキスポとか、ボクは行ったことないけどそういうとこにゃ。でも親方たちのしか売れないのにゃ」
「それ、ほんとに売られてるのが怪しいわね。売るとか言ってイジワルしてホントは売ってないとか」
「そんにゃ……」アニスは途端に悲しげな顔をした。「でもボク、売れないのを誰かのせいにしたくない」
「立派ですね」
フェニがアニスの喉をくすぐる。抗いがたい気持ちよさがあるのか、アニスは頬をゆるませながら話す。
「えへへ、職人は人のせいにしない、ぷぷっ、プロとはそういうものにゃぁん……」
自分の仕事に誇りを持っているのは本当に素晴らしい。
アニスに武器を作ってもらって心からよかったと思えた。
「ねぇねぇ、てゆぅかさぁ」ニロが身も蓋もないことを言う時の前置きを口にした。「もうその島田ってやつの部屋に乗り込んでぇ、ボッコボコにしちゃえばいいんじゃないのぉ?」
やっぱり。
アニスがもじもじと話す。
「その……、ロロ兄たちの復讐を止める気はないんだけど、一応親方たちや島田は、ボクを拾ってくれて、働かせてくれている恩人でもあるから、問答無用でこらしめるのは、ちょっと……」
「あぁ〜なるほどねぇ〜」
「でもアニスさ、アンタ毎日こき使われてんじゃないの?」
「そんなの家賃みたいなもんにゃ!」
明るい顔で取り繕い、そろそろ戻らないと、とアニスは部屋を出ていこうとする。出入り口のとこで振り返った。
「そうだにゃ、大事なこと言い忘れたにゃ。ボクの予想だと島田は今夜またどこかに出かけるはずにゃ。その間ボクは親方たちのシェアハウスで使いパシリにゃ」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だにゃ! きっと今日も夜は女の子を呼んでパーティするんだにゃ。おっぱいの大きい娘ばっかり来るからボクは眼中にないにゃ」
「毎晩パーティですか。たしかに羽振りがいいですね」
「いいなぁ! パーティわたしも行きたぁい!」
「そんな楽しそうなものでもないけどにゃ。じゃあまたね、にゃ」
アニスは軽やかに駆けていった。
「アタシたちも動くなら今夜ね」
「島田を尾行して、商談相手を見つけるんですね」
「芋づる式にクラフトたちを見つけられたらいいんだけど」
「ねぇだれが尾行するのぉ? わたしぃ?」
「アンタは最もないわね。目立つし、その服装もパスタ頭も。まぁアタシが適任でしょうね。お店に一回行ったけど、島田には会ってないし。魔法で【気配緩和】とかも使えるし」
有能だなぁ。
「ねぇねぇところでパーティってさぁ、わたしもアニスちゃんの友達ってことで行けないかなぁ?」
「バカね! きっとパーティはパーティでも……その、アレよ……?」
「なぁに? お酒ばっかりかなぁ? ご飯はあんまりないかなぁ。お肉ないかなぁ」
「いやだから…………ん? でも————」
「でも危険ですよ、サティ」
何が頭に浮かんだのかは、マナを経由しなくても分かった。
「そ、そうよね? とにかく尾行はアタシに任せない」
「そうだぁ! わたしも行って親方たちからいろいろ聞けばいいんだよぉ!」
気付いてしまったかニロ。
「ニロ、親方ドワーフたちに何されるか分からないんですよ?」
「そうよ!? 巨乳好きな奴らよ? そんな諸悪の根源たる男達の巣窟に潜入なんて」
その考えだと、この部屋にも諸悪の根源が1人…………。
「んー? でもいざとなったら食べちゃえばいいよぉ〜」
邪魔者は即排除!
「大丈夫かしら……」
「大丈夫だよぉ! あ〜楽しみぃ。ピザあるかなぁ、ポテトあるかなぁ〜。わたしおっぱい大っきくてよかったぁ〜」
「ニロ、他意はないのよね……?」
「鯛? 鯛は有るかなぁ? あったらコッソリとってくるねぇ?」
「度し難い食欲ね。鯛は鯛でもアタシは平べったい……ってか。ふふ……」
「サティにしか尾行はできないからさ……」
フォローするけど、サティには聞こえていないようだった。
「罪ですか、平べっ鯛は、逮捕ですか、平鯛は……」




